第321話 肩透かし

 道中あった問題と言えば、1日だけ少し天候が崩れた程度。


 それ以外は何事もなく、至って平穏なまま俺たちは山道手前の町『シュライカ』に到着していた。


 他の国でもたまに見かける、付近に狩場すら存在しない宿場町。


 ここから東へ向かうとなれば、峠を越えるだけでも最低3日はかかるし、山道を越えても丸1日は水場のない乾燥地帯を通過していくことになる。


 そのため必ずと言っていいほど立ち寄る重要な補給地点であり、それは宿泊施設の多さや露店売りされている樽売りの水や飼い葉など、雰囲気からしても他所の町とは違いが一目瞭然だった。


 だからこそこの町を警戒するが、やはりこちらの動きを監視するような不自然な人の動きは感じられない。



「大丈夫っすか……?」



 時間は明朝。


 出発の準備で馬に餌をやっていたクアドさんに問われ、現状をそのままに伝える。



「んー……やっぱり何もないですね。【隠蔽】で完全に遮断している相応の強者か、もしくは本当に意識されていないか。道中のことも考えれば、後者の方が可能性は高いと思います」


「そうっすか……となるとやっぱり金でも掴まされて、ここから北に向かっちまったんっすかね」



 街道はシュライカから東に延びる山道のほか、王都や <<サザラー魔物生息地帯 >>のある北へも延びていた。


 あり得なくはない話だが……しかし、以前聞いていた傭兵の失踪まで考えればその線は薄くなる。



「3回目と4回目はハンターだけでなく、傭兵ギルドからも人を雇ったのでしょう?」


「そうっすね。護衛がEランクか良くてDランクのハンターだから山賊連中にやられてるのかと思って、高額でもハンターで言えばBランク相当って注文を付けた傭兵を雇ったっす」


「であれば可能性は低いですよ。それなりの実績を積んできた傭兵ほど、国を捨てるのは相当な覚悟が要りますから。キウス商会がその後の面倒も見るつもりで、それこそ数十億という金を用意していたんなら別でしょうけどね」


「……金しか見てない商会っすから、いくらウチが邪魔でも、潰すのにそこまでの金を掛けるとは思えないっす」


「なら十中八九、人の仕業ですよ。木々に囲まれた山道でも西寄りの区間、そのどこかで狙ってくると思います」


「今まで戦った痕跡が見当たらなかったのにっすか?」


「それは……やろうと思えば僕でもできるんですから、何かこちらが気付いていない方法だってあるはずなんですよ」


「……え?」



 目撃者を作らず、BからAランクほどの傭兵数名を短時間で無力化し、馬車を破損させることなく収納。


 戦闘の痕跡を残さずにその場から立ち去る――このくらいならば【空間魔法】持ちは実現可能だ。


 ハンスさんは当然として、武闘派という話は聞いたことがないけど、たぶんマリーだってできることだろう。


 だが、少なくともこの二人は絶対にやらない。


 いくらでも稼ぎようのある【空間魔法】持ちの人間が、言ってしまえばこんなセコい強奪を、しかも待ち伏せが必要な実行犯としてやるわけがないのだ。


 ……だから答えが見つからない。


 他にどんな方法を使えば、【空間魔法】を使った時と同じような状況に持っていけるのか。


 これが分かれば対策も立てられそうなものだが、その発想が考えても出てこない。


 精々山中に全て埋めるか隠すくらいで、それでも大量の荷物や馬もいるのだから、掘り起こした痕跡くらいは残りそうなものである。



「まぁこれから東に向かえば分かりますよ。クアドさんの商会だけが狙われている時点で、『裏切り』か『襲ってくる敵』かの2択なんですから」


「……っすね。ベッグさん達を死なせたくないんで、ここからは慎重にお願いしまっす」


「もちろんです。明日からは上空よりも、すぐ対処できるよう馬車に張り付くことの方が多くなると思います。ただ、以前にもお伝えした通りですが……」


「分かってるっす。もし襲われたら、犯人を都合良く生かせるか分からないんすよね?」


「えぇ、過去にそれで大きな失敗をしているので、生け捕りでは被害が出ると判断したら速攻で敵は潰します」


「そうなれば、遺体からキウス商会に繋げられる方法を考えるだけっすから、何よりもこちらに死人が出ないことを最優先にお願いするっす」




 こうしてそれぞれが覚悟を決め、俺達はオリアル山道に突入した。


 上空から眺めた通り、この山道はひたすらクネクネとした山の谷間を抜けていく一本道で、実際に通ってみれば両側の木々に日の光は遮られて非常に見通しが悪い。


 薄暗いこともあり、野盗連中が好みそうな、明らかに何かが出そうな雰囲気の漂う場所だ。


 ここからが危険地帯というのは御者や護衛役の奴隷達にも伝わっているので、皆の表情は強張り、ピリピリとした張り詰めた時間が長く続いていく。


 敵は果たして単独なのか、それとも複数人いるのか。


 ここまで来たならば手伝うと、ゼオとカルラも周囲の警戒に当たってくれているので、なんとしても死人を出さずに敵を制圧する。


 そう意気込んだはいいものの。


 山道初日はそのまま日が暮れ、馬車も停められる山中の広場に敢えて一泊し、臨戦態勢のまま気付けば朝を迎え――



(あれ? ここでも、何もないのか……?)



 肩透かしを食らいながら山道2日目に突入。


 最初は同様の景色が続くも、昼を過ぎれば高い木々は徐々に減り、代わりに岩と山肌の目立つハゲ山が視界の先には広がってくる。


 これはもう、隠れる場所すらなさそうな、東の乾燥地帯に入ってきているということ。



(おいおいおい、マジかよ……)



 まさかクアドさんの予想していた、俺の中の最悪を引き当てたかと、警戒はしつつも顔を歪めてしまう。


 ここまでお膳立てをし、絶対にやらないであろうと思っていた護衛を自ら提案し、長く拘束されてでも求めたモノ。


 それは悪党の強者であり、その強者が持つスキルだ。


 多少の金では簡単に転びそうもない複数の傭兵が同時に失踪している――だから原因は道中に潜む、雇われる程度のほど良い強者だと予想していたのに、これが金に転んで馬車ごと荷物を持ち逃げしただけとなれば、俺がこの依頼に乗っかった意味はまるで無くなってしまう。


 クアドさんが悪いわけでも、傭兵ギルドの受付嬢が悪いわけでもない。


 期待値が高そうだと勝手に判断し、そして賭けに負けた。


 それだけのことだが、やはりショックはショックで……



「だいぶ開けてきたな。ここから先は目視だけでも十分だろう? 我は少し眠らせてもらうぞ」


「ボクも~……眠くて死にそうだよ」


「あぁ、うん、ありがとね。今日の夜には拠点に送るから」




 眠らないよう気を付けながら周囲を見渡せば、ゼオの言う通り。


 それだけで周囲の情報を十分得られるくらいには視界が明瞭だ。


 日も暮れ始め、辺りには僅かに草が生える程度のハゲ山ばかり。


 そんな中、先頭馬車にいたクアドさんが、堰を切ったように声を張り上げる。



「ここまでくればもう大丈夫そうっすね! この先に地面の平らな広場があるはずっすから、今日はそこで一泊するっすよー!」



 安堵からだろう。


 随分と軽く、そして緩い声が後方へと響き渡り、伝播するように奴隷達も騒ぎ出す。


 それはそうだ。


 彼らにとっては命懸けの旅。


 何事もなく終えられるならそれに越したことはない。


 だが……


 今日も平和ならばこの旅はもう終わりだ。


 5度目に訪れたようやくの平和が、次回となる6度目の成功を保証するものではない。


 しかし何も起きない以上、原因は裏切りということで断定され、奴隷を使えば回避できることも今回で証明される。


 ならばこれ以上律儀に護衛を続ける必要はなく、あとは俺が全てを収納し、全員を連れてサヌールへ送り届ければそれでこの輸送は仕舞いだろう。


 馬だけは厄介だが、それでも【調教】か【睡眼】で大人しくさせれば―――







 気付いたのは偶然だった。



 日の落ち具合を確かめようと後ろを振り返った時、真っ先に違和感を覚えたのはこと。


 西日による逆光のせいなのか、ラメのように空が煌めく様子は息を呑むほど綺麗なもので――



 (なんだ……?)



 しかし目を凝らせば、遠くで大きな翅を携えた、見慣れぬシルエットが宙に浮いていた。

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