第313話 真っ先に向かった先は

 オルトラン南西部に広がる広大な田園地帯。


 その中心地に存在する長閑な田舎町『ドミア』に降り立ち、俺は一目散にハンターギルドではなく、傭兵ギルドでもなく、食堂っぽい雰囲気のお店にダッシュし、扉を開ける。



「ふごっ!?」



 到着したのは昼と夜の間くらいで、なんとも中途半端な時間帯だ。


 それでもテーブルで食事をしているおっさんの皿に視線は吸い寄せられ、その盛られているモノにボディーブローを受けたような呻きが漏れる。


 なんかちょっと茶色い。


 茶色いけど、あれはまさしく米の形!


 おまけに凄く細長い気もするが、それでもやっぱりお米なのである!



「ん? あんちゃん、お使いか?」


「違います! 食べにきました!」


「お、おぉそうかい、随分と威勢の良いあんちゃんだな。まぁいいや、好きなとこ座んな」



 言われた通り適当に座り、店内を見渡すもメニューはない。


 ということは『かぁりぃ』と似たようなもんだろう。


 俺は異世界初心者ではないのだ。


 メニューも値段表示もないことに今更驚きはしない。



「アレ、アレ食べたいです。イッパイ」



 おっさんの前にある皿を見つめながら華麗に注文。


 手を差し出されたので俺の手を置いたら「金」と言われ、よく分からないけど金貨を5枚くらい渡したら、なぜか金貨や大小2種類の銀貨をモサッと返されながらソワソワと待つ。


 油断するとテンパってしまいそうだが、俺は今一人。


 こんな時こそ心は冷静に、だ。


 フェリンとリルを召喚しようかと思ったけど、今はみんな仕事中だからな。


 俺がわざわざ彼女らのやる気を削ぐわけにもいかない。


 まずは俺が人柱となり、満足なお味であれば拠点に持ち帰るとしよう。


 そう思いながら目の前のおっさんが掻き込む飯をひたすらガン見していると、時間にして30秒もかからず目の前にドンと皿が差し出された。



「大盛りだ。腹が減ってんだろう?」


「くぅ~!」



 一見するとコイツは、かなり雑に盛られたチャーハンだ。


 だが何かに浸していたのか、皿の底には薄っすら茶色いスープが存在しており、頂上にはこれまた茶色い何かのデカい肉がゴロッと鎮座していた。


 よく分からない葉っぱの欠片を少し散らしてあるくらいで、あとはどこを見ても茶色茶色茶色。


 目で味わうなんて感覚を店主はどこか遠くに放り投げているようだが、それでもヨダレが止まらないほど美味そうに見えるのだから不思議である。



「いただきます……」



 チャーハン風のナニカを勢いよく口へ放り込み、その後にホロホロな肉の塊を分解しながら口の中へ放り込んで合体させる。



(むっほーっ! マジでウメーんだがぁああーーーーーーーッ!!)



 何事か。


 食べた瞬間、あまりの美味さに俺の唇がピクピクと痙攣を起こした。


 何味かと問われても、そんなものは分からない。


 だって食べたことのない味なんだもの。


 でも濃い味で、旨味の強い油がこれでもかというくらいに口内を潤し、香りは強めだが辛みは少なく、それでいて刺激的。



(あぁ、神様ありがとうございます。本当にありがとうございます!)



 いったい誰に感謝しているのか分からないけど、当たり前のように存在していたお米の大事さを今更噛みしめ。


 よーしこれは拠点に持って帰ろうと、店主に視線を向けながら口を開く。



「おかわり!」


「はやっ!」


「あ、ちが……くはないですけど、この料理って持ち帰りできます?」


「お、おう、やってるぞ。ただ皿は必要だがな」


「なるほど。そんじゃあとで持ってきますね!」



 収納だと普通の小皿くらいしか入ってないからな。


 というか、皿じゃなく鍋でもいいのだろうか?


 これならきっと皆も大喜びだろう。


 そんなことを考えながら、お替わりチャーハンで再度俺の心は昇天した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「いやー満たされたっすなぁ……」


「見て見て、食べ過ぎてボクのお腹大変なんだけど?」


「そんなこと言ったら俺の腹なんて常に大変だぞ。しかし、俺が酒飲むのを忘れるほど食うとはな」


「ロキの買ってきた量が異常なのだ。美味くて全部食べてしまったが」



 下台地にある男風呂に4人で入るも、全員がお土産チャーハンを食い過ぎてトドのように湯舟の中でゴロゴロするばかり。


 しかしこの脱力が心地良く、この時ばかりは止まっていた成長の焦りを掻き消してくれた。


 それに一つ、地味訓練の賜物で一歩前進はしているのだ。



「ねぇねぇ、ちょっとこれ見てよ」



 言いながら腕を上空に伸ばし、手の先から月に向かって刺すように、黒い魔力をさらに伸ばしていく。


 まだ50cm程度で動きも緩やかだが、それでも思い描いた通りに先端は鋭く尖った形状へ変化していった。


「なんだよそりゃ!? 槍みてぇじゃねーか!」


「ほう。【魔力纏術】か」


「へ~それって魔力を伸ばしてるの?」


「ずっと訓練してたら今日やっと覚えてさ~伸びてるのは全部魔力だね」


「覚えたてでそれだけ伸ばせるのだから大したものだ」


「ゼオはもっと伸ばせるの?」


「伸ばすような目的では使用しなかったが、昔はな。魔力総量が大きく影響するスキルだから、我が今やったところで拳を覆う程度しかできんだろう」


「あーそっか。本来の用途ってそんな感じっぽいもんね」



【魔力纏術】Lv1 具現化した魔力を装着武具、または身体に纏わせ強化させる 強化による上昇値は込める魔力量とスキルレベルに依存 効果時間1分 魔力消費:込めた魔力量の5% 



 詳細説明はこのようになっているものの、どうしてもばあさんが本を取るために使っていた印象が強過ぎるからなぁ。



「師匠~それって本当は魔導士が近接戦闘をこなすためのスキルだよね?」


「そうだが、【身体強化】との併用も可能なのだ。カルラだって覚えて損はないスキルだぞ? 前提スキルは既にクリアしているはずだからな」


「ちなみに前提って何のスキル?」


「たしか【魔力感知】【魔力操作】【闇魔法】だったはずだ」


「【闇魔法】か……ってことは、具現化であり、半物質化って感じだよね」


「そういうことだ。身体全体を薄く覆うか、一部に厚く纏わせるかでも効果はまったく違うし、熟達者となれば戦闘中に幾度となく切り替え、木の杖で剣と渡り合ったりもする」


「ほっほー!」


「いかに素早く必要魔力を必要部位に回し、望む形に形成するか。かなり個人の技量に差が出るスキルだな」



 さすがゼオ師匠。


 詳細説明に載ってないことまで知っているとか、魔王の名は伊達じゃない。



「ん~とりあえず身体全体を覆ってみたけど、どう?」


「お湯の中だと分かりにくいから、お風呂からちゃんと出て、ポーズ取ってみてよ」


「ポーズ? となると……こんな感じとか?」



 有名な漫画に出てくるような、普通に生活していたのでは絶対に辿り着けない謎の立ちポーズを空中でお披露目するも、反応は三者三様でまったく意見が参考にならない。



「おぉう!? おまえ素っ裸のくせに、相当悪そうなやつに見えるぞ!?」


「おぉ……強そうに見えるし、ボクも頑張ってみようかなぁ」


「ふむ、見せ方の道理というものを分かっている。我も参考にさせてもらおう」



 なんかゼオのは少し感想のベクトルが違うような気もするけど……


 まぁ、自分でも予想は付く。


 身体全体から湯気のように、黒い靄が溢れ出しているのだ。


 こんなの印象なんて最悪。


 ロッジは俺を知っているから冗談で済んでいるけど、普通なら恐怖の対象で逃げ惑う人達の方が圧倒的に多いだろう。



(それでも必要と感じたら躊躇わないけど)



 魔法よりもさらに露骨だが、どうしても必要ならば使ってでも解決する。


 オールラウンダーのような立ち位置の俺に向いているスキルであることは間違いないのだ。


 ならば周囲の目を気にして封印するなど勿体ないこと。


 あとは十全に使いこなせるよう、時間があればひたすら修行あるのみだ。



(これからの道中は、覆う魔力の形成とその速度を重点的にやってくかな)



 そんなことを考えながら、手始めとばかりに5本の指の先端へ意識を集中し、身体を覆っていた黒い魔力をゆっくりと流動させていった。

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