第314話 クアド商会

 ドミアに向かう道中、当然とばかりにオルトラン南部に広がる山岳地帯は調査した。


 一際高そうな山を越えるまでは、薄茶色い山肌が露出した、隠れる場所などまったく無さそうなハゲ山が。


 そこから徐々に緑は濃くなり、気付けばよくある木々の生い茂った山々に変化していく。


 西に進むほど隠れられる場所は多いが、途中休憩所のような広場が点在するくらいで、どこかに続くような抜け道は上空から眺めても見当たらず。


 ただただ山々の隙間を縫うように、長くクネった一本道の山道が西に向かって続くだけであった。


 人の仕業、魔物の仕業、なんらかの自然災害、従業員の裏切り。


 可能性はいろいろ出てくるも、道中は長く、失踪の痕跡すら見当たらないのであれば、ポイントを絞ることすらままならない。


 このままではお手上げ――ならば手っ取り早く、護送依頼に参加してしまえばいいのではないかと、そう考えていたわけだが。



(ん~こっちにも『クアド商会』の護送依頼は無しか)



 事前に立ち寄ったハンターギルドも、そして傭兵ギルドでも関連する依頼は見当たらず、ここドミアでも『原因の究明』に関する木札がぶら下がっているだけだった。


 拠点となる町なら募集されていると思ったが、さすがに4度狙われたとなれば慎重にもなるか。



「すみません。お伺いしたいことがありまして」


「はいはい、何かしら?」


「この『原因究明』の依頼を出しているクアド商会は、もう護送依頼を募集していないんですか?」



 言いながら木札を出せば、僅かに受付嬢の表情が曇ったような気がした。



「もうないでしょうね。以前護送の依頼をウチにしてきた時は、『これが最後』って話で、ハンターギルドとは別に傭兵も多く雇っていたから」


「最後?」


「資金が尽きたんでしょ。クアド商会は規模で言えば、もう少しで『ゴールド』ランクという程度の新興商会だもの。一時はかなり活気づいていたけど、4度も積み荷と馬車、それに同行していた従業員を失えば、もうろくに身動きも取れないはずよ」


「あぁ、そういうことですか」



 原因の究明に1500万ビーケ用意するくらいだから、資金面の問題はまだ先だと勝手に判断していたが……


 実情はまったく違って仕入れもままならないといったところか。


 しかし、こうなるとキツいな。


 馬車を出してくれないと、現状では解決の糸口がまったく見えそうにない。


 依頼主の名前なんて聞いたこともないし、無駄に時間と手間が掛かりそうな依頼。


 必ず受けなければいけないなんてことはないが、この失踪事件は共鳴石持ちのそれなりに実力ある傭兵を、少なくとも5人は飲み込んでいるとサヌールの受付嬢は言っていたのだ。


 特定の商会だけが自然災害や魔物に襲われるなんて考えにくく、ともすればこの程度の戦力くらい痕跡も残さず消せるほどの悪党が絡んでいる可能性は極めて高い。


 だからこそ興味をそそられてしまうし、今はまだ何も見えぬ戦果にだって期待してしまう。



「シルバーランクだと、クアド商会はドミアにだけ店を構えているわけですよね」


「そうだけど……まさか、会いに行くつもり?」


「えぇ、依頼主に直接話を聞いてみようかなと思いまして」


「……報酬は確かに高額な部類だけど、止めておいた方が良いわよ」


「え?」


「……」



 サヌールとは違ってこの町に住み、直接商会主とやり取りをしていたっぽいこの女性は何かを知っているんだろう。


 肩をすくめて別の仕事をし始めたということは、依頼とは関係のない情報ということ。


 その言えない何かが絡んでいると分かっただけでも十分だ。




 外に出て、道行く人に尋ねれば、目的の場所は比較的すぐに見つけることができた。


 商店というには店構えが大きく、奥に倉庫も併設されたそれなりに規模の大きそうなお店。


 しかし店先に看板はなく、店内を覗いても商品がまったく置かれていない。


 代わりに奥のカウンターでは、しなだれた尻尾から獣人と分かる者が、俺に気付かず酒の入ったグラスを傾けていた。


 見た目はたぶん『犬』、なのかな。



「こんにちは。依頼の件で話を伺いに来たんですけど、あなたが商会主のクアドさんですか?」


「んあ? 俺っちがクアドっすけど……依頼っすか……?」


「えぇ、あなたが出している『原因究明』の件で、調査を進めたくてですね」


「あぁ、そういえばまだお願いしたままになってたっすね。傭兵だけでもう10人以上死んでるのに、まだ動いてくれる人がいるなんて、やっぱり金の力は偉大だなぁ……へへっ」


「……それだけ死んでいるからここに来たんですけど、まぁいいです。商隊に何かがあったとされる区間は、オリアル山道含めてそれらしいモノを何も発見できませんでした」


「それは知ってるっす。だから困ってるんすよ」


「それで、何かヒントに繋がるような情報はないかなと思いまして。クアドさんの商会が標的にされているとしか思えませんし、考えられる原因とか、犯人の目星とか」


「原因は分かってますし、犯人の目星だってもう付いてるっすよ?」


「は?」


「ドミアを取り仕切ってる『キウス商会』に睨まれて、無理やり潰しにかかられたんす」


「……」



 これは、どういうことだ?


 原因を知りたがっていたのに、依頼主は既にその原因を知っている。


 ではなんのために依頼を出しているのだ?



「へへっ、不思議そうな顔してるっすね。やってることはただの復讐っすよ。なーんにも無くなった男がなけなしの金をつぎ込んで賭けた、実現できるかも分からないただの復讐っす」


「何が復讐に繋がるのか、さっぱり分からないんですが……」


「犯人は間違いないなくキウス商会だって分かってるのに証拠が無いんっすよ。どうせキウスは事の次第を踏ん反り返って眺めているだけでしょうからね。だから実行犯をとっ捕まえて、それで真実を公の場に公開してやりたいって」


「原因を究明し、実行犯が無事見つかるかどうかが賭けってわけですか」


「上手く見つけられたあともっすけどね」


「?」


「キウス商会は領主のオーラン男爵とズブズブの関係みたいっすから」



 ……あぁ、なるほど。


 傭兵ギルドの受付嬢が勧められず、かつ理由をはっきりと明かさなかった理由はこれか。


 直接貴族を叩くわけじゃないが、高額報酬と引き換えに最悪は貴族から金儲けの邪魔をしたと、目を付けられる可能性もある。


 サヌールからの参加者が多かったのもそういうことだろう。


 そのオーラン男爵とやらが治めるドミアでは、きっと参加者が集まりにくいはずだ。



「……貴族が絡む可能性もあるのでは、上手くいったところで揉み消されて終わりになりません?」


「その可能性が高いことは分かってるっす。でも人の記憶には残り続けるじゃないっすか。自分達の利益を守るために、人の道から大きく外れたことをしてるって。そしたらいつか、きっと罰が当たるんすよ。神様は見てくれているはずっすから」


「目的は、信用を貶めるためだけ、ですか」


「へへっ……ただで死んでやるもんかっていう、最後の抵抗ってやつっすね」


「……」


「コツコツ頑張ってきたんすよ。露店から始めて、行商に出て、やっと店を持てたら南から出稼ぎに来た金のない獣人達を雇って……でも、東部の土地が枯れた連中に美味い食い物届けたいって、そう思って運んでたら"運び過ぎだ"って、気分一つで潰されちまうっす」



 そう言ってグラスの酒を呷った男は、自分の人生を後悔するように力なくわらった。



(さて、どうするか……)



 実際にこの男とキウス商会にどんなやり取りがあったのかは分からない。


 あくまで一方的に片方の話を聞いているだけで、クアドさんに非があった可能性だって否定はできないのだ。


 しかしそれも、"1"答えは見えるだろう。


 真っ当に運んでいる商隊を襲うことに正義なんて存在しない。


 ならば――俺がやることは一つしかないな。


 怖いのは"空振り"することだが、4度連続で襲われているのであれば、高確率で5度目もあると期待しておこう。


 クアドさんの話通りであれば、こちらが輸送の準備を進めるだけで、相手の商会も勝手に裏で動くはずだ。



「それじゃ僕が護衛をしますので、もう1回荷物を運んでみますか」

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