第312話 見えない依頼
地下34層から開始したダンジョン探索は、道中数体の生き物を拾いつつもあっさりと地下40層へ。
潜るほどギスギスした空気が漂うのは30層付近と変わらなかったが、今回はボスが倒されていたこともあり、何事もなくダンジョン最深部へと到達した。
明らかにボス部屋と判断できる広い部屋を通過した先は、打って変わってこじんまりとした10畳程度の小部屋があるだけ。
部屋の大きさからして、ここに隠しボスが登場するなんてことは無いなとすぐに理解したわけだが……
しかしそれとは別で、俺にとっては馴染みがありつつも、実際目の当たりにすると色々考えさせられる存在が地面で光り輝いていた。
「どう考えても、こんなの転移魔法陣だよなぁ……」
部屋の奥には直径2メートルほどの円が存在し、文字とは異なる幾何学的な文様が何重にも重ねられたようにビッシリと描かれている。
頭の中で思い浮かべる魔法陣のような存在に近く、おまけにその文様からは余すことなく青紫の光が放たれているのだ。
それ以外の可能性を考える方が難しい。
まぁそれでも、俺は怖いから踏まないけど。
自分のスキルで抜け出せるのだから、わざわざリスク背負って不確かな床を踏む必要はない。
ただ答えだけは知っておきたいと、自前の転移でダンジョン入り口にあるロビーへ戻り、階段脇にいる案内の人に尋ねる。
「すみません、お尋ねしたいことがありまして」
「はい、なんでしょう?」
「40層の最深部にある魔法陣って、あれは何のためにあるか分かりますか?」
「『転移陣』と呼ばれるモノですね。初級ダンジョンは最深部にのみ設けられており、乗るとこの階段を降りた先にあるダンジョン入り口へ飛ばされます」
「ほほぉ……それって、やっぱり凄く希少なモノですよね?」
「複製不可能な神の創造物と言われているくらいですから、それはもう……どうやって動いているのかも分からないみたいですしね」
「ん~ちなみに初級ダンジョンはって話ですけど、他のダンジョンだとその転移陣って何か違うんです?」
「みたいですね。私も聞いたことしかありませんが、ここよりもっと階層が深いので、途中にも一方通行ではない転移陣が存在するらしいですよ」
「なるほど。いやいや、だいぶソレっぽいですなぁ……」
「え?」
「あぁすみません、ただの独り言です。あ、お姉さんってもしかして、ここの階層ボス情報なんかも分かっちゃったりします?」
「え、えーと、10層は大きな猿の魔物が、20層は輝く黄金のカエルが登場するということくらいは知っています。30層が凶暴な猪で、40層がダンジョンボスのミノタウロスですね」
「……そうですかそうですか。いやー本当にありがとうございます」
これは素晴らしい情報だ。
20層が輝くカエル――ということは、《ボイス湖畔》にいるレア魔物の黄金カエルとまず同一だろう。
つまり猿も猪も、これでフィールドのどこかに生息しているレア種の可能性がより高まったことになる。
40層のボスだって怪しいし、一度くらい姿は拝んでおきたいもんだな。
誰かが戦闘している最中に割り込む気はないが、近くにいる時なら各ボス部屋転移を習慣化しても良さそうだ。
初級ダンジョン『救宝のラビリンス』の探索はこれにて終了。
非常に有意義で、得られるモノの多い場所だった。
ダンジョンはどこまでもゲーム寄りだと思っていたが、まさか転移用魔法陣まであるとはなぁ……
こんなに複雑ではなかったと思うけど、魔法陣はかつて『ストレージルーム』でも見ているのだ。
あれは転生者が造ったという疑惑が浮上している代物。
ということはつまり、転移陣だって人が造り出せる可能性はあるということになる。
【空間魔法】が存在するわけだから、魔道具の位置づけになるのかは分からないけど、複製不可能な神の創造物なんて言うほど現実離れしたものでもないだろう。
それを言うならパルメラの中心にある、あの円盤の方がよほど現実離れした異物だ。
(ん~魔法陣に繋がりそうなスキルは、なんかの条件で解放されるのかな?)
あれば良くも悪くも様々な使い方ができるので、もし生み出せればこの世界の人達の行動範囲は大きく広がる。
そんな魔法陣に少しばかりの興味を引かれつつ、その日は生き物を抱えていたため拠点に一度帰還。
アリシアに預けたら、このまま一息ついている場合ではないと、すぐにサヌールの傭兵ギルドへ向かった。
(うーん、やっぱりダメか……)
縋る気持ちで依頼掲示板を見上げ、唸ること暫し。
人生そう上手くいくわけがないと分かってはいるものの、掲載されていた依頼は酷く現実的で、小物ばかりの野盗討伐に思わず溜め息が漏れる。
現在抱えている問題は深刻だ。
ダンジョンは新鮮でいろいろ勉強になったし楽しかった――それは間違いないのだが、悲しいことにオルトランへ入ってからの約2週間。
金でスキルポイントを少し買えただけで、俺はまったく強くなっていないことに少々焦りを感じていた。
よーいドンで一斉にスタートしたわけでもないし、誰かと成長速度を競い合っているわけでもない。
それは分かっていても、この世界に強制転移してから、ここまで自身の成長が止まっているのは初めての経験なのだ。
マッピングもほとんど進んでいない中、オルトランでそこそこの狩場と言えば、唯一のCランク狩場が中央付近に1ヵ所あるだけ。
他も一応見て回るつもりではいるけど、新規魔物に期待が持てそうなのはどうせこの場所くらいだろう。
おまけにCランクでは、
「すみません。これから西に向かうんですけど、この中で拾えそうな討伐依頼ってありますか?」
「えーと……うん、すべて南西の山間を抜ける街道沿いの依頼ですね。この辺りは南部以外見晴らしの良い荒野ですから、野盗が出没するならオリアル山道付近しかないですよ」
「なるほど。ちなみに……もっと『大物』なんていないですよね?」
もし隠れた美味しい依頼でもあれば――、そんなダメ元の確認。
が、横にいたもう一人のお姉さんから、冷めた口調で至極当然の突っ込みが入る。
「仮にあったとしても、実績と信用の無い傭兵にクローズドの情報なんて伝えられないわよ」
「そりゃそうですよねー……」
ここで『フレイビル王国ではランカー予定なんです!』と言っても意味はないだろう。
真偽の問題もあるし、そもそも運営が国単位なのだから、オルトランでしっかり活動してから言えよって話で終わってしまう。
(しょうがない。日中はマッピングを進めて、夜中にパルメラでスキルのレベル上げをするしかないか)
そう思ってギルドを出ようとした時。
「大物なら、『高額依頼』にありますよ?」
最初のお姉さんにそう言われ、俺の足がピタリと止まる。
【空間魔法】を取得してからは報酬額がまったく高額と思えなくなり、『高額依頼』の掲示板は目を通すことすらなくなっていた。
大物に繋がるなら俄然興味も湧くが。
「え? どういうことです?」
「西側から向かってくる商団が、こちらに届いている情報だと4度連続して消息を絶っているんです」
「そういえばあったわねぇ。なぜか『原因の究明』で依頼が出てるやつ」
「んん? ということは、犯人が野盗連中かも分からないってことですか」
「みたいですね。馬車をいくつも繋げた商団は護衛の人数だって多いですし、仮に奪っても大量の戦利品を町へ運ぶのは大変ですから、相当な戦力と人数でもいなければ普通は狙いません。大きい商団ほど報復される割合も上がりますし」
「じゃあ魔物ですかね?」
「商団が街道を外れるなんてことはないし、狩場でもない道中で魔物が出たってゴブリンとかその程度よ。それに襲われたことが確認できる馬車の残骸や戦闘の痕跡すら見当たらないって話だわ」
話を聞いて、以前専属御者のホリオさんやアマンダさんに同行し、マルタに向かって馬車移動したことを思い出す。
街道なんだから魔物が極力いない場所を通るのは当然だし、狩場外でポツポツ登場したってゴブリン程度というのもその通りなので、これでは本当に理由が分からない。
「西側からってことは、逆にサヌールから向かう場合は被害がないんですか?」
「正解よ。さらに付け加えると、消息を絶っているのは全て同じ商会の馬車って話も出てるわ」
「ってことは、雇われた人達が共謀して馬車ごと荷物を持ち逃げしている? そんな答えになっちゃいましたけど」
「普通に考えるとそうなんですよね。雇用していた商会主から、1500万ビーケも掛けて『原因の究明』という依頼が入っているわけですし」
いやいやいや、ちっとも『大物』じゃないんだが?
恨まれているのか裏切られているのか知らんけど、身内のトラブルとしか思えない依頼内容だ。
これは丁寧な方のお姉さんが、『大物』を報酬の高い依頼と勘違いしたか。
そう判断し、断りを入れようと思ったが。
「で、この依頼を見て護送依頼に参加した傭兵が――全部で何人だっけ? 少なくとも2度、ウチから参加した6名の傭兵が失踪して行方知れずだわ」
この言葉で、余計に意味が分からなくなる。
行方知れずということは、少なくともこの受付の二人はその6名を見ていないということ。
仮に黙ってろと、参加した傭兵達に金を掴ませたとして、わざわざオルトランで一番大きなこの町での仕事を捨てるのか?
別の町を拠点にしたって、情報の早い傭兵ギルドなら話も伝わりそうなものだし……つまり生きていれば、実績を積み上げたこの国の傭兵業を捨てたということになる。
よほどの大金でもなければ、普通そんな選択は採らないだろう。
「ちなみに、運んでいたモノは?」
「農作物ですね。サヌールは西側の豊かな土地で作られた作物に頼っていますから」
「ってことは、積み荷はそこまで高額じゃないですよね」
「そうなるわね。少なくとも護送に参加した傭兵達が、この地を捨てるほどのお金なんて到底生み出せるはずがないわ。だから何かは分からないけど、あなたの望む『大物』の可能性だってあるんじゃないの?」
まるで反応を楽しむように、視線をレザーアーマーから俺に合わせてきたこちらのお姉さんの方が、俺の意図を汲み取ってくれていたらしい。
たしかに、答えは見えてこないが……なるほど。
どうやら普通の内容とは少し違う、俺好みな依頼っぽいことは分かる。
ならばどうせ西方面へ向かうのだし、軽く調査に乗り出したって損にはならないだろう。
最後に。
「ちなみに、西からというのは、具体的になんていう町なんです?」
そう問えば、二人のお姉さんは口を揃えて『ドミア』と、そう教えてくれた。
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