第288話 ラッド・ノグマイア
庭を手入れするための道具が置かれた、まさに物置といった具合の小さな建物。
その中に足を踏み入れ、言われた通り床板をズラせば、地下へ続く階段が現れる。
普段は領兵が入り口を見張っているというこの小屋。
となれば今は強制パトロール中なわけで、そのまま階段を下りれば牢屋と、その先に広がる少し広めの部屋が存在していた。
鉄格子はあるが想像よりも綺麗で、ベッドや机など、普通の暮らしができる程度の家具もしっかり揃っている。
そしてベッドに腰掛け、片膝を抱える一人の青年。
「こんにちは」
声を掛ければ、ゆっくりとこちらに視線を向けるが――なるほど。
まだ10代半ばくらいだろうに、生気がないというか。
もう生きることを諦めているような顔をしている。
まぁ、領兵の話を聞く限りはしょうがないと思うが……
「見ない顔だな。まだ昼にしては早い気もするが?」
「すみません、食事を持ってきたわけではないんですよ。あなたはラッド・ノグマイアさんで合ってますか?」
「そうだが、何者だ?」
「あなたを救うか殺すか、確かめにきた者です」
「?」
「んー……ちょっと待ってくださいね」
見渡せば、牢屋の手前側にやはりあった例の木箱。
まずは邪魔なコイツを『収納』で消せば――、これでようやく色々と見えてくる。
――【探査】――
あぁ、これは……たぶん真実。
この少年はただの被害者で『白』だろうな。
「嫌なことを思い出させるようでごめんなさい。一応確認ですが、あなたはノグマイア家唯一の生き残りで合っていますか?」
「……そうだ。父上も、母上も、兄上も、皆殺された。仕えてくれていた者達も、多くが目の前で首を飛ばされた」
「殺したのは兄のアシュー・バーナルドと、弟のアスク・バーナルドですね?」
「他にもバーナルドの一味はいたが……すまない、当時の記憶は曖昧で、名前までは把握していない」
「いえ、いいんです。ちなみに、あなたがこうして生かされている理由はご存じですか?」
「傀儡にし、ノグマイア家を存続させるためだろう? 私には【奴隷術】が掛けられているから、自害することすら許されていない。都合が悪くなれば、一先ずは責を負う役目の父上や兄上が病死したという、偽りの報告を国に伝える役目を担っている」
「そうですか……ちなみに【奴隷術】を掛けたのがあの兄弟なら、もう強制解除されているはずですよ。僕がアシューもアスクも殺しましたから」
ガタッ!
何も表情の無かった顔に、冷えて凍っているかのように動きの無かった身体に。
明らかに、火が灯った。
「そ、それは本当か……?」
「えぇ。確実です」
「ならばもう、これ以上家族の死を偽らなくても……私はこれ以上、罪を重ねなくとも……」
震えながら顔を覆った両手の隙間から、静かに涙が零れ落ちる。
か細く震える声で、「やっと楽になれる」と呟くその言葉を、安易に否定することはできない。
副団長を名乗る男が吐いた"真実"とは相違がないし、吐いた内容そのままであれば、当時10代前半だったこの少年にはあまりにも凄惨な現場だったはずだ。
ただこれだけは確認し、伝える必要がある。
その上でこの少年がどうするか、あとは本人が好きに決めれば良い。
「1つ確認したいことがあります」
「……」
「あなたは約2年前に幽閉されてから、一度もこの部屋を出ていない。これは合っていますか?」
「その通りだ……」
「ならば現状の『外』をお伝えしておきます。今日までこの町は、全体がここと同じ牢獄のようなもの。一度入れば一部の者しか町の外に出られず、無理に出ようとすれば足を切断され、あなたと同じように地下へ閉じ込められていました。既に救出はしましたけど、人間の様々な欲のはけ口として、老若男女問わず玩具にされていましたから、正直に言えばあなたよりよほど酷い扱いです。商人もハンターも搾取され、町の中はボロボロ。でも国は現状の問題を既に亡くなって存在していない領主に丸投げしています」
「ノ、ノグマイア家が、不甲斐ないばかりに……」
「でも不思議と、領主を悪く言う人は見かけなかったんですよね」
「え?」
本当に不思議な話だ。
そこまでこの町との接点は多くないが、宿泊客が減った宿屋も、客足が鈍った飲食店や屋台も。
皆がこの現状にしょうがないと諦めている様子で、改善できない領主に対して怒りをぶつけるような様子は見られなかった。
「それほどバーナルド一家が恐ろしい存在だったのか、それとも元から期待されていない領主だったからなのかは分かりません。逆に許されるほどの人徳があったのかもしれませんし」
「言葉を選ばないのだな……」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですから。でも悪は『バーナルド一家』であって『ノグマイア家』になっていない。それにお父さんが亡くなっていることすら、町民には知られていないっぽいですね」
「それは、そうだろうな。あの者達には罪を擦り付ける存在が必要だったのだから、死の事実は可能な限り伏せられていたはずだ」
「つまりこのタイミングであなたがもしやる気を出せば、町民は新領主についてくる可能性がかなり高いでしょう」
「新領主……?」
「ノグマイア家の血筋で言えば、あなたがそうなるんじゃないですか? 家族は皆、殺されてしまった。でも自分が外から傭兵を呼び寄せ、バーナルド一家を一網打尽にした。ここからは自分がこの町を引っ張るってね」
筋書なんて共感さえ得られればなんだっていい。
重要なのは分かりやすい変革で、起きれば現状に不満がある者ほど期待もするし、その期待に合わせた結果が伴い始めれば、あとは勝手に下の人間達がやる気になってくれる。
「私だってかつての活気を! 小さな田舎町と揶揄されようとも、皆で助け合っていたあの当時に戻せるなら戻したい! しかし、私にはもう何もないのだ……仕えてくれる者も、それこそ先立つお金も……」
「まぁたしかに、その問題はありますよね。なのでまずは一度、家に戻ってみますか?」
「え?」
「今朝までバーナルドの兄、アシューが住んでいた、あなたのご実家ですよ」
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