第287話 貴族の行方

 火や煙の上がっていた建物を鎮火しながら、ひたすら死体やその所持品を収納していく。


 屋根などの高台で死んでいたヤツラは安っぽい弓を握っていたが、近接職の連中は大半が武器を所持していなかった。


 途中バカみたいな量の武器が竜巻の中を舞っていたのは、きっとコイツらが容赦なく投げ入れたからなのだろう。



(魔力は――、まだ余裕で自然回復が上回っているか)



 ならばこのままでいいかと、閉ざされていた金属製の大きな門に視線を向けつつ、石壁を飛び越え反対側へ。


 すると先ほど眺めた時と変わらず、外より幾分見栄えのする鎧を身に纏った兵士達が出迎えてくれた。


 綺麗に整列した数は50名ほど。


 その中で、髭を豊かに蓄えた壮年の男が数歩前に出る。



「尽力、大変感謝する。傭兵ギルドの依頼を見て訪れてくれた傭兵で間違いないだろうか?」


「えぇ。あなた方は、外の兵士と少し違う鎧を着ていますけど……なぜここに?」


「私達は領兵だ。主に領主様の近辺警護を仰せつかっている。なので――」



 言いながら男は、後ろに控えていた男から1枚の羊皮紙を受け取り、そのまま俺に差し出してきた。



「ご苦労だった。こちらが領主様からの"依頼完了認定書"だ。受け取るが良い」



 中身を確認すれば、確かに中身は『バーナルド一家の殲滅を確認』と記載されている。


 最後にある名前――ドリット・ノグマイア子爵というのがここの貴族か。



「石壁の向こうの話なのに、よく一家が殲滅されたと分かりましたね」


「貴殿がここまで足を踏み入れているのだ。それが何よりの証拠だろう?」


「そんなもんですか」


「渡すべきモノは渡したし、これで話は以上だ。後処理が山のようにあるのでな」



 まるで用件は終わったから、早く帰れとでも言いたげな言葉。


 正面の男に視線を向ければ、表情は変えず、ただ俺を見つめている。


 後ろの部下も緊張しているのは伝わるが、気後れしている様子は見られない。


 この状況で凄い胆力だと思うが――それとも、なんだ?


 まだ他に、奥の手でもあるのか?



「……このままで、済むと思います?」


「何がだ?」


「隠せるわけないでしょう? 徴収したモノはこの区画内にある倉庫へ運ばれてますし、外で門兵が一家の一味を守るような動きをした時点で、兵とバーナルド一家が仲間意識を持っていたとしか思えません」


「……」


「それに誰ひとり兵は僕の援護をするわけでもなく、町民の避難誘導をするわけでもなく、後方で僕の逃げ道を塞ぐような動きをしてましたしね。その辺りの指示を出していたのが、あなた達じゃないんですか?」


「……まさかとは思うが、我ら領兵にまで手を出すつもりか? 傭兵の依頼範囲から外れ、今度はおまえが罪人になるのだぞ?」



 あぁ、なるほどね。


 冷笑を浮かべながら言い放った男の言葉で、ようやく合点がいった。


 彼らが強気な姿勢を崩さない理由はコレか。


 フレイビルも国営――つまり傭兵ギルドのトップはどうせこの国の偉い貴族だろう。


 だから守ってもらえる?



 ……いいや、違うか。


 そもそも国を相手にしてまで、事を成そうとする傭兵などいない、だな。


 傭兵の目的は築き上げた地位を活用して『金を稼ぐこと』。


 ならば自分の居場所やその地位を失うような、国とのトラブルなど避けるのは当然の話。


 でもねぇ。



「何を呑気なこと言ってるんです? 一家の殲滅が目的なんですから、あなた達は当然として、ここの貴族だって関与しているならキッチリやりますよ?」



 そう言って受け取った手紙を軽く振れば、次第に顔は青ざめ、余裕のない表情で口早に言葉を被せてくる。



「私達を殺すだと……? 国そのものと敵対して生きていけると思ってるのか!?」


「別に国と敵対しようとは思ってませんけど。それにしても『私達』ですか。主である貴族って結構ぞんざいに扱うものなんですね」


「ノ、ノグマイア子爵を手に掛けるなどもっての外だッ!」


「ん~あなた方やそのノグマイアという貴族と、バーナルド兄弟の関係性がいまいち不透明でしたが――」


「……?」



「未だに一人も『貴族』の反応をこの町で拾えませんし、どこか別の場所に幽閉――もしくは近い立場にいたもう殺しちゃったりしてません?」



「ッ!? そ、それは私では――」


「あはっ」


「は、謀るとは何ごガ……ッ!?」


「だ、団長!?」


「き、きさまああッ!」



 この団長が凄く頭の悪いタイプで助かったな。


 領兵やら騎士やら、俺にはいまいちその区別がつかないけど、彼らの程度で言えばたぶんDかCランク程度のハンターくらい。


 それでも終始あれだけ偉そうだったのは、よほどこの町での立場が強かったということか。


 団長とやらが自分から剣を抜いているのに、それでも俺に斬られれば激高するのは、普段が一方的に斬り捨てる側だからなのだろう。



 釣られるように剣を抜いた者達が続けざまに6人斬られ、ここでようやく現実を理解したのか、剣を抜かなかった他の領兵達は膝を突いて次々に投降を始めていく。


 その姿を見て思わず苛立ちを覚えるも、急な戦闘開始で、投降勧告をする余裕もなかったのだからしょうがない。


 こうなったならば逆に利用するまでと、満面の笑みで彼らと通常の『奴隷契約』を交わし、真実を吐かせた上で本来やるべき仕事をしてもらった。



『この町から出られない』


『バーナルド一家に属する者を捕縛し町の中央に集める』


『誰も殺さない』



 この程度なら一切文句が出ることはなく、逃げるように町のパトロールへと向かっていく彼らの後ろ姿を眺める。


 どの道、町の中にはまだまだ非戦闘員の一味が多くいる。


 それは道中の【探査】結果から分かっていたことで、かと言ってこのまま放置していい問題でもないだろう。


 誰かが探し、誰かが正規の手順で国に引き渡し、そして裁かれなければいけない。



 だからこれで良い。


 程よい強さがあり、町にも詳しい彼らを生かし、ここで動いてもらうのが最善。



 と――、自分に言い聞かせていることに深い溜め息を吐く。



 はぁ、ヤバいなぁ……




「殺し損ねたとか、全然思ってないし」




 まるで誰かに聞かせるような声で一人そう呟き、最後の片づけをしに、特区でも最奥の高台に存在する最も立派な建物。


 ――その近くにある小さな小屋の一つへと向かった。

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