第289話 以前を知る味方

(おぉ……これはなかなか)



 特区の最奥にある高台。


 ラッド君が本宅と呼んでいる家に入れば、そこはゴリラ町長の家なんかとはまったく違う景色が広がっていた。


 吹き抜けの高い天井、謎に広く緩やかな階段、なんか普通と違うことだけは分かる高級感の滲み出た木材などなど。


 これが貴族の家。


 個人的に落ち着くのはやっぱり洞穴だが、今後の参考にさせていただこうと俺は目をギラつかせる。



「牢屋が、目の前で……母上、私の目と頭はおかしくなってしまいました……」


「ラッド君、独り言呟いてる場合じゃないですよ。まずは判別しますからね」


「あ、あぁそうだった。大丈夫だ、覚悟はできている」



「え……? ラ、ラッド様!?」



 ドアを開けた音に反応し、早速奥の扉から現れたのは使用人のメイド。


 横を見れば、



「ふむ。過去に食事を持ってきてくれたことのある女性だ。だな」


「なるほど。では予定通りに」


「分かった。済まないが屋敷にいる者を全員この場に集めてくれ」


「あ、え? は、はい」



 このメイドは頭の中が大混乱だろう。


 本来の住人である貴族が、なぜか牢屋から抜け出し堂々と登場したのだ。


 幽閉されていたとはいえ身分が落ちたわけでもないだろうし、言われれば従うしかないといったところか。



 メイドが呼びに行っている間、俺は【探査】と【気配察知】で屋敷内の人の動きを確認。


 全員がしっかりロビーに集まったところで、ラッド君が大きく息を吸い、気持ちをぶつけるように言葉を吐き出す。



「本日よりこの家に戻ることとなった。そのまま家督も継ぐ流れになる、かと思う。皆、よろしく頼む……」



 徐々に尻すぼみしていくが、それでもなんとか言い終えた言葉。


 対して――



「な、何を言ってるんです? ここはもう、アシュー様の本宅になっているのですよ?」


「そうです。今更戻られると言われましても、アシュー様が許可されるはずがありません!」


「子爵様がご不幸に見舞われる前と比較しても、今の方が遥かに潤っておりますし、そのままお任せになられた方が……」



 次々と出てくる、否定の言葉。


 よく見れば若い女性が大半で、明らかに容姿で選んでいる感が強い。


 とどのつまりは待遇が良いというより、アシューがただ好みの女を囲っていただけって話だろう。



 それに男性陣もそれなりにいるが――



「そのままラッド様専用の本宅で暮らされた方がよろしいかと存じます」



 見た目だけは執事でしょっていう風体の老人が一言で締め、その後の発言を許すような雰囲気もない。


 はぁ……こりゃ全滅かな。


 そう思った時、一人の女性が恐る恐るといった様子で口を開く。



「でもラッド様が正当な後継者様になるわけですし、そうなるとこの家もラッド様の所有物ですよね? 許可も何も無いと思うんですけど……」


「そ、そうですよ! 町が落ち着くまで暫くは身を隠すという話なら納得するしかありませんでしたけど、戻られる意思があるならこの家に住まわれて当然だと思います!」



 その言葉に後押しされたのか、続いて賛同の意を示す男。


 どちらもこの中ではかなり若い部類で、まだラッド君と同じくらいの歳に見える。


 一斉に憎々し気な視線を浴びているのに――この子達、強いな。


 これでも【探査】で確認すれば、もうこの家でアシューに仕えていたからか、全員が『バーナルド一味』として反応してしまうのだから、やっぱり【探査】は参考程度で過信するものではない。



「ラッド君、は何人でした?」


「3人だ」


「ん?」



 改めて見渡せば、否定派の女達にめっちゃガン飛ばしまくっているおばちゃんがいた。


 なるほど、これがアシューの粛清から逃れた、以前を知る味方の3人ってわけね。


 ってことは、あとは残しても不和を広げるだけだし、このままではラッド君があっさり殺されてしまう可能性の方が高い。


 これ以上判別する必要もなさそうなので、ここいらでご退場頂きましょう。



 ラッド君に頷けば、予定通り落とされる、目の覚めるような爆弾。



「で、では納得できない者はこの場で解雇とする。サイラル、アンリ、それにラーベラさんだけついてきてくれ」



 そう言ってスタスタと横の部屋へ向かうラッド君を、暫し茫然と見つめる使用人達。


 予想もしていなかった言葉だろう。


 この発言に呼ばれた3人だけが慌てたように背中を追うが、固まっていた他の使用人達は、ワタワタと追いかける3人を見て喚き散らす。



「な、何を言っているんです! こんなことアシュー様が許すわけないでしょう!」


「そうよ! あんた達、こんなことして絶対に殺されるわよ!?」



 もう身分差も関係ない――というより目を掛けられ、立場が逆転していると錯覚しているような罵倒が続く中。


 ここでもピシャリと、低いだけでなく威圧感も含ませた声で執事風の男が口を開く。



「正気ですか?」



 4人の足取りが、恐怖で止まる。


 利用価値がある以上この場で殺すとは思っていないが、それでもすぐ、ラッド君との間に割って入った。


 この男だけは、少々マズい。



「解雇というよりは勧告です。領主ほか、多数の殺害を黙認し、今もその犯罪者を擁護している時点であなた達は立派な悪人。10秒以内にこの屋敷を出て自首しに向かってください。罪を認めずここに残るというならば、危険分子と判断して僕が消します」


「……あなたは?」


「この町に偶然立ち寄ったハンターです」


「ふむ」



 カウントダウンが進む中、執事は目を細め俺の様子を窺う。


 ヒントはあげた。


 それに俺は、一切装備を身に着けてない無手の少年だ。


 ならばたぶん、来る。



「はい10秒、執行――」




「Dランク程度のハンターに、何ができると言うのです」




 まさに一瞬だ。


 一歩で俺の懐に入り込み、そのまま気を放つように俺の腹を殴りつけようとするので――その腕を掴み、捻る。



「ッ!?」



 すると捻りに合わせて身体が回転。


 そのまま俺の頭に鋭い蹴りを打ち込んでくるので、そのままもう片方の手で足首を掴めば、その足先からはナイフが飛び出していた。


 おっふ。


 やっぱりこの老人、なかなかやべぇ。


 かなり速いし、力もそこそこ強い。


 でもまぁ、それだけだが。


 どうせ掴んでるし、家を壊さないように配慮するなら丁度良いか。


 黒い魔力はもう、俺の様子を眺めていた人たちには見られたのだ。


 今更隠したところで意味は薄い。



 ――【分解】――魔力500――



「ぬぐぉおお……ッ」




 左手で掴んでいた足首を溶かしてみれば、徐々に小さくなっていくのが感触で分かる。


 皮膚が柔らかいからか、以前実験した石なんかよりは溶け方が速い。


 ん~相手の防御力や俺の知力も関係するのだろうか?


 まだまだ発展途上のスキルだが、これなら動きのある人間相手に【空間魔法】の『消失』を狙うより、部位欠損程度ならばよほど実用性があることを理解する。



 ポキッ――


 

骨まで到達したのでとりあえず折り、その足をなんとなしに眺めれば、だんだん『斧』にも見えてくるのだから不思議だ。


 武器を持てば、その武器を奪われ刺される覚悟だって当然あるんだろう。



「……自分の足に刺されて死ぬって、かなり斬新じゃありません?」


「ヒッ……こ、こんなはず、では……アシュー様は、いったい……」


「もうみんな死んでますよ? だからラッド君が戻ってきたわけですし」


「……は?」


「あぁ、言うの忘れてましたね、ごめんなさい」


「あがァッ!?」



『【暗器術】Lv1を取得しました』


『【暗器術】Lv2を取得しました』


『【暗器術】Lv3を取得しました』


『【暗殺術】が解放されました』


『【作法】Lv5を取得しました』


『【交渉】Lv6を取得しました』


『【心眼】Lv5を取得しました』





「そして、お疲れ様でした」

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