第280話 支配された町

 町に到着したのは昨夜20時を回っており、俺は滑り込みセーフで宿屋に一泊した。


 飛行中の修行が捗り過ぎて、いつの間にか拠点に帰る分の魔力が無くなっていたとか、ほんとビックリな話である。


 だが、しかーし!


 部屋に備え付けられた小さな鏡を見ながら、徐々に形になってきているなーと。


 上半身裸になりつつ、ムフムフと怪しい笑みを浮かべてしまう。


 ここ数日、なんとか実現してやろうと大ハマりしているのが魔力の具現化だ。


【風魔法】による飛行中のバーストをしても魔力がかなり余るので、その余った分を何に使おうか考えた結果が飛行能力の強化だった。


【魔力操作】や【魔力感知】のレベルがそれなりに上がり、"魔力の動き"は自然と掴めるようになってきたし、【無属性魔法】で具現化した魔力が放出されていくまでの工程も分かっている。


 ならばその手前。


 放出の直前でどれだけ形を形成しつつ耐えられるかが勝負なわけで、失敗しては【無属性魔法】を発射させながら、俺はなんとか背中から羽を生やそうと特訓を繰り返していたわけだ。


 この訓練をしてから【魔力纏術】の経験値もちょっとずつ増えてきてるし、リルがかつて見せてくれた、飛ぶ時パッサ~って羽ばたく青紫の羽は衝撃的だったからね。


 ぜひ、あれは、真似したーい!


 少年の心が未だボーボーと燃え続けている俺が、そう思ってしまうのは当然のことなのである。



「うーん」



 ピコピコと、暴発させない程度に魔力を抑えながら羽を動かすも、上手く維持ができずにすぐ霧散してしまう。


 おまけにちゃんと具現化できているのは、まだ根本の部分くらいだが……


 まぁそれでも、だ。


 日々練習していれば少しずつ形になるだろうと、俺は服を着直し『バーナルド一家』が支配する町、『ギニエ』の散策を開始した。



(意外と普通……でもないか)



 宿を出て大通りをプラプラすれば、路面には店があり、露天があり、道を行き交う人々もいて。


 一見すれば普通に見えるんだけど、どこか辛気臭く侘しい町並み。


 所々で強い異臭が漂い、大通りにもかかわらず損壊したままの家屋も目立つ。


 それに目を凝らせば、一本入った脇道には、冬だというのに身を縮めて路上で寝ている者達がそれなりにいた。


 町としての体裁は、まだなんとか保てているようにも見えるが……それでもやはり、スラムに近い雰囲気を感じてしまう。


 ん―……。


 ふと、空を見上げ、俺は上空へ転移したのち、周囲を見渡す。



(なるほどねぇ)



 昨夜訪れた時には分からなかったことだ。


 明るいときにマジマジと見るギニエの全容は、山々に囲まれた盆地にポツンと存在するやや小規模な町だった。


 周囲を高い石壁で囲い、決して特別なことではないはずなのに、なぜかここでは監獄のようにも見えてしまう。


 山の合間を抜けるように南北へ延びる峠道以外、この町に続くような出入口は見当たらず。


 その入り口には検問所のようなモノがそれぞれ存在しており、道を塞いでいるのか馬車が軽い渋滞を引き起こしていた。


 こんな山奥で、なぜ。


 一瞬そう思うも、分かりきった答えに嘆息を漏らす。


 特に石壁の厚い北東付近。


 きっとあそこがDランク狩場で、この町だけでなく、この国に住む人達の生活を支えているのだろう。


 そして――、狩場とは反対側に位置する南部の高台。


 そこにも周囲を厚い石壁で覆われた大きな区画が存在していた。


 敷地の一部には、明らかに他と規模の異なる建物がいくつか建っており、それでも多くの土地を余らせている。


 誰が住んでいるのかは、言わずもがな、だな。



 そんなことを確認しつつも、俺が真っ先に向かうのはやっぱりハンターギルドで。


 恒例の資料室に駆け込み、1種だけだが『キャスパリーグ』という新規魔物がいることに「うしっ」と声が漏れる。


 名前からはどんな魔物か想像できなかったけど、まぁ言うてもDランク魔物だ。


 大量に狩るかどうかはコイツの所持スキル次第なので、とりあえず狩場に向かってみるかと、そのままギルドを出ようとしたところで――



「あの! 高ランカーの方ですかっ!?」



 慌てたような呼び声が受付の方から響いた。


 周囲を見渡すも、受付ロビーには俺しかいない。


「んん? 高ランカー?」


「そ、その革素材はロズベリア産の竜種から得られるモノだと思いますので! なのでAランクハンターか、もしくは傭兵でも高位の方なのかなと……」


「あーなるほど。たしかにAランクハンターではありますけど」


「では、もしかして依頼を……っ!?」


 猫耳の受付嬢はそう言いかけ、ハッとしたように口を塞ぐ。



(あぁ、ギルドは中立の立場だろうし、悪党の【聞き耳】でも警戒しているのかな?)



 そう思って受付嬢の手招きに理解を示し、そのまま後をついていけば、そこはなぜかギルマスの部屋。


 自然と出てくる紅茶を前にし、ふと、冷静になって考える。



(はて? 俺はなぜここに?)



 なんだかんだで各所のギルマスと会ってきたが、訪ねて5分でギルマスとご対面はベザート以来の出来事で明らかに普通じゃない。


 それだけ逼迫ひっぱくした状況なんだろうけど、でも何かこの人達、勘違いしているような……


 そんな思いを抱きながら、部屋の隅に例の四角い箱が存在していることを確認する。


 いったいこの結界用魔道具で、どれほどのスキルを遮断できるのか。



「いきなり足を運んでもらうようなことになって済まなかったな。ギニエのギルドマスターをしているホレスだ」


「えーと、ロキと言います」


「一応確認させてもらいたいのだが、本当にAランク以上のハンターで間違いないだろうか?」



 そう言われたので、よく分からないままポケットに手を突っ込み、収納からギルドカードを取り出す。



「おおっ! 本当に、よく依頼を受けてくれた……ッ! その姿だとロズベリアからか!? 他の仲間もどこかで待機しているなら、一度ここに呼んでもらいたいのだが?」



 どこにでもいそうな初老の男性、ホレスさんは、それはもうかなり興奮していた。


 受付にいた猫耳獣人も後ろで小さくガッツポーズをしていて、こちらはホッコリするくらい可愛いからいいんだけど…… 


 前のめりになって、唾をコチラに飛ばしながら質問責めしてくるおじさんはちょっとご勘弁である。


 一旦、その上がりきった熱量を、俺と同じくらいまで下げていただきたい。



「ちょっと落ち着いてくださいね。まず僕は一人で活動してますし、依頼ってなんのことでしょう? 傭兵ギルドに貼り出されていたやつですかね?」



「え?」


「…え?」


「……え?」



 カチーンと固まる二人に、思わず俺まで固まってしまう。



「ロ、ロキはハンターギルドからの"指名依頼"を受けてきた、Aランク以上の手練れじゃ……?」


「へ? そのような依頼は、受けていませんけど?」


「は? じゃあ、いったい、何をしにここへ?」


「えーと、ここのDランク狩場を見にきたのと、あとは傭兵ギルドでたまたま悪党に乗っ取られたような町の話を聞いたので、どんなもんなのかなーと興味本位で……」


「…………あ、あふぁ……待ちに、待った……希望の、光が……」


「ギ、ギルマス!? ギルマスーーーッ!!」



 抜け殻のように脱力し、大口を開けたまま放心しているホレスさんと、その頬を容赦なくフルスイングビンタして正気に戻そうとする猫耳獣人。



(なんだよ、これ……)



 俺は理解が追い付かないまま、暫しその光景を見つめていた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「なるほど、傭兵ギルドの方からか……いやしかし、アイツらを倒す気概はもっているのだな?」



 鼻血の跡を残しながら、それでも眼光鋭く俺に問うてくるホレスさんの言葉に頷く。



「僕なりの基準を満たしていればですけどね。って、今のお話を伺う限りは、もう完全にアウトだと思いますが」


「た、倒せるかどうかでは、あまり悩まないのだな……」


「相手を見たこともありませんし、もちろんそれもありますよ? でも相手の戦力を削るくらいはいつでもできますしね」


「……」



 無理やり正気に戻されたホレスさんから、この町の現状は概ね聞けたと思う。


 組織化した悪党はここまでやるんだなぁと、ある意味感心してしまうくらいの下衆さだったが、この辺りは情報も曖昧だし自分の目で直接確かめていけばいいとして。


 それよりも気になるのは国と領主の対応だ。


 いうてもDランクという、中位のそこそこ希少な狩場を有する町なのに、悪党を放っておいたまま好き放題させて放置できる神経が理解できない。



「ここまでの惨事になっていて、なぜ国は動かないんです?」


「動いたぞ? 過去に兵数は分からんが、大隊がこの町に押し寄せたと聞いている」


「で、今の状況なんですか?」


「あぁ、この町に辿り着くこともなく、兵は撤退したらしいからな。この立地だ、峠を抜け切る前に散々矢と魔法の的にでもされたんだろう」


「……その、あとは?」


「それっきりだ」


「国にも張り合えるような軍部のトップ層はいるでしょうに……」


「そりゃいるだろうが、バーナルド兄弟とやりあって万が一でも何か起きれば、それこそどえらいことになるぞ? どこの国だってAランク狩場は欲しいんだから、他所の国から侵攻される可能性も十分出てくる」


「……」


「だから同業の傭兵でも雇って金で解決しろって話になるんだろう。国からすれば何よりも大事なのはロズベリアと北部の鉱山地帯だ。他国からの侵攻で領土問題に発展するような話でもなければ、こんな僻地のいざこざ、大した問題じゃないと思っているに違いない」


「それで金も出さずに、国はその責任を領主へ丸投げってわけですか」


「それが土地を任された領主の責務でもあるからな。だが悲しいかな、うちのご領主様はもう、財政まで踏み込まれちまってるんじゃないかって話だ」


「懸賞金額が3000万ビーケって、依頼内容と金額がまったく釣り合ってなさそうですもんね……傭兵ギルドも、僕が興味を示したことに驚いてましたよ」


「平均的な依頼額から見れば高いが、この依頼をこなせるほどの強者から見れば、鼻で笑われるような金額だろうよ。そりゃ誰も来るわけがないし、ロキがこうして訪れたのが奇跡なくらいだ」


「なんかもうその貴族、飼い殺しになってそうな気がしますねぇ」


「同意見だな。だからしょうがなく、本来は筋違いな内容だが、俺が外のハンターギルドに依頼を出したんだ」



 好き勝手やっていると言っても、それは国の逆鱗に触れるギリギリ手前を維持しているから。


 貴族を生かさず殺さず、武力で圧を加えながら飼い続ければ、甘い汁が吸い続けられると理解しているのかもしれないな。


 俺のイメージしていた絶対的権力を持つ貴族社会とは違った構図な気もするけど……


 はぁー嫌だ嫌だ。


 この兄弟、もしかしたら強いだけじゃなく、無駄に賢いのかもしれない。



「とりあえず、僕には僕の目的もありますし、その中で動けるだけ動いてみますよ」


「あ、あぁぜひ頼む! Aランクハンターならさすがに町を出る時、検問で止められることもないはずだ。知り合いのハンターとかがいたら呼んできてくれても良いんだからな!?」


「いや、それはちょっと……あーそれと」


「?」


「ホレスさんが外に出したというハンターギルドの依頼は、もしかしたらどこにも届いていないかもしれませんね」


「……え?」



 届いていたらロズベリアのオムリさんが俺に話を振っていてもおかしくない。


 それが無いということは、情報がこの町で止まってしまっている可能性もある。



「1階の受付奥にいた長い赤髪の女性、あの人"バーナルド兄弟側"の人間ですよ?」


「な、なんだと……?」



 気付いたのは偶然だ。


 猫耳獣人の受付嬢が情報漏洩を警戒していたから、もしかしたらできるのかなと、様々なワードで【探査】を掛けただけ。


 たぶんバーナルド兄弟にとって一番厄介なのは、金ではなく民のために動く可能性のあるハンターギルドで、外からの救援依頼を潰したいなら内通者を潜り込ませるのが一番手っ取り早い。


 このくらい気付けよとは思うも、間者の【隠蔽】スキルがそこそこ伸びていると、結局いくら【探査】を掛けても反応を拾えないのだから、それで内から散々情報を抜かれていたのだろう。



(想像以上に規模が大きそうだし、これは一度リアに相談しておいた方が良さそうだなぁ)



 そんなことを考えながら、俺はハンターギルドを後にし、狩場へと向かった。

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