第247話 拠点探しのスタート
翌日の朝。
俺はパイサーさんから2本の剣を受け取り、そのついででアマンダさんにラグリースの地図と先日の飲み代分30万ビーケを託したら、一応ヤーゴフさんにはこれからの予定を少しだけ伝えておく。
無言で頭を抱えていたが、ベザートに一切迷惑を掛けることはない。
とりあえずは内密にと伝え、そのまま【飛行】で他領となるセイル川の先へ。
ここならまず人がいないので、念のため周囲に人がいないか【探査】で確認したのち【神通】を使用する。
「アリシア、準備できたよ」
「わ、分かりました」
わずか数秒のやり取り。
それでもある程度の打ち合わせは済んでいるので問題ない。
俺の真横に青紫の霧が渦巻き――
「ようこそ、下界へ」
冗談っぽく声を掛けながら、純白のローブを纏ったアリシアを迎えた。
いや~なんか凄いヒーラーっぽい恰好してきたなぁ……
緊張しているのか、フードを被って見にくいだろうに、首を左右に振ってキョロキョロ周囲を見渡している。
「人はいないから大丈夫だよ。予定通り【飛行】は持ってきた?」
「は、はい」
「じゃあ少し森の中に入って練習しよっか。俺が見張っておくから周りは気にしないで」
「向こうで練習してきたので大丈夫ですよ」
「おぉ~さすが! じゃあ、早速行きますかね」
俺が飛べば、リルのように派手な魔力の具現化をしたりはしないが、ススーッと何事もなくついてくる。
そのままいつも俺が飛ぶくらいの高さ――推定300メートルくらいまで昇れば、当然視界に入ってくる最寄町のベザート。
「あそこが、一番初めに訪れたベザートっていう町だよ。で――」
取り出したのは今朝ギルド内のお食事処で買っておいた2本の串肉。
「はい、俺が生き返ったお肉。これはアリシアの分だからどうぞ」
「これが……」
何かを言いかけながら、アリシアはすぐに小さな口で齧りついた。
本当はもっと森の奥。
100%誰かに見られる心配のない場所に降りてもらった方が安全だったかもしれない。
でもせめて一度くらいは、人の生活を感じられる町並みだけでも見せてあげたかった。
「ありがとうございます。これが皆が見た景色、皆が味わった食事なのですね」
「程度の差はあるけどね。もっと近くで色々な物が見たい、もっと色々な物が食べたいって思ったら、できる限りの協力はするからその時はちゃんと言ってね?」
「ふふ、大丈夫ですよ。その代わり、拠点場所の件は皆に一任されたのです。これからよろしくお願いしますね?」
「こちらこそ! それじゃ早速奥へ進んでみよっか!」
「はいっ!」
遥か先に見える山々を眺めながら、俺たち二人はパルメラの奥へと向かっていく。
ここからの目的はいくつかあり、拠点に向いていそうな場所探しは当然として、生息魔物の調査も一応含まれている。
マッピングはさすがにそこまで意識していないけど、層が変わればどの程度魔物は強くなるのか。
かつてアマンダさんから『迎撃』という言葉も聞いていたので、果たして森はこの先も続いているのか……そういった部分も含めての調査だ。
しかし、そうそうに当てが外れたかなと、そう思ってしまった。
アリシアの表情はすごく楽しそうで、この先に『禁忌』に関わるような何かを隠している様子がまるで見られない。
もし何かを隠すなら、この広大な森が一番適切だと思っていたんだけどなぁ……
ゼオの魔力量維持は1日1瓶でも問題無さそうなことが分かったので、ひとまずのタイムリミットは10日ほど。
ここからは、自分の目で直接確かめていくしかないだろう。
そして夜。
「このくらいの距離で魔力消費が約50くらいだから、レベル5の50%減でおおよそ2㎞くらいを魔力消費『1』だとして――……」
「今は何をされているのですか?」
夜の帳も降り、焚火を前にしながら情報を手帳に書き込んでいると、遠慮がちにアリシアが尋ねてくる。
「今日得られた情報を纏めてるんだ~やっぱり飛べるって凄いよね」
現在いるのは第三層。
適度に低空飛行しながら【探査】で魔物を確認していけば、第二層では旅の途中でよく見かけたEランク魔物が。
次に魔物が切り替わった時は、ヴァルツ南東で新規スキルを持っていなかった獣系Dランク魔物の存在を確認できたので、層とランクの関連性はなんとなく理解することができた。
つまりかつて鳥人が落とされた第五層は、このまま予定通りにいけば推定Bランク相当ということになる。
ただ問題は一層の範囲だ。
今まで空間転移した時の直線距離と魔力消費量からすると、一層あたりが推定400~500㎞くらいもの範囲になることが分かってくる。
そりゃ団体行動で足場の悪い森を移動すれば、抜けるのに60日かかったという話も頷けてしまうほどのバカデカさだ。
奥に入り過ぎれば俺も森から抜け出せなくなる可能性が出てくるので、推定値でも距離の算定は慎重にやっていかないといけない。
「あ、もういい感じかも。塩をかけてーっと……ほい、アンバーフラッグの足! めっちゃ美味しいよ!」
「ほふっ……あ、凄く、柔らかくて美味しいです!」
「ふふふっ、これはアリシアが初めて食べるから、皆に自慢できちゃうね」
「ほんとですか!?」
絶対神界ではリルやフェリンが食べ物自慢をしているはずなのだ。
その度にアリシアは泣きながらハンカチ噛んでいそうなので、これで多少はアドバンテージも取れることと思う。
ついでに買い溜めしておいたパンやら果物を木皿に乗せてホイホイ渡しつつ、肝心なことを確認していく。
「どう? 今日見てきた中で、良さげな場所はあった?」
「どうでしょう? あまり大きく景観が変わったようには思えませんでしたが……」
「まぁ、それはたしかにね」
多少の高低差や山なんかはあったものの、基本的にはずーっと樹木が生い茂っていただけ。
何処も彼処も似たり寄ったりという感じで、ココ! っていう印象に残るような場所は見当たらなかった。
左前方にずっと見えていた山脈がかなり近くなってきたので、そこまでいけば多少は見える景色が変わるかもしれないな。
「ちなみにアリシアは、どんな所を拠点にしてみたいの?」
「私はロキ君が好む所ならどこでも……」
「コラコラコラ、皆の代表なんだから、そこはしっかり主張しないと。他の皆は?」
「フェリンは作物の育てやすい平地を、リガルは強い魔物がいる所を、リアは面白そうな場所を希望していました。フィーリルは自然の中にお風呂があるならどこでもいいそうです」
「あ~まぁ、なんとなく想像できるけど……ん? リステは?」
「ロキ君がいれば、地面の中でもいいと言ってました」
「……」
なに、地中って。
地下帝国かよ。
「となるとリステのは置いておくとして、リルとリアの要望がまだ全然って感じか~」
「無理に合わせる必要はありませんよ? 皆好き勝手に言っているだけですから」
「チッチッチッ! 秘密基地なんだからそういうのが凄く大事なんだよ。こう、自分のテンションが上がる場所っていうかさ」
まだどうなるか分からないけど、カルラが言っていた"血の豊富な所"も一応は考慮しておくか。
うーむ。
平地で、魔物が強くて、面白そうで、血が多い……なんだか恐ろしい絵面しか出てこないけど、とりあえずBランク相当の五層か、Aランク相当と思われる六層までいけばいいのか?
しかしあまりに奥過ぎては、何かあった時の魔力量が心許ないし――
ブツブツ呟いていたのが聞こえていたのだろう。
不意にアリシアが、疑問を投げかける。
「そういうロキ君は、どんな所を望まれているのですか?」
「え?」
「だって、大事なんですよね? その、気持ちが昂るような場所選びというのが」
「……」
いや、それはたしかにそうなんだけれども。
でも……なんだろう。今は特に何も出てこない。
皆が満足してくれる場所なら良いというか、それが一番俺自身も満たされるような気がする。
「ははは……なんか、俺もアリシアと同じだったっぽい」
「ふふ、それは困りましたね。こんな二人では、良い場所なんて見つけられないじゃないですか」
お互い笑い合いながら果物をホジホジ。
まぁそうは言っても、直感的にビビッとくるような場所だってきっとあるに違いない。
さーて明日はどこまでいけるかな?
そんなことを考えながら探索初日が終了した。
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