第248話 見たこともない情景

 探索二日目。


 壁面に穴を空けて寝ていた俺は、再降臨したアリシアの気配で目を覚ます。


 まだ空は白み始めたばかりで、残り火があるというのに突き刺すような寒さに襲われ、思わず鼻をズズーっとすすった。


 それでもアリシアの視界が確保できる時間帯を最大限に活かすべく、朝一のお迎えをお願いしたのは俺自身だ。


 予定通りとばかりに軽く食事を摂ったらすぐに出発。


 山を越え、谷を越え、徐々に荒い地形が目立ってきたことを確認しながら、俺達はひたすら南下していく。


 ただずっと飛び続けて――というわけではなく、第四層――Cランク狩場に入ってからは、少しだけ狩りもするようになった。


 それは新規スキルではなかったものの、スキルのレベル上げが少しだけできそうな魔物が現れ始めたからだ。


 パルメラは魔物の生息範囲が広く、狩り効率は他と比べて非常に悪い。


 だからあくまで少しだけ。


 他で上げられそうもなければ、その時はまたここに戻ってくればいい。




 そして昼も過ぎた頃、そろそろかと思っていたところで視界の先に異変を感じ、俺達二人は動きを止めた。



「へ~これはこれは……」


「ロキ君は見えますか? 私はスキルがないので、何かが飛んでいることしか分かりません」


「うん、なんとなく分かるよ。細身のゴブリンっぽい姿に大きな羽が生えている黒い魔物と――もう1種、数は少ないけど青い鳥もいる。たぶんこっちの方が大きいかな」



 今までにも蜂や蝙蝠といった空を飛ぶ魔物はいたが、ここまで本格的に上空を飛んでいる魔物は初めてかもしれない。


『迎撃』という言葉で、俺はてっきり地表からの攻撃が飛んでくると予想していた。


 それこそ可能性の一つとして、古代人の生き残りが、魔法や兵器を使って撃ち落としてくる可能性まで考えていたのだ。


 が、そういうことねと、この景色を見て一人納得する。



 



 飛ぶことだけに特化していたのであれば、たしかにこの先は進めないのかもしれない。



「アリシアは少し遅れてついてきてもらえる? 俺が先行して、寄ってくる魔物を片づけちゃうから」



 まぁ俺達には関係ありませんが。



「大丈夫ですか?」


「いけるでしょ。ちょっと判断できないスキルも持ってるっぽいけど、まぁ大体の攻撃手段は予想ついたし」



 かなりスタイリッシュでカッコイイ雰囲気醸し出してはいるも、たぶん君達ガーゴイルだよね? ってやつが爪と噛みつきの物理アタック型。


 そのガーゴイルを補助するように、青い鳥が【氷魔法】で動きを阻害するのだろう。


 魔力は――収納と飛行の併用で徐々に減ってきているが、まだこの程度なら問題ない。


 こういう時のために町へは戻らず、魔力温存優先で野宿を選択したのだ。



 ――【発火】――



「それじゃ行くよー!」



 俺に気付き、餌だと思って森から浮上してくる魔物たちに思わず笑みが零れる。


 パルメラは非効率だとちょっと前まで思っていたけど、遮るモノが一切無くなる上空に限って言えば、そこそこ熱い狩場になるかもしれない。



(美味しくいただきまーす!)



 お前らが餌だと言わんばかりに、俺は群がり始めた魔物へ一直線に突撃した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





(もうちょっと、あともうちょっとだからー!)



 内心そんなことを思いながらも、目の前の魔物を両断していく。


 探索4日目。


 未だ俺たちは第五層にいた。


 進路を妨害する魔物達はそこまで強くない。


 それは間違いないことで、群がる2種の飛行型は剣で斬り伏せればあっという間に沈んでいく。


 ただ――、




「ギィェアアアァアアアアアィイイイイエアアアアアアア!!」




 ……――ブワッ――……




「「……」」




 もう勝手にガーゴイルと名付けたが、コイツが死に際に放つ叫びはなかなかに強烈なのだ。


 胸を貫こうが首をはねようが、仕留めた後に低確率で凄まじい鳴き声を発してくる。


 その絶叫は周囲に響き渡り、瞬間、森が揺れ――範囲内にいたガーゴイルと青い鳥を上空へ浮上させる。


【絶鳴】という名のこのスキル。


 スキルを覗いた時は随分恐ろしい名前だなと思っていたけど、実際使われると違った意味で恐ろしい。



「あぁもう、敵がいっぱいで止まらないよ~」



 そんなことを言う俺の顔はやっぱり笑っていたと思う。


 既にアリシアから「ロキ君、喜んでやってますよね?」と再三突っ込まれているからな。


 でもとめられない、やめられない。


 本当はさらに高く――上空1000メートルくらいまでいけば、少なくともガーゴイルは追ってこない。


 これは判明していたので、避けたいならそれくらいまで高い位置を移動すれば、数の少ない青い鳥だけをたまに相手すれば済んでしまう。


 だが【招集】のような、魔物が勝手に集まって効率を上げてくれるような環境に俺は滅法弱いのだ。


 素材を回収する余裕なんてないし、我ながらアホだなとは思うけど……



『【飛行】Lv8を取得しました』



「アッハーーーーーッ!!」



 こういう結果が待っているから、やっぱり効率的な狩場は止められないのだ。



 やっと狙っていたスキルが目標到達したことですぐさま上昇。


 冷ややかな視線で俺を眺めていたアリシアに、空中三回転土下座をかましていく。



「大変お待たせいたしましたぁあああ! 無事目標レベルまで到達したので、これにてやっと終了でございます!」


「もうこの辺りで3日目なのですが?」


「はい、大変申し訳ございません! でも聞いて? これで魔力400も上がったの。凄くない? 凄いよね?」



 探索を止めてまで粘ったのは、【飛行】効率を優先したかったというだけではない。


 いや、それも凄くあるんだけど、それ以上に【飛行】のボーナス能力が、一部の特殊スキルに適用されている魔力Ⅱだったからだ。


 最上位加護の【神通】や【地図作成】と同じ上位扱いの特殊枠。


 だからレベル8の通常ボーナス能力値は100なのに、魔力でまず倍の200、特殊スキルの魔力Ⅱでさらに倍の400となり、これで俺の魔力最大量は4500超え。


 魔力総量を少しでも上げたいこの状況では、ヨダレが出るほど魅力的で大きな数値だ。


 このくらいの魔力があれば、町に行って帰ってきてという往復の移動も、俺だけならばある程度の範囲をカバーできるんじゃないかなと思う。



「フィーリルがよく心配している意味も分かりますね」


「はぅ! もう大丈夫だから! こんな美味しい狩場なんて滅多にないし、もう大丈夫だから!」



 頭頂部からバーストを。


 アクロバティックな土下座背面飛行を続けながら、ご機嫌取りの地球不思議話を何時間続けただろうか。



「あっ――」



 不意にアリシアが驚いたような反応を示す。



「お? やっと第六層到着した?」



 そう思って振り向けば、んん?


 既に第五層は抜けていたのか、空を飛ぶ魔物は存在していない。


 代わりにスッと手を伸ばし、初めて自らの気持ちを言葉にしたアリシア。



「私……あそこが、好きかもしれないです」



 示す先を追えば、まず目についたのは高さの異なる2層の台地だった。


 正面――地図でいう南部はどれくらいだろうか……


 たぶん200から300メートルくらいは土地が隆起しており、隔絶された絶壁は左右にどこまでも長く続いていた。


 右側――地図でいう西部は、途中で見かけた山脈よりもさらに標高の高そうな山脈群が長く連なっており、山頂の多くは雲に覆われ確認することもできない。


 でもアリシアが興味を惹かれたのはコッチだろうな。


 前方には高い大地から流れ落ちる滝が薄っすらと見え、下の台地には滝つぼとはまったく呼べないほどのかなり大きな湖が。


 その湖から伸びる2本のうち、1本の川は俺達に向かって流れていた。


 時刻が丁度夕時ということもあり、見たこともない情景に暫し言葉を失う。


 ――それを不安に思ったのだろう。



「あ、ロキ君が好まないなら別の場所でも……」


「いや、俺はここで良いと思う」



 思わず即答してしまった。



「え?」


「なんていうか……ここ以上の場所が他にあるとは思えない」



 北も南も、高低差のある台地はそれぞれ平坦なまま、遥か先まで生い茂る森で覆われているように見える。


 この時点でフェリンとフィーリルの条件はクリアだし、この上下に分かれた台地であれば、俺が思い描く"住み分け"だってできるかもしれない。


 リアの楽しい所っていうのは、個人の感覚なのでなんとも言えないが……リルの希望する強い魔物ということならすぐにでも判別可能だ。



「ちょっと、魔物を確認してみる」


「あっ」



 我慢できずに急速下降。


【探査】を起動させながら魔物を探し、感知と同時に【洞察】を使いながら魔物の目前へ躍り出る。



「わお……リルもカルラも納得でしょ、これは」


「ウボォォ……ッ」



 勝てはするけどしっかり強い。


 対峙するのは全長10メートルほど。


 黒い体表をした巨大な象が、鋭利な牙を向けながら、黄色く濁った瞳で俺を見下ろしていた。

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