第246話 優先すべきこと

「う~久しぶりなのに、女将さんすみませーん……」


「まったく。どうせまた、前と同じ面子にしこたま飲まされたんだろう?」


 時刻は……何時だろうか。


 気付けば見たことのある部屋で寝ており、這うように1階へ降りれば、これまたかなり見たことのあるおばちゃんが床を掃除していた。


 そう、ここは馴染みの宿、ビリーコーンだったのである。


 まぁ予想通りではあるわけですが、結局俺は飲まされ潰され、誰かにここまで運んでもらったらしい。


「昨日坊やを運んできた大男が嘆いてたよ。ロキ神の金貨袋が見当たらないって」


「ぐふっ」


 そ、そうか……


 今は全部収納しちゃってるから、前みたいにお金を腰にぶら下げていないんだった。


 皆俺がお支払いすることを期待していたんだろうし、果たしてお代は大丈夫だったのだろうか……?


 とりあえず女将さんには1泊分のお金を支払いつつ、今日もう一泊させてもらうことも告げておく。


 今日も今日とて、ベザートでやることはあるのだ。


 まずは謝罪をしに行かなくては……


 頭をシャキッとさせるため、敢えて中庭の冷えた水を頭から被って目を覚ます。



「……さぁ行くか」



 そう呟き、まずは埋めたモノを取りにルルブの森へと飛んだ。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「あれ、いませんか~?」


「なんだ騒がしいな! って、ロキか。……無事命を繋いでいるみたいだな」


「えぇ、お蔭様で」


 そう言って2本の剣を見せれば、鼻を鳴らしながらも問われる。


「ついでに軽く補修しとくか?」


「ぜひお願いします。どれくらいでできます?」


「ふむ……目立った欠けもないし、今日1日預かれば十分終わるだろう」


「じゃあどちらもお願いします」


「どちらも? さすがにコイツはもう役に立たないだろう?」


 そう言われたのは【魔力最大量増加】の付与が付いた初代ショートソードだ。


 確かにランクなどを考えればその通りなのだが、俺の場合は普通のハンターと狩り方が違う。


 スキル収集のために低位狩場も巡るので、そんな時にはまだ普通に現役で使ったりするのだ。


 だから2代目ショートソードの消耗を抑えられているというのもあるしね。


 ちゃんと使ってるからと言えば、剣の状態を見てたしかにその通りと思ったのだろう。


 渋々といった感じで2本を受け取るパイサーさん。



「防具の方は――」



 きた。


 ギュッと胃を握られたような感覚を覚えながら、隠すように床へ置いていた革鎧をソッとカウンターの上へ置く。


「すみません。息子さんの形見、修復不可なレベルまで壊しちゃいました……ごめんなさい」


「こいつは……」


 言葉を失い、マジマジと鎧を眺めるパイサーさん。


 これはもう、本当にごめんなさいとしか言えない。


「おまえ、腹は大丈夫だったのか?」


「え? えぇまぁ、大丈夫ではなかったですが、とりあえず生きてますハイ」


「じゃあいいだろ」


「でも、もう【鑑定】だと修復不可って」


「なら次の防具を装備すりゃいい」


「……」


「形見だからっつーくだらない理由で不相応の狩場でも無理に身に着け、その結果死んだら誰が喜ぶ? 息子か? 俺か? おまえか?」


「ッ……誰も、喜ばないと思います」


「装備なんざ所詮はモノで、役割を果たせば替えていくもんだ。棚に飾って眺めてるわけじゃねーんだから当たり前のことだろう?」


「それはもちろん分かってるんですよ。理屈は分かってます。だから謝りにきただけです」


「ったく……そんなに気になるっつーなら、この穴空きの状態で部屋の棚にでも飾っとくんだな。それが戒めになって自制に繋がるし、過去にはそういうやつだって実際にいた」


「お、おぉ……それ良いですね。ぜひそうさせてもらいます!」


「んで? 今はちゃんとそれっぽい鎧も持ってんだろ?」


 そう問われたので、Bランク素材で作った火耐性特化の防具があることを告げつつ、ついでに気になることも確認してみる。


「パイサーさんって、どこまでの素材は扱えるとかあります? 例えば鉱石でもここまではいけるとか」


 さすがにどんな素材でも扱えるとは思っていない。


 それはパイサーさんをバカにしているとかではなく、この世界に【鍛冶】のスキルレベルが存在している以上、その影響はどういう形であれ確実に受けるはずなのだ。


「まぁ大体Bランクくらいがいいところだろうな。ダマスカスまでいけば、まずまともな品は造れない。Aランク相当の魔物素材も似たようなもんだろう」


「それは【鍛冶】のスキルレベルが関係してるってことですかね?」


「そうだがロキの認識とはたぶん逆だぞ? 俺はBランク相当の素材までをそれなりに扱ったから、今の【鍛冶】レベルがある。無理やり祈祷でスキルレベルを上げれば多少はマシになるだろうが、それでも知識と経験が伴わなきゃ売れるようなモンなんて造れねーよ」


「あ、そっか……」


「まぁ厳密に言えば腕力や器用さだって絡むし、金属とレザーでも製造難易度なんて違うけどな」


 そういえばそうだった。


 ジョブ系はスキルレベルが技術を押し上げるのではなく、あくまで補助。


 培った経験や知識がスキルレベルというフィルターを通して、より能力の拡張、向上へと繋がるようなタイプと本に書いてあったのを思い出す。


「ん~」


「おまえランクはどこまでいった?」


「今、Bランクですね」


「正直に言えよ。上は目指せそうか?」


「それは……まぁ、たぶんAランクならすぐなれると思っています」


「そうか。ついこないだうちで解体用の短剣選んでたやつがな。世の中分からねーもんだぜ」


「……」


「ロキ、おまえの装備はもう、素直にドワーフ連中へ依頼しろ」


「フレイビル、ですか?」


「よく知ってるじゃねーか。アイツら力だけはバカみたいにあるって話だし、初めから【鍛冶】の才を持って生まれる率も高いと聞く。タッパが無いから狩りには向かない種族だろうが……その分装備を作るために生まれてくるような連中だぞ?」


 そう真面目に忠告されるも、俺はそんな言葉は求めていなくて。


 何か急に見放されたような気がして、自然と言葉を発していた。


「できれば僕は、パイサーさんに作ってもらいたいんですよ」


「おまえくらいの強さになれば俺の手に余る。もう卒業ってやつだな」


「で、でもパイサーさんだって修行すればきっと……! 素材ならいずれ僕が山ほど持ってきますよ! そうすればすぐにAランクやSランクの装備製作だって――」


「おい、勘違いするなよ」


「え?」


 ピシャリと言葉を遮られ、俺の言葉は完全に止まってしまう。


 怒っているわけじゃない。でもその声に、瞳に、有無を言わさぬ強い覚悟を感じて、俺はただパイサーさんの言葉を待つしかなかった。


「人はそれぞれ、望む先が違うことくらい分かるな?」


「そ、それはもちろんです」


「おまえのように、常に上を目指し続けるやつらもいる。職人連中だってそういうやつらは多いだろう。だがな、誰もがそういうわけじゃない。それより優先すべきことがあるやつらだって、世の中には大勢いる」


「……」


 あぁ、そうか。


 ゲームでも、リアルでも、そこは同じか……


 何に重きを置くかは人それぞれ。


 俺は当たり前のように極めることを前提に動くけど、そうじゃない人達だっていっぱいいて、それは決して悪いことでもなくて。



 じゃあ、パイサーさんは――


 そう思った時。



 ……あぁ。


 俺を見つめる瞳を見て、全てではないと思うけど、少しだけ分かった気がした。





 店を出て、ふと空を見上げながら途方に暮れるも、今後の装備に望みがなくなったわけじゃない。


 グロムさんに優良なお店の名前まで聞いているわけだし、装備はフレイビルについてから追々考えていけばいいだろう。



「さて、あとはかぁりぃに行って、食料も念のためもう少し調達して……メイちゃん家で魔力ポーションの系統も多めに買っておいた方が良いか。全部終わったら教会、最後にゼオ達のところかな」



 明日からはまた仙人生活をする可能性も出てくる。


 やり忘れはないように、一人ブツブツと指を折りながら、俺はやるべきことを一つずつ消化していった。

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