8章 拠点開拓編

第245話 再会

 冷えた空気を深く吸い込み、光りが灯り始めた眼下の町を眺める。


 死んだり死にかけたり、逆に殺めることもあったりと。


 かなり死を身近に感じる波乱万丈な旅だったけど、無事にこの場所へ戻ってくることができたのだ。


 ハンターギルドの屋根に降下し、正面入り口のドアを開ければ懐かしの光景が。



「……ん?」


「あ」


「え?」


「あぁ~!」



「戻りました」



 早過ぎなご帰還に照れ臭くなってしまい、頭を掻きながら言葉を掛ければ、それに続けとばかりに知っている面々が口を開く。



「ロキ! 戻ったのか!」


「なんかすっごい格好してる!?」


「か、かっこいい……」


「まだ1年も経っていないというのに、相当強くなったように見えるな」


「あー……分かっちゃいたが、もう雲の上っぽいぜこりゃ」 



 丁度換金時だったからだろう。


 ハンターギルド内はそれなりに賑わっており、ジンク君、メイちゃん、ポッタ君の3人衆に、アルバさんやミズルさんのパーティメンバーもいた。



「あら、想像以上に早いお戻りだったわね?」



 揶揄うように、少し含みを持たせた言葉を投げ掛けたのは、誰も並んでいない受付でどっしり構えるアマンダさん。


 数年は掛かるかなと思っていたので、俺にとっては嬉しい誤算なわけだが、たしかにその通りである。



「ハハハ……色々ありましたけど、自分なりに戻る条件をクリアしたので戻ってきちゃいました」


「っていうと、瞬間移動するような魔法を覚えたのか?」



 そう疑問を口にしたのはジンク君だ。


 俺が異世界人であると告白した時、そのようなことを言った覚えがある。


 ……ほんの一瞬、どう答えるべきか悩んだが。



「うん、覚えたよ。だから戻ってきたんだ」



 正直に、そう答えた。


 どうにもこの子達には嘘を吐きたくない。


 損得だけで言えばまだ伏せた方が良いのは分かっているんだけど、リスクを享受してでもこの子達の前では正直でいようと、そう判断してしまった。


 当然、場はざわつく。


 ――が、ある意味田舎町のベザートで良かったのかもしれない。



「す、すげぇな……狩場まで毎日歩く必要ねぇんじゃねーか?」


「ということは共同風呂も一瞬ということか」


「そんなレベルの話じゃないでしょう。マルタでもあっという間ということですよね?」


「お、大きい買い物したい時にいつでもできるじゃない! 羨ましいわね……」



 なんか、凄く世界が狭くて庶民的だった。


 たしかにそうなんだけれども。


 でもなんか、ちょっと違う気がする。


 まぁ俺もまだ長距離の団体移動とかはできないから、マルタくらいなら楽なんて恐ろしいこと決して言わないけどね。


 なんか質問攻めが当分収まりそうにないので、一旦また後でということでアマンダさんの下へ。


 ヤーゴフさんが空いているかを確認すると、いつもの部屋にいるということで二人で向かう。


 もう今更、受付業務は? なんて野暮なことは聞かない。



「お久しぶりです、ヤーゴフさん」


「これは驚いたな。マルタで急成長を遂げたことは聞いていたが、ラグリース全土を回ってきたのか?……いや、その装備素材はラグリースのモノではないな」



 へ~さすがヤーゴフさん。


 オランドさんと知り合いみたいだし、マルタの情報はしっかり収集していたのか。


 それにやっぱり鋭いなぁ……



「これはヴァルツのエントニア火岩洞っていうBランク狩場の素材ですね。ラグリースと、ついでに横のヴァルツ王国もある程度回ってきました」


「ここを出て半年くらいでか? どうやら特異な移動手段を得たという噂は本当らしい」


「それもあって予想以上に早く戻れたんですけどね。別の所のギルマスからでも聞きました?」


「一度王都に行く機会があって、その時にな。だが隠す気もなく自由に飛び回っていると聞いている。町人達の噂になっている自覚はあるのか?」


「あ、あは……あはは……」



 そりゃ本人に隠す気無いんだから、珍しい存在ほど噂も広がるわな。


 そしてさらにお騒がせする可能性もあるわけだが――、それでも一応お願いするだけはしておこう。



「以前目標としてお伝えしていた通り、無事転移系の移動手段を得ることができました」


「は? な、なんだと? 空を飛ぶという話じゃないのか……?」


「それとは別、ですね。隠す非効率さに嫌気が差して、どうせすぐに堂々と使い始めるのは分かっているんですけど、それでも今のところは内密にしてもらえると助かります」


「……安心しろ。どちらにせよ不必要に広めるようなことはしない」


「ミズルは酔っ払った時が怖いけど、一応あの子達には後で釘を刺しておくわよ。その口がロキ君を苦しめることに繋がるかもしれないって」


「助かります。あとはこれを」



 そう言って渡したのは数枚の裏紙。


 今までの旅の中で欲しいと思ったものを、相変わらず実現可能かどうかなんてお構いなしに書き綴った製品案だ。


 それでもボタンダウンシャツや、水の出る魔道具と実現可能そうなシャワーヘッドを組み合わせた簡易シャワー、羊のモコモコ耳当てにハンガーやハンガーラックなど、10個以上は書いてあるので何か実現できれば儲けもの。


 なんとなくのヒントを基に、誰かが実現に向けて頑張ってほしいものである。


 そのついでで今まで渡していた製品案の状況などを確認しつつ、話が落ち着いた頃。



「住む場所は決めたの?」



 絶対誰かしらに聞かれるだろうなと思っていた質問が、早速アマンダさんの口から飛び出した。


 だから俺は、事前に決めていた答えを伝える。



「丁度これからってところです。まだなんとも言えませんが、もしかしたらになるかもしれませんね」



 この返答にアマンダさんはもちろん、ヤーゴフさんも首を捻り、珍しく答えが出ない様子で暫し考え込んでいた。




 その後は待ち構えていた皆に連行されて、いつぞやの宴会会場へ。


 今回は既に飲んでいる人もいたが、よく見ればその人達も見たことのあるハンターというオチで、到着早々にドンちゃん騒ぎが始まってしまった。


 狭い世界しか知らないベザートのハンターにとって、身近な存在が語る冒険譚は酒の肴になるらしい。


 ベザートを出てすぐ、マルタにあるBランク狩場<デボアの大穴>で死にかけたこと。


 何枚もの巨大な壁で仕切られた王都に足を運び、この国の凄い宮廷魔導士に会ったこと。


 北には皆にとっても馴染み深いゴブリンの上位亜種が多く存在していて、奥にはまぁペットなんだが、その辺りに生息するBランク相当の魔物を食い荒らすエリアボスがいたこと。


 東にはヴァルツ王国という国があり、傭兵というハンターに近い仕事があることや、実体のない魔物ばかりの狩場に火に関連する魔物ばかりがいる狩場……


 そして50名規模のレイド戦に参加してきたことなど、伏せるべき部分は伏せた上でここまでの約半年間を語れば、皆の目は童心に帰ったようにキラキラしていて。


 もしかしたら、中途半端に皆を刺激してしまうかもしれない。


 そんな考えがチラつくも、それでも世界は凄く広くて知らないことだらけであることを伝え聞かせた。


 そして――、



「これが、この国なんです」



 そう言って懐から取り出したのは、参考に王都ファルメンタの商業ギルドで購入してきた1枚の地図。


 A3サイズほどの大きさがあるソレは、上手く見易さと持ち運びのし易さを両立できるくらいのサイズ感に仕上がっていた。



「凄いな……こんなのが王都には売ってるのか」


「ベザートが小っちゃく見えるね!」


「え? ベザートはどこどこ?」



 子供達の反応は単純な驚きだが、やはり大人達は違うな。


 今までと同じ、「なぜ?」という疑問が織り交ざったような表情を浮かべている。



「不思議なものだな……頭の中になんとなく存在していたものが、こうして目の前にある」


「あぁ。まぁこんな広範囲は知らなかったが……ここら辺がロッカーで、ここに川があるってことは、たぶんこの辺りがルルブだろ?」


「正解ですね」



 この地図は商人向けだから、書かれているのは町と主要街道くらいだ。


 でも今の一言で、狩場名とランクも記した"ハンター向けの地図"なんかがあっても良いかもしれないと、新しい気付きを得ることができた。



「まだハンターギルドにも無かったので、この地図はお土産ということでギルドに寄贈する予定です。依頼ボードの付近にでも貼ってくれって言っておきますから、今後はいつでも見られると思いますよ」



 この地図を見て、どう感じるかは人それぞれ。


 でも何も知らないままでいるよりは、知ってどうするか――その選択くらいはあるべきだと俺は思う。



(良い意味で刺激になってくれればいいけど……)



 先ほどの俺の話と照らし合わせ、地図を見ながら談義に花を咲かせる皆を眺めつつ、俺はチビリとお酒を口にした。

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