第243話 異種族交流

 場所はラグリース王国内、南方の交易拠点でもある領都『マルタ』。


 久しぶりに訪れたこの町は少し様子が変わっており、大通りには獣人の姿が散見された。


 まだ異様に距離を空けたり、怪訝な表情を浮かべたりする者もいるが、いきなり人間の価値観がガラリと変わるわけもない。


 今足を運んでいる獣人もその辺りは覚悟の上で、それでも利益になるから訪れている商人や荷運びだろうし、これから徐々に隔たりが解消されていくのだろう。



「ゼオはどう? 人がいっぱいいるけど、大丈夫そう?」



 横を歩くゼオは見上げるほどに背が高い。


 それもあってはっきりとは確認できないが、口は真一文字になっていそうである。



「あぁ大丈夫だ。人間全てを悪とは思っていないし、親切な者がいることも分かっている。ただ先ほどの女店主は、我の身体をペタペタ触り過ぎな気もしたが」


「ほんとだよ! 師匠のこといやらしい目で見てたよ絶対!」


「はは……まぁあまり無理はしないでね」



 あの洞窟から一番近く、そして大きめの町がマルタだった。


 なので魔力消費の確認も兼ねて初の中距離ワープをしてみたわけだが、店が今にも閉まりそうな時間だったため、まずは急ぎで二人の服と靴を買ったのだ。


 なんせゼオは背丈の合わない俺の外套を腰に巻いただけだったしね。


 灰色の長い髪を靡かせ、浅黒い肌をした高身長のイケオジがセクシー過ぎる格好でご入店。


 なぜか初っ端から「マントを見せてくれ」と呟くゼオに対して、女店主は女なのに鼻の下を伸ばし、それを見てカルラはキシャーッ! と牙を剥き出しにしていた。


 すぐに女物の服を大量に持ってこられて、途中からはずっとオロオロしていたが。



 でもまぁこれで、街中の移動も問題ないだろう。


 二人ともパッと見は具合の悪そうな人間っぽく見えるし、聞けば高レベルの【隠蔽】スキルも所持しているとのことなので、種族がバレることはないはずである。


 真っ赤な瞳はかなりインパクト大だけど、スキルを覗けたところで古代人種なのだから、正解に辿り着ける人なんてほぼいないだろうしね。


 ちなみに二人とも日中の太陽が駄目とか、十字架や銀素材が苦手とか、そういう地球の頃に印象のあった種族特性みたいなものは無いらしい。


 それこそ魔力が自然回復しないというのが最大の弱点ということなので、血と魔力量にさえ気を付ければ行動の制限は無さそうである。



「はい到着でーす。今日はお祝いだし、好きに食べまくっちゃってくださーい!」


「やったっ! 楽しみ~!」


「滾るな……久しぶりに嗅ぐ匂いだ」



 到着したのはかつてリルと訪れたジャイアントワームのステーキ屋。


 当初は古代人の好みなんて分からないし、ハンファレスト内のレストランで好きな物を注文してもらおうと思っていたのだが、聞けば二人とも食べたいのはお肉だと言うし、他には? と聞いてもお肉としか言わないのだ。


 なら専門店でたらふく食べてもらった方が良いってもんである。


 カルラは中サイズの500g、ゼオは特大サイズの1.2kg、俺も久しぶりだしお腹が空いていたので1.2kg。


 がっつり食うぜ~と意気込みながら口に放り込みつつ、ゼオの様子を適度に眺める。


 もしデバフが掛かっているとするなら、時間経過やさらなる血の摂取など色々なパターンが考えられるも、その中で普通の食事――要は栄養補給が解除条件に入る可能性だってある。


 現に二人は魔力回復のため血を飲むが、お腹が空けば食事として動物や魔物の肉も食べるし、喉が渇けば血の替わりに水やお酒を飲むことも多かったという。


 ならば十分可能性はあるだろう。



「この手の食べ物で体力っていうか、強制的に掛かっているかもしれない能力上限が戻るかもしれないから、身体能力に変化があったら教えてね」


「あぁ分かった。あとは魔力を使用しないスキルが使えるかどうかだな」


「そうそう。さすがに教会で所持スキルの判定を受けるのはリスクが高そうだから、眠る前よりスキルを失ってしまっているかの自己調査だね」


「なーんで師匠だけでボクは平気なのかな~?」


「それはやっぱり眷属かどうかの違いじゃない?」


「ふむ、カルラはいつ眠ったのだ?」


「んー……師匠が動かなくなっちゃったあと、すぐ」


「そうか……ならば期間の違いということも無さそうだな」


「まぁ誰も知らないなら1個ずつ試していくしかないよ。能力が戻れば儲けものだと思ってさ」


「うんうん! 今度はボクが師匠を守るから安心して!」



 まだ目覚めたばかりなのだ。


 二人からすれば、俺が死ぬ前に魔人種を見つけられればいいわけだし、そう考えたら時間的な余裕はまだまだ十分にある。




 その後はもうここで泊まっちゃおうと、そのまま高級宿ハンファレストへ。


 久しぶりのおじいちゃん支配人ウィルズさんに挨拶をし、ベッドが二つある3階のやや大きめな部屋を確保。


 部屋に向かう時、


「相変わらず、ロキ様は特殊な方々を連れられていますね」


 と言われた時は、思わず背筋がゾッとした。


 いやいや、絶対にバレているわけないんだが、このおじいちゃんはいったい何を見て人を判別しているのか。



「どう? 昔の時代と比べて特別大きな違いとかある?」


「凄い凄い! こんなに豪勢な宿ってほとんど無かったと思うよ!」


 言いながら走り、ベッドにヘッドスライディングしていくカルラ。


「そうだな。亜人種は森や僻地などの人が入り込まない場所を好むから、町を形成することはあまりなかった。故に宿はあってもこのような部屋はまず見かけることがない。人間の町に行けば別であっただろうがな」


「そっか。俺が知っている範囲だと、今は獣人、あとドワーフが普通に人間と共存してるかな? それも国によってはって感じで、今いるラグリースって所はちょっと前まで人間至上主義だったけどね」


「ふん。やはり長い年月が経とうと、その手の阿呆は尽きぬものか」


「あーごめん、俺も配慮すれば良かったね……実際はもう少し北だけど、ここは元々プリムスのあった土地だからさ。色々な柵(しがらみ)があって、する必要のない差別を続けるしかなかったんだよ」


「随分と詳しいのだな?」


「まぁね。それもあって俺の出生というか――仲間として少し話しておかなきゃいけないこともあったから、今日はこの宿を取ったんだ」


「なるほど。ならば――カルラ! ベッドで遊んでないでこっちに来い! 大事な話だ!」


「あ、はーい!」


 ほんと主従関係が完全に逆である。


 でもまぁどちらも何も文句を言わないので、これはこれで平和な関係なのだろう。





 その後はテーブルを挟み、真面目ではあるけど堅苦しくないよう、それぞれお酒を飲みながら俺がどんな立場で、何を目的に世界を旅しているのか。


 まだ少し言葉を選びながらではあるも、自己紹介を兼ねてゆっくりと語っていく。


 俺が異世界人であり、その異世界人が今各国で取り合いになっていること――これについては予想通り、意味が分からないとばかりに二人ともポカーンとしたままだな。


 転生者がこの世界に現れたのはここ数十年の話なので、古代人の二人がすんなり呑み込めないのもしょうがないことである。


 国同士の争いも増加していて、中にはスキルレベル10の危ない人もいるから気をつけてと、そう二人に伝えておいたので今はこの程度で問題ないだろう。


 遭遇率が低過ぎて、そこまで問題にもならないだろうしね。



「あとはさっきチラッと話したけど、スキルポイントを使って自分でスキルを取得したり、レベルを上げたりっていうのができるんだよね。この世界だと『世界の貢献度』とか『女神様への祈祷』って言い方するみたいだけど分かる?」


「一応知ってはいる、という程度だ」


「その口ぶりだと、利用したことはないって感じだね」


「亜人は各々の始祖や祖神を崇拝することが多い。絶対ではないが、人間の町にわざわざ赴く者は相当少なかったはずだ」


「ボクも行ったことないよ」


「うーん、勿体ないなぁ……」



 長命種も存在する亜人と人間が当時拮抗した理由は正にここだろう。


 短命ながら効率よく加護という名のブーストをかけて成長する多勢な人間と、種族特性や基礎能力の高さという利点はあるも、我が道を行きすぎている感のある亜人達。


 実情はきっちり利用できるモノを利用しているかどうかというだけの話だが、この構図じゃあ女神様達は人間の味方をしていると捉える亜人もいたっておかしくない。


 亜人達の信仰が薄くて女神様達が情報を拾えないのも、この悪循環の結果なんだろうな。


 しかし、伸びしろがあるという点は結構だが、それ以上に嫌な予感もしてしまう。


 人間をあまり好まない程度で済んでいるのか、それとも――




「そろそろ、お風呂の準備してくるよ」




 急ぐ必要はない。


 教会を利用したことがないのに、【空間魔法】の取得条件を詳しく知っていたのはなぜなのか。


 どうやって自身のスキルレベルを把握しているのかも含めて気になる部分はあるが、彼らにとっても俺にとっても、今日が初日なのだ。


 どう見てもカルラにはゼオという存在が必要で、ゼオには俺の血が必要で、俺には―――



「ねえねえ、これって入りながら溜まるの待っててもいいんでしょ?」


「え? 良いけど寒くない?」


「大丈夫大丈夫! 寒いの慣れてるし!」



 慣れるもんなのか……?


 そんな疑問が浮かぶも、ポンポンポポーンと物凄い勢いで服を脱いでいくカルラ。


 コイツ、やっぱりパンツ履いてない。



「お湯溜まったら言うからー!」


「風邪ひかないようにね~」



 しょうがなく風呂の見張りを任せれば、ゼオは苦笑いを浮かべながらその様子を眺めていた。



「すまないな。カルラは訳あってあのくらいの歳を好む。その分幼い言動も目立つと思うが、私に害が及ぶような状況でも無ければ問題を起こすことなどないはずだ」


「ならいいんだけど……んん?? 歳を、好む?」



 なんか言葉自体は珍しくないのに、凄く斬新な表現をされた気がする。



「吸血人種の特性で、魔力を使い肉体を望む年齢まで戻すことができる。その時精神もその年齢に引きずられやすくなるのだ。特に気が抜けて油断している時はその傾向が強い」


「あぁなるほど。実年齢は凄いおじ―――」


「?」




 ……ちょっと待てよ、待て待て。


 どうもその、『肉体を望む年齢まで戻す』のと、『精神もその年齢に引きずられる』という現象は身に覚えがあるよう気がしてならない。


 種族特性という話だが、俺は魔物スキルだって一部使えちゃうわけで。


 ならば人種に分類する種族特性スキルくらい、余裕で使える気もしてくる。


 これ以上若返っても困るから、安易に試すこともできないけど……これはもしや。



【若返り】と勝手に命名していた空白スキルの正体は、もしかしてフィーリルの言っていた【魔力回生】というやつではないだろうか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る