第244話 ただいま

「これで当分余裕でしょー!」


「ロキありがと!」


「何から何まですまないな」


 一泊後、朝から【空間魔法】の収納実験と人間慣れをしてもらうため、俺たち三人はマルタの町で本格的な買い込みを実施した。


 二人も途中からは慣れてきたようで、寝袋的な布団が欲しいとか、ちょっとした料理器具が欲しいとか。


 食料や予備の服なども含めて必要そうな物をポンポン買いまくってしまったわけだが、当面この洞窟で過ごしてもらう可能性もあるわけだし、決して無駄になることはないだろう。


「そんじゃゼオ、この小瓶を【空間魔法】で収納してもらえる?」


「うむ」


「…………どう、かな? って、すぐには分からないか」


「そうだな。せめて半日くらいは様子を見る必要があるだろう」


 んー。


 今渡したのはポーション用の小瓶に入れた俺の血だ。


 亜空間は時間経過しないという話を聞いていたので、ゼオなら新鮮なまま保管しておけると思ったのだ。


 ゼオの魔力は低いだけであってゼロじゃないので、少量の収納で自然回復量と相殺できれば、寝ている間に消失なんてこともないだろうしね。


「この程度ならほぼ魔力消費なんてないと思うんだけど……まぁ小瓶10個程度なら最悪消失してもしょうがないと思って実験するしかないか。また永眠状態に入ったら俺が起こすからさ」


「了解した。予定通り1日1瓶を目安に飲みながら、1日の必要摂取量を計ってみよう」


「うんお願い~カルラは無暗にそこら辺の人の血を吸わないようにね」


「大丈夫だよ? なんか凄く身体の調子が良いし、効率が悪いだけで魔物とか動物の血だけでも平気だしね!」


「あとは……あ、掘り起こしちゃったけど、この魔道具はこのまま置いておくね」


「必要なら持っていってもらっても構わないぞ?」


「うんうん。眠っている師匠の身体を守るためのものだったから、ボクが起きている今なら必要ないよ?」


「つっても、俺も今は使う用途がないからなぁ……まぁそれは、『拠点』が本格的に決まったらってことで」


「そうか」


「分かった!」



 二人の表情は満足気だ。


 大きく気分を害されることなく人間の町で一泊の買い物旅行を済ませ、何も無かったこの洞窟にはしばらくの生活用品が。


 ゼオ用の血もあるので、当面大きな心配はなくなるだろう。


 あとは俺の拠点が決まればお引越し。


 二人はどこに住みたいという願望が全くないので、ここ以上に人目のつかなそうな場所で、とりあえずは今と同じような半自給生活をしていく。


 そして、もしかしたらその拠点にはと……


 このように説明しているわけだが、やはり拠点の部分だけはどうにも不安が残る。


「……一応最後に改めて確認しておくけど、本当にお任せでいいんだね? あとであれやだー! って言っても簡単に変更できないからね?」


「じゃあ血がいっぱい飲めるようなところが――」


「問題ない。血を分け与えてもらい、金銭すら持たぬ我らの生活をここまで支えてもらっているのだ。これでは仲間などではなくただのお荷物――にもかかわらず我儘まで言うなど愚の極みだ。そうであろう、カルラ」


「はい師匠! その通りであります!」


「だからロキの好きにしてくれ。ここのままでも構わないし、移動が必要ならその先で、我の力が戻る時を待ちながらできることに心血を注ごう」


「ボ、ボクも!」


 ここまで言うなら大丈夫かな?


 そうだ大丈夫……まずは自分から仲間を信用し、信頼していこうと決めたのは俺なんだ。


「分かった! じゃあ明日様子を見にきたら、そのあとは一旦本格的な拠点探しの旅に出てくるから待っててね!」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 こうして俺の旅は再開された。


 と言ってもここからは旅のようで旅ではない。


 マッピングが完了していれば、ただその場を指定するだけだ。


 俺一人の場合はついでに上空を意識すれば、より安全に、人目に触れることなく町へ降り立つことができる。


 目的の場所は王都ファルメンタ。


 今が一人だからこそ、群を抜いたこの神スキルっぷりにガッツポーズが止まらない。



「はぁー……ほんと最高」



 そう呟きながら王宮正面門まで下降すると、既に何度も顔を合わせている馴染みの門兵さんが声を掛けてきた。


「ぬおっ!? ……ってロキ殿でしたか。何やら見ぬうちに随分と勇ましい格好になりましたな」


「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。Bランク狩場の素材で作ってもらった鎧ですからね! ラグリースにもこの辺りの装備品は入ってくるようになりました?」


「それはどうでしょう。私ら兵士は常に支給された装備を纏ってますからなぁ」


「あーそれもそうですね」


 皮などの素材だけ入ってきてこちらの職人が作るのか。


 それとも既製品が入ってくるのか――コーヒー豆みたいにとりあえず運んどけ~ってな具合にはならんよなぁと思いながら、ズケズケとばあさんの部屋へ向かっていく。


 最初の頃は壁のピカピカ具合に目がやられていたのに、慣れとは怖いものだ。



「たのもー」



 ノックしながら反応を待つが、あれれ。


 いつも暇そうなばあさんがいないんだが。


 近くを通りかかったメイドさんに聞けば、どうやら今日は郊外の演習場で宮廷魔導士の指導演習をしているという。


 しかも5日間の泊まり込みらしく、昨日発ったばかりなのでまだ当分戻ってこないとか。


 ばあさんも仕事することあるんだなぁ……


「では、アルトリコさんという方は? 不在時の代理ということでばあさん――ニーヴァル様から聞いていたんです。たしか書庫の管理人だとか?」


「えぇ、リコさんならいつも宮殿内にいらっしゃいますよ。ではご案内しますね」



 ズルズルと。


 まさか不在とは思わなかったので、金貨の詰まった革袋を2つ引きずりながらついていく。


 今更収納すれば消えたことになっちゃうし……


 これも【飛行】のように、どうせそのうち開き直って人目も気にせず使うことになるんだろうけど、我慢できるうちは我慢しておこうと思う。



「こちらです」



 そう言われたのは、かつて訪れた書庫の向かいの部屋。


 ノックに合わせて軽快な返事が聞こえ、メイドさんがドアを開ければ、中にはペンを走らせる3人の女性が。


「あ、エニーだ」


「あぁロキだ! って、なんかカッコイイ服着てるし!?」


 騒がしいひ孫までここにいた。


 そういえば【写本】だかを取らせて勉強させるって話だったような……うん、勉強しながらお金も稼げるって素晴らしいね。


 去っていくメイドさんにお礼を言いつつ、どちらがアルトリコさんだろうと視線を別の女性に向けるが――



(デ、デカいな……それに、青……?)



 横に座る二人の女性は少し変わっていた。


 一人は座っているのにおれの背丈よりも余裕で高く、背中を丸めて今も黙々と手を動かしている眼鏡を掛けた女性。


 もう一人はまだ明らかに子供だと思うけど、肌がやや青みがかった女の子がビクつきながらコチラを見つめている。


 髪色や瞳の色は千差万別でも、肌の色は今まで違和感を覚えることもなかったが……これは今までにないパターンだな。



 ――【心眼】――



(へぇ……)



 ソッと短く息を吐き、失礼にならないよう気持ちを切り替えてから口を開く。


「本の買取で来たのですが、アルトリコさんはどなたでしょう?」


「「……」」


「ちょっとリコさん! 呼ばれてるよっ!」


「ふぇええ~!?」


 エニーがインク補充のタイミングを見計らって脇腹を小突けば、眼鏡の女性は飛び跳ねながら奇声を上げる。


 なるほど、やっぱり真ん中の大きい女性か。


「あぁごめんなさい~集中していて気付きませんでした。えーと、複写した本の購入ですよね?」


「そうです。買えるだけ買っていきたいと思いまして」


 そう言って持っていた革袋を前に出せば、ギョッとした表情を浮かべながらエニーが騒ぐ。


「すごっ! それって全部お金!?」


「え……」


「そうそう。ただ足りるのか凄い不安だけど」


 ステータス画面を見れば、今の手持ちは『97,598,200』ビーケ。


 本の量と厚みによってはこれでも足らず、またハンターギルド行きが決定になる。


「それでは出来上がっている本を持ってきますので、少しお待ちくださいね」


 アルトリコさんはそう言いながらヌーッと立ち上がり――……奥の扉を潜るように消えていった。


 地球でも会ったことがないくらいには大きい。


 ゴリラ町長もデカいと思ったけど、アルトリコさんのデカいは軽く2メートルを超えており、人の枠から外れているような気もする。



「なんかロキってば凄い普通~! つまんなーい!」


「エ、エニーちゃん……その方がきっと良いんだよ……?」


「えぇーリコさん気にしないって言ってたよ? それとケイラ! 友達なんだから"ちゃん"は付けちゃ駄目って言ってるでしょ!」


「うぅ~ごめんね、なかなか癖が直らないんだよぉ……」


「皆さん、ここでは静かにですよ。お仕事中はちゃーんと集中しないと、後でおばあ様のお尻叩きが待ってますからね~」


「「……」」



 その後はここが作業場ということで、アルトリコさんのデカい尻を真正面に見据えながら応接室へ移動。


 そこで差し出されたのは厚みの異なる7冊の本だった。


 前回は1冊オマケの2冊で3,300万ビーケ。


 積み重なった高さを見ると、どうにも足らない気がしてならない。


 3人体制とか、ちょっとマジで頑張り過ぎである。


「お、お代金はいかほどで……?」


「えーと、7冊で1億1,900万ビーケとおばあ様から聞いていますけど、大丈夫なんですか?」


「ぐふっ…………え、えぇ。手持ちでは足りませんが、ハンターギルドで引き出してくれば。あ、あとできれば羊皮紙を1枚売ってもらえませんか? 次の地図作成の時に必要でして」


「1枚くらいならば構いませんが……では準備しておきますのでお金、お待ちしていますね」



 まったく悪気はないんだと思う。


 それでも満面の笑みで答えるアルトリコさんを今はちょっとだけ憎らしく思いながら、俺は半べそで最寄のハンターギルドにダッシュ。


 不足金を引き出し、持ってきたお金を仕事中のエニーやケイラと呼ばれていた青色の子供。


 それだけでなく、手隙のメイドさん達まで参加しながら皆で数え、この世界の換金方法なんかも確認しつつ今回の取引が無事終了した。


 ギルド預けの有効場所を王都のままにしておいて本当に良かったわ。



「ありがとうございました。また頑張ってお金貯めてきますね」


「こちらこそありがとうございました。本当に異世界人というのは凄いのですね。正直に言えば、数冊は取り置きになると思っていたのですよ?」


「いやいや、僕もさすがにこの値段ですし、真面目にちょっと考えましたけど……どうせ遅かれ早かれ買うわけだしな~と思いまして」



 これは出来上がっている本を早く読みたいという理由だけではない。


【空間魔法】を取得したことによって巨大な財布ができたようなものなので、もうギルドにお金を預ける必要もなくなったからだ。


 だから今日も不足金を引き出すだけでなく、今ギルド側で対応可能なお金を引き出してきた。


 それでも全額とはいかなかったが、もう1回か2回やれば全てを引き出せる。


 そうなれば書状を作ってもらい、あとはフレイビルのAランク狩場で、実績を認めてもらうために使うようになるだろう。



 お金を数える作業で随分時間を食ったので、たぶんもう外は日も落ちている頃か。


 ばあさんに宜しくと告げ、俺は一度商業ギルドにも寄った後に次の目的地へと転移する。


 アルトリコさんのスキルは覗けなかったが……


 レベル1とはいえ、【水中呼吸】なんてスキルを持っている子供がなぜ本の製作に携わっているのか。


 特異な存在がここに二人もいる理由は、本人達にではなく、またそのうちばあさんが居る時にでも聞けばいいだろう。



 それより今は、やっと言えるこの言葉を――



「ただいま、ベザート」

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