第241話 勇気のいる第一歩
「師匠ーッ!!」
真っ先に飛びついたのは、やはりカルラの方だった。
主と眷属という主従関係があるにもかかわらず、我慢できないとばかりに胸へ飛び込み、それこそ子供のようにワンワンと大泣きしている。
師の後を追うように傍で眠りについたくらいだ。
眠る前だって弱っていく師匠を何もできずに見続けていたのだろう。
積もった想いが溢れだし、それを師匠である魔王が苦笑いを浮かべながら、ソッと頭に手を添え優しく受け止めている。
実際は当初想定していた親子と違った関係性だったが、今見えているこの二人は理想の親子像にも見えてきてしまうな。
少なくとも、自分が子供の頃にはまるで無かった少し羨ましい光景だ。
そんな空気を邪魔しちゃいけないと、俺は暫し黙って見つめていたが――魔王がカルラの肩を軽く掴んだことで場が動き出す。
「カルラ、まずは我を起こしてくれた者に礼をさせてくれ」
「あ、ごめんなさい!」
「少年よ、血を分け与えてくれたこと、心より感謝する。我はゼオ――ゼオ・レグマイアーだ。眠りについてどれほどの月日が経過したかは分からぬが……君は、我の同胞で合っているだろうか?」
「ロキと言います。僕が魔人種に属するかはなんとも分かりませんけど、魔力は――このように黒いです。それはゼオさんも同様ですよね?」
そう言いながら直接黒い魔力を見せれば、頷くようにゼオさんも見せようとし――
たぶん何度か試したのだろう。
かなりの間を置いて、黒い魔力を纏わせながら一つの小さな石を造り出す。
さりげなく【無詠唱】だったのはさすがとしか言いようがないけど、当人は困惑の表情を浮かべているし、やはり何かしらの弊害が出ているとしか思えないな。
「な、なんだ……? 身体の様子が何かおかしいし、魔力が、上手く扱えん……」
「今、段階的に発動のレベルを下げていきました?」
「いや、初めは魔力の具現化をしようと思ったが上手くいかず、しょうがなくレベル1相当の魔法を発動した」
「なるほど……身体能力はどうです? かつてより大幅に低下したりはしていませんか?」
そう伝えると、横からカルラが「えっ?」と驚きの声を上げる。
【洞察】を使ったから今のゼオさんはかなり弱いと判断できるが、外見を見ただけじゃ普通は分からないだろうからね。
「たしかに、全盛期と比べれば見る影もないな……ふっ、これが我に与えられた新たな神の裁きか?」
軽く身体を動かした後に拳で地面を叩き、現状をおおよそ把握したのだろう。
自嘲しながらもどこか達観したような、諦めに近い表情を浮かべている。
だがそれはさすがに早計だ。
少なくとも女神様達はそんな裁きを与えていないはず。
「長く眠られていたせいなのか、僕の魔力が魔人種のソレとは少し違うからなのか……色々な理由があるでしょうから、はっきりしたことは分かりません」
「……」
「ただ『眷属』になって以降も相応の力があったのならば、その力は戻せる可能性の方が高いでしょう?」
これが眷属としての能力限界ということなら、もうどうにもならない可能性がある。
だが、カルラが師匠と呼んでいるくらいなのだから、かつては眷属であっても今の俺やカルラより強かった時代があったはずなのだ。
だから今一番危惧しているのはそこじゃない。
「一番心配しているのはコッチです」
そう言って自分のこめかみを指差す。
やや失礼だが、永い眠りから覚めた人にはこれが一番適切な気がする。
「「?」」
「眠る前の知識や記憶です。カルラにもまだ伝えていなかったけど、この時代はプリムスと亜人の大戦から約1万年くらい経過しています。失った能力は努力や時間経過で戻せる可能性はあっても、失った知識や記憶を戻すのは至難でしょう?」
「へ? 1万年……?」
「…………それは、大丈夫だろう。失ったかどうかの判別などできぬが、人間どもの非道や仲間達の死に様は、今も鮮明に思い起こせる」
「……」
「ロキよ。1万年と、そう言ったな?」
「えぇ」
「それほどの時を経て、魔人種は今も生き永らえているのだろうか? 迫害を受けることなく、幸せに暮せているのだろうか……?」
「それは……まだ旅の途中で、僕は限られた小さな世界しか知りません。その知っている範囲の中で、魔人種とはっきり判別できた人とはお会いしたことが無いです」
「そ、そうか……」
もしかしたら、ハンスさんの国にいるのかもしれない。
でもたぶん……その可能性は低い気がする。
魔人がなぜ、忽然と姿を消したのか――
その問いに女神様達は、
『消えたわけじゃない。けど世界の根幹に触れることだから答えられない』
このように教えてくれた。
つまり何かはあったのだ。
それは世界を旅して一人も見つけることができなかったという、ゼオさん自身の証言からも間違いないだろう。
でも消えたわけじゃない――ならばどこかにはいるんだ。
普通に旅をしたのでは、まず見つけることのできないどこかに。
「でも、僕は見つけられると思います」
根拠の無い自信だ。
無責任に希望を抱かせてしまう、怖い言葉を発してしまっているという自覚はある。
でも不思議なもので、ゲームの要素が散りばめられたこの世界ならなんとかなる、自然とそう思ってしまった。
自意識過剰とも違くて。
きっとこの世界を楽しんでいるうちに、知識欲を満たしていくうちに、いつの間にか答えに辿り着く。
そんな気がしてならない。
「ならば、我もその旅に同行を――仲間に加えてもらえないだろうか?」
「え?」
「し、師匠……」
「いや、いきなりそれは不躾な話だったな。この衰えた力で同行しても足手纏いになることは明白――ロキが言ったように、力が戻る可能性もあるだろうから、そうなったらの話だ。それに、だな……」
「えぇ、血が必要ですもんね」
「すまない。今の状態でどれほど身体を維持できるのかは分からないが、いずれまた、あの状態に戻ることは間違いないのだ」
「……」
「今しがたまで、我はそれでも良いと思っていた。力は衰え、同胞の行方は知れず。今の世で無理に生きる意味を探すのは難しかったが……ロキよ、見つけられるのだろう?」
「……えぇ、発見できると思っています」
「ふっ、ならば迷惑を掛けようとも生きながらえ、この目で魔人種の今を見定めたい。我がかつて身を賭した戦いに意味があったのか、神の怒りに触れるほどの業を背負い、それでもなお誇れることをしたのだと……できることなら、そう納得して我は死にたいのだ」
「し、師匠が行くならボクも!」
当初は血を提供する代わりに、古代人だからこその希少な情報を頂く。
その程度の関係を想定していた。
それが、まさかの仲間か……
パーティやチームなどの近い言葉はあるけれど、この言葉は俺の中で意味合いが大きく変わってくる。
かつて、俺が一度も得られなかったもの。
憧れ、羨みながら、それでも切り捨てたものだ。
そしてこの世界に来てからもそれは変わらない。
特異な能力のおかげで、効率、リスクの両面から俺は人を遠ざけるしかなかった。
唯一が、絶対的な立場から事情を理解してくれる女神様達だけだった。
いつもならここも躱す場面。
旅をする中で、魔人種を見つけたら知らせますよと……そんなお決まりの台詞を吐いて自ら遠ざける。
そうやって壁を作り、俺はまた自由気ままな一人旅を続けるのだ。
(また、同じことを繰り返すの?)
(勝手に起こしておいて?)
(二人とも帰る場所も、頼る人もいないのに?)
(黒い魔力だって理解してくれるんだよ?)
(でも、秘密を伝えられるの?)
(二人を――、本当に信頼できるの?)
暫しの逡巡。
やはり頭の中で描くことは酷く打算的で、自分の性質に嫌気が差すも、これが俺で、これが普通の人間なのだと思う。
考えるまでもなく正道を駆け抜けてゆく勇者や英雄とは違う。
でもただの人間なりに……いいや、多くを欠落した人間なりに、自分のやり方で守るべきモノを守りたい。
これはそのための第一歩で、凄く勇気のいる第一歩だ。
二人を信頼できるかではなく、まずは自分から。
いきなりすべては無理でも、ゆっくりと、少しずつ――
「僕は独り旅なので、『仲間』というのはいないですけどね」
苦笑いしながらそう告げつつ、俺は俺で『仲間』としての要望をぶつける。
「僕にはゼオさんの持つ知識や力が必要です。もちろん、カルラの知識や力も」
「我が協力できることはいくらでもしよう」
「ボクも! 師匠を助けてくれるならなんだってするよ!」
「では、これからのために、どうしても必要なことがあります」
緊張で汗ばむ手を、強く握る。
「【空間魔法】の取得方法、知ってますか?」
ゼオさんの表情は特に変わらない。
俺を見つめたまま、数秒。
喉の渇きを覚え、生唾を飲みながら待てば――
「あぁ、知っている」
そう、答えてくれた。
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