第239話 赤い瞳

「そ、そっか……」


 そこからは何も言えなかった。


 やっぱり魔王だから。


 神罰の理由になるくらい人を多く殺したのだから。


 そんな人物に女神様達が良い印象を持っているわけもなく、だから回復の対象から省かれた。


 ……至極真っ当な理由だ。


 世界をより良い環境へ導こうとする女神様達なら当然の判断とも言える。


 それでも――もしやという機会を失った俺は落胆の色を隠せない。



 リステはそれに気付いたのだろう。


 俺を気遣うように言葉をかけてくれる。



「あの机の上にあった金属の板は、この男が記したものですか?」


「この部屋の隅に埋もれてたから、たぶんそうだと思う」


「となると、私たちはかつて魔王と呼ばれていたこの男の本質を、少し見誤っていたのかもしれませんね」


「……ただ守りたい人達を守ったから。そんな印象は受けたけど、でもまぁ、結局は文字だけの判断だからね」


「ん~? 二人とも少し勘違いしてませんか~?」


「「?」」


「大人の方は私の知識に間違いがなければ、回復させるかさせないかではなく、はずなんですよ~。彼は所持スキルからするとのはずですからね~」



 俺は当然のことながら意味がさっぱり分からず、リステも種族絡みは専門外なのか、疑問の表情を浮かべている。



「その辺りも含めて、主であるはずのこの子供にロキ君が直接聞けばいいのですよ~」


「へ? 俺!?」




 その後、約30分くらいはポタポタと、ちょっと出血量が心配になるくらい、二人は子供の体内へ血を流し続けていたと思う。


 張りをほぼ取り戻していたその身体は、次第に血色も良くなり、元のあるべき姿へと戻っていく。


 その子は一見すると、性別の判断もつかないほどに中性的で整った顔立ちをしていた。


 そして身体が戻るにつれ、すぐに男の子だと判別もできた。


 年の頃は、見た目だけで言えば今の俺と同じくらいで背丈も似たり寄ったり。


 疎らに生えていた白い頭髪は、今はもう青黒く生え揃い、ただ病的なくらいに白い肌はこれで本当に元の姿なの? と心配になるくらいだ。



「この辺りでもう大丈夫でしょう~」



 その言葉に合わせて、リステも輸血作業を止める。



「これ以上はいつ目が覚めてもおかしくありませんから、後はロキ君にお任せしたいと思います~」


「わ、分かった……ちょっと緊張するけどやってみる。でも本当に俺の判断だけで決めちゃっていいの?」


「大丈夫ですよ~逆にこれ以上私達が決めれば、それは下界への過干渉になりますから~」


「それでも何かあればすぐ助けに入りますから、望むままにお話を進めてください」



 そう言って洞窟の外へと向かう二人を眺めながら――ピッ。


 指先を少し切り、今度は俺が代わりに血を垂らしていく。


 待っている間に、二人とある程度の打ち合わせは済ませていた。


 絶滅したと思われていた希少な古代人種であるため、世界のためにも回復の手助けはする。


 ただ姿を見られるのは宜しくないので、ある程度のところまで回復をさせたら二人は姿を隠し、俺はこの場を発見、回復した者として振る舞いながら情報を引き出しつつ、今後どうするかをその場の流れで決めていく。


 ――これはかなり責任重大だ。


 俺の今後に影響を与える局面だろうし、女神様たちにとっても重要な何かがあったのは間違いない。


 フィーリルの表情から、ある程度は問題解決しているような雰囲気を感じるものの、それでも予断を許さない状況は今暫く続く。


 なんせまずこの子供だけで、たぶん俺と同じくらいには強いのだ。


 何かあってもし戦闘となれば、それなりの可能性で俺が死にそうなので、それもあって二人は神界に戻るようなことはしなかった。


 もし横の魔王も復活となれば、これはもう俺がどうこうできるレベルを超えてくるわけだしね。


 まるで猛獣のいる檻の中に閉じ込められた気分。


 それでも、手に入れたいモノがある。


 そのためならば、死ぬギリギリ一歩手前くらいまでのリスクは許容しよう。


 そう一人覚悟を決め、垂れる血を眺めていると――



 数分後、ゆっくりと瞼が開き、紅玉のような赤い瞳が俺を見上げた。






「こんにちは」


「……」


「大丈夫ですか? 意識ははっきりしていますか?」


「……こ…こ、こんにちは!」


「自分が誰で、ここはどこなのか、そういった部分は分かりますか?」


 もう手探りだ。


 こんな人生経験がない以上、一から慎重に確認していくしかない。


 推定1万年くらいの時を経て蘇った実年齢不明の子供。


 どこが地雷になるかも分からず、身体からジットリと嫌な汗が滲み出す。


「ぼ、僕はカルラ・ウォルブド・アッケンリーベルです。ここは……間違いありません。僕が師匠と隠れていた家です」


「カルラ・フォルブボッ……んん! カ、カルラさんと呼びますね。師匠というのはそちらの方でお間違いないですか?」


「そんな丁寧な言葉遣いは不要ですから! 師匠は、はい、横で眠っているのが僕の師匠です」


「じ、じゃあカルラ、俺はロキと言いますよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 あれ……おかしいな。


 女の子みたいに声が高くて本当に子供みたいだ。


 最初かなり構えていただけに、ビックリするほど従順な雰囲気を醸し出していて調子が狂う。


 まぁそれでも突き進むしかないわけですが。


 それにしても、えらく長い名前もはっきり覚えているし、記憶関連は特に問題無いと思って良さそうだな。


「それで今回たまたまこの場所を発見して、カルラがまぁ、吸血人種ヴァンパイアかなと思って回復させてみたんだけど……単刀直入に聞くね。そのお師匠さんはかつて『魔王』と呼ばれていた人物で間違いないかな?」


 そう言って金板を見せると、カルラは存在を知っていたようで軽く頷く。


「それは、間違いありません」


「その『魔王』と呼ばれた人物をカルラは師匠と呼んでいるけど、実際はカルラの『眷属』――何かしらの事情があって、魔人種から吸血人種に生まれ変わった。これも合ってる?」


「……合ってます。ただ僕は師匠を眷属と思ったことなんて一度もありません! 師匠は亜人種の英雄で、瀕死だった師匠を救うにはこれしか方法がなくて――……」



 その後もいくつか『魔王』の安全性や人となりについて確認していくも、全てを良く伝えようという雰囲気もないため、内容に嘘が混ざっているようには思えなかった。


『人間が嫌い』というのは些か致命的な気もするが……


 何かされなければ何もしないし、何かあっても主としての権能で行動を阻害、防止できるということなので、安全性もまぁ問題がないようには思える。


 そしてもう、カルラはなぜこのような質問をしているのか、それがどういう結果に結びつくのかを理解しているんだろうな。


 だからこれほど積極的に、かつ偽りが――少なくとも俺に伝わらない程度には適切に回答している。


 どう考えても見た目通りの子供じゃない。



 まぁそれでもここからだ。


 問題は方法があるのかどうか、無ければ物理的にどうしようもなくなる。


「もう察しているとは思うけど、俺は回復手段と回復後の安全性に問題がないようなら、カルラみたいにお師匠さんも回復させようかと思っている」


「ぜ、ぜひっ!」


「ちなみに、カルラじゃお師匠さんを回復させられないんだよね?」


「ボクには、無理です」


 これは分かっていたことだ。


 自分でできるなら、そもそも師匠を永眠に近い形で眠らせるような選択は取らなかっただろう。


 金板に書かれていた『先に眠ることを許してほしい』という一文。


 当初は同じ魔人に向けての言葉かと思っていたが、既に世界から姿を消したと認識していたのであれば、もしかしたら身近にいたであろうカルラに向けた言葉だったのかもしれない。


 だから知りたいのは――



「回復できない、その理由は?」



 ここだ。自らの眷属なのにできない理由を知れば、今後の方向性がはっきりと決まってくる。


「眷属になった場合、僕達と同じ吸血人種の特性が発現する代わりに大きな枷を負います。それが魔力回復手段です」


「金板に書かれていたやつだね」


「はい。吸血人種は他の種族と違い、自然に魔力が回復することはありません。血を体内に含むことで初めて回復します。

 吸血人種であれば人に分類される種が一番効率は良いですが、魔物や動物の血でも魔力回復は可能です。でも『眷属』は元の同種族の血でなければなりません」


「なるほど……だからお師匠さんは魔力の回復手段を失ったわけか。元は魔人なのに、その魔人が突如として世界から消えてしまったから」


「そうです。師匠は……騙し騙し粉状に砕いた魔石を口に含まれていました。それでも極少量ですが魔力回復に繋がると。ただ吸血人種は長く生きられる代わりに、魔力が無ければ何もできない種族でもありまして――」


「それで身体の維持に限界を感じ、ここに眠ったというわけだね」


「はい」


「それはそうと、カルラはなぜここで一緒に? 制約がないのだから、カルラ一人なら幾らでも生きられたでしょ?」


「……ボクには、師匠が全てでしたから。それだけです」


「……」


 初めて言いたくない部分を突かれたっぽいな。


 師匠のことではなく、自分のことでか。


 この反応を引き出せたのは大きいし、よほどの演技派でもなければこれまでの話が真実である可能性はより高まったが……


 なるほど。


 これはもう試すではなく、イケると確証まで得ているっぽい。


 そうじゃなきゃ、ここまでスムーズに種族固有の情報なんて吐かないだろう。


 理由は最後に俺が血を垂らしていた時――あの時に判別したとしか思えない。


 全ては師匠最優先。


 そのためにまだ何かを隠している可能性もあるが……まぁいいか。


 どうせ何か裏があっても、その裏が表に出ることはそうそうない。


 なんせ、師匠の魔力をまともに回復させられるのは、今のところ俺しかいないんだからな。


 まずは気持ち良く、あなたの考えに乗っかってみるとしましょう。



「それじゃ回復させてみようか。きっと俺ならできるんだろうしね」

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