第238話 古代人種

 不思議と幼少の頃から機微には敏かった。


 褒められたくて、拒絶されたくなくて、暴力を振るわれたくなくて。


 その時々で相手の表情、仕草、声色など敏感になった経緯は違ったと思うが、それでも営業職として強制的に培った以前に、変化するタイミングや相手が今どんな感情を抱いているのかだけは、比較的素早く理解していたような気がする。


 まぁ分かったところで、悪感情を回避できるほどの器用さは持ち合わせていなかったが。



 だからこそ、【神通】の段階で事の重大さをすぐに理解できた。


 無意識に立ち入れないようにする、膜で覆われた不思議なエリアがあったこと。


 内部には二つのミイラ化した遺体があり、金板には遺書とも違う――魔人に関する事実とされる事柄が書かれていたこと。


 書いた本人は、推定ではあるも『当時の魔王』と呼ばれていた人でありそうなこと。



 その時の話し相手はフェリンだったが、すぐに口数が少なくなり、言葉を慎重に選んでいる様子が窺えた。


 極め付きはフィーリルとリステが会話に割って入ってきたことだろう。


 そしてフェリンがそれを咎めることなく、二人に会話を引き継いだことも異例と言える。



(魔人の消息についてははっきりと教えてもらえないし、これは相当大事になりそうだな……)



 考えてみればキングアント戦以来だと思う。


 目の前にはフィーリルとリステが同時に下界へ降りており、俺は再度この二人を引き連れ、亀裂の底に存在する『隠れ家』へと訪れていた。



「どう?」



 白い服のまま降りている、真面目モードのリステに問う。



「基礎は【結界魔法】で間違いありませんが、無意識に回避行動を取らせるというのは【魂環魔法】も組み込まれているでしょう。それに偽りの風景を見せて隠すとなると、他にもいくつか含まれている可能性が高そうです」


「話を聞くだけで相当凄そうってのが分かるね」


「ロキ君の話通り術者がいないとなれば、ここまで高度な結界はプリムスの時代に作られた魔道具でまず間違いないでしょうね。しかし、魔力供給はどうやって……」


「私は先に中の二人を確認しますので、リステはそちらをお願いしますね~」


「えぇ。確認を終えたら私も向かいます」



 結界通過後、リステは青々と茂る森の中へ。


 俺とフィーリルは遺体のある洞窟内部へ入っていく。


 その間、会話は一切無かった。


 フィーリルはどこか緊張しているような、今も考えを巡らせているような硬い表情をしており、とても話しかけられなかったというのが正解に近い。


「ここですか」


「うん」


 昨日振りのこの隠れ家は、俺が出た時と何一つ変わっていない。


 相変わらず乾いた空気が漂い、机の上には俺が置いたままの金板が。


 部屋の隅には多くの塵が積もっている。


 俺は手持ち無沙汰に遺体を眺めるしかなく、フィーリルは既にやるべきことを決めていたのだろう。


 何のスキルを持ち込んでいるのか知らないけど、遺体の真横まで移動し、目を細めながら遺体をしげしげと眺めていた。


 そしてすぐに、どこか納得したような様子を見せながら数度頷き――



「は? ちょ……何やってんの!?」


「ロキ君、これはお手柄ですよ~?」



 そう言いながら腕を子供の遺体の上に向けるが、やっていることと言葉が一致していなさ過ぎて理解が追い付かない。



「いやいや、意味が分からないって!」


「まずは回復させているのです~。ロキ君は勘違いしているようですけど、この二人はまだ死んでいませんからね~?」


「???」



 説明を聞いても、余計に頭が混乱するだけだ。


 まず今見せられている光景は、やや狂気染みていると言っていい。


 フィーリルは指先から滴る血を子供の顔に掛けており、その眼は爛々と輝いているように見える。


 それで回復って。



(もしかして、俺の身体を回復させる時も、こんなことされていたのだろうか……?)



 想像したらブルリと身体が震えてしまった。


 それに死んでいないというのはどういうことだ?


 よく見なくても遺体はスカスカのミイラだし、そもそも体内に魔力反応すら一切なかった。


 が、俺のこの反応は予想していたらしい。



「見た目は古い死体のようにしか見えないと思いますけど、【神眼】が通るということは、まだ生を終えていない証明にもなります~」


「こ、この状態で……? というか、その血を垂らす行為に何の意味が?」



 当然感じる疑問を投げかければ、ふふっ、と。


 軽く笑いながらフィーリルは答える。



「私もロキ君の話を聞いてまさかとは思ったんですよ~? でも二人とも【魔力回生】というかなり特殊なスキルを所持しておりました~」


「えーと、スキルツリーにも載っていないっぽいね」


「それはそうでしょう~とうの昔に絶滅したと思われていた古代人種の種族特性スキルなはずですから~」


「…………あっ」



 まさかとは思いながらも、【魔力回生】というスキル名と、今フィーリルが行なっている行為から、ある種族がポンッと思い浮かぶ。


 不老に近く、血を好むといったらこれくらいしか出てこない。



「もしかして、吸血鬼とかの類?」


「ロキ君はやっぱり異世界人ですね~正解ですよ~!」


「おぉ……」



 ファンタジーの定番。


 中二心をなんともくすぐられる種族が、今目の前で肉体の回復を図ろうとしているなんてワクワクが止まらないんだけど!


 でもあれ? 一人は魔王だよね? 二人とも【魔力回生】を所持しているってことは、魔王は魔人で吸血鬼ってこと? 意味が分からんのだが??



 ピキッ……パキッ……



 俺が一人混乱状態に陥っていると、何かが割れるとはまた違う――固まって収縮していた何かが弾けるような、普段聞きなれない音が聞こえてくる。



「ふふ、朧げな記憶を頼りにやってみましたが、ようやく活動が再開されたっぽいですね~。時間が経ちすぎて無理なのかと心配してしまいました~」


「凄いねコレ、身体がちょっとずつ膨らんできてる……あ、吸血鬼ならもっと口の中にちゃんと血を入れてあげた方が良いかも。手伝うよ」


「では口を大きく開いてもらえますか~?」



 このカチコチ乾燥肌を相手になんて無茶振り!


 そう思いながらも口が上を向くように、横で細々としたお手伝いをする。


 口の中に血を流しても時間はかかるようで、その間に話を聞いていると、フィーリルはかなりこの子供に期待を寄せているようだった。


 上手くいけば種が復活する――こういう部分に素直な喜びを示すのは、さすが生命の女神様といったところだな。


 ちなみに【魔力回生】というくらいだから【魔力譲渡】を使って直接魔力を渡した方が良いんじゃ? とも思ったが、どうやら今のこの二人は死んでもいないけど生きてもいない『仮死状態』のようで、【魔力譲渡】は試そうとしても発動すらしなかった。


 魔石を持たない人種は血液と一緒に魔力が体内循環しているので、血とセットで自然回復する程度の魔力を流し込みながら自発的な回復を促すしかないのだそう。


 そう考えると、魔力保有量が莫大な女神様が血を注ぐ役としては適任ってわけだね。



「どうでしたか?」


「大丈夫でしたよ~どちらも『吸血人種』であることが確認できました~」


「なるほど……そういうことでしたか。こちらも無事魔道具を回収しました。対象範囲を狭くする代わりに、魔力は自然吸収で賄なえるようにしていたようですね」



 戻ってきたリステに視線を向ければ、人の頭くらいある箱を石机の上に置いていた。


 傭兵ギルドの部屋に置かれていた結界用の木箱よりも少し小さく、性能差を考えても、あぁプリムスと今とじゃ技術力が全然違ったんだろうなぁというのがこれだけでなんとなく分かってしまう。


 これがいかほどの価値になるのか……やっぱり怪しいところにお宝があるのは間違いないらしい。




 その後はフィーリルに促される形で、リステも同様に子供の口へ血を注ぐ作業に。


 その間俺は徐々に皮膚が張っていく姿を眺めながら、隣に横たわっているもう一人の人物へ視線を向ける。


 どう考えてもこちらの大人が魔王だろう。


 対象は二人いるのに、フィーリルはリステにも子供の回復を頼み、リステは即座に頷いた。


 ということは、女神様は推定魔王であるこの人を回復させるつもりがないのかもしれない。



 ――可哀そうだな。



 この世界の事情や歴史に疎く、ただ金板でこの人の思いを知っただけの俺だからこそ、そんなことを思ってしまう。


 もう魔力が回復する機会はないと書かれていたが、偶然でもなんでも、俺はあなたを発見したのだ。


 今横にいるあなたの子供が回復してきているように、あなただってきっと。


 回復すれば、志半ばで潰えた同族探しの旅が、疑問の答えに辿り着けるのかもしれない。


 それに、この人は【空間魔法】所持者のはずだから、もしかしたら取得方法だって――



「こっちの大人も、後からやるんでしょ?」



 だから、回復してあげてよ、なんなら俺も血を注ぐし。


 そんな思いも含めた問いだったが、リステはフィーリルに目をやり、フィーリルは困ったように首を横に振る。



「ロキ君、残念ながらそちらの大人は無理ですねぇ~」

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