第237話 隠された空間

【探査】――人種。


【探査】――魔物。


――【身体強化】―【気配察知】―【魔力感知】―【忍び足】――




 ――――人種の反応が二つ、しかし……まったく動きは無い。




 それでもいざという時の備えはする。


 明らかに普通じゃないと分かるこの状況は、本来恐怖を感じて尻込みすべき場面だろうに、興味が先行してしまう俺は本当にダメだなと、思わず下唇を噛みながら洞穴を眺めた。


 内部は入口を入ってすぐに曲がっており、先を見通せない。



「周囲を、照らして」



 頭上に光る球体をイメージし、全方位を照らす灯りを作り出す。


 一応懐中電灯も持ってはいるが、できれば両手は使えるようにしておきたい。


 ソロリソロリと、無音で想像以上に乾いた内部を進んでいく。


 道中特に目立つようなものは何もなかった。


 1度曲がり、2度目にまた曲がり、そして3度目かというところで――なるほど。


 視界が少し開ける。


 存在したのは一つの小さな部屋だ。


 中央には地面と繋がった石の机があり、その上には崩れた紙――だったモノだろうか?


 白っぽい何かが置かれていた。


 文字は何も書かれていないように見えるが、もしかしたらもう消えてしまっているのかもしれないな。


 右の壁面にも元々何かあったのだろうけど、今は木屑のようなモノが混ざった塵の山になっていて、ここに何があったかは分からないし、全体的に風化がかなり進んでいるように見えた。


 そして左側には――うん、間違いない。


 2体の遺体だ。


 たぶん、子供と、大人。


 1段高い石の台座――というよりはベッドのように見えるその場所に並んで、お互いを抱きかかえるように眠っている。


 性別も種族も遺体が干からび過ぎて、まったく判別ができない。




「ここに住んでいたっぽいけど……なぜ、あんな結界じみたものが?」



 そこが分からなかった。


 何かあってこの亀裂に落ちた。


 それなら今までにもそんな事故はあっただろうし、その中で偶然生き延びた――これだって身体能力や運次第ではあり得ないことじゃないだろう。


 俺だって今なら崖から落ちても死なない自信があるし。


 だから落ちた先で止む無く生活をしていたという話なら分かるんだけど、そんな人が結界を使用するとは思えないし、この風化状況で今なお誰がどうやって発動させているっていう疑問も残る。


 ん――……


 他に部屋があるわけでもなく、形の残っている物があるわけでもない。


 これじゃあ、謎の状況が謎のまま終わりそうだな。


 そう思いながら壁際に溜まった塵の塊をソッと横にどけていくと、手に硬い感触を感じて肩がビクつく。


 慎重に埋もれた物を確認すれば――



「おぉっ……これがもしかして、『金板書』ってやつじゃ?」



 ばあさんやハンスさんから名前だけは聞いていた存在、金属製の板が塵の下には眠っていた。


 他にも探すが、どうやら埋もれていたのはこれ一枚だけ。


 錆びも見られないその金色の板を中央の机に置き、慎重に塵を退けながら中身を確認すれば、そこには想像していた書物とはかけ離れた乱雑な文字が短く残されていた。











 もう魔力が回復する機会はないだろう。


 辛うじて生を繋いできたが、身体が限界なのは己が一番理解している。


 ゆえに、後の世へと事実を残すべく、ここへ記す――



 この金板を手に取った者よ。


 どうか、忘れないでほしい。


 かつて多くの同族がプリムスに立ち向かい、世界に住まう亜人達を救ったという事実を。


 救世を担ったはずの同胞達が、なぜか半死の我だけを残し、世界から忽然と姿を消したという事実を。


 十余年と世界を巡ったが、見かけたのは数多の隠れ潜む亜人種ばかり。


 我が同族はただの一人も見つけることすら叶わない。


 我には、時間が足りなかった。



 其の時代に、魔人は根付いているだろうか?


 我が身を賭し、悪鬼となりて友を、仲間を、亜人を守ろうとしたその意味はあったのだろうか?


 その答えを知りたくも、我には永劫辿り着けぬままなのだろう。


 願わくは、世界のどこかで魔人種が存続していることを――。


 先に眠ることを許してほしい。







 ソッと金板を撫で、改めて視線は眠る死体に向く。



「もしかして、あなたが……」



 思わず【鑑定】を試みるも、何も示されることはない。


 プリムス――つまり人間と魔人種を筆頭とした亜人達が戦ったことは、かつて女神様達から聞いた話だ。


 結果リアが神罰を落として有耶無耶にしてしまったが、同族を含む亜人達を救うために動き、結果救ったということも事実だろう。


 たしかアリシアは、何もしなければ亜人は全滅していたかもしれないと、そう言っていた。


 だが……魔人種が姿を消したという話は聞いたことがない。


 絶滅したのではなく、忽然と消えた――随分と荒唐無稽な話だが、あり得なくはないのか。


 自然とそう思ってしまう。


 本当に魔人がこの世界にいないのか、まだこの世界の狭い範囲しか知らない俺には分からない。


 それでも、かつて『地図』という存在がこの世界から消えている以上、一つの種が消えるなんてこともありえてしまいそうなのがこの世界だ。


 なぜそんなことをしたのかは皆目見当もつかないが。



(必要なのは――まだ解放されてもいない【死霊術】か……)



 金板を机の上に置いたまま、死体を一瞥する。


 素材が金というだけで価値はあるのだろうけど、なんとなく、この手の思いが詰まったモノを持ち帰る気にはなれなかった。



「魔人の消息は、神様に直接聞いてみますよ」



 人間を相当殺したって話だけど、あの文章を見る限りはどうにも悪い人じゃなさそうな気がするのだ。


 そんな理由から、なんとなく先を照らす可能性のありそうな言葉を投げかけ、俺はこの部屋を後にした。


 隠し部屋にはお宝ってのが相場だけど、どうやら俺はをまだ持っていないらしい。

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