第236話 亀裂の内部

「本当に、変わった狩り方をしますねぇ……わざわざ狙う人なんて初めて見ましたよ」


「ははは……暇潰し、みたいな?」


 頭を掻きながら苦笑いで誤魔化す。


 もう慣れた様子を見せる受付のお姉さんに、グレーソウルの無属性魔石が異常に多いことを突っ込まれるが今更だろう。


 これがオーベル・サム最後の換金。


 結局【無属性魔法】はスキルレベル3で止めることにした。


 どうしても普通の魔物に比べて非効率的だったということもあるし、その後姿を見せなくなったもう一人の監視者の存在が怖く、あまりお金を地中に埋めておきたくなかったからだ。


 今のところ経験値稼ぎ以外に【無属性魔法】を使う場面はないわけだし、もっと高いレベルが必要と感じた時に、他で入手手段が無ければここに来る。


 とりあえずはそれで良いと思う。


 ここで粘るより、早くフレイビルに入っちゃった方が強くなれるだろうしね。


 それに多分、ここの狩場もいずれまた訪れる可能性が高い。


 妙な違和感からそんな気がしてならないのだ。



「あのー」


「はい?」


「大絶叫するゴーストメナスいるじゃないですか」


「えぇ、この町の生気を吸い取る諸悪の根源ですね」



 この町の人々が積年感じ続けている思いを、そのまま吐き出したような言葉。



「……そのゴーストメナスに、笑顔で『ありがとう』って言われる話、今まで他のハンターから聞いたことあります?」


「は?」



 お姉さんは先ほどの憎々し気な表情から一変、素っ頓狂な表情を浮かべている。


 何かヒントが得られればって思ったけど残念、情報は無しか。



「今まで――延べ8日間くらいですか。そのうち2回だけ言われたんですよ。『ありがとう』って」


「……」


「どういう意味ですかね?」


「さ、さぁ?」



 これだろうという予想が付けられれば、そこからさらに的を絞り込むことだってできるかもしれない。


 今までそんな予想から問題解決できたパターンもあったはずだ。


 だが、今回はまったく条件が分からない。


 そもそも条件があるのかどうかも分からない。


 ゲーム的な要素が散りばめられたこの世界だと、その『ありがとう』という言葉が何かに繋がる――


 そんな気がしてならないんだけどなぁ……


 まぁ世界を冒険していけば、いずれヒントや気付きを得られる場面があるのかもしれない。


 粘って何かを得られるような感覚がないのであれば、その感覚が得られた時にまた改めて来ればいいのだ。



「それじゃ、また」



 オーベル・サムの上空から、町と、旧オーベル跡地を一瞥し、残り僅かとなった西側の国境を目指して旅を再開した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その後の旅は順調だ。


 FランクとEランク狩場しか無い小規模な町を2つ越え、左手にはどこまでも続くパルメラ大森林が。


 右手には徐々に拡大していく台地の亀裂が登場し、そのさらに先では1ヶ月半振りくらいとなるラグリースの台地が広がっていた。


 パルメラと亀裂の間はなんとも微妙な石壁が積まれており、馬を走らせている見張りっぽい兵士の姿が見える。


 地図を見れば、たぶんここから30分も飛行すればベザートまで到着できるだろう。


 だが俺の進路は北上だ。


 ここからグリールモルグを目指し、ヴァルツ王国の外周を繋げていく。


 加えて必ずやろうと楽しみにしていた、も進めていくのだ。



 ラグリースとヴァルツを繋ぐ『ルーベリアム境界』は、橋から下を覗けば森が広がっていた。


 今まで見てきた亀裂の深さと幅であれば、内部に侵入できるのは南北にそれぞれある亀裂の始まりのみ。


 そして一度入ればまず簡単には上がってこられない断崖絶壁なのだから、ほぼこの亀裂内部は手付かずの秘境になっていることだろう。


 そんなの、珍種魔物やレア魔物の宝庫になっていてもおかしくないし、見るからに怪しい箇所があったって不思議ではない。


 ゲーム脳ならそう考えてしまうものなのだ。



「ヒャッハー!」



 マッピングは進めつつ、【探査】で『魔物』を探しながら徐々に深く、そして広がっていく亀裂へ俺は潜っていく。


 というより、途中からは亀裂内部が想像以上に幻想的で、ヴァルツ王国側はほぼスルー状態だ。


 幅は狭く、異様に長い手付かずの森はどこまでも続き、底の世界は普通の野生動物が多く存在していた。


 やや大型なタイプもいたので、ここが出入り可能な地域なら、今までにも何度か見かけている『G』ランク狩場に認定されることだろう。


 ほぼ垂直と言っていい壁からは所々で地下水が滲み出し、この世界は地震も発生するのか断層まで存在している。


 ここの絶壁に穴でも掘れば絶対見つかることのない宝物庫になりそうだし、なんならこの壁の中に家を建てても凄く面白そう。


 そんなワクワクの止まらない環境なのに、だがしかし……魔物がいない。


 油断して何かあったら怖いので、ある程度亀裂が深くなってからは底から距離を取って【飛行】していた。


 だから目視はあまりできていないが、【探査】範囲には間違いなく入っているはずなのに、1匹も魔物の反応を拾うこともないまま亀裂探索初日は終了した。




 そして二日目。


 このままだと今日中にはグリールモルグへ着いてしまうな~と思いながら【探査】と怪しいポイント探しをしていると、俺は豪快にやらかし南部へ向かって飛んでいた。


 どうやら亀裂に入る時、向かう方角を間違えたっぽい。


 おまけに周囲の景色が壁ばかりだから、方角が反対になっても全然気づいていなかった。


 いや~アホだわ~。


 そう思って北に向かい、周囲の状況を確認しながらふと地図を開いた時、また俺は南方面へ。


 それこそ今日のスタート地点よりもさらに南へ逆走していたのである。



 ハッハッハー。





「…………いやいや、どういうこと?」





 この世界にきて、一番真顔になった瞬間だと思う。


 1回目はまだしも、2回目は確実に北へ進路を取ったと確認した。確実にだ。


 にもかかわらず、俺はまた南側へ向かって飛んでいる。


 いつ反転したのか、まったく身に覚えがない。


 何か理解のできない現象が起きているけど、何をどうやったらこんな事態になるのかさっぱり分からない。



 すぅ―――………



「大丈夫だ。大丈夫。たしか地図方位の切り替えができたはずだから……うん、これで画面をずっと見ていれば間違いようがないだろ」


 マッピングが完了している部分までは高速で飛び、反転したと思われるポイント付近になったら速度を緩め、地図方位を切り替え。


 今までは常時北が上を向いていたのが、進行方向に合わせて地図がグルグル回る表示方法へと変化したので、そのまま地図画面を出した状態で【飛行】を継続する。


 視界が塞がってしまうのは怖いが、向かう方位を常時知るにはこれが一番間違いない。


この状態で暫し進んでいくと――、




「…………………………あ、曲がった」




 すぐに地図画面を閉じれば、俺の視界は一面壁だ。


 つまり俺自身が意識せず、勝手に横を向いたということになる。


 何も気にしなければこのまま反転し、また南側に向かって【飛行】させられていたはず……


 俺が向かいたかった正面の景色は、何もおかしな点は無い。


 普通の森と、100メートル以上はありそうな絶壁が遥か先まで延びていた。


 その後も慎重に飛行を繰り返せば見えてくるモノ――



(亀裂全部が通れないわけじゃない)



(小石を投げれば普通に落ちていく)



(北側から入れば、北側に反転させられる)



 ――それはマッピングすることのできない、どうしても俺の立ち入れないポイントが限定的に存在しているという事実だった。


 範囲は小さいもので、せいぜいテニスコートや25メートルプールくらいのものだろう。



「どうする……これは普通じゃないぞ……」



 引くか、もう少し踏み込むか、それとも救援を呼ぶか。


 悩ましい選択だ。


 怪しいと思っていた場所で怪しい事象が起きているわけだから、俺自身の興味は非常に強い。


 ただこないだ助けてもらったばかりということもあり、ここで女神様のお助けを呼ぶことには抵抗があった。


 今すぐ死にそうなほど大ピンチな場面でもないわけだし。



(何も異常はない。地面はただの森、上空も普通……【探査】に魔物も人の気配も引っかからないし、目に見える範囲では――……あぁ、そうか)



 ここ、異世界だったわ。



 ――【魔力感知】――



 ……これでも、何も見えない。


 でもまだ諦めるのは早い気がする。



『指電』



 パンッ!



 指の先から飛んだ雷は、空中で弾かれたように軌道を変え、明後日の方向へ飛んでいく。


 うん、今、間違いなく何かに当たった。


 そして弾く時、一瞬膜のようなモノが波打った、そんな気がする。


 ならば――俺は気合を入れ、ソッと、手を伸ばす。


 石には反応がなく、魔法には反応があったということは、反応しているのはきっと『魔力』だろう。



 さて、どうな――――るぅ??



 あれ? 手がバリバリって火傷するくらいの覚悟をしていたのに、何もない。


 普通に通過して、でも通過した先の手が


 痛みも違和感も無い。


 戻せば、普通に見えなくなった手は復活している。



 なるほど。


 それならもう、行くしかないじゃん。



 一度深呼吸をし、呼吸を止めたまま透明の膜の中に顔を突っ込む。


 すると、他となんら景色の変わらない森だったが、1ヵ所だけ違うところが。


 側面の壁には少し高い位置に穴があり、まるで俺を誘惑するかのように、ポッカリと黒い口を開けていた。

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