第233話 旧オーベル跡地

『リシェ』を発ってから2日で到着した、ヴァルツ王国南西部にある町『オーベル・サム』


 Cランク狩場を管轄している町と言ってもいいはずなのだが、それにしては規模が小さく、町にもあまり活気が見られない。


 どこか沈んだ雰囲気が漂うのはハンターギルド内も同様で、昼過ぎから食事処で静かに酒を飲んでいるハンターを横目に見ながら、俺は資料室へと向かってなるほどと一人納得した。



(……とうとうこのタイプがきたか)



 Cランク狩場 《旧オーベル跡地》


 古代文明時代に壊滅したとされる市街地跡で、広大な廃墟群がそのまま魔物の住処となっている。


 影から突如として斬りかかるシャドウナイト、かつて住んでいた町人達の怨嗟を投影しているとされるゴーストメナス。


 光と闇の明滅を繰り返しながらそれぞれの魔法を放つグレーソウルと、実体を伴わない魔物ばかりが登場するため、相応の攻撃手段を持たなければ思わぬ苦戦を強いられることになる。


 物理的な攻撃で倒す場合、魔石の破壊が必須になるためお勧めしない。



 ん~そこまで露骨なタイプではなさそうなことにホッと一安心だが、それでもちょっと構えてしまう類の魔物だな。


 実体を伴わない、か……


 他に目ぼしい狩場や魔物もいないため、すぐに空いていた受付カウンターへと足を運ぶ。


 どうやらこの町には、お局さん的なおばちゃん受付嬢がいないらしい。



「すみません、《旧オーベル跡地》について聞きたいんですが」


「はい、どんなことでしょう?」


「ここの狩場は実体を伴わない魔物ばかりみたいで、要は魔法で倒せということになるんですかね?」


「そうですよ~正確には魔法の中でも物質生成型の【土魔法】と【氷魔法】以外ですね。この2種も効果は薄いとされていますので」


「あ~なるほど。もし魔石を砕いた場合は、北にある『グリールモルグ』みたいに、砕いた魔石の重量で買取になるんですか?」


「一応そうなりますが、価格は最低値が前提になりますから、あまりお勧めできるやり方ではありません。かなり報酬額は下がると思ってください」


「え? そんなに、ですか?」



 どういうことと思って詳しく聞いてみると、まずシャドウナイトは属性無しの通常魔石が、ゴーストメナスは闇属性魔石が、グレーソウルは倒すタイミングによって闇属性と光属性の2種のほかに、低確率で属性が付かない魔石も落とすらしい。


 つまり3種類の魔石種別が存在する上、仮に同じ闇属性魔石でもゴーストメナスとグレーソウルとでは魔石買取額――要は魔石内部の魔力内包量が微妙に違うため、砕いた状態だとかなり判別に時間がかかってしまう。


 で、実際はそんな手間のかかることなんてやってられないので、砕かれている場合は一番安いシャドウナイトの通常魔石と見なして重量計算する。


 だからギルド側でも推奨しないということだった。


 たしかにそう聞くと、魔石を砕く必要のある魔物がポイズンクラウドしかいなかった《イスラ荒野》とは大きく事情が異なるな。



(ふーむ、魔法で倒すのはいいにしても、果たして魔力が持つかどうか……)



 今の話だけでも、まだ俺が所持していない【闇属性】持ちの魔物がいることは確定だ。


 となると、スライムのように数時間狩って終わるような狩場にはまずならない。


 直接行って色々と試してみるしかないか――そう思ってお礼を言おうとした時。



「あの! もし《旧オーベル跡地》に行かれるなら、ただいま闇属性魔石を高値買取していますので、ぜひ素材提供のご協力をお願いします!」



 そう言われながら依頼ボードを指差すので、どれどれと眺めてみればたしかに。


 珍しい形で緊急依頼討伐の赤枠木板がぶら下がっていた。



『闇属性魔石が不足しているのでただいま高価買取中! ゴーストメナスは27,000ビーケ、グレーソウルは29,000ビーケで引き取ります! まとめ売り大歓迎!』



 なんだかとっても現代日本的な宣伝内容である。


 ちょっと懐かしさを覚えてクスッとしながらも、お姉さんに「ちゃんと買い取ってくださいね」と告げ、俺はそうそうに宿で部屋を確保したのち狩場へと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 方角を聞いただけですぐに分かるほど広大で、かつ一帯全てが薄く霧で覆われた狩場を上空から眺める。


 近くにハンターがいなそうな場所に降り立ったら狩りの開始だ。


 と言ってもその作業はまったく苦労することなく、逆にハンター達を見つける方が大変なくらいだった。



「怖いくらいにガラッガラだなぁ……」



 どのMMOでも大なり小なりある"不人気狩場"。


 この過疎具合を見れば、まさにここがそうなんだろうな。



 実体が無いのだから、魔石以外に換金できる素材がない。


 魔法という継続戦闘に適さない手段が攻撃の要。



 狩場ランクと町の規模がズレてしまっているのは、たぶんこの辺りが理由になるのだろう。


 ただどうも町全体が暗く感じるのは、狩場でも一番厄介と感じるこの魔物のせいじゃないかなと思う。




「この恨み、絶対に忘れんぞぉおおおおお!」




「許さない……許さない……絶対にその顔は忘れ…ひぃいいぃい!?」




「あなたに永遠の呪いが降り掛かからんことぉおおつぐぎぃいい!!」




 もうなんというか、狩場に登場するゴーストメナスの恨み辛みが凄いのだ。


 この魔物が本当に生前人間だったのかは知らないけど、見た目は表情もはっきり分かる半透明の人間だ。


 男女がいて、個体それぞれで顔は異なり、上半身のみが漂っているその姿は着ている服だって皆違う。


 それこそ元々ここに住んでいた町民達が、本当にこんな状態になってしまっていると思わせるような雰囲気があった。


 おまけにこの怨嗟、実際に形となって現れるのだ。



「ウォァァ…アアァアアァ――……」



 足元から伸びる数多の半透明な手。


 これも実体はないはずなのに、なぜか俺の足を一斉に掴み、そして拘束する。


 こんなことをしてくる幽霊達が、死に際は呪詛を吐きながら本当に殺されたような表情で叫ぶのだから、並みの神経していたらこんな場所に近寄りたくないと考えるのは普通だと思う。


 俺だって近寄りたくなかった。



『指電』



 ただ最初戸惑ってちょっと漏らしていたら、こいつら悪い顔して【闇魔法】を撃ってくるもんだから、今は気にすることなく指先から雷をピュンピュン飛ばしている。


 俺を殺そうとするなら容赦しないのは幽霊だろうが同じである。


 まぁ声帯無いはずなのに叫んでるわけだし、フェルザ様がそう設定しただけの偽物だと思うけど――ねっ!



『風刃』



【魔力感知】で拾った反応に合わせ、俺の背後から湧き上がった真っ黒い人型の影。


 その首を生み出した風で切り飛ばす。


 実体がないせいで、ここの魔物は【気配察知】だと魔石の反応しか捉えられない。


 シャドウナイトにいきなり背中を斬られた時はビックリしたけど、この狩場では唯一向こうから近寄ってきてくれるので、慣れてくれば一番ありがたい魔物だ。


 上空からいきなり誰もいないところに降りると、たぶん視界判定になっているのか、5体くらいがいきなり俺の影から湧いてくるので、事前に範囲魔法を準備しておけば綺麗に魔石だけを残して消えていってくれる。



 あとはー……いたいた。



「ん~……そこッ!」



 逆にこの狩場で一番消極的なのがこのグレーソウルだな。


 頂きものの【発動待機】で、タイミングを合わせつつ放った"指電"。


 ほとんどラグもなく、朧げな球体が黒く光ったタイミングで撃ち抜けば、ホロホロと崩れるように消滅していく。


 見ていると大体3秒くらいの間隔で光と闇が交互に切り替わるので、着弾が速い魔法を撃っていれば、まず問題なく狙った属性で倒すことはできる。


 ただどちらも一定距離内を漂う、速度の異なる追尾型魔法を切り替わる度に放っているので、ゴーストメナスに縛られている時コイツがいたりすると、素早く着弾する【光魔法】と無駄に遅い【闇魔法】で同時にボコられ、その後も追尾とシャドウナイトに影から付き纏われて逃げることもできない。


 特に魔法防御に弱いと、こんな惨事が予想できてしまうような狩場であることが分かった。


 うん、人気の無い理由が自然と理解できちゃうね。



 まぁそれでもCランクだし、精神的に宜しくないなってくらいで俺が死ぬ要素はない。


 知力がだいぶ伸びたおかげか、スキルレベル1でも確殺できているので、魔力消費もこれなら1日くらいは持ちそうだし……


 となれば、あとは効率を追い求めるだけ。


 俺は一人黙々と実験を繰り返しながら、《旧オーベル跡地》のスキル収集に没頭した。

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