第232話 このタイミングでご登場

 どことなくベザートに近い雰囲気を感じる小さな町――『リシェ』。


 時刻は18時を過ぎ、ちょうど換金をしていると思われるハンターが1組いる程度。


 あとはお食事処で飲み食いしている人たちばかりという状況の中、ギリギリセーフと言わんばかりに扉を開けた。



 ギィー……



 立て付けが悪いのか、妙に響く音。


 自然と周囲の視線はコチラに向く。



「…………」



 まぁ、そうなるよね。


 最近徐々に慣れてきた光景だが、辺境の田舎町に立ち寄るほどこの視線は酷くなるな。


 今まで賑やかだったロビーがピタリと静寂に包まれるも、俺は気にせず資料室へと向かっていく。



「な、なんか小さいけど凄そうなのが来たぞ?」


「あ、もしかして傭兵じゃないか?」


「こんな町に何の用だよ……?」



(う~ん。この鎧、派手なんだよなぁ……)



 こないだ作ったばかりということもあり、黒く変色するような気配は今のところまったく見られない。


 なので今の俺は全身が真っ赤っか。


 それにこの鎧、ショボくはなさそうという雰囲気が表面の鱗や形状から滲み出ているので、鎧を着ている人が珍しいような町に行けば、そりゃクソほど目立ってしまう。


 かと言って、真冬の上空飛行にこの鎧は必要不可欠。


 こっちは凍えそうだってのに、わざわざ脱いで籠の中に入れるとかバカの極みである。


【発火】し続けるという案も、俺が触れている籠は大丈夫でも、籠の中身が気付けば燃えていそうという懸念があるしなぁ。


 ヒートテックとももひきがあれば、俺は迷わず大金出してでも買ってしまうぐらいに寒さ対策は切実だ。


 あ、ももひきくらいなら誰かが簡単に作れそうだから、あとで手帳にメモしておこう。



 サクサクと資料本を確認。


 どうせ何もないから、一泊だけしてまた明日の早朝から移動を開始しよう。


 そう思いながらペラリと表紙を捲り「あっ……」と声を漏らす。




――『スライム』――


 半液状化している不思議な魔物。


 自ら積極的に攻撃してくることはないが、傷みやすくなるため武器で被膜を破ることはお勧めしない。


 また赤いスライムを見かけた時は少しだけ注意だ。


 興奮状態にあるので、傷を負っている者はあまり近づかないようにしよう。




「なるほど、ここでスライムね」



 最弱の代名詞がこのタイミングで登場したことに驚くも、そういえばと。


 前にアマンダさんからスライムという単語が出ていたことを思い出す。


 そして、この解説文――


 使えるかどうかは別として、ことは間違いない。


 これは少し楽しみになってきたなと、ニヤつきそうな顔を必死に抑えながら俺はギルドを後にした。




 そして翌日。


 チラホラと狩場へ向かう私服の町民戦士達を飛び越え、俺はパルメラ大森林の少し奥地へと向かう。



【探査】――スライム。



 そして近場の反応があった場所へ降り立てば、予想通りの姿をした半透明の存在が姿を見せる。


 想像と唯一違っていたのは色くらいで、このスライムは真っ先に思い浮かんだ水色ではなく、薄く濁らせた茶色のような色をしていた。


 さてさて、頼みますよっと――【心眼】。



『【分解】Lv1 【吸収】Lv1』



「っしゃぁ!」



 ここはFランク狩場なのだから、レベルが低いことはもうしょうがない。


 それよりも2種の新規スキルというのが熱いのだ。



「武器が傷むのは嫌だから――ホイッ」



 足元の小石を軽く投げれば表面の膜を貫通し、まるで割れた水風船のように内部の濁った水が零れて土に溶け込んでいく。


 残されたのは、今まででも一番小さいと思われる小粒な魔石。


 手で直接触っても、何か違和感を覚えることはない。



(この水が【分解】の役割を果たしているのかな?)



 そんなことを考えながら、まずは45体と。


 スキルレベル3を目指して、久しぶりとも言えるパルメラ大森林を駆け回った。



 そして約2時間後。


 相変わらず魔物同士の距離が離れているな~と思いながら、【探査】のおかげで討伐数は順調に増えていき、昼前には一旦の目標となるレベル3に到達した。


 ゴブリンとホーンラビットはガン無視だし、解体の手間もないのでサックサクだ。


 そしてここからもう一つ上を狙うべきか。


 予想外にどちらも白文字となっているこの2種は、果たして有用スキルなのかかどうかの検証開始だ。



【分解】Lv3 魔力を介して対象を分解する 分解速度は込める魔力量による 魔力消費減少割合20%



 この解説だけではすんなり呑み込めず、首を捻りながらも両の手のひらにそれぞれ小石と小枝を一つずつ乗せる。


 そして手のひらを意識して魔力を具現化させれば、まだ不安定ではあるものの黒いモヤが薄く手を覆い始めた。


 小石と小枝にもこの黒いモヤは触れていることから、これでたぶん俺の魔力を介せる状態にはなっているはずだ。



――【分解】――



(……)



 スキルを発動するも、何も起こらない。


 なので次は、小枝の方を見つめながら魔力消費量も意識する。



――【分解】――魔力消費20


(……)


――【分解】――魔力消費30


(……)


――【分解】――魔力消費50


「お?」



 ここでようやく、変化の見られなかった小枝の下部――つまり手に触れている部分が少しずつ崩れるように消失していく。


 まるで砂のように細かくなり、最後にはその砂まで溶けて消えていった。


 結果は魔力消費100で、一部小枝の上面を残すのみ。


 あまりの燃費の悪さに驚愕するも、まだ検証は始まったばかりだ。


 やり方が悪かった可能性も考え、色々なパターンを試していく。



 ――そして、分かったこと。



「これは無し、かなぁ……」



 そういう結論になった。


 能力が遅効性過ぎる上に、その問題を解決しようとすれば尋常じゃない魔力を求められることが判明したからだ。


 一見強力ではあるも、現状では実用性が薄すぎる。


 経過を見ていると、魔力消費20でも、徐々に徐々に【分解】が進んでいることは分かった。


 一度【分解】をかけた後は、具現化した魔力に触れさせず地面へ置いても一定期間は進行していたので、スライムが武器を劣化させてしまう現象もこの遅効性が関係しているんだろう。


 そしてこの【分解】速度を数秒というレベルまで速めたければ、恐ろしい魔力をぶち込めと、そういうことになる。


 ちなみにそこら辺に落ちている木の枝で、魔力消費150。


 小石に至っては魔力消費400とか、俺が約1分間で叩き出せる最高DPSに近い魔力量が必要になってくる。


 たかが小石一つにだ。


 となると、いったいこのスキルはどこで使うんだ? と。


 一切使う場面が思い浮かばず、ここで粘るようなスキルじゃないなという結論にすぐ至った。


 レベル毎の詳細説明を見ていると凄く惜しいんだけどね。


 魔力消費減少割合がレベル1で0%というスタートから10%ずつ上昇していっているので、最終的にレベル10まで到達すれば90%減少ということになる。


 そうなると場面によっては恐ろしい1撃必殺スキルになり得るかもしれないが、少なくともスキルレベル1の魔物相手に悩むようなものじゃない。



 そしてもう一つの【吸収】はさらに意味が分からないことになっていた。



【吸収】Lv3 魔力を介して液体を吸収する 魔力消費0



 説明がこれだけなのである。


 かつて取得した【穴掘り】クラスの簡素な解説に、俺はどうしたらいいのかさっぱり分からなかった。


 が、冷静に考えるとスライムは目も口もなく、体内に魔石が1個浮いているだけの存在。


 "液体"とあるように、身体を構成する水分をどこかしらから取り込まないといけないから、きっとこのスキルが必要なのだろう。


 現に今は少し濁った泥水のような茶色で、これは地面から水を吸い上げたのかなと想像できるし、資料本にあった赤というのはそのまま血液のことを指しているとしか思えない。


 試しに倒したゴブリンの血を与えたら、すぐ体内に取り込んで赤黒くなっていったからね。


 そこからは興奮状態を示すように、血が噴き出すゴブリンの体へと、まるで触手のように自分の身体を伸ばしていたので、【吸収】がどういう意味なのかはこれで粗方分かったと思う。


 まぁそれを俺がどう活用できるのかってのが問題なんですけどね……


 ちょっと不安に感じながらもゴブリンの血液を少し【吸収】してみたが、俺の身体に異変が起きるわけでもなし。


 興奮したという感覚も無かったので、もしかしたら口を使わなくても体内に水を取り込めるとか……そんな謎の効果くらいしか期待できないのかもしれない。


 スキル名だけは将来性がありそうに見えたんだけどなぁ……



 まぁそれでも、新規スキルを拾えたのなら儲けものと。


 いつものレベル3で止め、そろそろ着くはずのCランク狩場を目指して『リシェ』の町を後にした。

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