第229話 スキル自慢
ローエンフォート、ハンターギルド内の一角にあるギルドマスター室。
そこで俺とグロムさんはここのギルドマスター、アディラさんと対峙していた。
当初はギルドがどこまでこんな事態を把握していたのか。
自分でも相当に剣呑な雰囲気を漂わせていると自覚していたわけだが、お願いしていたギルドの判定結果を【神託】経由でリアから聞き、ようやく気持ちが少し落ち着いてきた気がする。
「済まなかった。ロキは1週間ほど前。グロムは3週間ほど前に初めてこの町と《エントニア火岩洞》を訪れたのだろう? となればこんな事態になっていることを知らなくて当然。ギルドも把握できていなかったこと、大変申し訳なく思う」
「情報ではこれで4回目――つまり、それまでの3回も同様に近接職が損害を被っている可能性は高いと思います。正直、常習的な"慣れ"を強く感じましたから」
「たしかにな。見世物のように周囲で観戦し見殺しにするという行為を、さも当たり前のように受け止めている感じだった」
「職員の中にフィデル主催のボス討伐で、近接職が全滅したという話を小耳に挟んだことのある者もいた。今Bランクハンターから事情を聴いて回っているから、今後その他の主催者も含め、さらに情報は明るみになるはずだ」
「分かりました。それで、近接組の遺族の方は……」
懸念している部分に触れると、アディラさんは口を一文字にし、左右へ首を振る。
「そこは町長や町に詳しい衛兵と連携を取ってやっていくしかない」
そりゃそうかと、納得するしかないところだな。
今日の今日あった出来事で、おまけにこの文明度合いだ。
住所登録しているわけでもあるまいし、まずは個別に遺族がいるかどうかから調査していかないといけないのだろう。
仮に亡くなった人達を公表しての申告制にでもしようものなら、この世界じゃ偽りの遺族だらけで大変なことになるんだろうし。
ここからはもう、この町の行政に任せるしかないか。
ご~ん、ご~ん……
鳴り響く夕刻の鐘。
朝から開始されたレイド戦も、非効率な進行、予想外の悪党討伐、そこからグロムさん、ボスの運搬と2回に分けたボス部屋ピストンで外はもう真っ暗だ。
ボス素材の算定は明日の午前中に終わるとのことなので、じゃあまた明日のお昼くらいにでもお邪魔しますと、二人してギルマスの部屋を後にする。
アディラさんは終始何かを言いたそうに口をモゴモゴさせていたが……
"触れないでくれ"というオーラをひたすら発していたので、どうやってフィデル達が殺されたのかだけは、このまま闇に包まれた状態で調査されていくことだろう。
ハンター個人の能力は詮索しない……実に便利なルールである。
はぁ――……
受付ロビーは……今日も今日とて何も変わらない。
総勢50名近いハンターが消息を絶ったというのに、いつもと変わらない喧騒に包まれていた。
とりわけこの町はハンターの出入りが激しい。
フィデル以外にも二組のレイド主催者がおり、約1年半毎の開催だったため、余計に把握ができなかった。
レイドという大型ボスで多数の死者が出ること自体、まったく珍しいことではない。
このような理由をギルマスは並べていたが、それ以外にも周囲の死に寛容な、日本には無いこの空気感が余計に分かりづらくしているんだと思う。
結局、よほど近しい者でもなければ、昨日までいた人が消えても気にしないのだ。この世界の住人は。
今までの経験から分かっていたこと。
それでも、未だに慣れぬこの感覚に戸惑いながらロビーを眺めていれば、低く渋い声と共に肩を叩かれる。
「ロキ、改めて礼がしたいから、少しだけ時間をもらえないか? 都合はもちろんロキに合わせる」
「そんな、お礼なんていらないですよ? 僕は僕でグロムさんの盾に救われたんですし」
謙遜でもなく、これは事実だ。
全て一人で攻撃を受けていたらあんな長時間もたないし、ダメージの蓄積と魔力温存があったからこそ、現状の最大DPSが狙える攻撃手段に踏み切ることもできた。
今は分からないけど、少なくとも開戦前の段階じゃ、一人で倒すのは相当キツいって分かっていたんだ。
「それでもだ。長く時間を取らせるつもりもない……頼む」
「……分かりました。ではどの道、明日の昼にボス素材の件でギルドを訪れるわけですし、その後でも大丈夫ですか?」
「もちろんだ。では明日、また会おう」
1人去っていく、やたらとデカい背中を見て思う。
お礼を言うのは、本当に俺の方だと。
死んだ近接職の人にも、ボス討伐の分配を分けてあげたい。
これを言い出したのは俺だし、ある意味俺個人の我儘だ。
信用の無い俺が、金のためにフィデルたちを殺したのではないと、少しでも証明するための打算だって含まれている。
なのにグロムさんは二つ返事で了承してくれた。
明らかに自分の報酬が減るにもかかわらずだ。
まぁその分、存在したはずの遠距離職がリーダー含めて誰もいなくなったという……
謎の状況を受け止めてくれているので、本人からすればそれでも報酬が増えていると思ってるのかもしれないけどさ。
もしくは報酬とは違う、別の目的があるのかもしれないな。
……まぁ、いっか。
必要な詮索ならいくらでもするが、不必要な詮索は時間の無駄だ。
そろそろリアが降りてきてもおかしくないし、こんな人目の付くところにいたら大惨事になってしまう。
(そういえばリアって、何のご飯が好きなんだろうか?)
そんなことを考えながら、降臨準備のために急ぎ宿の自室へと戻っていった。
そして約30分後。
俺ってば汗掻き過ぎ大問題により急ぎで風呂に入っていたら、真横にじゃじゃーんとリアが登場。
モコモコと渦が出始めた時点で"もう間に合わない"と悟りを開いていたら、降臨0.5秒で股を蹴られるという……理不尽極まりない所業を挟んだ上で俺達は町へと繰り出した。
まず求めるものはご飯である。
ちなみにリアは冬でも白のワンピース一枚なので、しょうがなく俺が外套を貸しておいた。
似たような身長なのでサイズは丁度良いのだが、お陰で俺が寒くて死にそうだ。
こんな時こそ【発火】したい。
「どう? 食べたいの見つかった?」
「んーなんか、違う」
「えぇ~早くしないとお店閉まっちゃうよ?」
宿内にある食堂でも良かったんだけど、どうもリアはリアで自分の好みを探してみたいらしい。
食べもしないで好みなんて分かるのか? って思うけど神様だしね。
たぶん普通の感性じゃないんだろう。
「あ、あれ、食べたい」
「んん~? あれは……トマト?」
指を刺したのは屋台ではなく、野菜や果物を並べた専門店。
もうすでに大半は売れてしまっているのだが、その中でもチラホラと残った物を次々と指差していく。
「もうあるモノ全部買っちゃう?」
「ううん、あれはいらない」
「どんな判別してんだよ、コレ……」
さっぱり分からないけど俺は従者。
今日のお礼も兼ねているので、言われた通りにホイホイ買いつつ、自分の分のご飯も屋台で買いつつ――
リアからのご要望もあったので、宿の屋根の上へと飛んでいく。
ここが本日のお食事会場らしい。
大事なことなのでもう一度言うが、俺は寒くて今すぐにでも【発火】したい。
「ん~ライト!」
指先に光を灯すイメージを作れば、ぽわ~っと優しい光がその場を照らす。
使い方があっているのか分からないけど、明るくなったのなら問題ないだろう。
「おぉ~よくよく見れば、ずいぶんとカラフルな食事だね」
改めてリアが選んだ食事を見ると、赤にオレンジに黄色にと。
原色系の派手な色合いをした物ばかりが並べられている。
「もしかして、こんな派手な感じの色が好き?」
「なんか、美味しそうに見えた」
「肉より野菜や果物派か。んじゃちょっと待ってて……水!」
「?」
「置いてあるのって汚れてたりでちょっと不衛生だからさ。せめて水でゴシゴシっと……ホイ」
「ん。………甘くて美味しい」
「それは果物だからそのままで十分かな。トマトは――はい一応これ、塩ね。かけると甘味が強くなるから必要ならどうぞ」
気付いたらイチジクみたいな見慣れぬ果物は食べ終えており、お次は形を見ればニンジンにしか見えない黄色いモノを、先端からモゴモゴ齧って食べていた。
なんか違うような気もするけど、本人が満足しているなら何も言わない方が良いんだろうな。
好みなんて人それぞれ、俺は俺で買ってきたステーキ肉でも頂きましょう。
5切れで1500ビーケ、結構な高級品である。
「あ、そうそう。モグモグ……リアって、たぶん『本』好きだよね?」
「魔法とかスキルのやつなら好き、かも」
「おっ、奇遇だね。んじゃ今持ってるうちの2冊は好みに合いそうだから、後で部屋戻ったら見てみたらいいよ。俺は凄い面白かったし勉強にもなったから」
「何冊あるの?」
「全部で4冊だけど、そのうちの1冊はたぶん見る価値無いかなぁ……リアが罰を与えた土地から始まった国の歴史本」
「ふーん、じゃああとで全部見てみる」
「いきなり全部!? となると今日は色々あって疲れてるから、先寝ちゃったらごめんね。あ、お風呂も入りたかったら好きに入っていいよ」
「さっきみたいに入るの?」
「そそ。お湯溜めてザプーンとね。今んとこ女神様3人は入ってるから、リルはまだダウンしててダメだろうけど、フィーリルとリステにどんなんだったか聞いてみたら?」
「もう聞いてる。いっぱい自慢された」
「ふふっ」
別に精神が摩耗してるとか、心が病みそうだとか、そんなことはない。
ハンター業の他にも傭兵となり、国から報酬を得つつ悪党討伐しているのだから、もう今更な話である。
それでもたまの息抜きとして、こういうまったりとした時間を過ごすのも大事なことだと思う。
ゲームの時みたいにあまり根詰めてやり過ぎると、どんどん視野が狭くなっていきそうだからね。
その後も本を集める勢いで購入していくこと。
今日装備品などを運んでもらったのも、追々そういった費用に充てていくこと。
魔物からも順調に面白そうなスキルを得られていることなど、のんびり町の灯りを眺めながら話していく。
「【洞察】と【睡眼】は、私に使ったらどうなるの?」
「え~女神様相手に【洞察】なんて使ったら、俺の心がぶっ壊れそうだからなぁ。【睡眼】は――リアが受け入れるなら寝られるんじゃない? 抵抗する気満々なら、知力とか魔法防御力が影響してかからないだろうけど」
「私が、寝る?」
フォトルシープから取得できたその他枠スキルは、ちょっと不思議仕様だ。
【睡眼】Lv3 対象の目を見ながら発動することにより眠らせることができる。 能力効果を説明した上で対象が承諾していれば100% 能力説明をしていない、もしくは理解できなければ、成功確率はスキルレベルと対象の耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費9
グロムさんの時は、眠らせることを承諾してもらったから100%発動だった。
これは説明通りだけど、説明していない場合の確率はかなり不透明だな。
耐性系に【睡眠耐性増加】なんてモノがちゃんとあるし、それ以外にも【状態異常耐性増加】や、精神攻撃を防ぐ【鋼の心】なんかもあるので、簡単に数値化できないほど複雑なんじゃないかなと予想している。
それにこの手のスキル内容だと、レベルが高い相手には決まりにくいとか、能力値の差が強ければ全然無理とか、そんなお決まりの流れもありそうだしね。
あの混み具合だから1日ですぐに撤退したけど、今のところはスキルレベル3止めでも十分かなと思える微妙なスキルだ。
「あ、でもでも」
「?」
「ここら辺のスキルは面白いよ」
そう言って右手に持っていた焼き鳥だけを、ボッと燃やす。
「!?」
「今日リアの前で人が燃えたでしょ? あれの元スキル」
「美味しそうに見えてきた」
「そっち!?」
た、たしかに赤いけれども、そうじゃないんだよ!
「なら白くしちゃう! 【白火】」
「あ、急に熱くなった」
「ね。使ってる本人はあまり分からないけど、かなり温度が高いんじゃないかな? そしてそしてー」
一度【発火】を消し、このくらいなら大丈夫だろうと、上を向きながら小規模な方を使う。
――【火炎息】――
コホーッ!
「!!?」
ぐっふっふ……リアの驚き顔は希少だし可愛いからなぁ。
良いもん見れましたわ!
夜空に舞う、火炎の幕。
すぐに消えるし、この程度なら事故にもならないだろう。
「さ・ら・にっ! こんなことをしても、口の中はベロベロになっておりませーん!」
「……」
「ふふふ、いいでしょ、夢叶っちゃった。ブレス~って。ふふふふふ」
「私もやってみたい」
「……は? どうやって?」
「知らない。調べてきて」
「Oh……」
突発クエストの発生かよ。
神様もできないことを、俺がどうやって調べればいいのか。
まぁ魔法は旧型詠唱ならかなり応用が利きそうだから、コツ次第でなんとかなるのかもしれないが。
もしくは――
「リアは【魂装】のスキル持ってる? <覇者>のオマケのやつ」
「うん。レベルは低いけど一応ある」
「そっか。本当はリルがこの手の話好きそうだし、回復したら教えてあげようかなって思ってたことなんだけどね。たぶん【魂装】を使えばいけるかな?」
「そういうスキルなの?」
「ん~検証した感じだと、そういう使い方もできるっていうスキルだね。あ、いや……本来なら確率的にもその使い方がメインになるのか」
【魂装】Lv2 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付与させる 魂装上限数2 魔力消費5
この詳細説明の中で重要になるのは『能力』という部分だ。
実は『筋力』や『知力』などの8種
人も扱う【剣術】などの共通スキル、魔物専用だけど俺も使える【突進】のような白文字スキル、魔物専用で使うこともできない【脱皮】のような灰色スキル。
この全てが
ただ俺には本来なら喜ぶべきこのレア要素が逆にいらなかった。
高数値の『防御』が欲しくて【魂装】使いながらフレイムロックを倒していたら、たまたま【結合】をポロッと引き当てたこともあったが……
結局【魂装】を介したとしても、グレー表記はそのままで使用不可。
おまけにスキルが抽出されてもスキルレベル自体は存在せず、スキルレベルが存在しないためボーナス能力値も0ということがステータス比較ですぐに判別できていたので、俺の中で【魂装】からスキルを選ぶという選択は一切なくなってしまっていたのだ。
でも俺以外の――、この世界に生まれた人達なら別だろう。
世界で唯一の<覇者>に選ばれたのなら、魔物しか使えないはずの固有スキルを使う特異な存在になれてしまう。
まぁ<覇者>の職業加護が得られない代わりに、魔物のスキルだけで言えばレベルまで存在する俺の方が上位互換だと思ってるけどね。
「さっきの【火炎息】なら、今日来てもらったあの狩場で【魂装】使いながら、赤いサラマンダー倒しまくってたらたぶん覚えるよ」
「おお」
そう伝えると、珍しくリアが前のめりになっているが。
「あっ、ただ他のハンターに見られず、何千何万と倒すのは至難だと思うけど……」
当然出てくる現実的な問題を告げれば、消沈したように両肩を下げる。
どうにもならない問題だもんなぁ。
【魂装】だけを持った少女がいるなんてバレたら、大惨事なんてレベルじゃないほどの事件になるのはまず間違いない。
「リアが火を吐いてみたいってのは把握したから元気出してよ。絶対人と会わないような狩場とかで、そんなスキル持った魔物を見つけたら教えるからさ。もしかしたらパルメラの奥にだっているかもしれないし」
「うん分かった。約束」
その後は寒いので、買ったモノを一通り食べ終えたらとっとと自室へ。
布団に包まりながら、椅子に座って真剣な表情で本を読むリアを眺めていたら、気付けば時間が朝にワープしていた。
机には綺麗に積み重なった本が。
これだけ勉強熱心なら本を収集する意味もあるなと思いながら、俺は日課となった熱いコーヒーを食堂で頂くのだった。
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