第227話 裏ルール
ゾロゾロと、今更になって近寄ってくる野次馬達。
その光景を大して視界に収めることなく、俺は地べたに座り込んでいた。
パチパチパチ……
1人の鳴らす拍手が伝播し、横へ横へと、気付けば周囲からのやる気無い拍手が鳴り響く。
「素晴らしいよ。まさか最終的には一人で倒してしまうなんて驚きだ」
「一人じゃなくて皆、ですけどね」
「ははは、もちろんそうだね。でも最大の功労者は君だ。そろそろ参加すべきかと皆タイミングを計っていたが、あまりの猛攻にそのタイミングすら存在し得なかった」
「僕からすればいつでも参加できたと思いますが……。ちなみに、なぜ近接組を見殺しにしようとしたのか。その理由を教えてもらえます?」
「見殺しなんてとんでもない! さっきも言ったように、皆タイミングを計っていたんだ。そうしたら君が倒してしまって驚いているくらいだよ」
「ただでさえ下手クソな管理だったブレイクを、第三段階から挟まなくなった理由は?」
「……それは少数精鋭となって、ブレイクの必要性はないと私が判断したからだ。事前にブレイクのタイミングは私が決めると伝えたはずだが?」
「あの状況で必要無いと感じたわけですか……それは驚きの判断力ですね。でもそんな理由なら、なぜ攻撃魔法が飛んでこないのです? あなたがブレイクを挟まなかったおかげで魔法職は仕事ができず、ただでさえ悪かった効率がさらに落ちていたようですが?」
「ッ……そ、それは君達の動きが悪いからだ! 機敏に動くこともなく、後衛に配慮して一方向に固まることもない、あんな同士討ちのリスクが高い状況で魔法を撃ち込めなんて指示できるはずもないだろう!?」
「まさか戦闘開始から終了まで壇上で棒立ちしていた方から、『機敏』なんて言葉が出るとは思いませんでした。ちなみに機敏に動けなかった理由は第三段階からヒールも、身体を冷やすための水すら飛んでこなかったからなのですが、これにはどんな言い訳を並べるんです?」
「い、言い訳じゃない! 頼りない近接では後衛職にリスクがあったから下げた! それだけが理由だ! 近接よりも後衛職の命を優先する! それは間違いなく君に伝えたはずだ!!」
「その頼りない近接が、今までとは違ってボスを倒しちゃったから、あなたは今凄~く困ってるんですよねぇ?」
「う……ぐっ……き、君にもきっちり人数割りの分け前を与えるんだから、そこまで細かい部分を突つかないでくれ。せっかくの戦勝気分が台無しだろう? 気持ちよく次回に繋げていこうじゃないか? な?」
すげぇな……ここで多少なり報酬は遠慮する素振りでも見せれば、砂粒くらいは救いの目があったかもしれないけど、まだ報酬を与えてやるという発想になっているところが凄い。
そして周りに誰も突っ込む人がいないとか、恐ろしさすら感じる。
しかし――なかなか耐えるね。
なんとか取り繕ってボロは出さないようにと、ずいぶん必死な様子だ。
隣の短気そうな獣人も、獣人なのに顔が真っ赤と分かるくらい耐えているし、となると、二人揃って異世界人であることを警戒はしているのか……
ならば――
「報酬は僕だけじゃないでしょう? あそこの彼も」
「もちろんだ! 途中からは戦力外だったようだけど、そこはしょうがない。事前に決めたルールなのだからちゃんと分けるよ。それがルールだからね」
「あと彼もですね」
そう言って右腕の無い男に視線を向ければ、こちらはすぐさま否定される。
「彼は死んでいるから無理だ」
「なぜ死んでるんです? 彼は最後の最後まで奮闘して、その上でもう厳しいからと戦線を離脱したはずですが?」
「死んでいるということは、ヴァラカンに殺されたということだろう? 前線の死守というルールは近接職が最優先で守るべき絶対事項だ。それを守れなかった者の顛末などそこまで気にしていない」
「死体が残っているのに? ここの死体は――可哀そうなことに綺麗さっぱりなくなっている。それはあの火柱に住む龍が死体であっても柱の中へ連れていって何も残さないからですよね? ブレスも一度だって外に放出させていない。
でも同じように倒れているグロムさんは生きていると断定し、右腕を失った彼は死んでいると断定した。顛末を気にしていないのに?……不思議ですねぇ?」
「あんた……何が言いたいの?」
食いついた――そう思うも、心は冷静に、だ。
「あなたは……あぁ、あの右腕を失った人が走った先にいた後衛の一人ですね。【風魔法】使いの。しかも第三段階に入った後、横の――ピンク髪のあなたと壁に寄りかかって談笑していた人だ」
「えっ……?」
「なっ……なんで……!?」
「いや~全員サボり癖が凄いなと思ってましたけど、特にあなたは酷かったですよ。【風魔法】のくせに人一倍ボスから離れるわ、戦況が変わっても一切立ち位置を変えようともしないわ……もうダントツもダントツの怠けっぷりでビックリしてました。どんな人生歩んできたらそうなるんです?」
「が、ガキが……ッ!!」
「メリン」
「でもこんなガキ一人のせいで今回は無茶苦茶じゃないか! 近接が残っているせいで分け前も減るし、全員でとっとと殺しちまえば――」
「メリン止めろッ!!」
あはぁ。
今凄く悪い顔しちゃってるかもしれないと、必死に頬を摩って顔を作り直す。
「あらら、皆さんの作戦を邪魔しちゃってすみません。近接職を消耗品代わりに第三段階までもっていき、削らせるだけ削らせてからが『本番』スタート。そこのブレイク職人と横のペットが少数で前衛をし、温存しておいた魔法を同士討ちしない角度から撃ちまくる。
そしてサボりの女王メリンさんがわざわざ申告してくれたように、近接職を見殺しにした後の人数で一人当たりの報酬額も増やしちゃう。低労力で大きな報酬――これが近接職には秘密の作戦でしょう? メンバー選抜の日、『本番』は第三段階からってすぐに教わりましたし」
この発言で、一斉に一人の女性へ視線が向く。
俺は誰とも言っていないんだけどね。
「そ、そんな……私そんなの知らないよ! 『裏ルール』のことなんて何も言ってない! そのあとだってちゃんと黙ってたんだよ!?」
この言葉を聞いて、あぁ残念と。
ますます心が冷えていくのを感じた。
唯一どうなんだろうと、どこまで知っていたんだろうと気になっていた人だった――でも、結局はグルだったのか。
「おい、もうどうしようもねーだろ」
「……」
「ここまで知られた状態で外に出しても、次回どころかハンターを続けられるかも怪しくなる」
「そう、だな」
「殺すしかねーよ。こいつも、あいつも」
……俺だけじゃなく、寝ているグロムさんもか。
これはもう、駄目だろうな。
罪を償うなんて発想は欠片もなさそうだが、それでも一応だ。
全員が俺に殺意を持っているのかは分からないし、黒かどうかも判別できない以上、確認をする必要がある。
「念のための確認です。"裏ルール"とやらを知らなかった。もしくは今までの余罪含め、自首して罪を償う気持ちのある方は、武器をこの場に捨てて部屋の出口まで向かってください」
「「「「「……」」」」」
「10秒後、この場に残っていれば、罪を認めず僕を殺そうとする『敵』と判断します」
「……敵って判断されたら、どうなるんだよ?」
「敵であれば、全員、殺しま――」
「なら10秒もいらねぇ!!」
パンッ!!
――速い。
だいぶ溜め込んでいた分、ロケットのように突っ込んでくることだって想定していたのに、それでも対処が間に合わなかった。
それに火力も無手だってのに、予想よりだいぶ高いな。
速さだけが取り柄の――それこそB級昇格戦で戦った、短剣使いのイーノさんとはまったく性質が違う。
これが推定Aランクの獣人か……
人間より獣人の身体能力は高い――だから、人間だけの国に傭兵組織はあまり存在していない。
同等の成長では獣人に太刀打ちできないから。
説明を受けた時は「そんなもの?」って感じだったが、今ならやっぱりそうかもと、すんなり頷いてしまいそうになる。
この速さは、
なのに、なんでこんなことを。
まともにボスと戦えば、狩りに精を出せば、この強さなら相応の金額をすぐ稼げるだろうにと、少し勿体なくも感じてしまう。
「爆裂撃!」
「うっ……」
「飛乱脚!!」
「ぐ……っ!」
妙な、スキルだ。
固有なのか、それとも職業が絡むのか。
まぁ、それもこの獣人男を仕留めればすぐに分かるが、まだだ、まだ我慢……
たぶんあと、もうちょっとで――
「うらァ!! 牙掌底ッ!! 押し込めたぞ!! 準備できたやつから放てぇーーーッ!!」
体中を打ちながら硬い地面を転がり、岩壁へと激突する。
クソッ……
最後、爪で抉りやがったおかげで猛烈に顔が痛い。
血だらけなのか、ポタポタじゃ済まないほどの血が滴って地面を濡らす。
でもこれで2発は撃てるまで回復したし、位置的にもちょうど良い。
これでやっと――。
「あーいでっ……どう、だった?」
「全員、真っ黒」
「そっか。ありがとう、リア」
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