第207話 地図の完成

 懐かしの寝床で一泊。


 翌日には改めて眼下にベザートを見据え、「また必ず来ますから」と誓いを立てつつそのまま町の東側へ。


 残り僅かとなったラグリースの南東を進行したのち、再度北上していく。


 南東部は北に行くほど徐々に深くなる谷で国境が区切られており、人も住めなさそうな山岳地帯が目立つのでかなり楽だ。


 リプサムあたりからは周囲のマッピングも完了させていたので、ここからはあっという間。


 道中あったいくつかの町も資料本の確認作業だけだったので、僅か二日程度で残りの穴埋め作業も終わり――


 トータル何日だろうか?


 たぶん狩りを挟まなければ1ヶ月弱くらいだと思うが、そのくらいの日数で一国のマッピングが無事完成と相成った。


 俺の【地図作成】レベルでは、山や川などの地形がなんとなく分かる程度のゲーム的な雰囲気漂う地形図といった具合だが、手帳には町や大きい村の配置と名前を書き込んでいるので、あとはこれらを組み合わせればそれなりにまともな簡易地図が出来上がるだろう。


 ……俺が正確に紙へ書き写せればだけどね。


 スキルに【写本】はあっても、転写というものは存在していない。


 となると以前フェリンが開眼させていた【描画】で賄う分野なのだろうか?


 よく分からんが、スキル無しで脳内イメージを紙に起こせるかは試して初めて分かる問題なので、高そうな羊皮紙を使うのではなく、俺の裏紙で一度実験した方が良いだろう。


 ばあさんなら俺が異世界人とはっきり分かっているので、上手くいったらその紙を直接見せて、【写本】持ちの人にでも書き写してもらってもいいかもしれないな。


 地図に対しての意見も聞きたいし。




 ……そう思ったので、色々と最後の準備もしに来ましたよ、王都に。


 地図の完成はリプサムで終点だったから近い近い。


 今回はいきなり宮殿入口まで飛んでいくわけでもなく、一旦は第三区画へ。


 いつぞや泊まった宿へ顔を出せば、親父も覚えていたのか今回はあっさり宿泊が決定した。


 そこからは自室でカキカキと……


 風呂を満喫したら早速地図の下描きを繰り返し、目を瞑りながら描いても碌なことにならないというのを学びながら、お手製地図を作り上げていく。


 ふむふむ、やっぱり脳内地図を部分部分で覚えながら紙に描いていった方が遥かに完成度は高いな。


 ちょっとしたリアス式海岸風なモニョモニョ具合とか、素人にしては中々立派なもんが描けたような気がする。


 そこに大小様々な町の名前を埋めていって――



(う~ん。良いじゃない!)



 A4用紙いっぱいに描いた地図は、パッと見だと町名などの文字だらけだが、これもデカい紙に描き写せばそう目立つものではなくなるだろう。


 フハハ、俺ってば天才かもしれない。



 できたとなれば善は急げ、ばあさんところに突撃だ。


 すっかり偉い人であることを忘れているため、アポなんて取る発想すら持っていない。


 ビューンと宮殿の入り口まで一直線。


 すぐに前見た門番のような兵士を発見したので「ばあさんに会いに」と伝えたら、「あぁ、ばあさんですね」と普通に通じて、そこで初めて自分の失敬発言にビックリしてしまった。


 そういや、裏で自分のことばあさんと呼ばれてるって、自分でそんなこと言っていた気がするわ。


 そこからは勝手も知っているため、スタスタとばあさんのお部屋へ訪問。


 油断していたのか、今回はノックをしたら慌てて出てきたが、それでもまぁ、ちょっと久しぶりのばあさんとエニーにご対面だ。


 早速ここにきた一番の目的。


 本の進行具合について確認していく。


 すると、いつ取りにきてもいいように用意されていたのか、奥の棚から出来上がった本を抱えてくるエニー。


 その数は――


「おぉ~3冊!」


「精々一月じゃこのくらいが限界さ。もう一人【写本】持ちを用意したから、今後はもう少し増やせるだろうけどね。あとはエニーにもそのうち取らせとくよ」


「いやいや、それでもありがたい……って、え?」


 思わずエニーを見れば、下唇を突き出し変な顔をしている。


 嫌々オーラが出過ぎでしょ、これは。


「勉強の一環だよ。書けば覚えやすいだろう? 覚えたって言ってもすぐ忘れるからねこの子は」


「あー……」


「それに仕事にもなるからね。ところでロキ坊、あんた買い取るって言ったけど、本当にお金は大丈夫なのかい?」


「うんうん。これでおいくら?」


「3,300万ビーケだよ」


「……ん?」


「3,300万ビーケ」


「………」


「ちなみにこの一冊は国からの内密なお礼だそうだ。本当は謁見の場でやるのが筋だけど、ロキ坊が嫌がるからね」


「つまり?」


「2冊分でこの値段ってことだね」


「ホ、ホッホッホー……」


 人間理解不能な金額を請求されると、どこからか変な笑い声が出てくるんだな。


 人生初めての経験だ。


 国からのお礼と言ってばあさんが手に取ったのは一番分厚い本。


 ってことは薄いのと中くらいの2冊で3,300万ビーケとか、装備品が可愛く思えるくらいの極悪な価格設定である。


 マジで家かよってレベルだわ……そりゃ本屋なんてこの世界にあるわけがない。


 そしてエニーまで参加して本の作成に入られたら、俺の金は間違いなく枯渇――――



 ポンッ!



 どんどん金銭面がルーズになってきていた俺の心に、守銭奴ロキが『呼んだ?』って、密かに爆誕した瞬間だった。


 死ぬ気で稼がなきゃ本を安定して入手できそうもない。


 このままじゃ、早々に魔宝石を売るハメになる。


「と、とりあえず大丈夫は大丈夫だよ……想像以上に高くてビビったけど」


「それじゃお金の準備ができたら言いな。ロキ坊はハンターだから――どうせ金はギルドに預けてんだろう?」


「うんうん」


「このくらいなら引き出すのに問題ないだろうけど、今後は金額が多過ぎるってなったら私に言いな。上手く裏でお金が動くように話をつけるから」


 この話を聞いて、耳がピクリと動く。


 ばあさんの言う内容が真実なら『送金』なんて仕組みもこの世界にはあるということ。


 ただ一部しかできないというか、条件付きの特殊なやり方っぽくも聞こえる。


 自分が当たり前のようにできるとは思わない方がいいやり方なんだろうけどなぁ……


 いざという時に裏技的な方法があると知っているだけで、ピンチを回避できちゃう場面もあったりするから一応覚えておこう。




 書状を使うことになるけど、それじゃ後でお金を降ろしてきましょうということで本の話は一度終わり、続いて午前中に黙々と作成していた地図の話に移っていく。


 と言ってもまずは説明からだ。


 ばあさんもエニーも、そもそもとして地図という存在を知らない。


 リステは――あの時、なんと言っていたか。


 俯瞰した世界を想像することができないのか、それとも書き記すことに制限が加えられていたのか。


 まぁ、この自作地図を見せれば、その反応で答えも見えてくるだろう。


 そう思って、折りたたんだ一枚の紙をポケットから取り出し、まずはそれを見せる。



「なにこれ?」


「……」


「これは『地図』って言うんだ。俺が元いた世界だと当たり前に存在する物――ラグリースという国を、遥か高い位置から見下ろした時の姿がこうなるんだよね」


「ほえ~」


「ロキ坊、あんたがコレ作ったのかい……?」


「そそ、まぁ空飛べるしさ。町とかの位置関係が分かっていれば旅に便利でしょ? 特にこの場所は長く亜人を受け入れなかったんだから、その亜人の人達なんて道もさっぱり分からないだろうし」


「便利……そりゃ当然だよ。皆が皆、頭の中で描いて……ん? なぜ、世にこんな便利なモノが今まで……私は、思いつきも――……」


 エニーは地図というより、薄く白い紙の方に興味が向いている。


 ここら辺はまぁ、年齢的にもあの3人衆と同じくらいだしね。


 子供だからしょうがないにしても、ばあさんの反応を見る限りは―――



(なるほどなるほど。俯瞰した地図に近いモノは、頭の中で描けていたわけか)



 まぁそれもそうかとは思う。


 今までこの世界の人達との会話に、東西南北という方位の話は度々出てきていた。


 皆が皆、それぞれの知識と人生経験でオンリーワンの地図を頭に思い描き、その地図に当てはめて答えていたんだと思えば納得もできる。


 そしてその精度や広さは人によって大きく異なり、町を出たことのない人なら、ほぼその町だけの地図しか出来上がっていなかったんだろう。


 それじゃあ外に出たいって願望も薄れちゃうよねぇ。


「率直な意見をばあさんに聞きたい。手始めに作ったこのラグリースの地図を、世に広めたいと思っているけど……どう思う?」


「……この地図は、よその国でも作っていく予定なのかい?」


「もちろん。ただどのくらいのペースで作れるかは、まだなんとも言えないけどね」


「そりゃそうだろうさ……私が把握しているこの国の町村配置図とほぼかわりゃしないし、国境の線引きなんて、私でもこんなに詳しく把握していないくらいの精度だからね」


「じゃあ……」


「この国だけの地図って話なら立場的には頷きづらいけど、他国の地図も作ってくって話なら賛成も賛成、大賛成だよ。国の中で閉じこもっている連中も外に目を向けやすくなる」


「そっか~そう言ってもらえて良かったよ」


「ただ、この文字はなんだい?」


「え?」


「ね~凄く読みづらいんだけど!」


「あっ……」


 地図をよく見れば、町や村は日本の漢字とカナで表記してしまっていた。


 未だに手帳の文字も地球の頃のままだしなぁ……


 本当は直した方がいいんだろうけど、こうして異世界人であることを隠す場面がなくなってきているなら、もういっその事開き直ってしまってもいいかもしれない。


「ははは……ごめんね。それ元いた世界の言語なんだよ。【異言語理解】持ってれば分かると思うけど」


「ふーん!……あっ! 大ばあちゃん見て見て! この紙の裏側、すっごいおかしな文字がいっぱい書かれてるんだけど! 凄い詠唱呪文かもしれないよ!」


「なんだって……?」


 いやいや、ばあさんもそこで食いつくなよ。


 二人してガン見している裏紙の文字は、お客さんに渡すための案内用書面だ。


 たしかに長ったらしいが、そんな大層な内容でもない……ってか、だんだん恥ずかしくなってきたから止めてほしい。


 紙を引っ手繰り、地図の普及に納得してもらえることを再度確認。


 それならばと、ばあさんにこちらの世界の紙へ描き写してもらう作業をお願いした。


 代わりに俺が承諾したのは、ばあさんが――というより国が主導して行うもっと細分化した地図の作成。


 国を4分割に割った大枠の地図であったり、領単位の地図であったり……小中規模の商人や領民に向けた地域密着型の地図だな。


 結局は描き写すという発想に制限を掛けられていただけで、俺がそのロックを解除すれば一気にアイデアが浮かんでくる。


 矢継ぎ早に提案される話を聞いていると、今がその真っ最中なんだろう。


 俺は俺で、そんなものは好きにすれば良いと承諾。


 あれば便利なのは俺も同じだし、そんな細かい地図まで作っている時間はないからね。


 国が抱えている大判の羊皮紙に、大急ぎでラグリース王国地図を模写するとのことなので、用意ができるという明後日まで。


 一度ハンターギルドでお金を引き出した俺は3冊の本を受け取り、ラグリースでは一旦の締めとなる旅の終わりを、この王都で過ごすのだった。

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