第206話 久しぶりの、あの地へ

 本当に良かったのかな。


 そう思いながらも先ほどの地を離れ、マッピングを再開していく。


 落ちたとされる二人はたしかに死んでいた。


 高さ100メートルくらいはありそうな絶壁で、おまけに岩肌が剥き出しになっているような場所だ。


 いくらハンターと言えど、一人は刺し傷のようなモノが複数あったし、落ちれば即死だったんじゃないかなと思う。


 だから言われれば、せめて死体を引き上げるくらいはしてあげたんだけどなぁ。


 まぁでも、どう見たって馬車護送の依頼途中みたいだったし、あのまま続行となると却ってその死体は邪魔になってしまうのかもしれないな。


 考えてみたら盗賊達の死体も街道沿いに放置したまんまだし……



 ――まぁ、いいか。


 きっと何かが食べて自然にリリースされるだろう。



「これは~、ハマっちゃ~、マズいやつっすわぁ~」



 敢えて軽い言葉で、歌うように気を紛らわす。


 頭の中では理解していても、美味しすぎて自制するのが難しい気もしてくるのだ。


 いったい今の戦闘で、どれだけのスキルを手に入れられたことか。


 殺してでも人の財を奪う盗賊に成り下がったとしても、今まで生きてきた様々な経験は蓄積されている。


 それこそ仕事にはならなかった程度の、薄い経験だったとしてもだ。


 しかし俺からすれば塵も積もればなので、経験値を頂けるならどんなスキルだろうが美味しいことに変わりはない。


 女神様達に感謝され、国に感謝され、被害にあった当事者にも感謝され、捕食する動物や魔物達にだって感謝される。


 不幸なのは悪事のツケを一括で払うハメになった当人くらいという最高なアクションを起こしているはずなのに、それでも若干引きずる部分があるのは日本の価値観がまだ残っているせいなんだろうな。


 本来はやる必要もない投降の呼び掛けなんてやっちゃってるし、ハンスさんにも指摘されたというのにまだまだ甘いもんだ。




 視界の先は拓けた平野と広大な穀倉地帯。


 これでひとまずの盗賊騒動も落ち着くだろう。


 魔力に余裕があるならいけるところまで。


 そんな覚悟を決めて、俺は蛇行しながらさらに南下していった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 かつて訪れた王都ファルメンタ。


 その姿を遥か遠くに見据えながら、王都を中心にしたラグリース北西部のマッピングを終え、そのままさらに南下。


 かつて訪れた蟻の住処である<デボアの大穴>付近とマッピングを繋げ、そのままラグリースの南西部へと進んでいく。


 上空から見えるあの川は、もしかしたらセイル川かもしれない。


 そう思うとまだ数か月とはいえ、ちょっとした懐かしさがこみ上げてくるも、まだお楽しみは取っておきたいと、敢えて国境線のある外堀から埋めていく。


 そして、マッピングの進行具合からあと一つ二つで……


 そんなところまで進んだタイミングで、俺はちょっとした買い物をいくつかした。


 そのうちの一つは1メートル四方くらいの、そこまで大きくない木箱だ。


 中身の無い木箱など造作もないと、そのまま抱えながら飛行を続け、北部の町サバリナを出てから約2週間後。


 俺は見覚えのある景色――


 パルメラ大森林と、そこから伸びる正真正銘のセイル川を確認する。


 今は冬。


 厚手の外套で身を包みながら、それでも思い返されるのは、炎天下の中あの場所で、あの3人衆と川遊びをした記憶。


 そして視界を右に向ければ、かつては望めなかったパルメラの深部が視界に入る。


 と言っても景色はひたすらに緑一色だが、この世界に降り立った当時を思い返せば、こんな景色をこの高さから眺めていることに、思わず感慨深い気持ちに浸ってしまう。


 そして前方には、俺の第二の故郷とも言えるベザートの町。


 ふわふわと吸い寄せられるように上空を舞い、やっとこの町のマッピングも完了だ。


 いくつもの町を上空から眺めてきた。


 だからこそ、掴み取れそうなほど小さく感じるベザートの町が、何かあった時には凄く守りやすそうな町だなと、そうも感じてしまう。



「みんな、元気かなぁ」



 寄りたい気持ちは強い。物凄く。


 でも【空間魔法】を取得したらと3人衆には約束してしまっていた。


 端から見たら、近くに寄ったんなら町にも寄ってけよと、大半の人がそう判断するような場面だろう。


 自分でも、なぜ上空に留まっているんだと不思議に思う。


 それでも、ここで寄らないのが正解だと、自然にそう感じてしまった。


 戻ることが俺の中で、大きな目標の一つになっているのだ。


 その目標があるから努力も重ねられるのに、簡単に曲げてしまっては様々な目標意識が薄らいでしまう。


 損な性格だなとは自覚しつつも、自分のことだから苦笑いするしかない。



 はぁ――……


 吐き出される息は、白く、溶けていく。



「さて、行くか……」



 セイル川を沿うように、木箱を抱えながらやや北へ進行し、目的の森を発見したら徐々に高度を下げていった。


 そして見覚えのある景観を眺めながら奥に進むこと暫し。



「あったあった!」



 忘れるわけもない場所。


 そこは気合を入れて作った自作風呂と、かつて俺が拠点にしていた穴倉。


 未だ入口には石柱もあり、何も変わっていない、相変わらず野宿に適した快適そうな空間だ。


 時刻は夕時ということもあって誰もおらず、その場は閑散としている。



 風呂は――……ふふっ。



 なぜか見知らぬ鍋が石焼のスペースに置かれており、不定期に使用していそうな痕跡がそこにはあった。


【探査】で周囲を確認しても、魔物の生息数はそこまで多くないので、この地を新しい狩場として活用していそうで嬉しくなってくるな。



 俺はかつてと同様に枝を搔き集め、石を熱しながら風呂の準備を進めていく。


 そして準備ができたら穴倉へ。


 内部も特に変わった様子はなく、かつて床に敷いていた葉っぱが枯れてカサカサになっているくらいしか変化は見られなかった。


 人が踏み入った様子もないので、さすがにここで野宿するほど気合の入った人はいないのだろう。


 となれば好都合。


 俺は背負っていた特製籠からモノを分別し、いくつか木箱の方へと移していく。


 一番は俺がお世話になった穴空き鎧だ。


 もう直すことは叶わず、付与効果も失い、それでも、どうしても捨てられなかったこの鎧。


 だがさすがに持ち運び続けるにはツラく、兼ねてよりこうしようと決めていた。


 その他は――古城さんのバッグも当面は不要だろうな。


 使う用途を見い出せるのはリステだけだし、まだ落ち着いて降臨できるような状況でもないしね。


 その他、俺の自前スーツや革靴など、降り立った当時の衣類も木箱へ詰め込み、穴倉の奥。


 かつて装備置き場用として、左右に広げたうちの1か所へ木箱を置き、そして土で埋める。


 これで誰かに奪われるなんてこともないはずだ。


 時が来たら、いずれまた掘り起こす。


 いずれ拠点が決まったら、その時に――



 かつて用意したまな板を抱え、近場のオークから肉を調達。


 久々のお風呂に入って懐かしの贅沢を味わいながら、冬の澄んだ夜空を眺める。



「やっぱり、ここで飲むお酒は格別だなぁ……」



 以前はできず、今はできること。


 当時やってみたかった飲酒も、今はワインを購入しておいたことで実現できてしまった。


 これもまた一つの成長だろう。


 ならば、次の夢は……どうしようかな?


 湯に浸かり、ワインをチビチビと飲みながら、空を眺めてのんびり思案する。


 そんな時間が妙に尊く、そして幸せな時間のように感じながら、独りの長い夜は更けていった。

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