第205話 執行

 速度は速く、しかし気持ちはのんびりとした時間が続いていく。


 上空から世界を眺め、誰に咎められることなく、行きたい先へ。


 明確な目的地を作らない旅というのはこんなにも心穏やかなのかと、それなら地球にいた頃も時間がある時にやっておけば良かったと後悔するくらいには気持ちのいいものだった。


 絶対このマウスは離さないんだぜ? って意気込んでいたあの頃からすれば、考えられない思考の変化だ。



 小さな町をいくつか越え、ラグリースの北西部へ。


 しかし大きな収穫もなく、国境の関所と思われる建物を眺め、隣国の景観にも目を向けつつ南下していく。


 眼下には小高い山や峠道。


 どうやら北西部は緩い山岳地帯が続いているらしい。


 たぶん王都とはそれなりに距離があるから、【神罰】の影響がかなり薄い地域だったんだろう。


 そして――



「あっ」



 馬車を囲う、まとまった数の男達。


 遠目からでもその手には長く光る武器が握られていた。


 うねった山中の道だから目立たないのかもしれないけど、上から見たら丸見えである。



「もう2回目か。しかし、今回は数が多いな……」



 その光景を見て、俺はまるで吸い寄せられるかのように降下を開始していた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「頼むっ! 投降するしかない! 荷は諦めてくれ!」


「じ、冗談じゃねぇ! なんのためにあんた達を雇ったんだよ!」


「くっ……数が多過ぎるんだよッ! それにこっちはもう二人落ちた! 4人を狙われたんだ!」



 山間を抜ける峠道。


 見通しの悪いこの地域は、昔から盗賊――というより山賊の出没頻度が高いことで有名だった。


 それでも同盟国である西の隣国、ジュロイ王国から運ばれた荷は、ラグリースの南部に向けて運ぶなら、この道を通らなければ迂回のために10日以上要するほどの主要街道。


 だからこの道を通る商人は余裕をもって護衛を付ける。


 それが鉄則であり、俺達ハンターの飯のタネにもなっていた。


 しかし、この男――商人であるエンハスに捕まったのは、運が悪かったとしか言いようがない。


 今まで数年護送依頼をこなしてきたが、町では見たことのない男。


 このエンハスは、ハンターギルドの出入り口で俺と相方に直接声を掛けてきた。



 「荷馬車の護送をやってくれないか?」



 普通ならハンターギルドを通す内容だ。


 懇意にしている相手とギルドを通さずにやり取りするということはある。


 そのリスクも多少なりは聞いていた。


 ――が、提示された金額は、紛れもなく"甘い蜜"だった。


 護衛依頼など輸送区間でおおよその相場は決まっている。


 にもかかわらず、提示された金額はその1.5倍――1日分の日当が追加されているくらいには高額だった。


 慣れた区間でもある。


 相方も乗り気になっていた。


 だから――、今更になって言い訳は出てくるも、結局油断してしまったんだ、俺達は。



 翌日集合場所に集まったのは、俺と相棒の他は、東のもっと安全な区間をよく護送しているEランクハンターが二人だけ。


 当初聞いていたDランクハンター5人か6人という構成は、まったく実現されていなかった。


 それでも荷馬車には大量の荷が積まれ、それ以外の準備が整ってしまっている。


 ……結局断れなかった。


「今までも大丈夫だったんでしょう?」とエンハスに問われ、実際に山賊と出くわしたことのなかった俺は「たしかに」と、そう思ってしまった。


 被害者がいることも、増えていることも知っていたはずなのに……なぜか、理由は分からないけどと、そう思ってしまったんだ。


 その結果がコレだ。


 俺達のアドバイスもろくに聞かず、エンハスは他所の馬車と連結させようとしなかった。


 普通はやるんだ。


 身の安全を守るために、危ない区間は自然と同じ方向へ向かう馬車同士が固まって行動する。


 一つの商団と見せかけるように。


 でも大きく見せるためには時間が掛かる。商人同士が横の繋がりで予め出発日時などを打ち合わせしておかないと、なかなかスムーズにはいかないらしい。


 そしてこの男――エンハスには、その横の繋がりが無かったんだと思う。



 結果、1日目で早々に襲われた。


 山をうねりながら登る険しい山道の区間で挟み撃ちに合い、不意打ちでダメージを負った相方がすぐに崖下へ落とされたのが致命的過ぎた。


 Dランクハンターは俺だけ。


 なのに周りを取り囲む連中は30人以上で、全員が揃って槍を所持していた。


 構えから震えながら持つど素人もいることは分かったが、それでもこなれた様子で、ナメ腐った視線を浴びせてくるやつもいる。


 そしてすぐに、こちらの戦力はもう一人減らされた。


 ビビったEランクハンターの一人が暴走したからだ。


 槍を前面に差し向けられ、気が動転したんだろう。


 自ら後ろの崖に飛び降りていった。


 まだ助かる可能性を考えたんだろうが……この急斜面。


 地形を理解していれば、自ら命を絶つために飛んだとしか思えない。


 もう、絶望的だった。


「へははっ! 持ち物全部差し出せば、お前達も生かしてやるぜ?」


 盗賊達は、装備も金も衣類も、所持品全て置いていけば命だけは助けてやると言った。


 この言葉に縋るしかなかった。


「くそっ……エンハスさん! 限界だ! お、俺達は投降するぞ!?」


 でもこの男は――エンハスは……!!



「バカヤロウ絶対にナシだっ!! 身体張ってこの積み荷守るのがおまえらの仕事だろうがッ!! この荷は俺の命と変わらねぇんだよ!!」



 こんな大声で叫べば救援も絶望的だろう。


 誰だって一番可愛いのは自分と自分の積み荷で、誰かの犠牲によって略奪者が潤うということは、その分一時的でも安全が増すということになるのだから。


 一蓮托生の連結状態ならまだしも、この状況では誰も、わざわざ助けに入るなんてことはしない。


 護衛という、雇われの立場であるハンターなら猶更だ。



(もうどうしようもない。依頼主の承諾を得ずに投降か……もしエンハスが生き残り、ギルドに報告されれば俺はハンターを除名されるだろうけど、それでも他に手が……)



 両膝を地につけ、武器を置き、両手を上げる。



「俺は、降りる。全て渡すから許し――……?」


「あ?」


「んあ?」



 それは、不思議な光景だった。


 目の前で、子供が、


 そう表現するしかないくらいに、あまりにも突然の出来事だった。



「まだセーフですね」



 なぜしゃべれる。なぜ立てる。なぜ生きている。


 思わず空を見上げ、どこから落ちてきたのか確認するも、そこには厚そうな雲が広がっているだけ。


 誰も理解が追い付かず、空を見上げるのに必死で少年の言葉に返す者もいない。


 そして少年もそんな状況を気にすることなく周囲を見回し、俺達とエンハスに話しかけてきた。


「簡潔に答えてください。殺されそうになってました?」


「あ、あぁ……」


「な、な、なってた! ヤバかったッ!! 仲間も殺されちまったんだ!! 頼む助けてくれ!!」


 先ほどまで横で泣きながら、こんな依頼受けるんじゃなかったとブツブツ言っていたやつが、急に息を吹き返したかのように喚き散らす。


 仲間を殺されたのは俺の方だ。お前の相方は自殺だろう。


 そしてエンハスは――


「か、金は出す! もしこの窮地を救ってくれたら金は出すから助けてくれっ!!」


 思わず、その答えを聞いて、窮地には違いないが鼻で笑ってしまった。


 出すなら初めから出せよ、と。


 その答えに少年は――……しかめっ面をしているな。


「……もう一度聞きます。殺されそうになっていたんですか? そうじゃないんですか? どっちですか?」


「なってた! もう今にも殺されそうな状況だった! この男達が向けている武器見りゃ分かるだろう!?」


 その答えに、少年からの返答はない。


 代わりに、視線は背後で未だ槍を構えたままの山賊どもに向けられていた。


「おまえ……マジで、どこから降ってきた?」


「あーっと、今からこの人達を救出します」


「おい、聞いてんのか? 答えやが――」


「今から10秒後、まだその槍を僕に向けていたら『敵』と判断します。敵は全員消しますので、それが嫌なら武器を捨てて投降してください」


 盗賊のボスくさいやつの言葉を遮り、淡々と少年が放ったその言葉。



 一瞬の静寂後――湧きあがったのはだった。



 全てではない。


 でも一人二人と笑いが起き、釣られるかのようにその笑いが広がっていく。


 無理もない。


 背丈の低さはもちろんのこと、この少年は防具すらつけていなかった。


 どこから現れたのかという疑問は残るが、声変わりすらしていないその甲高い声に、恐怖を感じることは難しい。


 一人の山賊が、笑いながら少年に向かって槍を投げる。


 その槍を少年は掴み取るも、特に何をするでもなく眺めるだけ。


 そして――宣告の10秒が経った時、武器を降ろす者は誰もいなかった。



「はい10秒、これで皆さんは全員敵ですね」



 それでも笑いは止まらない。


 が――



「お疲れ様でした」



 その言葉と同時に放たれた槍の動きに、全員の動きがピタリと止まった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 本当に、アホばかりだ。


 そう思いながら、先ほど冗談半分に槍を投げてきた男へ全力でお返しすれば、そのまま吹っ飛び背後の土壁にめり込んでいく。



『【採掘】Lv1を取得しました』


『【釣り】Lv1を取得しました』


『【金剛】Lv3を取得しました』


『【剛力】Lv3を取得しました』


『【絶技】Lv2を取得しました』


『【遠視】Lv3を取得しました』


『【射程増加】が解放されました』



 驚きの表情を浮かべたまま胸から槍を生やし、絶命している男。


 その光景を、仲間達は振り返り、ただ黙って眺めているだけ。


 本当に、アホばかり。


 だからその、無防備な首を次々と斬り飛ばしていく。



『【拡声】Lv1を取得しました』


『【伐採】Lv1を取得しました』


『【伐採】Lv2を取得しました』


『【農耕】Lv3を取得しました』


『【建築】Lv2を取得しました』


『【家事】Lv1を取得しました』


『【暗記】Lv2を取得しました』


『【異言語理解】Lv5を取得しました』



 パルメラで対処した、ゴブリンのように。



『【解体】Lv3を取得しました』


『【料理】Lv2を取得しました』


『【鋼の心】Lv3を取得しました』


『【農耕】Lv4を取得しました』


『【採掘】Lv2を取得しました』


『【描画】Lv1を取得しました』


『【採取】Lv3を取得しました』



「ま、待ってくれ! 待っ――」



『【狩猟】Lv4を取得しました』


『【剛力】Lv4を取得しました』


『【疾風】Lv2を取得しました』


『【風属性耐性】Lv1を取得しました』


『【裁縫】Lv1を取得しました』


『【釣り】Lv2を取得しました』


『【料理】Lv3を取得しました』



 情も、躊躇いも無く、ただ淡々と。



『【伐採】Lv3を取得しました』


『【畜産】Lv2を取得しました』


『【豪運】Lv2を取得しました』


『【魔法攻撃耐性】Lv1を取得しました』


『【聞き耳】Lv2を取得しました』


『【農耕】Lv5を取得しました』


『【拡声】Lv2を取得しました』



「こここ降参するっ! 武器はもう捨てだぁあが……ッ」



『【遠視】Lv4を取得しました』


『【絶技】Lv3を取得しました』


『【伐採】Lv4を取得しました』


『【採掘】Lv3を取得しました』


『【建築】Lv3を取得しました』


『【加工】Lv2を取得しました』


『【探査】Lv3を取得しました』



「た、たすけ……っ、やめてく……ぁっ」



『【狩猟】Lv5を取得しました』


『【芸術】Lv1を取得しました』


『【魅了耐性】Lv1を取得しました』


『【農耕】Lv6を取得しました』


『【金剛】Lv4を取得しました』


『【疾風】Lv3を取得しました』


『【物理攻撃耐性】Lv4を取得しました』


『【絶技】Lv4を取得しました』


『【解体】Lv4を取得しました』


『【異言語理解】Lv6を取得しました』


『【暗記】Lv3を取得しました』


『【遠視】Lv5を取得しました』


『【夜目】Lv5を取得しました』


『【風属性耐性】Lv2を取得しました』





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 たぶん、投げた。


 結果だけ見ればそうだろう。


 背後の斜面には男とセットで槍がぶっ刺さっていた。


 その男は、先ほど冗談半分に槍を投げた男だった。


 そこからは――



「うわぁああああぁああぁ!!?」



 ――目を覆いたくなるほどの、一方的な蹂躙。


 最初の頃は盛大だった叫び、嘆き、命乞いの言葉が、瞬く間に消え失せていく。


 そして気付けばただ一人。


 立ち位置と風体から、盗賊のボスと思われる男しか生かされていなかった。


 俺の目がおかしくなければ、初めからボスだけは膝をついて蹲り、戦意を喪失していたようにも見える。


 不思議と、その状況から少年との会話が続いた。



「あなた、名前は?」


「オ、オッ、オスラム、だ……」


「オスラムさんですね。ではあなたに望むことはただ一つです。"真実のみを話すこと"―――【奴隷術】強制契約」


「あがッ……!? グェっ……!」


「では質問します。あなた方のアジトはありますか?」


「あ、る」


「近くですか?」


「そう、だ」


「そこに『本』はありますか?」


「ない」


「では高値になり得る希少な物は?」


「ハンターから、奪った、装備が多少ある、くらいだ」


「そうですか。ではもう結構です。お疲れ様でした」



「あっ――――」



 何を見せられているのか、分からなかった。


 ただ今の質疑で、男は――ボスは死んだ。


 恐怖を感じないなんて言っていたマヌケはどこのどいつだ……


エンハスと横のEランクは手を叩いて大喜びしているが、俺はどうにも身体の震えが止まらない。


 呼吸は荒くなるも、今は下手に動けない。動きたくても動けなかった。



「もう大丈夫ですよ。怪我はあります?」


「い、いや、大丈夫だ……感謝する」


「た、たす、助かったぁ……」


「でかしたぞ少年! コヤツらがあまりにも役立たずで、できればこのまま馬車の護衛を頼まれてくれ――」


「では、僕はこれで」



 エンハスの言葉を遮るように、目の前で眉を顰めた少年の身体が浮き始めたため、咄嗟に腹から声を捻り出し制止をかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君は――信じられないが、飛べるのだろう? なら頼む……仲間がこの崖から落とされたんだ。もう一人のハンターもここから落ちている。せめて、生死だけでも確認してもらえないだろうか?」


 図々しい願いだと分かってはいるけれど、それでも8年組んで仕事をこなした相方だ。


 たぶんダメなのだろうが、それでもまだ生きているならなんとかしてやりたい。


 その時は全財産を叩いてでも、この少年に救出依頼をするしかないだろう。


 少年は崖から身を乗り出し、下を眺め――


「ずいぶん高さがありそうですね……良いですよ、ちょっと見てきます」


 そう言って、ヒョイとあまりにも気軽に飛び降りた。


 思わず大丈夫かと身を乗り出すも、岩や樹木を避けながら下降しているので、実際に飛べることは間違いなさそうだ。


 そして待つことしばし。


 宙を舞い、崖下から登ってきた少年はこう答えた。



「残念ながら……

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