第208話 最後の一仕事

 見本版の地図が完成するまでの二日間は、心身ともにリフレッシュできたような気がする。


 王都付近はFランク狩場だけだし、おまけに遠いし……


 狩りをするメリットがあまりにも薄過ぎるので、それならせっかくだしと、観光待ちの女神様を呼んでのんびり過ごそうと思ったのがきっかけだった。


 というか、真っ先にアリシアを誘ったのだ。


 こないだベッコリ凹んでいたから、それなら気晴らしに【隠蔽】と仮面でも付けて、さらに冬なんだから厚手のローブでも被っとけば大丈夫だろうって。


 それでも、やっぱりダメらしい。


 不幸にさせてしまった人達が大勢いるのに、自分だけが楽しむなんてとんでもないと、相変わらず塞ぎ込んでいる様子だった。


 そしてこんな時、俺は掛ける言葉が出てこない。


 というより今までの人間関係が希薄過ぎて、慰めるような言葉を知らないのだ。


「そんなことないよ」と言うのもちょっとおかしいし、提言した本人が「気にすんな」って言うのもまた違うし……


 段々俺まで「やっぱり言わなきゃ良かったか?」と凹んできて、そんな時に降りてきたのがフィーリルだった。


 それこそ「」と。


 今後のためには絶対に必要だった情報だし、責任は女神様達全員で受け止める。


 その上で今後どうしていくか、現在進行形で協議を重ねているとのことなので、俺も幾分気が楽になりながら街をプラプラ。


 軽くご飯を食べた後は、先日遊びに行ったハンスさん絡みの情報を部屋で話し合っていた。


 魔石を食べて自ら強くなる上位種の存在、それが使役系のスキルを介しても特徴が変わらないことなど、フィーリルが興味ありそうかな~と思って話したネタは見事に大ヒット。


 もっともっととなったので、なんとなくハンスさんの拠点で印象に残っている存在。


 中央でまったく動じずに俺を見ていたデカい銀毛の獣と、不思議な恰好で不思議な動きをするメイビラさんの話をすると、メイビラさんの特徴を伝えたところでそれまでニコニコしていたフィーリルの表情が一変。


 かなり真面目な雰囲気を纏い出したので焦ってしまった。


 真っ白い肌に真っ白い髪。


 ベールのような帽子で顔を隠し、さらに黒い布で目を隠した女性。


 疑問形の時だけはレスポンスが遅く、上を向いて考え込む仕草をしたのち、ゆっくりと返答する。


 そして――当たっているかは別として【空間魔法】の取得条件を一部知っているくらいの博識で、何か目的があってハンスさんの後ろにいたっぽいが、最後まで何を目的にしていたかが分からなかったこと。


 メイビラさんの特徴を求められたため、思いつく限りでこのように答えたわけだが、いったいフィーリルはどの部分で確信を得たんだろうな。



「こんな貴重な情報が聞けるとは思いませんでした」



 と、いつもとは違う調子でお礼を言われたので、俺からすれば何が何やらである。


 おまけに「どういうこと?」って詰め寄っても、「後々のお楽しみですよ~」ってはぐらかして教えてくれないし。


 そんな俺を見て笑っていたので、たぶん答えを教えてもらえなくて、うがぁあああってなっている俺を見るのが楽しいドS星人なんだと思う。




 そして2日目はリステが朝から降りてきてくれた。


 先日元気な姿は見られたけど、それでもお互い照れ臭く感じる久しぶりの降臨だ。


 リステに報告すべきはやっぱりこれでしょうと、フィーリルには内緒にしておいたラグリース王国地図の完成を伝えれば予想通りの大喜び。


 俺が描いた裏紙の地図はばあさんに預けちゃったけど、レベル1の地図だと地形程度しか反映されず、レベル2で街道と国境線が追加されたこと。


 地図の画面がラグリースの王国全域をしっかり収めるくらいで丁度いっぱいいっぱいになり、そこからの縮小拡大などはまだできず、ただ上下左右に画面がスクロールすることを伝えておいた。


 たぶんここら辺は本で勉強しようと思っても、取得者が少なすぎて情報公開されていなさそうな部分だろうからね。


 そして、継続的な本の入手のため、意を決してリステに確認した。


「地図を販売してもいいか?」と。


 せっかく託してくれた特殊スキルで金儲けするのは忍びなかったが、状況的にそうも言っていられない。


 あの本の値段は、狩りだけで稼ぐにはかなり厳しいというか、効率をスキルの経験値稼ぎではなく、金稼ぎにシフトしないと無理になってくる。


 だから大丈夫かなと、ドキドキしていたわけだが――



「もしかして、商人になるのですか!?」



 前のめりになって迫るリステにたじろぐ俺。


 え、ちょっと、こんな反応想定していない。


 でもまぁ、『広める』と『儲ける』を両立させるためには商業ギルドに行かないといけないし、そう考えると商人に片足突っ込むことになるかもしれない。


 そう伝えたら、口はニヨニヨしながらも目は真剣。


 どうやって地図を売り捌いていくかという戦略的会議が、なぜか宿屋の自室で開かれてしまった。


 おかしい。


 もっとこう、久しぶりに甘々な時間を予定していたんですけど?


 そう言いたいのに、あまりに真剣なリステに気圧され――結局営業マンっぽい姿勢で、その日の多くはリステと地図販売について向き合うことになってしまった。


 まぁ、そのぶん、夜は【夜目】【身体強化】【時魔法】【探査】【二刀流】【騎乗】【捨て身】【硬質化】【穴掘り】【突進】【踏みつけ】と。


 いったいどこのボスと戦ったんだというくらいにスキルを駆使してやりましたが。




 そんなこんなでのんびりした2日間は終わり、期日通りに再度ばあさんの部屋を訪問。


 コッソリスキルを使って確認すべきことをしつつ、大きな地図を受け取り、その足で商業ギルドへと足を運んだ。


 第二区画にも貴族用の商業ギルドはあると言われたが、もちろんそんな居心地の悪そうなところに行くつもりはない。


 人伝に場所を聞きつつ庶民の街、第四区画へ。


 その中でもトップクラスにデカい建物へ入ってキョロキョロするも、当然ながら勝手が分からない。


 マルタの時はアマンダさんが何をしていたか見ていなかったしなぁ。


 とりあえずガラガラカウンターを探すとやっぱりあるので、サササーッと素早く移動し、暇そうにしているおばちゃんに声を掛ける。


「あのー、新しい商品を商業登録して売りたいんですけど?」


「ん? ということは"品評"ってことかな?」


「あ、そうかもしれません」


「じゃあ、今空いてるかしら……3階に行って誰かに声掛けて頂戴。その階が担当しているからね」


 そう言われ、3階で同じように声を掛けると、珍しく頭髪に何かを塗りたくっているのか、ガッチリ七三分けにした40歳くらいの男が登場する。


 開口一番「ここは子供の遊び場じゃないんだが?」といきなりぶっこんでくるので、今更ここで隠してもしょうがないしと、伝えられる部分を伝えていく。


「子供の姿ですけど異世界人です。ニーヴァルのばあさんとも知り合いですけど……大丈夫ですか?」


 ちょっとだけ【威圧】も混ぜたのが効果的だったんだろうな。


 敢えて何が大丈夫かは言わなかったが、それでも賢そうなこの人は汲み取ってくれたんだろう。


 急に汗を噴出させながら腰の引けた対応をし始めたので、有難いとばかりに案内された部屋へとついていく。


「さ、先ほどは大変失礼しました。品評担当員のワドルです」


「いえいえ、ロキと言います。今回は商品化したい物があってこちらに持ち込みました」


 そう言って広げたのは、クルクルに丸めて抱えていた大判の地図。


 当然この人――ワドルさんも最初はこれの意味がすんなり呑み込めず困惑している。


「えっと……これ、は?」


「ここラグリース王国の『地図』です。これで分かりますよね?」


「なるほど…………え? か、描かれてる……えぇ!?」


 本当に不思議な制限の掛け方をしたなと思う。


 どうやっても気付けなかったことにいきなり気付いてしまうと、まず目の前にある地図の存在より、なぜ今まで気付けなかったという自分自身に驚くものなんだな。


 見ていて面白いけど、それじゃ話が進まない。


「ワドルさんの頭の中にも描かれていたはずの『地図』を、精度重視で描き起こしたものです。まだ世に描き起こされた物は出回っていません。これを商業ギルド側で売ってもらえればと思っているんですが……どうですか?」


「え? 商業登録されてご自身で売るではなく、私達が、ですか?」


「はい、商業ギルド側で相手を見ながら売ってもらいたいのです」


「……」


 どう販売するかはいくつかの選択があった。


 ばあさんを介して国に地図という情報を売る。


 ベザートに戻って、ヤーゴフさん達に地図も一任してしまう。


 もしくは自分で店を持ち、誰かを雇って独占販売という選択も考えていた。


 だが国に地図という情報を売れば、活用はしてもその情報を積極的に表へ出すとは考えにくい。


 まだラグリースしか地図ができていない今の状況であれば猶更だろう。


 そして後者二つも、最大のネックである『二次利用』で間違いなくつまずく。


 結局のところ、いくら【地図作成】というスキルを使用し精巧に作ったとしても、所詮は手描きで作られた産物。


 しかも一国の地図となれば、誰でも『見本』があればそれっぽくは描き写せてしまうのだ。


 つまり個人が動いたところで商売になるのは最初だけで、あっという間に誰が作ったかも分からぬ複製品で溢れかえり、製品としての需要は無くなってしまう。


 まぁそれでも当初の『広める』という目的を第一に考えるならそれも有りなのだろうけど、今はそれプラス『稼ぐ』という目的も重視しないと金が回らないからね。


 だからまだ個人でやるよりは稼げる可能性のある選択を。


 それが大陸を股に掛ける商業ギルドの威光をそのまま利用することだった。


「この世界は紙――羊皮紙が希少で個人が安定的に仕入れるなんてほぼ不可能。これは合っていますか?」


「間違いありません」


「でも商売絡みの総本山である商業ギルドなら、希少な羊皮紙を安定的に仕入れられる」


「そこまでの量ではないですが……そうですね」


「おまけに一番地図を必要とする商人は多くがここを訪れるわけですし、貴族の方々とも相応の繋がりはあるでしょう? 第二区画にも貴族専用と言えそうな商業ギルドがあるようですし」


「……」


「安定的に『紙』を手に入れられる商業ギルドが、商業ギルドの押印でもされた正式で特別な国内地図として富裕層や商人にコッソリと売り出す。それでもいずれ複製品は出回るでしょうが、少なくとも販売先がギルドのみで、木板に描き写した地図の販売を一切しなければ、それは複製品だと一発で分かるわけじゃないですか」


「それは、たしかに」


「大元の商業ギルドに楯突いてまで、裏で複製の二次販売なんてする人はまずいないと思いますし……最初はかなり儲かると思いません? 富裕層向けの需要が落ち着いたら、今度は木板用の公認地図をギルドで販売してもいいでしょうしね」


「なるほど。ロキさんの言っていることは分かります。販売先を商業ギルド限定にしてもらえるなら、流通のコントロールもある程度は可能なはずです。ですが……一つ、前提となる問題が」


「?」


「この地図が商業ギルドの公認で販売できるほど精度の高い物だと、どう証明できますか?」


「あー……」


「こちらで多くの人員を回し、町村の配置や国境線を細かく確認していくこともできなくはないでしょう。ただそうなると、少なくとも1年くらいは調査に時間を費やすことになりそうですし、その費用も――」


 ワドルさんの言っていることは当たり前の話だ。


 そもそもとして今まで地図がないんじゃ、これが正解の地図なのかどうかも判別ができない。


 ギルド公認で一手に販売となれば、信用を落とすようなことはできないってことなんだろう。


 となると――予想通り、名前を借りるしかないか。


「精度が確かであることを証明する手立てはいくつかあります。まず一つ――僕は飛べるので、上空から俯瞰した景色を眺めて描き写すことができます」


「……え?」


「次いで二つ目、地図はばあさん――ニーヴァル様にも相談しています。博識なニーヴァル様から町村配置のお墨付きを貰っているというのと、この地図をある程度基にしながら、さらに詳細な地図の作成を国主導で行うと言っていました」


「そ、それは本当ですか……?」


「もちろん。その辺りは好きに確認してもらっても構いませんし――もしこのギルド内でも地理に詳しい人がいれば、それでもある程度は証明できると思いますよ? この地図間違えていませんから」


「ちょ、ちょっと上役を呼んできてもいいですか? その者なら各町のギルドを回っていますから、土地にも詳しいと思いますので!」



 この後は予想していたよりも展開が早かった。


 たぶん……国主導の地図作成という話が大きかったんだろうな。


 のんびりしていたら商機を失うとなれば、そうなる前に動いて儲けるのが商人というものだろう。


 見本地図はそのまま預けていくこと。


 売上げに対して15%が俺の取り分となる代わりに、販売価格は下限値の制限無しで商業ギルドに一任すること。


 お金は商業ギルドにそのまま貯めといてもらうこと。


 この辺りを正式に取り交わし、無事円満な契約完了となった。


 ギルド直販となればもっと俺個人の取り分は上げられたかもしれないが……


 あまり欲を出し過ぎると、地図を広めるという目的が疎かになっちゃうしね。


 これならたぶん1~2年後くらいには、商人は誰もが地図を持って販路を拡大させていたりとか、ハンターギルドの依頼ボード付近に地図が飾ってあるとか、そのくらいには世に出回っているかもしれないな。


 あとは戦争の機運が高まっていくのか、とりあえずは旅をしながら先々の様子を確認していけばいいだろう。


 どうせ他国の地図を手に入れたところで仕掛けるのは隣国。


 軍議にでもかけている間に、今度は自分達の領土が丸裸にされていくわけだしね。




 商業ギルドを出たら屋根に上り、誰もいないところで大きく深呼吸。


 これで一つの仕事が終わったという達成感で満たされる。


 となると、お次は――思わず顔は東へと向く。



 目指す先は東の隣国、ヴァルツ王国。


 ばあさんにだって、あとちょっとで手が届きそうなんだ。


 次なる狩場、次なるスキル、潤沢な資金を求めて。



 さぁ行こうか、新天地へ!

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