第203話 覇者の恩恵

 ハンスさんとの日帰り旅行から2日。


 ロキッシュが戻らないのをいいことに、今がチャンスと深層で狩りまくっていたら、不意にノイズがかった声が頭の中に響いた。



「ロキ、準備が整った。いつでもから、都合が良い時に神界へ来てくれ」



 名乗りはしないが、響く声の質やしゃべり方で誰だかはすぐに分かる。


 そして内容から、その準備が何を指しているのかもすぐに理解した。



 リステの復活、そして――



 トクンと、心臓が高鳴る。


 と同時に、顔を出すならば丁度良いかと。


 そう思ってサバリナの教会経由で神界に顔を出したのが体感10分ほど前。



 そこからアリシアは目の前で崩れ落ち……ずっと泣きじゃくっていた。


 横には全快とまではいかないようだが、それでも立って普通にしゃべれるようになったリステと、今回目的があって俺を呼んだリルも、内容を理解しているのか沈痛な面持ちを浮かべている。


 有り体に言えば、最上位加護のスキル授与式なんていう状況ではまったくなかった。



「私がっ!! 私が配慮を怠ったせいで……せっかく来てくれた方々を……うぅ……今まで、なんて、ひどいことを……っ……あぁ……」



 繰り返される自責の念、懺悔の言葉。


 でも俺は、その姿を眺めながらも声がかけられない。


 配慮が足りないというのは紛れもない事実であって、それは以前リルが【分体】を降ろした時にスキルバレした経緯を考えても、少なくともあの時まで、突出したスキル持ちは逆に危険が及ぶことを女神様達は自覚していなかった。


 そしてこの懺悔から、ハンスさんの語ったことが事実だったと、さらに証明してしまっている。


 下界に無関心だった――とは少し違うだろう。


 関心の矛先がもっと規模の大きなモノばかりで、数多いる一個人に対してまでは興味を示す機会もほとんどなかった。


 神様らしいといえば神様らしい、そんな理由から来るものなんだろうなと、なんとなく思う。


 でも、その一個人からすればたまったものじゃないんだ。


 親の顔も記憶にないほどの幼少から攫われ、いいように扱き使われ、何も光が見えないまま苦難だけをひたすら味わい死んでいく。


 神様のという言葉を信じた結果がそんな運命ならば、恨み言を言われても仕方のないこと。


 俺がもしその当事者になろうものなら、恨んで恨んで、なんとしてでも復讐を果たそうとする可能性だってある。


 事実は受け止めた上で繰り返さないよう、今後の方策を取れるのかどうか。


 この責任を受け止め乗り越える覚悟がないなら、今後地球から魂を呼び込むなんてことをするべきじゃないと個人的には思ってしまう。



「キツい内容だろうけど、しっかり受け止めなくちゃダメなことだと思うよ」


「その通りだな……よく報告してくれた」


「下界がどのようにして動いているのか、理解が足らな過ぎるから、ですね……」


「幸い改善は比較的簡単というか、気付きさえすればすぐに軌道修正できる問題だと思うし……一旦転生者を呼ぶ前に皆で話し合ってみて? それでも納得のいく答えが出ないなら、俺も地球人の視点でアドバイスくらいはするしさ」


「うぅ……ずみまぜん……本当に、ずびばぜん……」



 涙と鼻水でグチャグチャの、本当に酷い顔だ。


 前にフェリンが新たにスキルを追加してあげることはできないって言ってたから、既に転生した人達はどうしようもないんだろうけど……


 でもこの顔ができるくらいに悔やんでいるなら、今後は絶対に改善も図れると思う。


 なら大丈夫だ。きっと大丈夫。


 アリシアだけの責任じゃないはずだよとは伝えつつ、退場していくその姿を見つめる。



(一番不憫な女神様だな……)



 思いは強い。


 努力もする。


 でも不器用で、上手く結果に結びつかなくて、それでも諦めなくて――


 その姿が不意に姿と被り、烏滸がましいと、そんな思いを振り払うように首を左右へ振った。



 ふぅ―――……



 とりあえずは一つ目の目的を果たせたと視線を前に向ければ、残されたリステとリルの姿が。


「ロキ君、本当に今回の件ありがとうございました」


「ううん。リステは――やっと普通に話せるようになったみたいで、元気になって良かったよ」


「その代わりに次が私の番だな。早速始めようと思うが準備はいいか?」


「もちろん。でも本当にいいの? ご飯の食べ放題くらいまだ間に合うよ?」


 リルであろうと最上位加護を渡せば、1~2ヵ月まともに動けなくなるのは変わらないだろう。


 ならばせめて寝込む前に好きなお肉料理でもと思ったが、リルにはあっさり断られてしまっていた。


「昨日も伝えた通りだ。これは当初から予定した詫びであって、見返りを求めるようなものではない」


「そっか……分かった。それじゃリル、お願いします」


「あまり時間もないし、まずは先に渡すだけ渡しておく。どの道このスキルはからな」


「へ……?」



 ちょ、ちょっと待て待て……どういうこと!?


 困惑する俺をよそに、リルは片手を伸ばし、俺の方へ掌を向ける。


 もう恐怖は感じないが、いつになく真剣で、そして素直にカッコいいと思えるその姿に自然と背筋が伸びてしまう。




「ロキに『覇者』の加護を――嘱望しょくぼうされしその力を、今ここに授ける」




 ……何かを得たという実感はない。


 今までと同様に俺の身体が淡く光り、直後――リルが力を抜き取られたかのように、その場で膝から崩れ落ちる。



「リルッ!」



 が、俺が駆け寄るよりも先に、横にいたリステが既にしゃがみ込んでいた。


 苦悶の表情を浮かべるリルに、ボソリと、当事者同士にしか聞こえないような声で話しかけている。



「――たの覚悟は、しかと見届けましたよ」



 その言葉に、一瞬だけリルは薄く笑う。


 そんなやり取りを見て、心配していた女神様達の関係性は大丈夫そうかなと。


 そう思っていたら、意識が下界へと戻されていく。



「ありがと――」



 この言葉が最後まで伝わったのかは分からなかった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 戻ってきても相変わらずスカスカなリアの神像前。


 スキルポイントのリセットについて、まだ何も聞けていないんだが?


 そう思うも、どうも質問するような空気でもなさそうなので、俺はグッと堪えて教会をあとにした。


 ここで神界の旅2回戦を所望する~なんて言えるほどに俺の神経は図太くない。


 それに優先して確認すべきこともあるしな。


 逸る気持ちを抑えきれず、リルもよく分かっていないという『覇者』専用スキルを探す。



 ――が。


 やはり見知らぬスキルは、先ほどアナウンスで流れたこれくらいしか見当たらない。



【魂装】Lv1 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、無作為に抽出された能力のうち1種を自身へ付加させる 魂装上限数1 魔力消費5



 覇気とか覇道とか、それっぽいネーミングでブイブイ言わすようなスキルを想像していただけに、ネーミングからしてかなり予想外な内容だ。


 そして分かったようで分からないような、文面だけでは掴みづらいスキルであることを理解する。


 リルを含めた女神様達もよく分かっていないっていうのは――『命を奪う』というのが理由か?


 神界にいたんじゃどうしようもないから、概要だけ知っていても効果を理解していなかった可能性が高そうだ。


 そして。



(怪しいのは『1種』『魂装上限数』『魔力消費』、あとはもしかしたら『魔物』ってところもかな?)



 今までスキルデータを極力収集してきたからこそ、レベルが上がることによって変動しそうな怪しいポイントを絞り込んでいく。


 あくまで予想であり想像だが、その結果として【空間魔法】を差し置いてでもスキルポイントを回すかどうか。


 魔物からでは絶対手に入らないスキルだからこそ、真剣に吟味していく。



(ん~……ん? これ、【奴隷術】と同じタイプか?)



 顎を指で摩りながらステータス画面を眺めていると、ふと右側スキル画面の上に、また新たにタブが追加されていることに気づく。


 すぐにその画面を開いてみるも、特に何か記載されていることはなく真っ黒い背景画面のまま。


 これはこれで、また新しい展開だ。


 だがまぁ、『魔物』というならやることは決まっている。


 革袋をゴソゴソし、コソッと時間を確認。


 まだまだ数時間は狩れることを確認し、すぐさま樹海へと【飛行】を開始した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「はいハズレ~、次」


【招集】は使わず、【雷魔法】で一掃することもなく、森を駆けながら1匹ずつ魔物を仕留めていく。


【魂装】の用法。


 これは最初の10匹程度を倒していく中でおおよそ掴めてきた。


 まずは魔物を倒す時に【魂装】スキルを使用する。


 これは実験の結果、倒す前でも後でもどちらでも問題ない。


 ただ後だと、間違いなく時間の制限はあるだろうがな。


 魂と名が付くくらいだから、その魂が時間経過で地中にでも消えてしまえばまずアウトだろう。


 あくまで倒した直後であれば有効――そして倒せば、文字通り能力のうち1種が無作為ランダムに上昇する。


 その能力とは俺の場合、『筋力』『知力』『防御力』『魔法防御力』『敏捷』『技術』『幸運』に『魔力』を加えた8種の能力値パラメータだ。


 先ほどから出現割合の高いゴブリンファイターを倒しても、例えば『筋力』に偏るなどの魔物特性を引き継ぐような動きは見られないので、本当にどれが上昇するかはランダムと思って良さそうだな。


 ちなみに何が上昇したのか、その数値は新たに追加されたタブから確認することもできたし、なんならステータス画面をいちいち確認しなくても、意識しながら目を瞑るだけでタブに反映されている画面だけは確認することができてしまった。


 もしやと思って【奴隷術】も確認したら同様の現象が起きたので、これがステータス画面を持たないこの世界の住人達が、タブ付きの特殊スキルを確認していくための方法なんだろう。


 倒した魔物と共に番号が振られていたので、スキルレベル上昇に合わせて枠が増大していくこともほぼ確定だ。


 そして気に食わなければ次の魔物で上書きするかを選択できるので、ここまでは比較的良心的な設計だと感じる。


 上書きではなく、空きがあって初めて自動で付くタイプだと、最上値の見定めを自分でやらないといけない分、この手の作業は地獄が待ってるからね。


 ここまでは問題ない。


 比較的受け止めやすい内容だったし、難しいことは何もなかった。


 ただここからが非常に深く、面倒で、しかし面白くもある要素が詰め込まれていた。



 まずゴブリンファイターは上記の通り、倒せばランダムでどれかの能力値が上がるわけだが、『筋力』はおおよそ50前後が多く、最高で73の上昇が今のところ確認できている。


 対して『技術』はおおよそ20前後が多く、最高でも24までしか確認できていない。


 つまり個体差が数値に反映されているのか、同じ『筋力』でも上昇するパラメータは一定範囲内のランダム性があり、さらに『筋力』や『技術』といった能力によって上昇するパラメータの枠も大きく変動することが分かる。


 そして普段は【招集】で寄ってこないゴブリンアーチャーを倒していると、この上昇パターンが逆転することに気付いた。


『筋力』は平均20前後とパラメーターの上昇度合が低く、代わりに『技術』は平均70前後と高いのだ。


 その後もゴブリンメイジなら『知力』の平均上昇値が高いことが分かったので、上昇する能力の振り分けが魔物特性に合わせて偏ることはない。


 しかし魔物特性に合わせて、得意能力であれば実際に上がるパラメータは他能力より大きく上昇する、ということになる。



 となると当然魔物の強さやランクも関係してくるわけで。


 深層で最弱なホブゴブリンだと、どの能力も平均10~15くらいの上昇値程度しかない中、ルルブのよりも色が濃く、かなり筋肉質な上位オークが『筋力』の上昇値100を超えてきた時――自分の今やるべき最優先が見えたような気がした。


 理想は最も個体数の少ないオーガか上位のオークから『防御力』を引き当て、さらにどの程度か分からないけど最上値近辺のパラメータを引き当てる。


 しかもできれば二つだ。


 検証の中で、このスキルはポイント消費が少ないレベル2にはしておくべきと、そう俺は判断した。


 能力値の100近い上昇となればスキルレベル7相当のボーナス能力合計値に相当する。


 これは今くらいの中途半端な立ち位置にいる俺にとってはかなり大きい数値だ。


 それに今は明らかに不足していると分かる防御力が欲しいところだけど、敏捷が足りなければ敏捷にと、その時々のステータスを見ながら弱点補強にも利用できるしね。



 ただし難点は【魂装】スキルの対象が常に1匹であること。


 この致命的な欠点が存在するため、集めてドーンでその中から一番高い数値を適用なんてことができないわけだけど……


 それでも昔ゲームで地獄を見た優良オプション選定のように、狙いを見定めひたすらチャレンジするという工程は嫌いじゃない。


 というか好き、大好きである。


 それがお金もかからず、魔力と魔物さえ揃えばできるのだから幸せってもんだろう。



(はぁ……はぁ……困った。またハマる要素が……これは、寝られない……)



 スキルも欲しければ強パラメータも引き当てたい。


 二兎追う者はなんとやら。


 専用狩場で餌に群がっていれば雷を落とし、繋ぎの時間はオプション厳選に時間を費やし――


【飛行】できなくなるまで魔力を使い、樹海の中で一人途方に暮れたのは深夜も24時を過ぎた頃だった。


 調子に乗り過ぎたなと後悔しながら、月にしか見えない空の黄色い星を眺める。



(しっかしこのスキル――、俺以外だとさらに恩恵凄まじいんだろうなぁ……)

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