第202話 二つの情報

 本当に俺は営業の仕事で何を学んだのだと、あるまじき軽率さに自らの尻をさすりながら猛省する。


 餌に釣られ、先にホイホイと情報を出し、いつの間にか話を逸らされ? その餌を忘れて帰るとか。


 アホかと。バカかと。


 こんなことをしでかしていては、この先どうやって生きていけばいいのか……


 今回なんだかんだと無事に戻ってこられたのは、単純にハンスさんが良い人だったからというのが大きいし、あまり深く人を疑うような気質の人じゃなかったというのも大きいだろう。


 あれでもし中身がヤーゴフさんだったら、逃げ出すこともできずに最悪は苛烈な拷問を受け、全て強制的に吐かされた上でいいように利用されていた可能性だってある。



(はぁ~ゲーム脳は本当に気を付けないとな……)



 事が勝手に有利な方向へ進むイベントだと勘違いしていればいずれ死ぬ。


 目の前にニンジンがぶら下がっていても、それ以上のリスクがありそうならしっかり引く選択も取らなくては。


 ……でも、まぁ。



「魔力消費クソデカいのに無駄遣いさせんじゃねぇ!」



 というお怒りの尻蹴り(ぶっとび悶絶級)と引き換えに、欲していた情報が二つ手に入ったのだから、今回はとりあえず良しとしようじゃないか。


 わざわざメイビラさんに聞きにいってくれたんだから、イケオジハンスさんの優しさには大感謝である。



 さてさて……


 上空に飛び、眼下で相変わらず山のように積み重なっている死体を眺めながらステータス画面を開く。


 そして上からスキルを眺めていき――これか。


 目的のスキルを発見、そこで思案する。


 メイビラさんから得られたヒントは有益だ。


 だが、確定まではいかない、扱いの難しい情報でもある。



『【無属性魔法】が【空間魔法】のスキル取得要因に絡んでいる』



 今まで意識したこともない魔法だった。


 あーいや、一回リステとの飛行練習で、魔力の具現化から放出する工程に入れば【無属性魔法】って教わったような気もするな。


 だがしかし……


 スキルポイントをチラリと見れば、キングアント戦以降ほとんど変わっていない『875』という数字。


 このエリアだって少なくとも1万匹以上の魔物を倒していることは間違いないんだが、それでも上昇した経験値は10%にも届かない程度だった。


 レベルが上がらなければスキルポイントも増えないため、スキル収集目的で低位狩場を動いている今のような状況であれば、なおさらこのポイントが貴重にもなってくる。



【無属性魔法】を何レベルまで上げれば解放条件に該当するのか。


【無属性魔法】のレベルを上げたとして、他の今得ているスキルで果たして解放条件にもっていけるのか。


 上げるだけ上げて、はい何も起きませんって可能性も大いにあるし、最悪の最悪は【無属性魔法】の要求レベルがそこまで高くなく、無駄にポイント使って鬼上げしたあげく、他の要求レベルが足りていなくて解放しない。


 こんなパターンだってあり得る。


 それにどこかの狩場で、ヒョッコリ【無属性魔法】を持っている魔物が登場するかもしれないわけだしなぁ。



「うぅ~……うぅ―――……うぅううううううううう!!!」



 ヒントを得られたのに動けない。


 試したくても試せない。


 一人空中で悶絶するも、誰も助けてくれる人はいない。



「アァー……」



 空に、自らの呻き声が広がる……


 この悩みの要因は一つしかない。


 キングアント戦の時の後悔――というより、もっと前の前。


 最初の【火魔法】取得の時から少なからず思っていたこと。



 



 結局のところ、これがあるのかないのか次第なのだ。


 手軽にリセットできるならバンバン試す。そんなことは当たり前だが、しかし実際それはない。


 ベザートとマルタの教会くらいでしか確認していないけど、その時は誰も教会関係者でリセットに関する情報を持っている人はいなかったのだ。


 "女神様への祈祷のやり直し"なんて、そんな不謹慎にも感じる言葉があるとも思えないし……


 今になってハンスさんに確認しておけば良かったと、後悔の念に駆られるもしょうがない。



(ここはちょっとだけチート解禁で女神様達に聞くかなぁ。どの道アリシアに話さなきゃいけないこともあるし)



 良かれと思って動いている当人には相当酷な話だろう。


 それでも事実は事実、あんな作り話を事前に用意していたとも思えないし、対面したあの二人からは演技なんて気配を微塵にも感じ取れなかった。


 だったら下界を旅して、知り得た情報を伝えると言ったのは俺なわけだし、女神様達も世界のためにそれを望んでいるのだから、ちゃんと伝えた上で向き合ってもらうしかない。


 というより、これは必ず伝えなきゃいけない情報である。


 そしてそのお礼に、知っていればちょびっとだけ重要情報を教えてもらう。


 ウン、手前勝手な都合だがこれでいこう。



 あとは―――


 やはりリストに無いことを確認し、目を瞑りながら思考にふける。


 直接聞いたわけじゃないが、ハンスさんが持っているスキルの一つはまず魔物を使役するタイプで間違いないだろう。


 かつてリルからも勧められたレアスキル【魔物使役】というやつで合っていると思う。


 獣やら動物が好きそうなハンスさんらしいスキルだ。


 そしてこのスキル。


 実はべらぼうに強スキルの可能性があるのではないかと、今日の話を聞いて感じてしまった。


 まず俺は聞いたのだ。


 取りそびれたということもあって【重力魔法】の存在が頭から離れず、いったいあの【重力魔法】を使う魔物はどこに生息しているのかと。


 するとハンスさんは大陸南東にある、とあるBランク狩場に生息していることを教えてくれた。


 でも、ロキッシュがたまたま『』しただけで、普通はそんなスキル使ってこねーぞと。


 そう教えてくれたのだ。


 もうこの時点で俺の目はキラッキラである。


 詳しく聞けば、ロキッシュはそのBランク狩場に生息している『ウガルルム』という魔物から偶然生まれた上位種で、危険な魔物がいるという報告が入り、ハンスさんが自ら討伐しにいったついでで、珍しいから捕まえたらしい。


 で、そのままペットにしたら上位種であることは変わらず、魔石を好む癖も変わらず、番犬という名目で野に放っておいたら徐々に強くなっていき、身体もついでに巨大化していったと。


 そしてどんな条件が途中に存在したかは分からないが、気づけばかなり希少な所持スキルが追加されていたという、まぁなんともおったまげーな夢のある話であった。



 ここにきて、"最強魔物育成パート"の登場である。



 興奮で思わず股間を押さえてしまった。


 ただまぁ現実的には相当苦難な道のりのようで、そもそもとして上位種を狙って見つけるのが現実的じゃないとのこと。


 偶発的に生まれる産物で、待ってれば出てくるようなモノじゃないと言われればどうしようもない話である。


 俺も結構魔物は狩っていると思うが、一度も目にしたことはないわけだしね。


 精々人の少ない狩場を定期的に巡回するか、あとは今やっているような、魔石を敢えて身体に残したまま死体を放置し、無理やり可能性を広げながら養殖を試すか……


 でもまぁ、もし見つけて使役さえしてしまえば、あとはその魔物が何かに殺されるまで勝手に強くなってくれるのだ。


 しかも『地図』で同時反映されないくらいの遠距離間であっても、使役条件は継続しているということも地味に凄い。



 結果的に無駄な死闘を繰り広げ、戦果と呼ぶべきものは実践で掴めたスキル性能の確認くらいしかなかったが、代わりに色々な情報を得られたと思えば良しと思うしかないな。


 文句を言ったところでこの世界は弱肉強食。


 ハンスさんに実力で勝てないのであれば、死ぬ覚悟くらい持たなければ本気の文句も言えやしない。


 そう、結局は強くなるしかないのだ。


 ならば――



「さーてまだ日暮れにはちょっと時間があるし、今のうちにオーガやら上位オークも狩っておきますかね」



 日々努力。


 少しでも差を縮めるため、死体に噛り付く魔物達に向かって俺は雷を撃ち落としていった。

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