第201話 神の過ち
何がなんやら分からない。
それは部屋に入ってきた男女も同様なようで、困惑の表情を浮かべている。
そんな中、唯一この状況を理解しているハンスさんが口を開いた。
「せっかくの機会だから一応紹介しとくぜ。こっちの腹ぽっこり男がタルハン、逆にもうちっと肉を付けた方が良いおばちゃんがルビエイラだ」
タルハンと呼ばれた男の人はハンスさんにお腹をサワサワされているけど、雰囲気からして悪い関係ではなさそうに見える。
「んで、こっちの見た目子供なのがロキ。今日色々あって遊びに来ている。ちなみに日本人だってよ」
その紹介に、二人はそういうことかという表情で俺を見つめる。
もちろん俺もだ。
こんな挨拶で理解できるということは、この二人も元地球人、そういうことだろう。
「私はタルハンです。元は中南米の小国出身です。宜しくお願いします」
「あ"だじはルビエイラ"」
タルハンさんは見た目20代後半くらいの温厚そうな普通の人だが、随分と痩せて年齢も分からないルビエイラさんは――病気なのかな。
酒にやられたスナックのママさんみたいに、声がかすれてひび割れていた。
【回復魔法】程度じゃ治らないのだろうか?
「異世界人同士が出会う機会なんてそう無いからな。どうせならと思ったわけだが……ロキ」
「はい?」
「もし悩みを抱えていてツラいなら、この国にいたって構わねぇぞ?」
「え……?」
「もちろん強制でもなんでもないから、おまえが望むならの話だ。別に戦力が欲しいわけでもないしな」
その言葉に、横で立っていた二人からチャチャが入る。
「戦力が欲しかったら、草弄りしかできない私なんざお呼びじゃありませんしね」
「あ"だじなんで、もうな"に"もな"い」
二人共笑顔ではあるが、冗談とも取れずなんとも反応に困る内容だ。
ペットであの強さなのだから、ラグリースと違ってそこまで戦力を欲していないというのは本当だと思うが……
それでもただの善意なのか理解に苦しんでしまう。
そんな表情を読み取ったのか、やや真面目な表情でハンスさんは二人に視線を向けた。
「おまえらのことは、ロキに伝えても大丈夫か?」
「もぢろ"んだよ"」
「あなたでしか救えない人もいる。望むなら救ってあげてください」
その問いに二人は言葉を交わしながら頷き、ハンスさんに促されて部屋を退室していく。
一時の静寂。
事の成り行きを見守るしかなかった俺は、ハンスさんを見つめていた。
すると再び手をモフモフさせながら、ゆっくりと口を開く。
「あいつらがいる前ではさすがに話しづらいからな」
それは――
「ちなみにあの二人は元奴隷だ」
俺が想像していたよりもだいぶ重く、
「駄女神のせいでクソな人生を歩まされたと言ってもいい」
心を抉られるかのような、
「実際に被害者がどれほどいるのか……想像もつかねぇ」
――そんな話だった。
タルハンさんは、元々地球にいた頃は庭師の仕事をしていたらしい。
そして病死なのか事故死なのか、それとも人生を謳歌した上での老死だったのか。
死後この世界に見初められ、転生者の対応を一手に担っていたアリシアと会ったそうだ。
そして聞かれた。
「女神が新たな人生の旅立ちにお力添えします。あなたは新しい世界で何を望みますか?」
ハンスさんが知る限り、転生者は皆が同じことを聞かれるらしい。
もちろんこの言葉だけということはなく、地球ほど平和ではない文明の遅れた世界であり、多種多様な種族が存在すること。
生前の知識を新しい世界に少しでも落としてほしいことなど、以前俺がアリシアから聞いていた、転生者を呼び込む目的のような部分は話していたように思う。
そしてタルハンさんは、こう答えた。
「庭師の仕事しか知識と経験がないから、それならその知識が活かせるように」
ちなみにルビエイラさんはこう答えたらしい。
「歌で人を幸せにするのが夢だった。夢が叶うなら歌手になりたい」
結果、二人はそれぞれ【庭師】と【歌唱】のレベル10という、誰もが目を見張るような天賦の才を持って生まれ――
そして、幼くして攫われた。
二人ともが5歳に満たない頃で、実の親の顔はまったく思い出せないらしい。
そこからはそれぞれが厳しい生活を強いられたという。
奴隷として行動を制約された環境の中、比類なき【庭師】としての腕を酷使されながら、貴族などの華やかな生活をただ庭から眺め続けるしかなかったタルハンさん。
同じく奴隷として、金を稼ぐ目的のためだけにひたすら人前で歌わされ続け、声が潰れたら今度は奇怪な見世物として表に立たされ続けたルビエイラさん。
そんな二人を救えたのは、それぞれの奴隷商がたまたまその時に獣人を囲っていたという、ただそれだけの偶然だという。
二人の境遇を話し終え、ハンスさんは顔を歪めながら改めて女神様を罵る。
「俺は知っていた。異世界とはどういうものかを。何を求め、何を得られれば有利に事が進むのかを。少なくともタクヤも、もう1匹のクソ野郎だって同じだ。だからこそ力があり、今がある」
「……」
「ロキも多少は知っていたようだが……そんな世界を知らないやつらはどうなる? 『神』から突如として願望を聞かれたらなんと答える?」
「お人好しならタルハンさんのように、今までの経験が活かせる選択を……そうでなくとも、モテたい、お金持ちになりたい、成れなかった夢を叶えたい……それこそ、ただの願望を答えると思います」
だからか。
俺が2008年と答えた時にハンスさんが示したあの反応。
――まだマシか。
この意味がようやくしっくりきたような気がする。
そんな世界観が当時あったのかどうか、そういうことだろう。
ハンスさんが知っていたということは、2017年に亡くなるまで、少なからずその手の知識に触れる機会があったということだ。
だがこれが、仮に2000年以前になればどうなる?
パソコンすらないような時代まで遡ればどうなってしまう?
人によっては知識を得られたなんて話ではなく、まず全員が絶望的な状況に立たされるはずだ。
間違いなく俺なら、ただの願望を口走り、その結果――――
「ロキがいくつスキルを得られたかは聞かねぇが、人によって与えるスキルに差を付けるのも気に食わねぇよ。言わなきゃ増えねぇ。逆に強請れば3種のスキルとは別に職業加護なんかまで貰えちまう」
「不平等、ですね……」
この世界に飛ばされてからの情報を整理しても、その内容は事実なんだろうな。
そして、女神様達に――アリシアに、たぶん悪気は無い。
あれで本当に世界を心配し、世界を良くしようと思って動いているはずなんだ。
だからこそ、余計に質が悪い……
はぁ―――……
深い溜息が出る。
「ロキが一人でやっていけそうだってんならそれでいい。だが初めっからデカいハンデ背負いこんで生まれてくる連中だっている。ロキがもしそうなら、俺はいつでも受け入れるぜって、そんな話だ」
「魔力が、黒くてもですか?」
「そんなんロキがまともな脳みそ持ってんなら大した問題じゃねぇだろ? 俺のペットなんざ全部魔力黒いけど、普通にそこらへん歩いてるしな!」
ガハガハと大げさに笑うその姿に、俺も肩の力が抜けてくる。
ハンスさんに会えて本当に良かった。
初めての同郷というのももちろん大きいけど、それ以上にこの人の考えに共感できる部分は凄く多い。
だから一瞬、ここでお世話になるのもありかなって思ってしまったけど――
「せっかくのお誘い、凄くありがたいです。でも、まずはやれるだけのことを自分の力で頑張ってみますよ」
この答えしか今は出せない。
自分自身がというよりは、女神様達のことを考えればだ。
烏滸がましいとは思うも、俺が見捨てたらあの人達には誰も味方がいなくなる。
結局今までのまま、上手いやり方が分からず、間違っていることにも気付かず、外からのアドバイスも、大きな進展もなく、ゆるゆると世界は後退していくだけだろう。
だったら改善が図れるように、俺が鬼になってでも動いてもらうしかない。
幸い問題点が次から次へと湧いてくるわけだからな。
それらを一つ一つ潰していけば、いずれプラスに傾く時が来るかもしれないんだ。
「自分でなんとかできそうならそいつが一番だ。応援はしてるぜ?」
「どうしようもなく困ったら、今度は自力でここまで遊びにきますよ。そうでもなくてもまた寄らせてもらいますけどね!」
お互いがお互いに、良い関係でいられるように。
部屋を出て、宮殿内部を通り、最初に入った広い玄関とも言えそうな正面入り口へと到着する。
高台になっているそこからは、人間が住む都と違い、建物と木々や岩壁が融合したような、そんな幻想的な世界が広がっていた。
高く尖った岩山が多く見え、山間を大小様々な生物が飛んでいる姿は、ラグリースでは見られなかった光景だ。
「さーて、そんじゃあ元いた場所に送るぜ? もう大丈夫か?」
「ですね。外で会った獣人との対応も聞けましたし、色々お話を聞けて良い勉強になりました」
「そうかそいつは良かった。んじゃいくか」
「はい、それじゃありがとうございま……あぁあああああ――………ッ」
お礼を言おうと思って振り向いたら、そこにはメイビラさんがいた。
そこで話の内容が大き過ぎて、すっかり忘れていたことを思い出す。
【空間魔法】のヒント、聞き忘れてたんですけどぉおおおお―――………!!
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