第197話 逃がさない

 これは、抗えない。


 少し身動みじろぎすることでそれを理解した俺は、すぐさま準備していたスキルを唱える。



――【硬質化】――



「うぐぅ!」


 思い出したくもない嫌な痛みだ。


 待ち構えるように差し向けられた鋭利な爪は、俺の腹を刺し――


 だが【硬質化】の影響で多少食い込む程度で済んでいる。


 が、問題は間髪容れずに襲ってくる、自らが放った【雷魔法】


 正確にはすでに放たれ上位種を襲った後だったが、強制的に接触させられたことにより、その余波が腹の中から俺自身を襲う。



「うぎぎぎぎいぎぎぎいっ」



 我ながら強烈だなと、そう思う。


 表面的な痛みはそうでもないが、全身が痺れ、体内が、頭の中身が強く熱をもった感覚を覚える。


 内臓が焦げているような、そんな味わったことのない気持ち悪さだ。


 それを体表とは言え、しょっぱなから喰らっていた上位種は、そりゃたまらない刺激を受けていたことだろう。


 それに自爆を狙われたんだろうが、放っていた【風魔法】は俺が引き寄せられる前に無事着弾している。


 足から血が滴っているので、コイツには【風魔法】の方が有効なのかもしれない。



 しかし、そうか。


 こいつの所持スキルは――



 痺れが抜け始めたのはほぼ同時。


 だからこそ、すぐさま右手に携えていた剣を振り抜けば、右腕を多少斬りつけたところで、今度は強く弾き飛ばされる。


 何か物理的なダメージを負ったわけではない。


 強制的に距離を離され、転げ回りながら死体の山に激突する。



「クハッ……ハハ、いってぇ……おまえ、【重力魔法】……持ってるだろ?」



 声をかけた先には誰もいない。


 宙を飛び、上空から爪を突き立てようとする上位種を、【気配察知】で捉えていた俺は迎え撃つ。



「【剣術】――力刃ッ!!」



 100%力に割り振った【剣術】のアクティブスキル。


 現在スキルレベルは6。


 アクティブによる特定所作280%の威力が切り上げた剣に乗り、指を割き、そのまま腕まで斬り裂いていく。


 だが、まだだ。


 そこからさらに、繋げる。



「【剣術】――速刃ッ!」



 すぐさま速度に全て振り切った斬りつけで腿を裂き、振り払うように真横から飛んでくる腕を、



――【突進】――



 無理やり回避しながらも、再度【剣術】スキルを使用し足にダメージを蓄積させていく。


 このまま、立たせないようにする。


 できれば足を一本ぶった斬るつもりで――



「ぐうっ」



 理想を描くも、そう上手くはいかない。


 そんな手軽に倒せるような魔物じゃないことは、既に十分承知していたはずだ。



 それはかつてリアから受けたのと同じモノ。


 吸い付くように地面へ身体が縛られ、身動きが取れなくなる。


 しかも俺はうつ伏せ。


 目視で攻撃のタイミングを計れない。



「ふぐぅうううううう……ッ!」



 それもあって、初撃のタイミングを外した。


 打ち下ろされた拳は【気配察知】で理解していたのに、予想よりも速いその動きに【硬質化】を合わせられなかった。


 そして次が来ることも、【気配察知】は知らせてくれていた。


 身体は……だめだ、まだ、動かない。


 でも、指は、腕は……多少動かせる。



「ふっ……ふっ……【硬質化】【硬質化】【硬質化】」



 本来はやってはいけないやり方だろう。


 魔力の無駄遣いで決して上手いやり方じゃない。


 でも背に腹は代えられない。


 俺の防御力はレベル不相応に低いんだ。


 ボーナス能力値があまり乗っていないので、一発の打撃でも【硬質化】の恩恵が無ければ口から血反吐を吐いてしまうくらいには重く感じる。



「ぐぅ……ッ!」


「グゴォオオオオオァアアアアアアアアアッ!?」



 2発目の打ち下ろし。


 俺のくぐもった呻きと、上位種の腹に響く呻きとが重なり合う。



「ざまぁ、みろ……」



 2発目が振り下ろされた時、剣をそのまま真上に向けて立ててやった。


 だからか――


 動けるようになって振り返れば、腕の中まで俺の剣がぶっ刺さって食い込んでやがる。



「ハハ……いでっ……いい気味だよ、クソッ……剣返せ――……は?」



 その瞬間、声は理解できていないはずだが、ダメージを重く見たのかで一気に距離を取る上位種。


 どう考えても、俺を起点に"斥力"が働いたとしか思えない動き方だった。



(ぶ、武器が……残り魔力は……まだ700くらいはあるか。なら、まだ粘れる。まだスキルポイントのことまでは考えなくていい)



 腰に下げた初代ショートソードは、さすがにこの魔物相手じゃ力不足だろう。


 いかんせん素材がただの鉄だ。


 付与の魔力50は有難いが、攻撃の手段として使うには場違い過ぎる。


 となると――


 何パターンか考え、これが一番無難かと腹を括る。


 片や武器を奪われ、腹にまた穴を空けられ、回復魔法を使うも痛みは取れない見た目子供のおっさん。


 片や体長4メートル? 5メートル? 見上げるほどにデカく、しかし右手はほぼ使い物にならず、左手と片足に大きく傷を負ってまともに立てそうもない化け物。


 どっちが有利だ?


 そんなことを考える意味はないだろう。


 油断すれば一発で形勢が大きく変わる。


 そういう勝負を、大きな成果と引き換えに挑んでいるのは俺自身だ。


 そしてこの成果は、絶対に逃がさない。



 ふぅ――……



「さぁ、始めるか。第二ラウンドは殴り合いだ」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「ふっ……はっ……はっ……」


 まず足を、再起不能になるまでぶっ壊す。


 その思いだけで、手の届く足を殴り、蹴りつける。



「【体術】――剛力ッ!」



 言葉なんざ思い付きの即席だ。


 分かり易ければなんでも良かった。


 この世界に降り立った当初は、技名を呼ばなくて済むなんてラッキーとか思ってたのにな。


 言葉を発することによって、思いが、力が、宿る。


 そんな気がしてならず、言葉を理解されないなら問題ないと、今のありったけを声に乗せて打ち込み続けた。


 もう上位種の足は、まともに動かせていない。


 そうなれば相手も必死だ。


【気配察知】が動きを捉え、俺の顔以上ある左の拳が上空から迫るので、その方向であればと俺は踏ん張り上を向く。


 歯を食い縛り、その拳を額で受ける。



――【硬質化】――



「んぐ……ッ!」



 軋む身体。


 沈み込む足元。


 先ほどから頭が揺れ、視界が赤らみ鼻血も止まらないが……でも、耐えられるのだからこれで良い。


 敏捷の低い俺では、そのままだと上位種の攻撃を避けることができない。


 だから、左右からの攻撃でなければ。



『強く、深く――



 振り下ろされた拳に向けて、俺も殴りつける。



 ――切り刻め』



 インパクトの瞬間に合わせて詠唱を終える。


 そうすれば、打撃と同時に深い傷が刻まれ、血を噴出しながら俺に降り注がれる。



 「グガァアアァアアアッ!!」



 先ほどよりだいぶ""ようになってきたな。


『打撃』と『焼き』と『殺傷』のコンボは相当応えるだろう?


 そうするとおまえはそろそろ――ホラ。



――【挑発】――



 斥力を使って、俺から離脱しようとする。


 だから、おまえは捕まえ続ける。


 俺が、おまえから離れない。



 もう、後がないだろう。


 足は潰され、手も潰された。


 でもそれは俺だって同じだ。


 さっきから視界が定まらないし、魔力がもうそろそろ危うい。


 我慢して、節約していたのに、それでもこれだ。


 だから早く。


 その顔を。


 待ち望んでいるその顔を、早く下げてくれ。


 口を開けた時、その大きな牙は見えていたんだ。


 たぶん、持ってるよね?


【噛みつき】


 獣なら持っているやつが多いんだから。


 そう、大きく顎を開けて、俺の頭を丸かじりするように――



『腹ん中で、ブチまけろ、爆雷』



 「ブゴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」



 下から、腹に向けて魔法を放てば、目を血走らせながら、降りてくる顔。



 やっとだ。やっと。


 これでやっと、致命傷を与えられるチャンスが生まれる。



 このチャンスは、絶対に逃さない――



『対象減速、ファースト』


『自己加速、ファースト』



 制限時間は……10秒っ!!



 これで、喰らえr――  






 は?



  



「すまねぇ、そいつは俺のペットなんだ。これ以上は勘弁してやってくれよ」

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