第198話 初めての
何が、起きている?
声の方へ振り向けば、そこには一人、壮年の男が立っていた。
この辺りではあまり見ない白い肌に、目の覚めるような青い髪色。
その男は特に気負った様子もなく、顔は苦笑いを浮かべていた。
「ペット……?」
「あぁ悪ぃな。ロキッシュがやられてっからどういう事態だと思って来てみりゃ、まさか相手は坊主一人とはなぁ」
会話をしているようでしていない。
そんな感覚だ。
相手の言葉を聞いちゃいるが、現状を整理、理解することで俺の頭はいっぱいいっぱいになっていた。
視線を上位種に戻せば――
もう【挑発】の効力は切れているからか、先ほどのような敵意はなく、首を垂れて蹲っている。
この姿を見れば、ペットという言葉はたしかに間違いないのかもしれないが……
そもそもとして、だ。
この男は、いったいどこから現れた?
俺は【気配察知】を作動させていた。
最後まで油断しないようにと、気を張っていたんだ。
しかし、その気配を捉える間もなく、男は気付けばそこにいた。
まるで湧いたように、俺の背後へ現れたのだ。
リルのように、ワープと見間違うほどの速度で動いたのか。
それとも、まさか――
……やらなきゃ良かったと後悔した。
戦闘を中断させられた苛立ちはあった。
重要スキルを取り損ねたという気持ちも。
でも一番は、興味本位の好奇心に負けたとしか言いようがない。
それでも俺は、たぶんこのスキルを使い続ける。
このスキルは、毎回こんな思いをしながら使っていくしかないんだと、そう思うしかなかった。
【洞察】を使い、相手の力量を悟り――
「ぁ」
身体は疲れ果てているはずなのに、全力で後退しようとして、背後にいた上位種の体に躓く。
(ふっ! ふぅ! 落ち着け落ち着け落ち着け―――ッ!!!)
膝を力ずくで掴み、下唇を強く噛みしめながら、ただその場になんとかしてでも座ろうとする。
【洞察】を切った直後では、全力で耐えないと座ってもいられないほど。
それくらいに――ばあさんよりも、明らかにこの男の力量の方が上に感じた。
「おいおい坊主、大丈夫かよ?」
顔を見ることはできない。
でも掛けられる声色に棘は無く、逆に低い声は気持ちを落ち着かせるのに一定の効果があったようにも思える。
「オエッ……ウエッ……だ、だ、大丈夫で、す……」
「なんだぁ? ロキッシュ、おまえ何かしたのか?」
話しかけているのは俺の背後で蹲るこの魔物だろう。
グゥ~と何度か唸るように鳴いているが、俺からすれば先ほどの痛みに耐えているようにしか聞こえない。
それでも。
「ほーう……」
目の前の男にはこれで十分だったらしく、この反応を機に様子が変わった。
相変わらず顔はおろか、その姿すら直視できない。
でも声の音色が変化したことは分かった。
「一つ質問するが――」
生きた心地がしないとはこのこと。
生殺与奪の権利を完全に握られていると理解し、ただただ、死にたくない。
ペットなんて知らなかった、なんでこんなことになったと後悔するしかなかった。
俺に目線を合わせようとしたのだろう。
しゃがみながら続きを話す。
「おまえさんは、何者だ?」
「い、異世界人、です……」
「……まぁ、そうだろうなぁ。空を飛ぶんだって?」
「……はい」
「んで、こんなところで一人か。ロキッシュを相手取るくらいだから弱くはないだろうが……この世界は生きづらかったか?」
「え……?」
てっきり「なぜこんなところにいる?」「なぜ俺のペットを攻撃した?」と。
答えを間違えれば死が待っている詰め問答の開始だと思っていた。
しかし想像とは違う質問が飛んできたことで、思わず、俯いていた顔を上げてしまった。
その男を、直視してしまった。
でも、不思議と先ほどのような恐怖心が強く襲ってくることはなかった。
その男は胡坐をかき、頬杖をついて俺を見つめている。
優しげとは少し違う。
笑顔があるわけでもない。
ただ、本気で心配してくれているような、そんな雰囲気だけは強く感じ取れた。
だからか、やっと俺の脳が、心が正常に動き始める。
黙って言葉を待つ男に、俺は素直に答える。
「生きづらかった部分も、あったと思います。この世界の人達とは違う部分が……色々ありましたから。でも、人には恵まれていたと思います。全部が全部ではありませんけど、良い人が多くて、そして助けられてきました」
「そうか。そいつはかなり恵まれていたかもしれないな」
「だと思います」
「でも、今は一人なのか?」
「……」
素直と正直は少し違う。
答えに迷い、結果として、俺は黙秘という選択を取らざるを得なかった。
間違っていなければ、目の前の男が誰なのか、俺はもう答えに辿り着いている。
転生者という存在は一般的でも、転移者が一般的かと言われればそうじゃないだろう。
「まぁいい。おまえ、どこの国だった?」
「え?」
「地球人だろ? 国だよ国!」
「え、えと、日本です」
「ほーう、ってことはタクヤの野郎と一緒か。おまえもあれか? オタクってやつか?」
一人でしゃべり、一人でケタケタと笑うその男に、もう恐怖心はない。
「ち、違……くはないですけど! というか勇者タクヤってオタクなんですか?」
「あ~ありゃバリッバリのオタクだな。なんだったか――中学病とか言うんだっけか?」
「ん? もしかして中二病?」
「それだそれ! なんか常に妄想と現実をゴッチャにして動いているから相当ヤベーぞ。あいつの本体は下半身だしな!」
「グフッ」
なぜか予想外の流れ弾で、俺の心がクリティカルヒットを受けている。
だが目の前の男はそんなことなどお構いなし。
マイペースに自己紹介を始めていた。
「ちなみに俺は元アメリカ人、前は酪農で飯食ってたハンスだ。今は――まぁ、国の代表みたいなことをよく分かんねーままやってる。この世界じゃ俺が先輩だからな。なんか困ってることがあんなら力になるぜ?」
そういって差し出された右手を見つめる。
人間なんて所詮は印象と思い込みだ。
最初の印象がなんとなく悪ければ、その思い込みは長く続き、挽回するだけでも相応な労力と時間、そして大きな理由が必要になる。
逆に良い印象も、それはそれで思い込みの可能性だってある。
そうやって騙されていく人達だって世の中にはいっぱいいる。
でも最初の出会いは、程度の差はあれど必ずそのどちらかで。
俺は事実としてこの男――ハンスさんに良い印象を持った。
事前に知り得た情報とは別に、直接対面しての人となりでそう感じたのだ。
どうやってここに来たのか、このペットはいったい何なのか、なぜペットはここにいるのか。
未だに不可解な点はいくつもある。
それでも、俺が初めて対面した同郷の人間であり、異世界人と公言している4人のうちの1人。
エリオン共和国のトップを、まずは信用してみようと。
俺もその手をしっかり掴む。
「日本人だったロキです。元々は営業職でした。今は自由気ままなハンター業で世界を旅しようかなーと、そう思ってます。まだこの国しか知らないですけどね」
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