第196話 上位種戦

 上空から見舞うは雷の一閃。


 大きく距離を取ったまま、開戦の合図とばかりに魔法を撃ち込む。



「放て、雷槍、高速で、突き抜けろ!」



 レベル7の単体貫通特化型【雷魔法】


 かつて俺がこの世の地獄を見たキングアント戦。


 あの時に放たれた魔法を、今度は俺が同じ不意打ちで使っているんだから皮肉なモノだ。



 バリバリバリィ――……ッ



 死体の山に足をかけ、食事に夢中だったであろう上位種は僅かに反応した。


 だが、もう遅い。


 凄まじい速度でかっ飛ぶその雷光を避けるなんてことはできず、パンッ!! と大きく音を立て、眩い光と共に死体の山へ突っ込んでいく。


 当たり前だが、スキル取得のアナウンスは流れない。


 こんなんで倒せるなんて思っちゃいないが、さて――



「……」



 なるほど。


 想像していた以上にタフ、だな。


 今消費した魔力を補うように、魔力ポーションを飲みながら思案する。


 現在高さは――推定だが50メートルくらいあるだろう。


 超人無敵のリルが地上から飛んでもまず届かないレベルの安全圏で、それでいて魔法の威力が大きく減衰せず、避けられることもなく一方的になぶれる高さ。


 それが目測でこのくらいだろうと踏んでいた。


 そして眼下の上位種は何事もなく立ち上がり、かと言って反撃の手立てがないのか、食事を止めてただ俺を見上げている。


 魔法防御力が高いのか、それとも【雷魔法】の耐性でもあるのか。


 この距離では身体に傷を負い、出血や火傷をしているのかまでは分からず、現状ダメージを分析するのは困難だった。


 つまり、これで楽に倒せる選択は消えたということだ。


 もう一発撃ってみるか、それとも撤退か。



 再び葛藤が襲う。


 このままさらなる上空に飛べば、この場は余裕で離脱できるだろう。


 最初は使い勝手に悩んでいた【飛行】も、開き直りさえすれば超が付くほど有用だ。


 取得難易度の高さも、今になれば十分理解できる。


 相手によってはまさに一方的。


 常に戦局を握り、押しも引きも自由自在だ。


 だからこそ悩む中――



 上位種が……屈む動きを取る。


 これは、来る。


 そう理解し、すぐに距離が取れるよう上空へ舞う準備に入るも、上位種から視線は逸らさない。



 ズシッ……ッ!



 豪快に地を蹴り上げ、迫りくる上位種。


 近づくことで分かるその容姿、先ほどのダメージ量を見逃さないと、見据えながらも両パターンの準備をする。


 この容姿は――やはり、オークでもオーガでもない。


 見たことの無い獰猛な獣だ。


 そして、体毛の一部が焦げ、赤く爛れた地肌が見えている。


 迫る上位種、でも速度が落ち、約半分、さらに超えてくるも――――、やはりだ。


 ここまでは届かない。


 ならば、近距離でもう一発撃ち込んでやる。



「放て、雷槍、高速で――



 唱えながらも、俺は見ていた。


 上位種が、その獣が顎を開く様子を。


 そして、俺と同じ、黒い魔力がその周辺に漂う様を。



 (これは、ブレス……か?)



 しかし、止まれない。


 先に放つのは間違いなく俺だ。


 ならば――止めるくらいなら、ここまま撃って阻害するっ!


 束の間の判断。



 ――突き抜けろッ!!」



 目の眩むような光と共に放たれた雷光は、そのまま上位種を飲み込んでいく。


 そしてすぐさま、撃ち終わりと同時に【硬質化】を唱えた。


 相手が避けられないように、俺も空中で放たれればまず避けられない。


 そこまで【飛行】を使いこなせてはいない。


 ならばもし、先ほどの攻撃で詠唱を潰せていなかったら、あとは何が来ようと耐えるのみ。



――【硬質化】――


――【硬質化】――


――【硬質化】――



 ……光で視界が潰れ、フワフワした感覚の中、腕で顔を覆いながら効果時間1秒に合わせた発動を数度繰り返すも。


 何かが上位種から放たれる様子は、まったくない。


 ならば詠唱を潰せたということ。


 となればダメージ次第だが、このまま上空から【雷魔法】連打でも――


 徐々に自らが放った雷光が落ち着き、思考を巡らしながら上位種の状態を確認しようとした時。


 俺は今の不思議な状況が理解できず、思わず疑問がそのまま口から漏れる。



「は?」



 先ほどまではたしかに、上位種を、その背後にある死体の山を、専用狩場や一帯を覆う一面の樹海を視界に捉えていたはずだ。


 しかし、今の視界は肝心の上位種がおらず、ほぼ全てが青い。


 一部、かなり高い位置で漂う雲が視界の隅に入るくらいだった。



(雲……? 俺は、落ちている……落とされている!?)



 ここでやっと、現在起きている状況だけは理解し始める。


 背後から襲う風が、嫌でも置かれているこの状況を知らせてくれる。



――【飛行】――



 まずは立て直す!


 そう思うも――


 視界が一転、見覚えのある魔物の山に切り替わり、嘔吐を催す悪臭と共に、体中から鈍い痛みが走る。


 幸か不幸か、死体の山に落ちたのは明らかだった。


 節々に刺さる痛みがあるのは、山の中に埋もれていた武器で身体中を軽く切ったからだろう。


「くそっ……『癒せ、オールヒール』」


 腹に手を当て、【回復魔法】で全身を回復させつつ、ズボッと、死体の中から這い出て周囲を探る。


 すると、同じ専用狩場の先に、膝を突いて蹲る上位種が。


 自滅覚悟で何かをしたからか、毛は焦げ付き、爛れた左手を覆っている姿に短く息を吐く。


 油断したつもりはまったくなかった。


 それでも、いったい何をされたのか分からず、今も理解できていない。


 ただ一つ言えるのは、空が絶対的な安全圏ではなくなったという、その事実だけ。


(あの展開から予想できる系統は……いや、魔物専用の謎スキルまで持ち出されたらもう予想できるものじゃなくなる。でもとりあえずやるべきことは――)



――【飛行】――



 再度、飛べることは確認。


 ということは、阻害は一時的なものだったということ。



 ならば、試すか。



 まずは、


――【身体強化】――


 これで、備える。



 そして――



『頭上を、覆い、焼き殺せ、襲雷』



 空いた左手で【雷魔法】を放ち



『対象を、深く、切り裂け』



 右足を回すように蹴り上げ、そのまま間髪容れずに足から風の刃を飛ばす。


【風魔法】は周囲の木々をなぎ倒した時のイメージを、さらに一点突破型へ修正したもの。


 それなりの距離はあるが、2属性のほぼ同時攻撃にどうでるか。


 可能性を考え、いつでも【硬質化】を唱える準備だけはしつつ、ジッと様子を窺えば――



(何かしら魔法を打ち消すような動きは取らない。となれば、どっちだ。何で来る……?)



 ただ黙って受けるなんてことはたぶんしない。


 さっきと同じように、何かをしてくる。


 それがもし、俺が心の底から望むモノであるならば。


 コイツはどんな犠牲を払ってでも、必ずこの場所で―――



 瞬間、俺の視界が加速した。

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