第192話 北方の町サバリナ
ラグリース北方の町『サバリナ』
中腹以降が白く覆われた山脈群を間近に見られる北の交易都市は、規模で言えばマルタと同程度。
上空から見下ろせば、碁盤のようにいくつかの大通りできっちり町が区切られた、大変住み心地の良さそうな街並みだった。
そんな都市の中心部にある屋根へ俺は降り立ち、すぐさまその建物が何かを確認する。
「おしおしっ、だいぶ慣れてきたな」
建物内に屋根のない広場があればハンターギルド。
何回かそう思って降りたら宿屋の中庭でしたってオチもあったが、今回は無事目的のハンターギルドへ降り立てたことにニンマリしてしまう。
毎度のスイングドアを通過して、一直線に大体の場所は予想がつく資料室――……ん?
(なんか、変わった格好の人が多いな……)
ハンターギルドなんてどの町でも似たり寄ったりなのに、建物内で
期待を込めて資料本に噛り付く。
そして、すぐに出てくるため息と零れる本音。
「くっそーここもかよ……」
中身を見れば、サバリナの周囲にはFランク狩場、Eランク狩場が一つずつあり、目的であるCランク狩場もこの町に存在することは分かっていた。
なので狩場の程度は予想通りであるも、Fランク狩場とEランク狩場は全て既知の魔物だけ。
道中小規模な町を巡りながら約4日掛けてこの町に到着したが、それまでも新規の魔物には出会えず、狙い通り進行したのは地図のマッピングくらいであった。
これで王都より北のFランク、Eランク狩場は今のところ全滅。
いよいよもって、厳しくなってきたってもんである。
それでもまぁ、Cランク狩場があるだけマシかとペラペラページを捲り――
ヒヒッ。
今度は正反対。
思わず誰かさんを真似たような笑いが零れる。
F-Cランク複合狩場 ベイルズ樹海
北部エイブラウム山脈の麓に広がる広大な樹海。
樹海全体が巨大な緑魔種の巣となっており、浅層~中層帯には多くのゴブリン種が存在している。
特に中層帯は規模も様々に部落を形成していることが多く、対複数戦闘を余儀なくされるため注意が必要。
また上位種が存在している場合、下位種が統率された行動を取ってくることにも留意しておきたい。
狩場概要にはこのように書かれており、その次のページには非常に魅力的な魔物の名前が並んでいらっしゃる。
『ゴブリンウォーリア』『ゴブリンナイト』『ゴブリンメイジ』『ゴブリンライダー』『ゴブリンアーチャー』などなど。
数で言えば計12種の魔物が混在している広域狩場のようで、ゴブリン以外にも挿絵だとゴブリンを乗せて走っているように見えるフォレストウルフという魔物なんかも存在するらしい。
(フフフッ、フヘヘヘッ)
もう、こんな情報見せられちゃったらたまらない。
とても今の俺は人様に見せられるような顔をしていないだろう。
早く行きたい。今すぐにでも飛んでいきたい。
ここは……ここの狩場は、俺からすればもの凄いボーナスエリアな気がしてならないのだ。
そう判断してしまいたくなるほど、魔物のネーミングが俺の心にクリテイカルヒットを与えてくる。
おまけに――
いやいや、だめだ。
まずは一度深呼吸して冷静になれ。
またむやみやたらと突っ込んで死にかければ、フィーリルの巨大雷が確実に落ちる。
まずはカウンターをガラガラにさせている、情報通のおばちゃんに――
そう思った俺は、逸る気持ちを抑えながらカウンターへと向かった。
「すみません。狩場情報を色々と教えてほしいんですけど!」
この言葉に、目の前のおばちゃんは「え? なんで私?」と言いたげに驚愕の表情を浮かべ、横のカウンターにいたキレイ目のお姉さんは「マジかよ?」という表情で俺を舐めるように見つめる。
周囲のマッピングを進めながら今日この町に到着したということもあって、今の時間は中途半端な夕刻前くらいだろう。
まだまだ外は明るく、暇な時間帯とあってかカウンターは全て空いていたのに、それでも俺が一直線でおばちゃんに突撃していったことがよほど珍しかったらしい。
いいじゃんね? 長く働いている人の方が情報持ってそうなんだから。
「え、えーと、何が知りたいのかな?」
こうして始まった情報収集で、俺は違和感の多かったベイルズ樹海を自分なりに解釈、脳内で簡易のエリアマップを作成していく。
「なるほど。大体2日ってところですか」
「そうねぇ。中はしっかり整備された道があるわけじゃないから、1日で中層に辿り着いたって話はまず聞かないわねぇ」
「最初の浅層はゴブリンと一回り大きいホブゴブリン……中層に入ればさらにもう一回り大きい上位ゴブリンが一部は武器を持って登場、さらに中層の中頃までいけば部族丸ごと相手取る可能性が高いと……」
「ただ明確な境目があるわけじゃないから、入る時は注意するのよ? ハグレの上位個体にやられちゃう話はよく耳にするから」
「あーそれは想像できますね」
「ゴブリンは大きくなるほど知能も優れて仲間を呼ぶこともあるみたいだし、自信が無ければ初めからニュジャン平原とかのランク固定狩場に行っちゃった方が安心できるわね」
「ほほぉ……」
ここまでは問題無しだな。
パルメラの縮小版みたいなイメージを持てば、内容把握に困ることもなさそうだ。
それに仲間を呼ぶというのは実に興味深く――いつぞやの蟻地獄を思い出してワクワクしてくる。
となるとイメージできていないのはここからだ。
「その中層はどれくらい進めば終わります?」
「え?」
「入口の浅層があって中頃に中層があるわけですよね。ってことは山がそびえ立っているわけですから、深層だってあるわけじゃないですか」
「それはその通りだけど、深層なんて何しに行くの? 遺物ハンターだって今はそこまで奥には入らないわよ?」
「ん?」
資料本に何も載っていなかった深層情報を聞きたかっただけなのに、斜め上から別の気になる言葉が飛んでくる。
なんぞそれ? 同じハンターでも異業種だろうか?
「すみません今日この町に来たばかりなので、さっぱり意味が……遺物ハンター?」
「あらごめんね。後ろにいるあの人達のことがそうよ?」
そう言われて振り返れば、最初目にした不思議な光景。
農機具とはまた少し違う……スコップや熊手といった掘る目的に近い形状のモノを複数持った男達がおり、その横にはなぜか王都でよく見かけたプレートアーマー着用の兵士が一人立っていた。
悪さをして捕まえにきたという様子もなく、普通に世間話している様は、どう見ても彼らが一つのグループ――パーティのようにしか見えない。
「この町は少し特殊でね。北の樹海には過去に滅んだとされる古代文明の遺物が見つかったりするのよ。だから遺物探し専門で動いているハンターを遺物ハンターって呼んでるわけね」
「あ~なるほどそういうことですか」
そういえばそうだった。
俺は狩り一辺倒だからハンターの仕事=魔物討伐くらいに思っていたが、最初の講習でも木材を運んだり何かを調達したり、狩りじゃない仕事もあるって話は聞いていた。
となると戦うことを専門にしないハンター達ってことか。
なんだか腰回りに色んな道具をぶら下げてプロ感が滲み出てるし、自分でやりはしないが、ちょっと宝探し的な雰囲気を感じて興味をそそられてしまう。
「ちなみに兵士がいるのは理由が?」
「もちろんよ。出土された遺物は土地を治める王家の所有物なわけだから、国に属する兵が監視と護衛目的で同行するのよ。そのためにこの町は一定数の軍が常に駐在してるわ」
「ほっほ~国が主導で動いてるんですね」
「今の技術では作り方も分からないような魔道具、希少性のかなり高い鉱物で作られた武具、あとは金属で作られた当時の本なんかも出土しているみたいだからねぇ」
「武具や本もですか……」
「かなり高値で国が買い取っているのがその3種ってだけで、他にも当時の硬貨とか色々出るみたいだけどね。彼らが今日動かなかったのは……たぶん浅層でも少し奥か中層にでも行こうとしたんでしょう。その時は君みたいな魔物討伐を主とする魔物ハンターと合同で動いたりするから」
個人的には中々面白く、しかしリアあたりが顔をしかめそうな内容だな。
きっと彼らはギルドの入口付近で、役に立ちそうなハンターを捕まえ、明日以降に動くための勧誘作業をしているのだろう。
果たして成果物はどう分けるのか。
ゴブリン種だと金に変わる素材が少なそうだし、お給料が出ているであろう兵士以外は、遺物が見つかれば天国、無ければ地獄というくらいにギャンブル要素の強い仕事に思えてくる。
そして、そんな勧誘作業をしているパーティから、俺は何もお声がかからなかったと。
なるほどなるほど。いいんだけどね! どうせやらないし!
噂の古代文明がなぜ滅んだのか、その理由を当人から聞いているだけに、俺は興味本位で遺物ハンターの仕事に首を突っ込むべきじゃない。
ついでに今度、ばあさんに魔道具は気を付けてって忠告しておいた方がいいだろうな。
ヤバいモノが出て悪用し始めたら、それこそこの国が本当に【神罰】の対象になってしまう。
「あーすみません話が逸れちゃいました。それで深層は? そこに魔物はいないんですか?」
俺が一番知りたいのはこっちなのだ。意気込んで話を戻すも――
「昔は深層にもオーク種とかオーガ種とか、総括して緑魔種と呼ばれている魔物が多くいたって話は聞いたことがあるけどねぇ」
「ほほぉ!」
「ただ20年くらい前かしら? 私が生まれる前だからわからないけど、一度大規模なスタンピードが発生した後からは、ゴブリン種以外の魔物情報がほとんど出なくなったのよね。だから何かがいるのかもって、そんな噂が自然と立って誰も近寄らなくなったわ」
「ほ、ほほぉ……?」
「ちょっと~とっくに生まれてるだろって、すぐに突っ込んでくれないと――」
なんかおばちゃんが騒いでるけど、俺は忙しくてそれどころではなかった。
何かが匂う、そんな気がする。
けど凄く危ないような……そんな気もする。
うーん。
ボヤけちゃいるけど、それぞれに原因がありそうな、そんな雰囲気だ。
(さーて、どうするか)
暇を満たせたからか。
満足気なおばちゃんに宿情報を聞いたらお礼を言い、見せ金パワーで風呂付き宿を確保したのち時計を見る。
時刻は16時。
うん、そうだな、まだ16時だ。
となると――ここはやっぱり軽く偵察しに行くしかないっしょ。
防具も穴空き鎧しかないため、あくまで換金は考えない2時間程度の下見作業。
中層までの飛行時間を計測しつつ、サラッと魔物のスキル情報でも収集しときましょうと、俺はたまらず唇をペロリと舐めながら北に向かって飛行を開始した。
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