第191話 書庫

「すごっ……」


 宮殿内のやや奥まった場所にある一室。


 ばあさんの部屋と同じくらいの広さがあるそこには、正面に背丈よりも高い本棚が設置されており、そこにズラリと並ぶ本の背表紙が確認できる。


 中央には2つのテーブルとソファーが設置されており、その場で読むこともできるような環境が整っていた。


 もちろんハンターギルドのように、本が鎖で繋がっているなんていうことはない。


「これ、何冊くらいあるんですか?」


 思わず問えば、ばあさんじゃなくエニーが答えてくれる。


「250冊くらいあるんだってさ! 私はもう30冊くらい覚えちゃったもんね!」


「国によっちゃもっと抱えてるところもあるらしいけどね。ロキ坊が今求めているのは――……たぶんここら辺かい」


 そう言いながらやや高い場所に杖の先を向け――


「は?」


 その杖の先から、魔力と思われる青紫の霧をさらに伸ばして本を引っ張り出すばあさん。


 その光景に、思わず目をしばたたかせる。


 いやいやいや。


 どう見ても背の届かない場所から本を取ったんだが?


 というか、今の現象はいったいなんなんだ?



(以前リルが飛んだ時に具現化した羽のようなもの? ってか魔力だけで物体に直接触れて動かすこともできるの……?)



 俺がカチンコチンに固まっている様子が面白かったのだろう。


 ここぞとばかりにエニーが弄ってくる。


「大ばあちゃんの【魔力纏術】凄いでしょ! 初めて見ると固まっちゃうよね~スキルレベル――ひぎゃーっ!」


「コレッ! 勝手に人の手の内を晒すなといつも言ってるだろう!」


 あっ、これかなり重大だったんだな。


 半べそになっているエニーの尻を杖で叩き始めたので、俺はその間に並んでいる本の背表紙を片っ端から眺めていく。


 相手はなにかとマウントを取ってくるエニーだし、とりあえず相手は身内のばあさんなので助ける気はない。



(『亜人種の歴史と亜神信仰』『スキルレベル検証 農耕編』『大陸ダンジョン紀行 中編』『空と地底に住まう民』『スキルの忘却と戦う術』『カプライオンの虚塔』……)



 やっばぁ……なんだこれ……


 まだ中身すら見ていないのに、本でここまで興奮したのは初めてと言えるくらいの衝撃に襲われる。


 全部見たい。余すことなく、全部が見たい。


 ここで得られる知識量がどれほどのものなのか。


 もちろん全てが自分の糧になるわけじゃないことは理解している。


『魔王討伐伝』とかいう、勇者タクヤが登場するクソどうでもいい創作物もちゃっかり並んでいるくらいなのだ。


 でもパッと目につく範囲でも、半分くらいは本のタイトルだけで即買いするレベルに興味を惹かれる内容だし、それ以外だって読めば何かしら得られるモノもあるだろう。


 それにただの創作物だったとしても、夜寝る前の娯楽にはなるだろうしね。



「ふぅ~まったく……待たせたね」


「あ、あぁ全然大丈夫。もうそれどころじゃなかったから、待った感覚なんてまったくなかったよ」


 チラリと視線を向ければ、尻を抱えてグズッているエニーが地面に這い蹲っていた。


 ウン、ばあさんは絶対に怒らせないようにしよう。


「職業の話をした時、頭が混乱していただろう? 内容は大雑把だけど、これを見ればある程度の職業が一覧として載ってるよ」


「おぉ!!」


 紙の厚さが違うので単純なページ数比較はできないけど、俺が所持している『薬学図鑑』よりも4~5倍くらいは本が分厚く、そして重い。


 これは期待できそうだとパラパラ捲れば、やはりというかなんというか、ここはゲーム世界か? と混乱してしまいそうになるくらい既知の職業が多く登場してくる。


(『魔導士マジシャン』『戦士ソルジャー』『衛兵ガード』『商人マーチャント』……なるほどなるほど)


 かなりの数がある下級職、もしくは1次職と呼ばれる基本ジョブが有り、その上に『暗殺者アサシン』『聖戦士クルセイダー』などの少し特化した中級職が。


 さらに上――3次職でネーミング的にあぁ強そうだよねっていう『近衛兵ロイヤルガード』『時魔導士クロノマンサー』といった上級職。


 そして特級職――4次職とも呼ばれる段階になって、やっとばあさんの『魔女パルマキス』や『大魔導士メイガス』『竜騎士ドラゴンナイト』といった、なぜか股間がキュンキュンしてくる職業なんかが載り始めていた。


(ふむふむ。上位職になるほど種類は減ってくるわけね)


 あとはその他にも職によって中級職扱いだったり特級職扱いだったりとマチマチのようだが、かつて天啓と呼ばれ、<神官ブリースト>になる代わりに【神託】スキルをおまけで授かる加護絡みの特能級。


 <神子>や<導者>なんかの女神様固有最上位加護が条件となる特異級。


 さらに初めて知ったが、女神様達の複合加護で得られる超希少職なんてものもあるらしく、そこにはめでたく『勇者ブレイバー』と『英雄ヒーロー』という2つの職業が記載されていた。


 まぁ、それはいいとしても――


「中級職あたりから、スキルレベル+1の上昇補正が入ってくるのか」


 本に記載されているこの事実に驚く。


 想像以上に補正の得られるハードルが低く、そしてその恩恵が大きい。


「そうだね。上位の職に就くほどその対象範囲が広くなってくるもんさ。おまけに『魔女』みたいな、違和感を覚える変化が現れ始めるのも上級職あたりからだよ。まぁ全部が全部じゃないし、人によっても差があるような話だけどねぇ」


「……」


「これがロキの望んだで合ってたかい?」


「うん。うーん? 合ってると言えば合ってるけど、ちょっと違うような……」


「なんだい、はっきりしないね」


 そう言われても困ってしまう。


 正直に言えば、この場所は予想以上なのだ。


 当初はばあさんという伝手。


 重鎮ポジション、年齢的な顔の広さに期待し、本の仕入れをお願いしようと思っていた。


 俺が王都の街中を徘徊したところで、そう簡単に本を裏で売ってくれるようなお店は引き当てられない。


 あったとしても俺のような小僧では、装備屋と同じで高額な品を簡単に売ってくれないのは明白だった。


 現金をチラつかせることしかできず、そのやり方だと値札も相場もない世界じゃ高確率で足元を見られる。


 だからばあさんを――というより宮殿を仲介したかった。


 これならある意味国内最強レベルの権力と顔が利くわけだから、金さえ用意すれば適正価格で本が手に入るのではと思っていた。


「私も一応国の最高戦力扱いだからね。私自身のスキル情報を表に出すことは、国を守るという意味であまり宜しくない」


「それは分かる」


「だから今回の恩義に報いるため、ここの書物を自由に読めるようにと思ったんだけどね」


「その気持ちは凄くありがたいよ。たださ――、俺って『ハンター』なんだ」


「それが何か関係あんのかい?」


「魔物がいるところに向かい、しばき倒して糧を得る。ここの情報は喉から手が出るほど欲しいのが正直なところだけど……でも、ここに留まることはできないんだよね」


「……」


 ばあさんに裏がある雰囲気は感じられない。


 でも仮にカムリア次官なら――そして俺なら、情報という餌で可能な限りここに繋ぎ留め、交友を深める材料にしようとする。


 亜人差別撤廃に舵を切り、当面は安心できるとしても、それでも東西の転生者が動いている限りはあくまで当面だろう。


 となればやはり、この国も中長期で見るなら対抗戦力を欲っしているはずなのだ。


 そして本は既にあるわけだから、国にとっても損の少ない好都合な餌。


 これで俺を釣り上げられるなら、財布事情が厳しくなってきた大陸中央にとってはかなり金銭面に優れた戦略だろう。


 ニローさんが当初考えていたかもしれない策略に、見事俺はハマりかけたと言える。


「この書物は王家の所有物だからねぇ。この場で読むだけなら私でも許可を出せるけど、持ち出すなんてことはさすがに私の権限からも外れちまうよ」


「だと思うよ。だから理想を言えば、『複製品』――かな?」


 俺だけが使う目的であったならば、図々しくて言えなかったお願い。


 でもここで得られる本は俺だけじゃなく、女神様達の知識量増加にも繋がってくる。


 となると時間はかかってでもが欲しい。


 それが今回動いてくれた女神様達へのお礼にもなる。


「もちろん対価は払うし時間だって無理を言うつもりはない。だからなんとかお願いできないかな?」


「救国の英雄様がどうしてもっていうんじゃしょうがないさ。ただ陛下の承諾を得るためにも、多少は今回の結果が『ロキ坊が何かしてくれたおかげで』と国に伝えることになるよ?」


「うっ……でもまぁ、それはしょうがないか。どの道異世界人であることはもうバレてるわけだし、この国のお偉いさん達だけに伝えるくらいは構わないよ。取引をしたって言っといて」


「……ちなみに、全部かい?」


「で、できれば……」


「となるとアルトリコに今の仕事が終わったら取り掛からせるとして、もう二人くらい【写本】か【自動書記】のスキル持ちを見つけてくるしかないねこりゃ」


 そう言いながらヒヒッと苦笑いするばあさんは、やっぱりただの人のそうなばあさんにしか見えなくて。


 やっぱり考え過ぎかな? 


 そう結論付け、俺は王都の目的を果たし、次なる目的地へ向かって飛び立った。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「おまえの言った通りになっちまったね」


「理想とは程遠い、下から数えた方が早い結果です」


「それでも繋がりが欲しかったんだろう?」


「当然ですよ。常に一人で行動しており、姉の気配がまったくないことは気がかりですが……これで少なくとも彼は、『本』を得るため二月に一度はこの地を訪れることになる」


「それで中央を活動拠点にするものかねぇ。私が若い頃なんて、地が続く限りは旅したもんだけどね」


「ニーヴァル様は外に目的があったからでしょう? いくら飛べるとはいえ、当面の目的がこの地にあるならそう遠くへは離れられませんよ」


「……」


「アルトリコ殿は?」


「あぁ。自室で昨日から随分とくだらない本を書いてるよ」


「結構です。ではここからの仕込みは私達が主導しますので、ニーヴァル様にはただ一つ、しないでいただきたい」


「まったく……」


「無いとは思いますが、我々を阻害することはそのまま祖国と陛下への裏切りになりますので、努努お忘れなきようお願いします」



 そう言って去っていく癖の強い顔をした男――カムリアの背を眺めながら、ばあは【聞き耳】を警戒して心の中でソッと呟く。



(すまないね……やっぱり裏切れないよ、私は)

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