第183話 装備の更新

 時刻は朝の8時ごろ。


 俺は敢えて朝食を食べずに、目の前で収縮していく青紫の霧を眺めていた。


「おっまたせー!」


「おはよ~」


 その理由は、今回降臨する女神様がフェリンに決まったからだ。


【神通】を使用した後に少しして、わざわざ【神託】で報告が入った。


「今回は私だよー! 朝からご飯食べるからよろしくーっ!」


 これだけだったが、誰かがすぐに分かるんだから十分な報告である。


 フェリン用の靴を渡しながらクルリと一周。


 状態を確認してみるも――


「今回は髪も跳ねてないし、争った形跡無さそうだね?」


「なははっ! 本気で争うと私達の住む世界が壊れちゃいそうだからさ~また順番にしたんだよね!」


「あ……そ、そう」


 世界が壊れるってなんだろうか?


 笑いながら言う言葉じゃないと思うんだけど、その光景を想像するといつぞやの般若フェリンがコンニチハしかけるので、全力スルーするしかない。


 俺は可愛いフェリンが良いのである。


「えと、予定通り【隠蔽】は持ってきてる?」


「もちろん!」


「おっけ~それじゃ安心だね。とりあえずお腹空いたし、連れていきたいお店が2軒あるから早速行こっか」


 ここまで準備しておけばトラブルが起きることもないだろう。


 連れて行きたいお店が2軒あるという俺の言葉に、「にっひひ~!」と変な笑い方をしながら跳ねるように部屋を出ていくフェリン。


 その後ろ姿を目で追いながらも、俺は軽く息を吐き――


 胸の内から込み上げてくる様々な思いを抱えながら、それらを隠すように後を追った。




「はいっ! こちらがフェリンさんにご紹介したい1軒目のお店です!」


「おぉー!」


 二人で馬車に乗りながら移動した先は第四区画。


 いかにも庶民街といった雰囲気が漂うちょっと小汚い路地の一角で、俺達はデカい団子のような塊が、端からブツンブツンと切られていく様を眺めていた。


 昨日偶然見つけた、店舗にしては小さい半分屋台のようなお店。


 そこではパフォーマンスなのか、わざわざ路面で見えるように料理しており、俺はまんまとその内容に食いついてしまったわけだ。


「あの白い塊は何?」


「大きな分類で言えば小麦粉だろうね。厳密にはその中でも色々と種類が分かれるんだろうけど……パンの原料っていったら分かりやすいかな?」


「へ~なんか適当に切っているように見えるけど、あんなものなの?」


「俺の住んでいた日本だと、もっと平に延ばして均等に切るんだけどねぇ。でも『麺』ってまだこの世界では見たこと無かったから、絶対一度は来ようと思ってたんだ」


 パッと見では、地球で言う『刀削麺』とかいうやつに近い。


 店内に入って他のメニューを見てみるも、他にそれっぽい中国系料理が無いので、この世界で独自に生まれた料理なのか。


 それとも地球人が落とした知識なのかはさっぱり分からない。


 まぁどちらにせよ、美味しければなんでもいいのだ。


 朝食には最適だろうと二つ頼めば、すぐに出てくる木製の器。


 その中にはやや白く濁ったスープと何かしらの香草、そしてこれまた何か分からない肉が入っており、鶏ガラっぽい過去に嗅いだことのある匂いが湯気とともに漂ってくる。


 フェリンをチラリと見れば――うん、まるでお預けされている犬のようだ。


 器の中身を一点に見つめながら、俺からのゴーサインを待っている。


「では、初めての麺に感謝を。いただきます!」


「いただきまーす!」


 真似してくれるフェリンにニヨニヨしながらフォークでぶっ刺せば、なるほどたしかに、これは麺っぽい。


 短いので啜る必要も無く、フェリンも問題無くホクホクしながらフォークで刺しながら口に運んでいた。


 ズズッ……


 スープは――……あー良いね。


 見た目通りのさっぱりしたスープで、朝だからこそ丁度良いと感じる優しい味わいだ。


 ちょっとした生臭さがほんのり残る感じが、出汁を取っている素材の問題なのか、技術的な問題なのかは分からないけど……


 これで一杯200ビーケなら最高の一言で、文句を言えばバチが当たるってもんである。


「ぷっはー! 美味しくて黙々と食べちゃったよ!」


「お~スープまで綺麗にいったね! これは朝に丁度良いご飯だったなぁ」


「私はもう1杯食べられちゃうけどね!」


「俺もまだ2杯くらいは食べられるけど、でもだめだよ? お昼はどう見ても『ピザ』っていう料理にしか見えない食事が待ってるんだから、余力を残しておかないと後悔しちゃうからね」


 ベザートの時以来になる久しぶりの食べ歩きだ。


 適度に周遊馬車を利用しながら、気になる屋台飯を見つけては少し摘まみつつ、今日の目的の一つである第三区画。


 その大通り沿いに建つ、店構えの立派なアクセサリー屋へ足を運んだ。



「いらっしゃいませ」



 俺達二人に向けた女性店員さんの淀みない応対。


 リステの時と違って俺も前よりは身形を小奇麗にしているし、フェリンも良いか悪いかは別として、比較的庶民感の漂う雰囲気を発している。


 少し彷徨う視線が、どちらがメインのお客さんかを掴めていないような雰囲気だったので、ヘルプを出す意味でとっとと俺から口を開いた。


「装備としてのアクセサリーを探しているので見せてもらえますか?」


 この言葉に理解を示した店員さんは店の一角へ向き、少し表情と口調を崩しながら誘導してくれる。


「あちらがハンター向け、装備目的のアクセサリーですよ」


 ――なるほど。


 パッと見た感じの在庫数は、マルタの時の3倍くらいはありそうだ。


 何が『微小』や『小』なのかは表記されていないから分からないが……


 それでもある一角に視線を向けた時、俺は思わず口角が上がってしまった。


 販売金額が1つ3万ビーケ前後、20万ビーケ前後ときて、その次の塊はどれも大体200万ビーケ前後。


 他に数点値段設定がまったく異なるアクセサリーも置かれているが、まずこの3段構成であれば、200万ビーケくらいが目的の『中』に該当する能力のアクセサリーだろう。


「あの、この辺りにある値段の高いやつが能力『中』になるんですか?」


「そうですね。3部位、4能力種、今なら全て在庫がありますよ」


 凄いな。


 今までこの身形で舐められることが多かっただけに、普通に接してくれているこのお姉さんにちょっと感動してしまう。


 1個200万ビーケって、小学生か中学生が車を買いにくるようなもの。


 もし俺が店員の立場なら「トイレ探しにきた?」くらいにしか思わないのに、ちゃんとお客さん扱いしてくれているだけでもう買う気満々になっているので、俺は本当にチョロいもんである。


「ちなみに、奥にあるもっと高いやつは――あー素材が違うっぽいですね」


 一応確認はするが、まず間違いないだろう。


 そもそもとして、金属の色が違うのだから。


「その通りです。ブロンズ、シルバー、ゴールド素材を用いて作られた能力『中』の装備アクセサリーになります」


「上位素材を使う理由は、【付与】を成功させやすくするためですか?」


「それが主ですね。あとは見栄えや人との違いを楽しまれる男性の方もおられますから」


 あーなるほど。


 見た目ですぐに違いが分かるのだから、これも一種のステータスになるんだろうな。


 金持ちなら飛び付きそうな話だ。



 通常の鉄(アイアン)素材で200万ビーケ前後。


 見た目が青っぽい青銅(ブロンズ)が350万ビーケ。


 光沢感の強い銀(シルバー)が600万ビーケ。


 見たまんまの金(ゴールド)が1100万ビーケ。



 ポンポンポポーンと面白いように金額が跳ね上がっていく値札を見つめながら、あまり把握できていない今のお財布事情を考える。


(金貨袋が手持ちで7個だから……大体600~800万ビーケくらいか?)


 マルタを出てから全て現金収入になったとはいえ、そこまで1ヵ所に張り付いた狩りをしていない。


 ザッとの計算だったが、まず1000万ビーケまでは所持していないはずだ。


 それ以外にも一応白金貨を3枚持っているので、足せば1000万ビーケくらいにはなりそうなもんだが――あれは軽くて便利な緊急時用のお金。


 換金方法が未だ分からないので、気軽に使うべきではないだろう。


 それに――


「この上位素材を使ったやつは、指輪しか並べていないんですね」


「そうなります。どうしてもこの手の上位素材は指輪以外だとあまり出ないもので……もちろんご希望があれば素材含めオーダーも可能ですよ」


 ん~見た目重視だからこその弊害か。


 お金持ちは指にジャラジャラと指輪を嵌めたがるらしい。


 俺はできれば目立たず、狩りの邪魔にもならないネックレスがいいんだけどなぁ。



 その後もお抱え付与師の存在や、第二区画の店舗情報などを確認しながら、現状どうするべきかを考える。


 お姉さんの説明通りなら、ネックレスの在庫があり、値段も問題無く2個は買える鉄(アイアン)素材で問題無い。


 パイサーさんの実例を考えれば、シルバーとミスリルの合わせ技に、【付与】レベル2でギリギリ同種の多重付与に成功したのだ。


 となると、下位素材になるシルバーやゴールドのみでは、同種の多重付与はほぼ成功しないということ。


 付与師のレベルが高ければ話は変わるだろうが、お抱えの付与師でレベル2。


 かつてはレベル6という付与師も王都に存在したようだが、今はつてがある付与師でもレベル3ということなので、こうなると大枚叩いてゴールドの指輪を買ったところで、結局1種の付与だけで終わる可能性が高くなる。


 おまけに2個買うには、まともな狩場もないこの王都で書状を使い、ギルドの預け金を引き出さなければいけなくなるわけだしね。


【付与】は数値変動型で実用性の高い【魔力自動回復量増加】しか今のところ狙うつもりがないので、こうなると中途半端な上位素材に手を出すメリットは無い。


 だが、もしが隠れているなら――



「なになに? ロキ君大丈夫?」



 商品を前に長く黙り込んでいたからか。


 心配そうな顔するフェリンに笑顔を向ける。


「具合が悪いとかじゃないから大丈夫だよ。単純にどっちが俺にとって正解なのかなーってね」


「ふーん? あ、リガルが言ってたやつ?」


「ん?……まぁ、そんなとこだね」


 目の前に店員さんがいることもあってか、フェリンは多少濁した伝え方をした。


 それでも当事者である俺からすれば、何のことについて言っているのかは大体察しがつく。


 ――装備の数値化。


 リルに『微小』の攻撃力上昇値が『2』と『3』なんて言われた時の衝撃は今でも覚えている。


 ……そうなのだ。


【鑑定】レベル10があれば、俺の今の悩みは全て解決する。


 能力『中』は『微小』や『小』と比べてどの程度の数値差があるのか。


 今ある能力『中』の在庫で、一番能力実数値の高いアクセサリーはどれなのか。


 そして――上位素材になれば、能力値は下位素材よりも上昇するのか。


 その数値差によっては、仮に同じ付与数しか望めなくても、上位素材に手を出す意味も出てくるわけだ。



「手伝ってあげよっか?」



 フェリンのその言葉に、思わずゴクリと喉が鳴る。



 だが――



「……大丈夫だよ。店員さん、攻撃力上昇の能力は『中』、素材は鉄のやつでいいので、ネックレスを値段が高い順に2個ください。【付与】は無しで大丈夫です」



「2個、ですか……? あっ、ありがとうございます!」


 さすがにいきなり2個も買うとは思ってなかったのだろう。


 以前買った中型サイズの革袋をゴソゴソと。


 そこからいくつかの金貨袋を取り出せば、やや興奮した表情を見せながら金貨を数える店員さんがなんだか印象的だった。

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