第184話 ワガママ

 第三区画から一本入った通りにある長閑のどかな広場。


 公園というよりは、余った土地にただ雑草が生えただけという感じのスペースに腰を下ろし、買ってきた2枚の『ピザ』を広げる。


「うーん! どう見てもピザ! 疑いようもないほどにこれはピザ!」


「これが有名な料理なの?」


「そうそう、地球じゃ世界的に有名じゃないかな? このサイズ感、乗っている具材、もうそのまんまって言ってもいいくらいにめっちゃ似てるよ」


 乗っている具材はシンプルだ。


 大量のチーズと輪切りにしたソーセージっぽい加工肉。


 それにピーマンかパプリカっぽい、原色の野菜が程よいサイズに切られて散りばめられている。


 こちらも日本のようにバリエーション豊かではなかったので、この世界の人達が生み出したのか、飛んできた地球人が落とした知識かは分からない。


 しかし朝の『刀削麺』っぽいやつよりはだいぶ馴染みがあり、既視感の強いこの見た目。


 たぶん後者なんじゃないかな~と予想しながらかぶりつく。


「おぉ……! 予想を裏切らない予想通りの味!」


「えぇ!? それ美味しいの!?」


「もちろん! ささ、フェリンも熱いうちに早く早く!」


 GOサインが出たと思ったのか。


 勢いよく齧り、そしてこちらも予想を裏切らず、ビローンと伸びるチーズに、ん~ん~言いながら慌てるフェリン。


 垂れる横髪がチーズに絡まりそうで危なっかしい。


 しょうがないので指で切ってあげれば、眩暈がしそうなほどの満面の笑顔。


(ふがぁ~やっぱりめっちゃ可愛いがなぁ~……)


 癒されると同時に、また心の内がチクリと痛む。



「……そういえばさ、さっきは本当に良かったの? 手伝わなくって」


「あー……大丈夫だったよ。わざわざありがとね」


 ピザを頬張りながらも苦笑いで答える。


 悩ましい葛藤だ。


 本来は悩むこともできないのだから、それだけで幸せな立場だと言える。


「それじゃ自分で解決できたんだね!」


「ううん~全然」


「え? そうなの?」


「うん。でもまぁ、言葉で表すのは難しいけど……あの場で気軽に解決しないのが正解かなってね」



 今までにも何度か思ったことだ。


 ここでフェリンの――女神様の力に頼ってはいけない。


 甘い誘惑が降り注ぐ中、それでもから直観的にそう思っただけのこと。


 

 この世界にとって、女神様というのは存在そのものが強烈なチートだ。


 攻略本と称したこの世界の『本』なぞ比較になるものでもなく、もっと直接的な能力スキルで多くの障壁をあっさりと吹き飛ばしてしまう。


 それは初めて対面した当初から理解していたことで、その中で支障がない程度にお願いする部分はお願いし、一方的な受け手にならぬようこちらが助けられる部分は助けてきた。


 何よりも強さに拘るなら、女神様達との交友というアドバンテージを活かし、その力を存分に活用すべき。


 それは間違い無く正解なわけだし、わざわざ提案された助けを断ることは、チャンスを棒に振る『損』な判断とも言える。


 だがしかし――甘え過ぎ頼り過ぎれば物凄くつまらなくなるのだ。


 俺の人生が。



 まだ友達がそこそこいた小学生の頃を思い出す。


 謎の機械を通してコードを入力することにより、


 ――最初からレベルが99になる


 ――好きな能力値が最大になる


 ――最初から最強装備が揃っている


 こんな裏技が大流行した時代があった。


 俺も含めた少年たちにとって、それはまさに現代の魔法とも言える、夢のような機械だったのだ。


 本来ならば何十時間、何百時間とかかった先にある到達点。


 そんな最強の願望が一瞬で叶えられるならばと、俺自身も手を出してはみたものの――楽しいのはやり始めた最初の一時だけ。


 人によってはその手軽さにハマるのだろうが、俺はあっという間に飽きてすぐにコントローラーを手放してしまった。


 それどころか、そのゲームの到達点を見たがために興味が一切無くなり、二度とそのゲームに触れることすらなくなってしまった。


 その時、小学生ながらに思ったのだ。


 強くなっていく過程が大事で、そこにという名の面白みがあるのだと。


 もちろん何よりも優先すべきは死なないこと。


 これは絶対であるから、死が目前に迫っている状況ではそんな悠長なことを言っていられない。


 しかし、そこまでの切迫した状況でもなければ――


 悩み、考え、苦労をし、努力を重ねながら強くなっていけるその道程を楽しみたい。


 ……キングアントを倒した後にも感じた葛藤だ。


 強さに拘るからこそ甘える線引きがブレそうになるが、もしここで甘えれば、今後俺は癖になって様々な場面で女神様達の『鑑定』を頼ることになる。



 あくまで自身は安全圏からプレイするゲームの話であって、ここは生き死にを懸けたリアルな世界。


 そんな呑気なことを言っている場面でもないのかもしれない。


 自分でもゲーム視点になっているなという自覚はあるし、強さと楽しみを両立させようなんてそれはただの我儘だろう。


 でも、この世界の仕組みを楽しいと感じているからこそ――



 気付けば俺のピザは無くなっており、フェリンのほんのり赤みの混じった大きな瞳が俺を見つめていた。


「あれ、俺のピザ食べた?」


「んなわけないでしょー!」


「ふがっ!」


 優しめなチョップを頭部に受け、苦笑いしながらも謝罪する。


(後悔はない。いつか自分の力で、この世界の装備能力値を丸裸にしてやる)


 そう心の中で呟きながら、フェリンと二人。


 と称して、第三区画の大通りをブラつこうと立ち上がった時。



 空気に溶け込むほどのか細い声で、「難しいね」と――そんな言葉が横から聞こえたような気がした。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その日の夜、宿の自室にて。


 食い過ぎてポッコリした腹に両手を添え、備え付けの椅子をギコギコと揺らしながら、この世界の様々なお店から得られた情報を脳内で纏めていく。


 提供されている料理のバリエーション。


 専門店の種類。


 様々な物の単価とおおよその相場感。


 この世界で生きていく上で、良い勉強になったと感じる一日だった。


 その中でも特に俺にとってプラスだったのが、店舗在庫のだ。


 厳密に国が法で縛っているわけではないらしいが、アクセサリーにしろ装備にしろ、在庫で1000万を超える品はチラホラ見かけるものの、1500万を超えるような高額品までいくとまずどこの店でも置いていない。


 それを今日いくつか回った装備屋で初めて知った。


 理由はお察しの通り防犯対策のようで、これは第二区画などの富裕層向け店舗でも変わらないし、国を跨いでも同じだろうと複数の店主が口をそろえたように教えてくれた。


 保険なんて仕組みはこの世界になさそうだしね。


 店の品物が盗難に遭えば、その損害を被るのはそのまま店主なのだろうから、当然の対策と言われればその通りと頷くしかない。


 となると今後装備品を求める場合は、ほぼオーダー必須くらいの感覚を持っておいた方がいいんだろうなぁ。


 本の専門店が存在しないのも、流通量などの理由の他に、価格的な問題があってのことなのかもしれない。


「フェリン読んだ~?」


「んー……?」


 曖昧な返事に溜め息を吐きながら、その様子を窺う。


 フェリンは現在ベッドの上でゴロゴロしながら読書中だ。


 せっかくの機会なのだからと、先日俺が手に入れた『薬草図鑑』をフェリンに貸してあげていた。


 しかし、どうも開いてはいるのだが、ページをあまり捲っている様子がない。


 なんとなく、ただ眺めているだけという雰囲気が伝わってくる。


「もしかして、本を読むのって苦手?」


「……たぶん? なんか文字がいっぱい書かれてると眠くなってくるんだよね! 私って一応女神なのに不思議じゃない?」


「……」


 不眠の女神様を眠くさせるとは、本ってどんだけの存在なんだよ。


 なんというか、夏休みの読書感想文を前にした小学生みたいだ。


 同じようなことを思った時代が俺にもあったけど、かたや数百ページの文庫本に対し『薬草図鑑』は僅か30ページ程度。


 この程度がきついのかと、勉強苦手オーラを背中から放ちまくっているフェリンに頭を抱える。


 古城さんの荷物拾ってきた時は手帳ガン見してたのに、いったいどうしたのよ!?


「女神様達が下界の情勢や知識に強くなれば、もっとこの世界が伸びるかと思ったんだけどねぇ」


「うっ……そ、それはたしかにそうかもだけど……」


「まぁ好き嫌いは誰にでもあるんだし、無理する必要はないか。今後も本は機会があれば買っていく予定だから、得意そうなリステやアリシアにでも―――」


 すぐには止まらない口を動かしながら、俺は自分の馬鹿さ加減を呪った。


 またやらかしてしまった。


 なぜ、自分からその名を今出すんだ、と。


「―――み、見せてみようかな~なんてなんて……」


「……」


 これなのだ。


 いくら泥臭く足掻いても、営業結果が並み程度で伸び悩んでいた理由がまさにコレ。


 スルーしたり笑って許してくれるお客さんもいる中で、成約に結び付かなかったお客さんのことを思い出す。


「ロキ君はさ」


「……」


「もうリステから聞いてるよね?」


 何を?


 反射的にその言葉を口にしようとし、しかしそのまま飲み込んだ。


 その意味が何を指しているのかはすぐに理解できるし、流れからいってもこのことしか考えられないだろう。


「うん、のことは聞いた」


「じゃあいいじゃん。何を気にしてるの?」


「頭では理解しているし、一度はしっかり飲み込めたんだけどさ。ただフェリンの顔を見ると、胸がうずく感覚があって……」


「ふーん……リアの時は?」


「え?」


「こないだリアが降りたでしょ? その時はどうだったの?」


「その時は、まぁ特に。途中ひどいことになっちゃったけど、一緒に空飛んだ時とかは楽しかったかな?」


「ふーん!」


 なんだろうか。


 うつ伏せのため顔色は窺えないものの、波のように感情が大きく変化しているような雰囲気が声色から伝わる。


「……リステのこと、好き?」


 先ほどとまったく同じ姿勢のまま、ベッドに寝ころび視線は本に向けたまま言葉を発するフェリン。


 性格なのか、火の玉ストレートな質問に変な汗が溢れ出してくる。


「好き、です」


「じゃあ……わ、わたしのこと、は?」


 なんだ、この空気は?


 嘘をついてもバレるし、嘘をつく必要もないから答えるけれども!


 なんで告白する流れになっているんだと、破裂しそうな心臓を右手で押さえ込みながら正直な気持ちを伝えた。


「す、好き、です」


 瞬間、ガバッと跳ねたように飛び起きるフェリン。


 そのまま俺の正面を陣取るように、ベッドの縁へ腰掛ける。


 部屋の照明は一つだけで、夜になれば光は灯るも微弱だ。


 にも拘わらず、フェリンの顔が紅潮していることは一目で分かった。



「  」



「?」


 何かを伝えようとしているのか。


 拳を握り、フェリンの口は数度開くも言葉は出てこない。


 が。


「だ、だれが――……」


 静寂を破るように捻り出した、あっという間に尻すぼみしていくその言葉。


 それでも概ねは理解する。



(……聞きたいのはそれか)



 あまりにも答えにくい質問だ。


 フェリンとリステ。


 正反対と言っていいくらいに正反対のタイプなので、優劣なんて付けようがない。


 それでも――


 正直に言おうと口を開きかけた時、先ほどの言葉を打ち消すように言葉が被せられた。


「わっ、私は負けず嫌いだから、一番目指しちゃうもんね!」


 冗談っぽく、その無理やり作ったと分かる笑顔に、また心の内がチクリと痛む。



(違うんだ。俺が見たいのはこんな笑顔じゃ――)



 自然と手がポケットを弄り、目的のモノを握りしめていた。


 喜ぶかなって、食べ物に目移りしている最中コソッと露天商で買ったもの。


 でも切っ掛けと勇気が無くて、渡すことを躊躇っていたもの。


 そして渡すべきタイミングを失い――存在が消えかかっていたもの。


「これ」


「……へ?」


「今日、ご飯食べてる時、髪が引っ掛かりそうだったから……があったら良いかなって」


「……」


「今更だよね、ごめん」


 それでも。


 特別を喜び、他の女神様にしたことを羨むフェリンなら――


「つけて」


「え?」


「私つけ方分からないし、ロキ君つけて?」


「うん、いいよ」


 俺だって自分で使うことがないんだからよく分からないけど。


 それでも、なんとなく構造を理解し、片側の耳の上にスッと通して止める。


 そして自分の鞄から手鏡を取り出し、フェリンに向けてあげた。



「こんな感じだけど、どうかな?」


「すんごく好きっ!!」



 手鏡に映った自分ではなく、その手鏡を持つ俺に向かって放たれた言葉。


 食い気味に返ってくるその答えと、俺が望んだ花咲く笑顔のおかげで、自然と胸のうずきは消え失せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る