第182話 王都ファルメンタ

「うっはー! 並んでるなぁ~!」


 眼下にはマルタよりも高さがありそうで、なおかつ人が上で活動できるくらいに幅もある巨大な石壁。


 それらがパッと見る限り4層に渡って存在しており、外周壁の一部にはミミズのような、細長い線が延びていた。


 よくよく見ればそれらは人であり、馬であり、馬車であり――


 王都へ入場するための行列になっていることがすぐに分かる。


 並ぶ者達用のサービスなのだろう。


 外周面には出店なのか、風が吹けば飛びそうなほどの掘っ立て小屋が乱立していた。


 そんな光景を後目に、



「ズルしてすみませーん」



 外周壁を上空から通過し、そのまま着地ポイントになりそうな大き目の屋根を探す。


 良いか悪いかで言えば、この行為は悪だろう。


 村は別として、どの町も不届き者が町中に入り込まないか、一応の身分チェックはしているわけだからね。


 だがしかし、こんな状況を想定して俺はゴリラ町長に税金絡みの確認をしておいたのだ。


 町へ入る時に、何かしらの税や入場料のようなお金が発生することはあるのか?


 その答えは否。


 少なくともラグリースや周辺諸国でそのような徴収方法を取っている国はないらしい。


 商人は積み荷をチェックされるので相応に時間がかかってしまうらしいが、ハンターである俺はギルドカードさえあれば基本出入り自由。


 それは今までに立ち寄った町でも分かっていたので、気兼ねなく外壁を飛び越えられたというわけである。


 まぁもし見つかって怒られたら土下座する気満々ですが。


 寒さ対策用に買った大き目の外套で身を包み、ポイントを見据えて急降下。


 慣れてきた今となっては大きく手を動かす必要もなくなってきたので、外套の中で微調整しながら目的の屋根に着地する。



「ん~っ! 結構時間かかったなぁ」



 リプサムを出てから約8日ほど。


 なんだかんだと寄り道をしながら、ようやく俺はそれなりの高さから見渡しても終わりが見えない巨大な街。


 ラグリース王国の王都『ファルメンタ』に到着した。


 地に近い場所へ降り立って初めて分かる、街の喧騒と雑多な雰囲気。


 引き籠り時代であればクラクラと眩暈がして吐き気を催しそうだが、今となってはこんな雰囲気にもちょっとワクワクしてしまう。


 例の転生者達のせいで大陸中央の国々は苦しいような話だったけど、意外とまだまだ体力はあるのかな?


 そんなことを考えながらも屋根から飛び降り周囲を一瞥。


 まずはハンターギルドも大事だけど、この巨大な街だからこそ期待しちゃうのはやっぱり風呂付きの宿でしょう!


 思わず金貨袋の一つをニギニギしながら、良い宿は外周付近よりも街の中央だよねと。


 ハンファレスト並みの宿を期待しながら、路面のお店を物色しつつ次なる内壁へと向かって歩き始めた。





「前払いでも結構です。お願いします」



 悩む素振りを見せるおっさんに、ジャラリと敢えて音が鳴るよう革袋を見せる。


 今いるのは外周壁から数えて2つ目の壁を抜けた先。


 町民曰く、"第三区画"と呼ばれている、やや路面が広く整然とした雰囲気が漂うエリアを訪れていた。


 小道が多くクネクネしており、所々迷路のようになっていた第四区間とは作りの質が明らかに違う。


 ――計画性をもって作られた様子がありありと感じ取れる第三区画。


 ――急ごしらえで大通りだけ延長したように作られた印象しかない第四区画。


 そしてここからさらに進んだ"第二区画"までいけば、そこはもう貴族などの富裕層向けエリアになるようなので、俺が望む風呂付き宿も複数あることを教えてもらっていた。


 だが庶民生活しか経験のない俺には、そんな高級エリアなど無駄に気疲れするだけ。


 それなら良い塩梅にバランスの取れていそうな第三区画と、そう狙いを付けたまでは良かったが――


 やっぱりここでも障害になるのはこの身形らしい。


 いつぞやのハンファレスト同様――いや、今回はちゃんと顔に出して悩む素振りを見せてくれているため、それなら逆に好都合とをチラつかせた。


「ふむ……前払いでもいいのであれば」


「では、とりあえず2日分を」


 料金もハンファレストの時とあまり変わらないのであれば、この辺りが風呂付き宿の相場ということなのだろう。


 とっとと支払い部屋に荷物を置いたら、そのまますぐにハンターギルドの探索へ。


 聞けば街が大きい分、第四区画の南と北東の2ヵ所にギルドが存在するとのことなので、今いる位置から近い南のギルドを目指してジョギングを開始した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その日の夜。


「いやー微妙だなぁ……」


 久しぶりの風呂でさっぱりした俺は、魔力消費ついでに風魔法で髪を乾かしながら、この街での今後の予定を考えていた。


 散策するには楽しい街だ。


 長蛇の列ができていたファルメンタ南の入場門から、第三区画にあるこの宿まで普通に歩けば推定2~3時間ほど。


 町民が乗合馬車を活用するのが当たり前なくらいに広く、メインストリートとも呼ぶべき大通り沿いは、多くの店が軒を連ね賑わっていた。


 見て回るだけでも、余裕で数日潰せちゃうだろうなというほどの通りの長さと店の数。


 それが実質庶民が出入りしている第三区画まで続いている。


 第二区画も出入りに許可が必要なわけではないみたいなので、金銭的に余裕があれば、中で高級な衣類や調度品を取り扱うお店なんかを見て回ることも可能なのだろう。


 しかし、俺のようなハンター。


 いや、もっと正確に言えば、俺のようになハンターからすれば、この街は非常につまらないのだ。


 王都の周囲には、お世辞にも近場とは言えないFランク狩場が二つあるのみ。


 それでも今日立ち寄った南のハンターギルドはそれなりの人混みで、皆ここでいったい何をやっているんだ? と依頼ボードを眺めたら、その大半は様々な方面へ向かう馬車の護衛依頼で埋め尽くされていた。


 王都の立地からしても、周囲は高低差がかなり少なく人の住みやすそうな平原がひたすら続いていたので、この地の付近に魔物が少ないのはしょうがないことなのかもしれない。


 まぁそれにしたって依頼内容が偏り過ぎだけどね。



(どっちも新種の魔物無し。王都までの道中で遭遇した新種も、Fランク狩場にいたスローモンキーとかいう猿だけだったし、リプサムを越えてからは一気に新種探しがキツくなってきたなぁ……)



 やたらと周囲の物を投げまくってくる猿からは、【投擲術】という新しいスキルを無事取得することができた。


 だから立ち寄った意味はあるのだが、効率的かと言われればちょっと厳しくなってきたのも事実だ。


 まぁ【地図】を埋めるという副次的な目的も俺にはある。


 エリアや環境によって同ランク帯でもガラッと魔物構成が変わる可能性だってあるわけだし、とりあえずはラグリース王国の地図が完成するまで、様子を見ながらジックリやっていくしかないだろうな。


 そう結論づけた俺は、明日以降の予定を確定させるため、チラリと腕時計を確認後に一つのスキル名を発する。



 んんっ!!



【神通】



「えーと……今いる国の王都に今日着きましたので、誰か1日だけお忍びの観光をしたい人はいますかー? 自分の買い物ついでではありますけど、ご飯くらいならご馳走しますよ~」



((((((……))))))



 俺からこうやって振るのはあまりよくないかもしれない。


 ただ誘拐事件の時は、誰が降りるかでちょっとした喧嘩にまでなっていた。


 つまり皆もっと機会があるなら降りたいのだ。


 神界に閉じ込められていると言っても間違いではなさそうなあの人達は。


 だからたまには。


 そんな頻繁にはこうした機会を作ってあげられないけど、俺が町中に用がある時くらいは息抜きに協力してあげたい。


 今日見つけた日本人なら誰もが知っていそうな食べ物も、どうせなら誰かに食べさせてあげたいしね。


 そう思っての提案だったわけだが――



(ロキの護衛と言えば私の役目!)


(街の中なら、護衛の必要なんてないですよね~?)


(そろそろ順番で言ったら私でもいいと思うんだけどー!)


(また下界降臨争奪戦)


(初めから権利がない私はどうすれば!?)


(せめて……あと半月ほど、待っ…てください……)



 ――相変わらずな反応に苦笑いが出る。



(ほんと神様っぽくないなぁ……)



 どうやら今思ったことがすぐにバレたようで、脳内ではまたギャーギャー騒いでいたが――


 俺はそんな声を遮るように、今回降りる上での注意点を説明。


 同じ過ちを繰り返さないようにしつつ、このまま時間内に結論が出ることはないだろうと。


 いつ筆頭宮廷魔導士へ会いに行くかを考えていた。

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