第181話 動きだす監査院
翌日。
レイラードフェアリーから取得できるスキルを全てレベル4まで引き上げた俺は、受付カウンターでリプサム最後の換金を終えた。
当初の話通り、ここ2日ほどは受付でレイミーさんの姿を見ていない。
もう実家のミールに向けて旅立ったのだろう。
「分かればで結構です。Dランクハンターのアマリエさんとエステルテさんは、無事新しいパーティを組めました?」
返答次第で何をしようということは無い。
ただなんとなく、その後が気になっての質問。
それでも俺が彼女達の救出者ということは理解していたようで、対面した受付のお姉さんは深く考えることもなく教えてくれた。
「アマリエは他のDランクパーティに加わったって話は聞いたわよ~回復魔術が使えるハンターは重宝されるからねぇ。ただエステルテさんは町を出るみたいね」
「そうでしたか」
「あそこは色々なところの勧誘を長く断って夫婦だけのパーティ組んでたからね。今更っていう気持ちもあるんでしょうし、なんかちょっと前にも誘いを受けたようなこと言ってたらしいわよ?」
「誘い? あ、もしかして北のCランク狩場を目指すとか?」
「そう思ったんだけど、どうやら東の国へ向かうみたいね。でも女の一人旅って――……」
その後も、まだ午前11時という中途半端過ぎる時間だったためか。
見るからに暇と分かるお姉さんのおしゃべりは一向に止む気配が無かったので、お礼の言葉で無理やり遮りハンターギルドを後にする。
その後は宿へ戻り、特製の籠に私物を詰め込み上空へ。
来た時同様、リプサムの町を空から一望した。
(この町に留まる者、東に向かう者、南に向かう者か……)
旦那さんを亡くした彼女達それぞれの新しい人生。
こうなった直接の原因は俺じゃないと理解していても、バラバラに散っていく彼女達の今後に思うことがないわけじゃない。
もちろんそれ以外にも、ゴリラ町長や衛兵長、なぜか印象に残っている前髪クネクネ少年に子供達など、僅かな滞在とはいえこの町での出会いに思いを巡らす。
このまま一生会わない人達だって多くいるだろう。
でももし、お互いの進む道が再び交差する機会でもあれば――
思わず何かを言いかけ、首をかしげながらソッと頬を摩る。
「ベザートの影響かな……?」
上辺の関係よりも少し深く、他人の人生に興味を示している自分を不思議に感じてしまった。
「……行くか」
ボソリと呟き、俺は地図画面を開きながら北上を開始。
異世界の景色を眺め、時に蛇行しながら地図を埋めつつ、自由気ままな一人旅は続いていく。
ちなみにここでリステから貰った【地図作成】をレベル2に上げた。
絶対に魔物からも、そして人からも得られないスキルであることは明白だし、地図埋めを意識するようになって、もしかしたらレベル2でマッピング効率が向上するのではと思ったのだ。
しかし結果はう~んと唸るような内容だった。
【地図作成】Lv2 地図に街道と国境線を反映させる また地図方位を変更できる 魔力消費0
大事なことだと思うし、嬉しいは嬉しいよ?
でもマッピングの範囲をドーンと拡大してくれたり、町の名前を書き込めたり……
その方が実利もあったなと内心思いながら、真っ黒い地図に色を付ける作業を進めていく。
まず俺がやるべきことは村や町探しだ。
これだって冒険の醍醐味と言っていいだろう。
さすがに小規模過ぎる村はスルーしたが、街道沿いに存在したそれなりの規模の村や、ミール程度の町なんかがあれば必ず立ち寄り、真っ先にハンターギルドの所在を確認。
あると分かれば資料室に立ち寄って、記載されている魔物情報を読み漁っていった。
といっても、すんなり期待するほどの成果が上がるわけではない。
道中はEランク以下の狩場がいくつか存在する程度。
中にはこの世界に来て初めてとなる「Gランク狩場」なるものまであったが、蓋を開けてみればGランクとは、やや危険度が高い野生動物のみが多く生息する狩場のようで、その対象は主に普通の猪や鹿とギルド資料には記載されていた。
魔石もなければ常時討伐依頼も出ていないけど、食料や素材としての価値があるので、【狩猟】を生業とした安全重視の人達が行くような狩場らしい。
だから当然俺も念のためと思って足を運んだわけだ。
魔物からも人からも、ラストアタックを取ればスキルを得られる。
ならば野生動物だとどうなるのか?
こんなの直接試してみなければ誰も答えが分からない。
そう思っての行動だったが、結果だけを言えば得られる物は何も無し。
魔物と違って勝手に近寄ってきてくれないので、倒すのには苦労するし、5体以上倒してもスキルを得られることも、目立って何かのスキル経験値が伸びるようなこともなかった。
このことから野生動物、あとは経験上把握していた昆虫や魚、植物なども対象外。
あくまでスキル経験値を得られるのは、リア様が言っていたスキルを持ち、活用する生物――
つまり魔石を体内に有する魔物と、人の枠に収まる人種だけということになるのだろう。
結果としては余計な寄り道だったが、こういったことが分かっただけでも一歩前進だ。
(大丈夫。動き続ければ何かしらは得られるし成長もする。極めたいなら、虱潰しだ)
その程度の覚悟なら朝飯前。
俺は気を取り直して、目指す先。
ラグリース王国の王都へ向けて、さらなる北上を続けていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
場所はラグリース王国の中央に位置する王都『ファルメンタ』。
その中でも第一区画と呼ばれる最中心部。
王宮含めた国内主要機関が集まる一角に、厳かな雰囲気を漂わせる監査院本部が存在していた。
飾り気は無く、質実剛健という言葉がそのまましっくり当てはまる石造りの三階建て。
そんな建物に向かって、やや張り出た腹を揺らしながら壮年の男が駆け込んでいく。
入口の守衛がギョッとするも、知った顔とあってか何も言うことはない。
それどころか事情を察し、少し憐れんだ視線をその男に向けていた。
第一区画だけは周遊馬車の入場が認められておらず、紋章が幌に縫い込まれた特定馬車でなければ第一区画門を通過することができない。
故に貴族ではないその男は、第一と第二を隔てる区画門からはひたすら走ってこの場までやってきていたのだ。
それこそ1分1秒が惜しいと、巻き散らす汗も気にせず階段を駆け上がり、目的の部屋へ向かっていく。
本部最上階に執務室を構え、ラグリースの監査員を纏める実質的なトップ――
「はふっ……はひっ……カ、カムリア次官ッ!!」
「騒がしいわッ!……ん? ニローか? なぜおまえがここにいる?」
――呼ばれたカムリア次官が険しい顔つきで問いただすも、マルタの監査主任ニローは事の重大さを理解しているためか、気後れすることなく酸素を求めながら口を開く。
「はふっ……はっ……い、異世界人! 異世界人をっ……! 見つけましたぞッ!!」
「ッ!? ま、まことかッ!?」
この発言に、カムリア次官の持つペンの動きは完全に止まり、後ろで控える補佐官も身動ぎを忘れたかのように息を飲んだ。
そこからは自然な流れで室内にある応接用のソファーへ。
呼吸の乱れを正しながらも報告するニローの言葉を、カムリアは眉根を寄せながらもただ黙って聞き、後方の補佐官が簡易的に木板へ報告内容を記録していく。
そして一しきりの報告が終わった後――
素直には喜べない状況と理解しつつ、カムリアが口を開いた。
「まさかの姉弟2名か。この好機、なんとしてでも活かしたいが――本当にあの『ニーヴァル様』に任せるのか?」
カムリアも平民ながらこの地位まで上り詰めた男。
功利的な考えが根付いているからこそ、良くも悪くも裏表のないあのばあさんにこの国の未来を託すなど有り得ないと。
不安を通り越し、嫌悪感に近い表情を滲ませながらもニローへ問う。
「恐れながら、腹に一物を抱えた状態での交渉は逆に危険と、そのように感じた次第です。姉だけであれば楽にいけそうなものでしたが――弟の方は所持スキル含め、底が見えません」
「それでもだ。【話術】や【交渉】スキルの高いものをあてがう選択だってあるだろう?」
「あの少年は金にも地位にも興味を示しません。にもかかわらず対価を求める『取引』を自ら提案しました。だから私は敢えてこちらから振ったのです――欲しいのは『情報』か? と」
「……その的は絞れたのか?」
「いえ、そこまでは。しかし少年の顔色を見る限り、何かしらの情報を求めている線がかなり濃厚であることは間違い無いかと」
「だからか……」
「はい。この国でニーヴァル様ほど博識な方を他に知りませぬので」
いつロキが王都へ到着し、ニーヴァルを訪ねるかは分からない。
限られた時間の中で方向性を纏め、かつ宮殿へ報告と対応を求めなければ大惨事になる可能性もある。
ニロー到着から慌ただしく動く監査院――
一方、そんな状況などは露知らず。
今日も今日とて、ロキは元気にとある山間のFランク狩場を走り回り、大量の『猿』に石や木の枝を投げつけられながらもスキル収集に勤しんでいた。
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