第180話 新たなお金の使い道

 カルカムの森、上空。


 籠を木の枝に吊り下げた俺は、【飛行】で30メートルほどの上空に舞い上がり、森を眺める。


 本日何度目かになるスタート位置だ。



「ロックオーン。さーて、いくか」



 その言葉と同時に【探査】を発動させながら急降下。


 地表ギリギリまで速度を落とさず、一直線に標的へ接近する。



(おっ、3体か……これは熱いな)



 もちろんその対象とは【逃走】する魔物、レイラードフェアリーだ。


 ほぼ真上から見据えるその姿は、昨日とは打って変わって平穏そのもの。


 上空にいる俺をため、警戒している素振りもまったくない。



(まずは、1匹目)



 だからそのまま、真上から刺し貫く。


 コイツらの視界に入らなければなんてことはない。


 そしてこの言葉通り、俺の存在に気付いて離れるように動き始める残り2体のレイラードフェアリー。


 だからその動きを、止める。



「逃がさん」



 咄嗟に距離の近い1匹へ手を差し向け



――【挑発】――



 そしてすぐ様、反対側。


 距離のそれなりに離れてしまった3匹目のレイラードフェアリーへ視線を向けながら、俺はその場で足踏みをした。



『地中を、はしれ、"地雷矢ジライヤ"』



 ――パンッ!



 一拍後、標的が痙攣しながら倒れ込む姿を確認したら、鋭い牙を剥き出しに走りかかってくる可愛かったはずの妖精を切り捨てる。



『【回復魔法】Lv2を取得しました』


『【洞察】Lv2を取得しました』


『【逃走】Lv2を取得しました』



「よーしよしっ!」



 開始約1時間で10体目。


 このペースならまずまずだと、これまでの戦果に思わずほくそ笑む。


 昨夜考えた作戦は概ね順調だ。


 俺は所持スキルを眺めながら、レイラードフェアリー用に三本の矢を用意した。


 一つ目、【洞察】は距離に関係無く視界に収めることが発動条件であるならば、そもそもとして視界に入らなければいい。


 すなわち獲物を狙う鷹のように、上空から突如として現れれば気付かれない公算は高いし、仮に気付かれたとしても逃げるための逆側は地面だ。


 右往左往して早々に距離を稼がれることはないだろうという、この読みは的中した。


 空を飛ぶ魔物はまだ見たことがないし、レイラードフェアリーも空から襲われる経験なんてなかったんだろうな。


 上空に対しては無警戒だったので、1匹だけなら楽に狩り取ることができた。



 そして予備案として考えていたのが第二、第三の矢だ。


 一度ルルブの第4部隊援護で使ったきりの【挑発】スキル。


 使う頻度が少な過ぎてすっかり存在を忘れていたが、大して考えなくてもこの魔物への最適解は本来このスキルで間違いないだろう。


 もし気付かれ逃げられたとしても、俺の【挑発】はスキルレベル2で射程20メートル。


 上空からの接近ならまず射程内に入ると想定して、逃げても俺の方へ戻ってくるように準備をしていた。



 そしておまけの【雷魔法】だ。


 俺は密かに、プルプルと打ち震えていた。


 実践でとうとう必殺技のように自作の魔法名を唱え、そして結果が伴ったのだ。


 そんなに自重していなかった気もする少年の心が、大歓声をあげながらやいのやいのと俺の中で大騒ぎしている。



(練習しておいて良かったぜ……)



 キングアント討伐の後、マルタの西側で魔法練習をした時の賜物。


 地表だけでなく地中にも雷を奔らせるという案が、あの時よりも上手く機能してくれたような気がする。


 考えてみればあの場所はあまり木も生えていない、赤茶けた乾燥気味の大地だった。


 対してここは水分含有量も豊富そうな豊かな森だ。


 昨日のように地表でぶっ放せば、葉や幹から焦げた匂いがしてきて、もしや放火犯になるのでは? と焦ったものだが、地中を通せばそのような心配も今のところはなさそうである。


 たぶん威力で言えば、そのままぶっ放した方がだいぶ効率も良いんだろうけどね。


 目立たずに撃ち込むという目的であれば、この技は凄く良いかもしれない。


 精霊君達。


 俺のイメージを読み取り、『地雷矢ジライヤ』でちゃんと発動してくれて本当にありがとう。



「あと最低30体。軽く捻って、まずはレベル3にしちゃいますかね」



 言いながら俺は再度上空へ飛ぶ。


 時刻はまだ午前8時前。


 ノルマだけなら午前中には十分終わらせられそうだ。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その日の夜。


 ハンターギルドで【洞察】を試しながら換金し終えた俺は、食事など一通りやるべきことを終わらせ、鼻息荒く椅子に座る。


 目の前にあるのはいつもの手帳―――


 ではなく、コゲ茶色の分厚い革表紙が付いた一冊の本。


 その本には『薬学図鑑』と、非常に分かりやすく表紙にその名が記載されていた。


 これは先日押収した誘拐犯達の所有物に紛れていたものだ。


 同じ革袋の中には多めの金貨や、彫込みのあるちょっと変わったデザインのくし


 他にも化粧品と思われる白い粉などが入っていたので、この世界の富裕層と思われる女性があの男達に襲われ、所持品を奪われてしまったと推察できる。



「ドキドキするな……」



 有難く活用させていただきますと、感謝の言葉を述べながらソッと手に取り中身を開く。


 といっても、俺は特別【薬学】に興味があるわけではない。


 興味があるのは『本』という存在そのもの。


 今まで片手間程度とは言え、探しても見つからなかったモノが目の前にあるのだ。


 マルタを出ると決めた辺りから、金銭的な余裕もあって何気に『』という存在を探してはいた。



「『本屋』だと? そんな店がこの世界にあるわけないだろう?」



 先日会食したゴリラ町長の言葉が蘇る。


 紙自体が希少なこの世界で、『本』がどれほど高価な物かはおおよそ理解していたつもりだ。


 ハンターギルドがわざわざ鎖に繋いでいるのもそういうこと。


 だから貴金属と同等程度くらいに思っていたら、実はそれ以上に価値のある存在。


 それがこの世界の『本』だった。


 そんなものを店頭に並べているような店はなく、かつそんな在庫を抱えるようなモノでもなく――


 入手方法は【写本】を生業にする者達と繋がりのある大店に、欲しい本の概要を伝えて入荷を待つこと。


 もしくは新古書や古書など、俺のように何かしらの経緯があって本を入手した者が現金化することもあるので、そのような買取物をたまたま裏で抱えられているお店に価格交渉すること。


 あとは金持ち連中に多いらしいが、個人同士の交換や売買。


 ほぼこの3種に限られているとゴリラ町長は言っていた。


 ほぼというのはまぁ、という選択肢を無くせばっていうことだろうな。


 一般的な町民が求めるような物でもないため、流通方法は金持ち同士が作るパイプの中だけでも問題無いらしい。


 そりゃ大きな店構えを想像しながら町を徘徊したって、本を売る店は見つからなかったわけである。



「……」



 僅か30ページ程度の、本というよりは薄い冊子。


 それでも書かれている内容に思わず手が震えてくる。



「これはまさに――」



 情報自体はかなり限定的だ。


 ネットのように、サイトへ飛べばなんでも必要な情報が掴めるというものではない。


 それでも薬草名や効能。


 挿絵でその薬草自体の特徴なんかも記されており、代表的な群生場所、ざっくりとした入手難易度までもが記載されている。


 存在が消されているため群生場所の地図表記が無いのは残念だが、こと薬草に限って言えば、この本は『』そのものなのだ。


 内容の真偽は分からない。


 誰が作ったかも分からないし、現代のように情報精度に対して相応の責任を負いながら書いたものではないのかもしれない。


 それでも――



「金の使い道は装備……あとは『本』で決定だな」



 自然とその結論に至る。


 本を多く入手できれば、俺はどんどんこの世界の情報を知ることができる。


 しかもその本を知識の偏りが強い女神様達に見せれば、きっとそれがこの世界にとってもプラスになっていくはずだ。


 今はまだいい。


 穴が開いても捨てられない鎧含め、鞄やら靴やらで俺の籠はかなりパンパンになってしまっているので、大量に仕入れられたとしても持ち運ぶことが難しい。


 でも荷物の整理も終わって、パルメラの森に拠点でも構えた頃には――


 そう思えば優先度はかなり高いと判断し、今後どうやって入手ルートを開拓するかで頭を悩ませるのだった。

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