第179話 可愛い魔物

「ちょーい! 待てコラーッ!」


 もう何度目か、森の中で俺の叫び声が木霊する。


 時刻は15時頃。


 予定通り午前中のうちに 《ビブロンス湿地》のスキル目標を達成した俺は、リプサムの東に存在するEランク狩場 《カルカムの森》奥地へと移動していた。


 ここで狩り初めてから既に2時間ほど。


 決して上々とは言えない戦果に嘆きつつ、目の前を走る謎の魔物――レイラードフェアリーの尻を追いかけ回している。 


 見た目は小さな羽を生やしたリスのような、愛嬌のあるちょっと可愛らしい姿。


 体長も20cmほどと今まで見た魔物の中では一番小さく、そしてかなり素早く走り回る不思議な生物だ。


 開口一番「その羽の意味は!?」と突っ込んだのは言うまでもない。


 こいつはとにかく厄介だった。


 戦力的に強いわけではない。


 ギルド資料にもあった『魔物を回復させる』という情報も、俺が一発でオークや猪――ピーキーボアを仕留めればどうということはない。


 蘇生されるわけでもないし、かと言って直接的な攻撃を脅威に感じることもなかった。


 いや、逆に直接的な攻撃をことが、この悲惨な現状を作り出していると言っていい。


 ――どういうわけか、レイラードフェアリーは俺からひたすら逃げるのだ。


 おかげで【気配察知】はおろか、【探査】の範囲である30メートル以内にレイラードフェアリーを捉えることすらままならない。


 その範囲内へ入る前には、既に距離を取られてしまっていることが明らかだった。


 それに上手く【探査】で場所を捕捉してもそこからがツラい。


 対象は小さい上に素早く、木の窪みなど穴があれば隠れ、木の上に素早く登って枝葉に紛れる。


 森のため射線を遮るモノも多く、遠距離から魔法で仕留めるという手も中々上手くいかなかった。


 溜まるフラストレーション。


 そのはけ口となってボッコボコにされるオークやピーキーボアはたまったもんじゃないだろう。



「くそっ! また木の上に逃げやがって……逃がさん!」



 追いかけるように飛びあがり、そのまま宙を舞う。


 隠れているところは分かっているのだ。


 俺の眼鏡要らずな【遠視】パワーを舐めんなよ!


 2時間かけてやっと5体目。


 これで――



「チェストォーーッ!!」



 木の枝ごと切り裂くような渾身の一撃。


 ――しかし。



「な、なにぃいいいいいい!?」



 切り伏せる瞬間、羽を広げて枝から飛び立つレイラードフェアリー。


 まるでその姿はモモンガのよう。


 そのまま枝から枝へと飛び移り、【探査】の範囲外へと脱出していく……



「ち、ち、ちっ、ちくしょぉおおお!!」


「ブギィ!?」



 腹いせに都合よく突っ込んできたビーキーボアの鼻先へ、鬼のストレートパンチを見舞いながら雄叫びをあげる。


 これはもう、どこぞの経験値を大量に持った某銀色スライムの如き難敵。


「情報にあった回復系スキルの他にも、絶対何かを持っているとしか思えない……」


 中々倒せないからこそ、その後の戦果にも期待しつつ、不思議な妖精を再度探し回るのだった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 宿の自室で机に向かいながらクルクルと。


 手癖のように片手でポールペンを回しながら、ステータス画面と手帳に記したデータを照合し、そして分析していく。


(ふーむ、粘るか先に進むか、さてどうするか)


 今日の午前中で終わらせたビブロンス湿地は予定通りでいいだろう。


 あればプラスになるスキルも多かったが、超有用というほどのものではなく、かつスキルレベルが飛びぬけて高い魔物も存在しなかった。


 現状ビブロンス湿地で得られたスキルとそのレベルはこの通り。


 マイコニド(毒々しいキノコ)


【胞子】Lv4 使用不可。


【麻痺耐性増加】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 


【睡眠耐性増加】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 



 グロウハウンド(汚い犬)


【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇させる 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0 


【忍び足】Lv4 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10


【俊足】Lv5 走る動作に補正がかかり、移動が速くなる 常時発動 魔力消費0



 グレイウーズ(プリン)


【泥化】Lv4 使用不可。


【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動 魔力消費0


【土魔法】Lv4 魔力消費40未満の土魔法を発動することが可能



 ジャイアントワーム(巨大ミミズ)


【踏みつけ】Lv4 下方に向けてのみ、能力値250%の威力で攻撃を加える 消費魔力13



 魔物の所持スキルは、一部スキルレベル3も混ざっていたが、平均で言えばレベル2程度。


 となると、ここからさらに一つ上を目指した場合、おおよそ500匹ほどの討伐数が必要になってくるので、1週間ではきかないくらいの日数が必要になってくる。


 ならば様々な狩場を巡った後に、どうしてもここでしか取得できないスキルがあるのなら、その時またここで頑張ればいいくらいだろう。


 その他枠の魔物専用スキル【胞子】【嗅覚上昇】【泥化】【踏みつけ】のうち、2種類は俺が使用することすらできないしね。



 だから問題は 《カルカムの森》だ。


 新種のピーキーボアは【突進】しか持っておらず、予想通りというか、期待外れなところもあったが……


 3時間かけて5匹倒した、レイラードフェアリーのスキル詳細を眺めながら考える。



【回復魔法】Lv1 魔力消費10未満の回復魔法を発動することが可能


【洞察】Lv1 視界に収めた生物との力量差を僅かに掴める 魔量消費0


【逃走】Lv1 何かに追われている状況に限り、能力値150%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10


 どこかの銀色スライムみたいに経験値が大きく入ってきたわけではない。


 所持スキルのレベルもEランクらしく全てが1だった。


 だから決して美味しい魔物とは言えないのだが、それでも3種とも未取得だった新スキル。


 そしてその他枠に新しく追加された魔物専用スキル【洞察】が、どうにも有用スキルな気がしてならないのだ。



「ざっくりでも力量差が分かるっていうのは、かなり凄いよなぁ……」



 詳細説明に『僅か』と書かれている以上、精度はそこまで期待がもてるものじゃないだろう。


 だがレイラードフェアリーは【洞察】スキルのレベル1を使って俺から予め距離を取り、追いかけられれば【逃走】を使って実際に逃げ回っていたわけだ。



 ――相応の力量差が無ければ判別できないという意味で僅かなのか。


 ――それとも具体的な差までは分からないという意味の僅かなのか。



 どちらにせよ、目視で対象を捉えさえすれば判別できるとなれば、今後かなり活躍しそうなスキルであることは間違い無いだろう。


 キングアントみたいな存在や、レイミーさんの言っていた上位個体なんかと鉢合わせた時に、攻めるか引くかの線引きをする上でもかなり活用できる可能性がある。


 トントントン……


 指で机を叩く音が、静かな宿の自室に鳴り響く。



 それに【逃走】はまぁいいとしても、【回復魔法】だって損になることは絶対にないスキルだ。


 しかも【回復魔法】から白い線が伸び、【光魔法】に繋がっていたことで、本来【光魔法】の取得条件をクリアした後に出てくる上位魔法であることが分かる。


 ジャンプして上位スキルの経験値を直で拾えるなら、積極的に拾っておいた方がいいに決まっている。



(だが、問題はどうやって安定的に倒すか……)



 なんとかして数をこなしたい。


 しかしその妙案が浮かばない。



【火魔法】――極小威力でもなければ森の中では論外。


【雷魔法】――今日ぶっ放したら火事になりかけた。


【土魔法】――発生が遅いし、木の幹に当たると貫通まではできない。


【風魔法】――やれないこともなかったが、遮蔽物が多く距離も離れていると威力がかなり落ちる。


【水魔法】――やらかした後の鎮火くらいしか使いどころがない。



(ん~【時魔法】で動きを遅くさせる? いやいやしかし、適度に【身体強化】も使って追いかけ回しているのに、ここで魔力をさらにロスさせるとなれば長時間の狩りが――)


 ステータス画面を見ながらウンウン唸り、そして考える。


 こんな時にパーティメンバーでもいれば相談できるのだろうが、一人身としては自分で考え、答えを導き出さなければ道が開けない。


 ステータス画面から取得スキルを眺め、今日の環境に当てはめた上で何が有効的かを想像し――



「あ、そうか……そうだよ、こいつがあったわ」



 その後もスキルに目を向け、あとは組み合わせ次第と。


 頭の中で乱獲している自身の姿がチラつき、思わず頬が緩んでいくのだった。

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