第178話 食事会

 案内されたのはリビングに該当しそうな広めの部屋。


 そこには大きく分厚い木板テーブルがあり、6つの椅子が並んでいた。


 そして――


「おぉ、よく来てくれたな!」


 座りながらヒョイと手を上げ出迎えてくれたのは、変わらず黒さと白さのメリハリが凄い、威圧感のあり過ぎる巨漢町長だった。


「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はレイモンドだ」


 そう言って右手をスッと差し出されたので、「改めまして、ロキです」と言いながら答えるも、手がデカすぎて俺の手が食われたみたいになってしまっている。


 皮膚はやたらと硬いし、いったいこの町長は普段どこのゴリラと戦っているんだろうか?


 放つオーラからして、町長じゃなく"高ランクハンター"と言われた方が100倍しっくりきてしまう。


 テーブルには既に二組の食器が並べられていたので、迷わず着席しながら周囲を確認するも――



(やっぱりこの家、なんか変だ……)



 ――家に入る前も、入った後も出てくるのはこの感想だった。




 道行く人に尋ねれば、皆さんノータイムで同じ方角を指差すから迷うことはなかった。


 目的の家は、ちょっと裕福かなと感じるくらいの一回り大きい2階建て木造家屋。


 ただ家の周囲を不自然なほどに衛兵さん達が徘徊しており、この中で極悪人が立て籠っているのでは? と勘ぐってしまうほどの厳重態勢だった。


 そしてなぜか町長宅の入り口を守る、町の門番さんよりも重厚な鎧を着たおっさん。


 いやいや、それは違うだろうと。


 まずはもっと外側守れやと、心の中で突っ込まずにはいられない。


 そして、今見せられているこの光景だ。


 町長の向かって右背後には、燕尾服にちょび髭を生やした老紳士が見惚れる姿勢で佇んでいる。


 見るからに執事といった感じで、その眼光は鋭く俺を捉えていた。


 そして左後方には顔だけ出しているが、なぜか部屋の中で青みがかったフルプレートアーマーを着込んでいる兵士。


 明らかに町長宅の周囲を徘徊していた衛兵さん達よりも鎧が上質で、たぶん個人的な私兵か傭兵として抱えているんだろう。


 俺の背にあるドアの両脇にも、同じ青い鎧を着込んだ人が二人立っているので、この兵士達が組織化されていることだけは理解できる。


 ……町長で執事やら私兵を雇うことなんてあるのだろうか?


 もうこの家、マ〇ィアの親分宅としか思えない。



「まずは先にやるべきことをやっておくか」



 町長が後ろの執事に目配せすれば、後ろ手に持っていたのか、細かい刺繍の入った綺麗な革袋が町長に渡される。


 そしてその革袋を町長がテーブル越しにスーッと俺に向けて押してくるも、なぜか物凄く軽そうで金属音がまったくしない。


 押される袋は中身が入ってないことを示すように、フニャ~ッと萎れていた。


「これが少女達、計22名を救出した褒賞だ」


「ありがとうございます。えと……な、中身を確認しても……?」


 不安になって中身を確認しようとするも、町長は自信満々。


「フハッ、ロキのモノなんだから当然だろう?」


 当たり前のように笑顔でそう言われれば、もう遠慮はいらんよねと。


 袋の中身をゴソゴソ見てみると、いつぞやハンファレストの支配人、ウィルズさんへ魔石を売った時に初めて見た硬貨。


 少し白く輝く白金貨が2枚入っていた。


(おぉ! 唐突なボーナスで200万ビーケッ!)


 思わず鼻の穴が膨らんでしまう。


 この金額が多いか少ないかで言えば、今の俺ならそこまでの大金ではない。


 二日フルに狩りをすれば十分回収できるので、その程度と言われればその通りである。


 だが入手手段すらよく分かっていない白金貨。


 そして稼ごうと思って稼いだわけではない、降って湧いたようなお金だからこそ、普段では感じない喜びを感じてしまうというもの。


 予想外のあぶく銭に、ジャガバタ死ぬほど食えるじゃんと妄想するも、ふと「これ、多過ぎなんじゃ?」という素朴な疑問も生まれてしまう。


 ベザートの時は、ジンク君達3人衆の救出で一人5万ビーケだったはずだ。


 町長は俺が異世界人と知っているわけだから、これが後々になってみたいな扱いになったら面倒になる。


 だから敢えて俺から聞いた。


「子供達は全員がこの町の出身ではないはずですが、その辺りは大丈夫なんですか?」


 町長ならあくまでが管轄だろう。


 他所の町や村の子達の分まで褒賞を出すというのは道理から外れる気がする。


 一応その点から探りを入れたのだが、俺の疑問を払ってくれるかのように手を振りながら「気にするな」と一言。


 視線を左後方の兵士に向ければ、代わりのその兵士が答えてくれる。


「少女22名のうち14名がここリプサムの出身であることが分かっており、5名が近隣の村から、残り3名はまだ上手く答えることができず、どこから連れてこられたのかも判明しておりません」


「その3名は指輪を嵌められていた子達っぽいですね」


「そのようです。精神が塞ぎ込んでいるのなら、回復には相応の時間もかかるでしょう」


「ロキはその者達の滞在も考慮し、教会へ食糧や生活物資の寄付をしてくれたのだろう? だからその礼も兼ねていると思ってくれ」


 なるほど、そういうことなら納得納得。


 自分では使い道がなく、かつ現金化している時間もないと思っての寄付だったので、このような形で返ってきたんであれば俺としては素直に有難い話である。



「さて、渡すモノも渡したし飯を食うか!」



 そこからは経験したことがあるようでない、不思議な時間が続いた。


 奥さんと思しき50歳くらいの女性と料理の担当者だろうか?


 同じ50歳くらいの、バーコードの1本が汗でデコに張り付いた男性が、なぜか死んだ魚のような目をして料理を持ってきてくれていたのはまだいい。


 おっさん達に見守られながら、年齢不詳のおっさんと二人で食事というのもまぁいいだろう。


 接待経験があれば、ちか……くはないが、よく分からんおっさん達に囲まれながら飯を食うことだってあったはずだ。


 しかし今回は仕事上の関係性というわけではなく、かといって友達というほど馴れ馴れしくもなく、交友関係の狭かった俺には経験した記憶の無い初対面同士の対等な時間。


 でも町長が初めに、「余計な詮索も勧誘も一切しないし、答えたくないものは答えなくていい」と言ってくれていたので、最初は謎の人員配置に戸惑ったものの、途中からは肩肘張らない自然な会話が続いていた。


 たぶん町長は空――というより飛ぶことへの興味が強いんだろうな。


 空を飛んだ時の気分や見える景色、あとは俺の元いた世界の空事情なんかも聞いてきたので、空には鉄の塊が人を乗せて飛ぶし、宇宙にだって進出し始めていると伝えたら町長鼻血が出そうなほどに大興奮。


 唾を飛ばしまくりながら、夜空の星々に向かう方法を聞いてくるので、


「物凄く硬い鉱石の中にでも入って、超強力な魔法の反動を利用して凄まじい速度で空を飛び、この世界にある重力を振り切れれば宇宙に出られます。ただし、二度と帰ってこられずに死にますが」


 と言ったらしょげながらも、それでも死ぬ直前には行ってみたいとボヤいていた。


 そんなに空が好きなら、機会があれば今回のように馬車の飛行ツアーをしても良いかもしれないな。


 金持ち相手なら結構なお金が取れそうな気もする。



 対して俺は、町をよく知っているからこそ答えてくれそうな疑問点をいくつか。


 あとは今後の参考に、町の税収面なんかを教えてもらった。


 俺のメイン収入となるギルドの素材換金は、予め税が差し引かれていると講習で教わっていた。


 しかし俺個人はそれ以外の税に触れたことがないのだ。


 少なくとも町の出入りでお金を取られたことはない。


 ただ上空から目的の場所へダイブすることが多くなってきているし、後々になって「あなた脱税です!」なんて言われたら困っちゃうからね。


 ハンターとして活動していく中で、どのタイミングで税金を支払う可能性があるのか。


 町長の視点にしては随分と範囲の広い話をしてくれたが、詳しい人に目安の額や仕組みを教えてもらえただけでも、今回の会食は有意義な時間だったなと思う。




 そして食事も終盤に差し掛かった頃、気構えた様子もなく、自然な口調で町長から一つの質問が飛ぶ。



「ロキはこの世界で何を成したい?」



 本来なら随分と抽象的で、答えに苦慮する質問だったような気もする。


 しかし俺は昨日、この質問に対する答えに辿り着いていた。


 だから自然と口から自分の答えが零れた。


「悪を退治したいですね――」


「――あっ、世の中を良くしようとか、そこまで大層な考えがあるわけではなく、個人的にってだけですけど」


 すぐ様自分の発言に、それこそまるで勇者みたいなことを言ってしまったと恥じながら言い訳をしたが、この言い繕った言葉に町長は顎髭を撫でながらしばし考え込んでいた。


「悪か……報告では現地で多くの犯人が殺されたと聞くが、それもロキの『悪が嫌い』という考えがあってのことか?」


「え……」


「あぁもちろん悪いと言っているわけではない。死罪が適用されるような犯罪者を手にかけることは許されているし、何より自衛や他者を守りぬくために必要不可欠な状況だってある。ただ犯罪者を生かして衛兵に引き渡せば、罪が確定し犯罪奴隷となった際には多少の褒賞が出たりもするぞ?」


「……そうですね――」


 ここで会話を繋ぎながらも、しばし逡巡する。


 俺は瘦せこけた男を殺しただけ。でも現状は目撃者の記憶が弄られ、男達やアマリエさん達の供述ではことになっているはずだ。


(相手は相応の立場ある町長……誇張が牽制に使える可能性も――)



「――許容を超えた悪は、極力自分で断罪していこうと思っています」



 少し考え、こう答えた。


 きっとこれでいい。


 敢えて数名生かしていることによって、許容と濁した生死の線引きを、この情報を聞いた者は勝手に予想していくだろう。


 捕まった男達に聞いたところで彼らは俺の奴隷。


 生かされた男達の結果が仮に死罪だったとしても、これで俺が無鉄砲に殺し回るわけじゃない――悪事の大小によって線引きをしていると思ってくれるはずだ。


 好んで犯罪者を殺し回る殺人鬼なんて思われたくはないし、実際そこまで過激なことをするつもりはないが、これで安易に勧誘目的の強硬手段を取ってくる輩も減るような気がする。


 なんせ害を与えた男達が大量に殺されるという実例を作ってしまったわけだからな。



 俺の回答に町長は暫し黙り込んでいたが、何か思うことがあるのか。


 俺に目線は合わせず、下を向きながら口を開く。


「もし……もしだ。この世界には特権階級と呼ばれる貴族連中もいたりするが、その者達が『悪』だったとしたら――ロキはどうする?」


 そう問われたので俺は即答した。


「本音を言えば、後ろでふんぞり返って指示だけを出し、自分の手は汚さずに利益だけ貪るような連中は特に嫌いです。許容を超えれば……でしょうね」


 特権階級とは文字通りなのだろう。


 だが、仮にここで""と渋るようでは、その特権階級を自由にさせるだけ。


 結果強硬的な勧誘でもされれば困るのは俺だし、リアの――いや、女神様達が望む文明の発展に対しても妨げになってくる。


 平民はただの駒であり、戦争を起こしその駒を動かすのは特権階級の連中なんだろうからね。


 そんな連中にも必要があれば手を出すと公言したようなものなので、この反応はしょうがないのかもしれない。


 それでも――


 ピキリ、と。


 この回答に空気が一瞬で張り詰め、場が凍り付いたのは明らかだった。


 そして、なぜか下を向いたままの町長は、込み上げる笑いを堪えるかのように、黙って口角のみを上げていた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 町長宅からロキが帰宅後。


 未だ重苦しい空気が漂う中、部屋で立つ者は誰一人として動くことができなかった。


 レイモンド伯爵が肘を突き、拳をこめかみに当てながら、ロキが退出するのを待っていたかのようにクツクツと笑いだしたからだ。


 先ほどのロキの発言は、貴族への冒涜であり挑発とも取れる。


 だからこそ、今目の前にいる権力と力を併せ持った上位貴族が恐ろしくて、この場に居る者達は呼吸を忘れるほどに固まっていた。


「セイフォン、お前はロキをどう思った?」


「ハ、ハッ! あの傍若無人な態度は話に聞く異世界人そのもの……何か策を講じてでも、あの不届き者は即刻厳罰に処すべきかと! 閣下を冒涜することなどあってはなりません!」


「……モーガス、ロキのスキルは見えたか?」


「申し訳ありません。何も見えませんでした」


「そうか……」


 再び始まる静寂に、生きた心地がしない一同。


 だがそんな周囲を他所に、レイモンド伯爵は一人冷静にロキという存在を秤に掛けていた。


 実年齢は不明だが、明らかにあの態度、振る舞い、考え方は年相応ではない。


 要所要所に相応とも取れる幼さは垣間見えたものの、前世の記憶を残した異世界人であることはまず間違いないだろう。


 そして己が抱える正義感を恥と思っているのか、それともただ自覚がないだけなのか――


 本人は咄嗟に否定していたが、あれは紛れもなく正義の思想。


 今回多くの民を救出した結果から見てもそれは明らかだ。


 権威に屈することなく悪を嫌い、断罪する。


 その思想は本来褒められるべきことだが―――


「ロキの連れてきた男達は一様に、のか、その理由を話さないんだったな?」


 この問いに、衛兵長アルバックから事件の報告を受けていたセイフォンが答える。


「その通りでございます。僅かながらの拷問で今回の手口や組織構成、過去の犯罪行為まで口軽く吐いたようですが、なぜあの4名だけ生かされたのかは誰も口を割りません」


「理由が分からなければ""と答えるだろう。つまり何か理由はあるがと考えるのが自然だろうな」


「……」


「モーガス。考えられる可能性は?」


「精神支配系の魔法か奴隷術による強制。しかし前者であれば他の質問にも影響が出そうなものですから、後者の可能性が高いかと存じます」


「……」


 レイモンド伯爵は、マルタの監査主任ニローからロキのスキル構成についても話を聞いていた。


 目の前で見せられた【飛行】と【隠蔽】は、まずどちらも天級――最上位のスキルレベル10である可能性は極めて高いだろう。


【飛行】は疑う余地も無く、【隠蔽】もあの年端も行かぬ姿を考えれば、初めから天級でなければモーガスの【心眼】が通らないなんてことはないはずだ。


 そして、【雷魔法】も相当な使い手だったという証言があることから、こちらも天級である可能性が高い。


 ――異世界人が特別に与えられるとされるスキルは、話を聞く限り最大3つ。


 その他に特殊加護によって得られるスキルもあるらしいが、そちらのレベルまでは高くないと聞く……


 レイモンド伯爵は、得られた今ある情報をパズルのように組み合わせ、独り言のようにボソリと呟いた。



「危ういな……」



 悪を許さず――その思想は民の心をも大きく掴むであろう褒められた思想だが、既に【奴隷術】を所持しているくらいに殺しているのなら、なかなかに危うい。


 ロキは衛兵長アルバックに、""と漏らしたようだが、【奴隷術】が確定であればそれは有り得ない話になる。


 なぜなら【奴隷術】とは、人種――人に分類される者を"30名殺害すること"で初めて得られる特殊スキルなのだから。


 今回だけではない。


 領内で目立った報告は上がっていないが、同様に他でも裁いているということになり、かつそれらを如何様な理由があるのか、秘し隠しているということになる。


 加えて悪に染まった貴族連中までも対象にするということは、国そのものが崩壊し得る可能性も秘めているということ。


 自身を強引だと理解している反面、悪事には手を染めないと堅く誓っているレイモンド伯爵は、ロキの思想を応援したいという気持ちも強い。


 だが一方で、この国にとって諸刃の剣にもなり兼ねない危険性を孕んでいると悟る。


 この世界の法とは特権階級のために作られており、法の目的とは下々を管理し、都合よく従わせることにある。


 だからこそこの国に巣食う貴族ゴミは多く、ロキがやり過ぎれば国として機能しなくなる恐れがあった。


 そしてこれは標的にされた側だけでなく、ロキ自身にも刃となって襲う可能性は十分にあるのだ。


 もし、自覚無き正義の思想が傾くとしたら―――



「救った者達から、大きな裏切りを受けた時、だろうな……」



 ロキが出ていったドアを鋭い視線で見つめながら、レイモンド伯爵は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。

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