第175話 この世界に来た理由
「今日は二回もごめんね」
「ううん、それはいい」
お互い様子を見るような、そんなあっさりしたセリフ。
泊っている宿には椅子が一脚しかなかったため、俺がベッドに腰掛け、リアに椅子へ座るよう促す。
座ってすぐ、リアは無表情にただこちらをジッと見つめていた。
「……」
「……」
正直に伝えた時、リアがどのような反応を示すのか。
恐怖としか言いようがない姿を今日この目で見てしまっているため、事実を伝えようとするも、声が詰まって思うように言葉が出ない。
(大丈夫。大丈夫だ……重要なのは現状じゃなく今後。事実を正直に話して、どうするべきか人生の先輩に相談するくらいの気持ちでぶつかれ!)
「あ、あのね!」
「うん」
「もう知ってると思うけど! ひ、人からも……スキルが、得られました……」
「うん」
「今日の、あの痩せた男をなんとかしないと、リアに立ち向かったハンター二人が死んじゃうと思って……それで、なりふり構わず殺すつもりで動いたら、やっぱり男はその通りになって」
「うん」
「そしたら【奴隷術】とか、他にも色々……使えるようになっちゃいました……」
「うん」
「……」
「……で?」
「え?」
「で?」
刺すような視線に、身体が硬直していく。
極寒の水に浸っているような気分なのに、身体中から汗が止まらない。
「えと……報告したい、現状は以上なんですが……」
「それだけ?」
「はい……」
「そんなこと分かってんだけど」
そりゃそうでしょうとは思うも、何も言えない。
俺が奴隷にした男達の記憶を弄ってんだから、リアが知っているのは当然である。
「ロキが人からもスキルを取得できる可能性は予想してた。だから今更」
「……ん?」
「私達からしてみれば、どちらもフェルザ様がこの世界に組み込んだスキルを持ち、活用する生物。だから魔物も人種もそこまで違わない」
「あっ、リルもそんなこと言ってた……」
「だから知りたいのはそこじゃない」
「今後のこと、だよね?」
「そう。魔物だけじゃなく、人種からもスキルを得られると知った上で、ロキはこれからどうしていくつもり?」
さすが長い時を生きてきた人生の先輩だ。
ちゃんと問題の本質を理解してくれている。
だからこそ――次の返答が俺の命に係わるほど重要だと、肌が粟立つほどの、この空気感で察する。
そして、俺はその答えをはっきりとは持ち合わせていない。
現状の気持ちを正直に書き出し、今後どうするべきかを考えても、自分の納得できる答えが出せなくて頭を抱えてばかりいた。
――いいや、少し違うか。
俺の願望通りに、本当に実行していっても良いのかという諸々の不安だ。
やり過ぎるつもりなんて毛頭ない。
欲に塗れて溺れないように、それでいて、今のまだまだ弱い自分を脱却できるように――
俺はここ1ヵ月という短い期間で、3度地べたに這い蹲った。
一度目はリルに。
二度目はキングアントで。
そして三度目の今回。
死ぬか死なないかで言えば、今日は微妙なところではあるけれど、それでもリアの顔を見たら気持ちが緩んで意識を飛ばしたんだ。
本来は外で無防備な姿を晒すなんてあっていいことではないし、そもそも頻度が多過ぎて、このままでは近いうちにまた死んで、もう生き返ることもできずにあっさり異世界人生が終了する未来しか見えない。
ちょっと強くなったと思っても、実際はそんなことなくて、結局は過去と同じようにすぐ地面に顔を擦り付けて……
俺はまだまだ弱いのだ。
穴があり、油断があり、甘えがあり、そこを突かれればあっさりと落とされるほどに俺は弱い。
(大丈夫だ。自信を持て。どんぐりが―――フェルザ様が俺に求めているのは、これのはずなんだから……)
「女神様に嘘は吐かない。だから正直に言うよ」
「……うん」
「俺は――悪を討ちたいと思っている」
リアからの返答は何も無い。
まるで人形のように、感情の読みづらい瞳を俺に向け続けている。
怯むな、ビビるな、後退るな……ふいに掴んだ俺の新しい人生だろう!
拳を強く握り締め、自らに活を入れながら、思いの丈をぶつけるように言葉を吐き出していく。
正義感でやろうとは思っておらず、強くなりたいから、そのために許容される悪党を討っていきたいこと。
抗いたくても抗えなかった過去があるから、その時の反動というか……『悪が嫌い』という個人的な感情も多分に含まれていると自覚していること。
今回のように甘えて、その結果誰かが犠牲になるようなことだけは絶対に回避したいこと。
人助けは嫌じゃないと思ったし、感謝されればやっぱり嬉しかったこと。
悪党のせいで亡くなって、その近しい人達が泣き崩れる姿はもう見たくないと思ったこと。
今の思う全てを吐露するように、その場その場の纏まり切っていない拙い言葉も混ざりながら、リアへ素直な思いを伝えていく。
その言葉を、リアはただ黙って聞いていた。
どう思っているのか、表情からは読み取れなかった。
「あとは――たぶん、俺がこの世界に連れてこられた理由。それと俺がやりたいことも合致しているんじゃないかと思っている」
しかし、俺の一言が。
この言葉で感情が読めないほど無表情だったリアの眉尻が上がる。
「……どういうこと?」
だから俺は、あくまで個人の推測と付け加えた上で、リアにその理由を語った。
「俺だけが魔物からスキルを得られると分かった当初、こんな強さにこだわるやつが連れてこられた理由は、この世界の魔物を大量に倒してほしいからだと思ったんだ。全部がしっくりくるわけじゃなかったけど、お
「うん」
「でも実際は、人まで対象に含まれることを今日初めて知った。つまり魔物をただ倒してほしいというわけじゃないことがこれで分かったわけだよね? だから俺はリアが来るまで、その理由がなんなのかをずっと考えてたんだけど……」
「……」
「一番初めに会った時、俺は『見つけた』という言葉とともに黒い亀裂に引きずり込まれたって言ったの覚えてる?」
「覚えてる」
「ってことはさ、その見つけたナニカは、俺が引きずり込まれる前から、俺のこのスキルなのか特性なのか分からない能力を理解していた可能性が高いってことだよね?」
「……」
可能性というよりは、確定と言い切ってもいいと思う。
止めを刺せばスキル経験値を得られるこの能力がもし無ければ、俺はただの
この世界にとって有益な知識を落とすこともなければ、文明の開化を促進させるような知恵もない。
もし転生ではなく転移ならこの謎の能力が絶対に備わるという話であれば、わざわざ俺を見つけて引きずり込む必要もないわけだし……
つまりはこれが俺自身の固有能力ということなのだろう。
だからこそ目を付けられ、どんぐりに攫われたと考えるのが自然だと思う。
では、仮にそうだとした場合、その目的は?
そう思った時、今までヒントとなる会話が女神様達から出ていたことで色々と繋がったような気がした。
「リアに改めて二点確認したいんだけど、この世界は魔物の氾濫とかで人類――この世界の言い方だと、人種が消滅するほどの危機に瀕したことはないんだよね?」
「うん。魔物の
「前にリルが言っていた通りだね。つまり俺が魔物を大量に倒したところで、住む人々の糧にはなっていても、厳密にはこの世界のためになっていない」
「……」
「次にリアと最初に会った時言っていた『国や町の名前はよく変わる』って言葉から推測していたことだけど、国ができては消えてと繰り返していたんであれば、文明の衰退だけじゃなく、栄華を極めた――今より優れていた時代も過去にはあったんだよね?」
「何度もあった。もうだいぶ前だけど」
「……その文明が衰退した理由は?」
「…………全部、戦争」
だろうね。
地球なら戦争はある意味化学や製造技術が発達する要因にもなりそうだが、ここは魔法とスキルで構成された異世界。
ならば戦争で魔法やスキルの解析が進むことはあっても、土台となる文明レベルが飛躍的に進化する流れには繋がりにくいだろう。
もしここで過去に地球であった巨大隕石衝突のような、人がどうこうできる範囲を超えた外的要因で文明が衰退していたなら、俺の読みは間違っている可能性も高かったが……
そうか、全部戦争であれば―――
「それって、要は『人』の問題だよね。人が人の命など顧みず、膨れ上がった欲望の果てに招いた自滅。その結果文明がリセット、もしくは後退する」
「……」
「当然戦争を起こす側は自分達に正義があると思ってやっているんだろうけど……外から見れば、中枢で扇動しながら多くの命を散らしている人達って『悪』だと思わない?」
ここでリアがハッとしたように目を見開いた。
「まさか、ロキの呼ばれた理由がそれ?」
「個人的な推測だよ。俺が分かっているのはフェルザ様が元いた地球の神様であって、この世界の神様でもあること。そして時系列的にはまったく合わないけど、この世界があまりにも地球人の創造物であるゲームに似通った馴染みのあるシステムであること」
「……」
「だからフェルザ様がどんな思いでこの世界を創って、そして眺めていたかは分からないけど……色々と試して、それでもダメだった時の苦肉の策として俺――というより、俺がなぜか持つ能力を見つけたのなら、多くの辻褄が合うと思うんだよね」
すると、言葉少なかったリアの頬から、一筋の涙が垂れ落ちた。
「この世界を……フェルザ様は諦めていなかった……?」
「……」
「フェルザ様は……この世界の成長と発展を願い、様々な手を加えられ、そして試されていた……最初の頃は凄く楽しそうだった……でも上手くいかなくて……嘆かれる姿が多くなって……いつしか世界が―――……」
感極まったのか、泣きながら話していたリアが急に手で自らの口を押さえる。
何か、重要なことを言いかけてしまったのだろうか。
その焦り様は今までになく、以前アリシアが言っていた『世界の根幹』という部分に触れるのではないかと、思わずその姿を注視してしまう。
でも立場を履き違えちゃいけない。
俺はただ女神様達と接点があるというだけで一般人なんだ。世の中知るべきではない情報があることは弁えている。
「……じゃあ、フェルザ様はまだ諦めてなかったのかもしれないね」
「うん……うん……」
「そうなると俺が悪を裁くことで、この世界の衰退が止められるかもしれないっていう仮説に辿り着くんだけど――リアはどう思う?」
この問いに、目をゴシゴシと腕で拭いながらも、こちらに少し赤い目を向けてくる。
「私は罪の女神。罪は罰を以って償うモノって前も言った」
そういえばそうだった。
以前も罰の範疇に収まるなら自己責任で好きにしろって言われたし、今回にしても、わざわざ男達を生かした俺に対して「殺さないの?」と確認したり、突入前に殺す覚悟を問われたりと。
まるで中途半端にはせず、必要があれば殺すことを推奨されているかのような雰囲気もあったなと今更ながらに思う。
「じゃあ、俺は俺の目的のために」
「うん、私達は私達の目的のために」
その後は綿密な打ち合わせが行われた。
いくら罪には罰を与えると言っても、所かまわず、罪の重さも考えずに『執行』なんてしていけば大変なことになる。
もちろん小銭を盗んだようなレベルの相手も災難だが、俺自身タガが外れて過去に道を踏み外した経験があるからこそ、その先を想像して慎重にもなった。
だから相当な自制は必要と、リアと俺とで『明確なルール』を決めた。
その中でまず真っ先に決まったのが、俺がやり過ぎればリアが責任をもって【神罰】を落とすということ。
凄くリアらしくて、ここに来て思わず笑ってしまう。
まぁそれくらいの強烈な制裁があれば、自分をしっかり抑制する理由にもなって逆に有難いのかもしれないな。
そして暫定的なものではあるけれど、下界に敷かれている法と、俺の倫理観や価値観と、罪の女神としてのリアの立場。
それぞれを考えれば非常に無難で、難色を示し易いというアリシアもまず納得するであろうボーダーを引けた気がする。
帰り際、
「泣いたこと、皆には内緒だから……」
そんなことを言うリアについつい頬が緩みながら
「俺もまた死にかけたこと、特にフィーリルには内緒にしておいて!」
こう告げれば、笑いながら「そう思って内緒にしておいた」と言いつつ、リアは霧となって消えていく。
なんだかんだと最初は答えが出せず一人悩んだけど、リアに話せて、リアと話せて本当に良かった。
頭に纏わりついていた靄も晴れ、だいぶ気分もスッキリして冷静に考えられるようにもなったと思う。
だからこそ――
魔力の霧が完全に消え切った後、布団に潜りながら今更になってふと思う。
フェルザ様がこの世界に興味無いというのは、俺の勘違いだったんだろうが……
なぜ俺のスキルは、女神様達にも見えないよう隠したのだろうか?
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