第176話 神の宴
神界にて。
ロキが毒も悩みも抜け切ったような晴れやかな顔をして、元気に 《ビブロンス湿地》を走り回っている頃。
神界では、初となる宴会が6人によって催されていた。
それぞれがそれぞれに下界での経験を活かし、食事や酒を生み出しては、テーブルにズラリと並べられていく。
「ロキが食べ放題にしてくれたおかげで私の舌は肥えたからな! アリシアよ、美味かったやつだけ生み出してやろう!」
「これ、ロキ君が大好きなジャガバタってやつ! あとお酒はコップも冷やした方が美味しいんだって!」
「蟹も……冷やした……方が……」
「ご飯の味も大事ですが~それ以上に見た目も大事ですよ~?」
「素朴なご飯も十分美味しい」
「……」
軽い自慢が入りながらも生み出されていくそれらを、アリシアは一人ヤケ食いしていく。
内心ロキの下界観光ツアーを蹴ってしまったことに後悔していたが、今更そんなことは言えず、視界が血涙で赤く染まっていくようだった。
それでも――こんな賑やかな時は今までにないと、それぞれが思い思いにこの宴会を楽しんでいた。
昨夜リアから齎された報告、それがこの宴会の発端であり原因だ。
――フェルザ様が自ら、ロキをこの世界に連れてきた可能性が極めて高い。
女神達にとって、これ以上ないほどの吉報だった。
数多ある世界の創造主であるフェルザからしてみれば、この管理世界はそれらの中の一つに過ぎず、期待通りの結果が生まれなければ見限られる。
いくつかの策を講じても改善を図れなかった6人の女神達にとって、内心「もうこの世界は見捨てられているのでは?」と不安に感じていたのが正直なところだった。
そのような状況下で、上位神フェルザが自ら動いたという話が舞い込めば驚かないわけがない。
「フェルザ様が自ら何かしてくれたのって、かなり久しぶりだよね?」
フェリンの問いに、リガルとフィーリルが答える。
「7000年……いや、8000年振りくらいか?」
「まだフェルザ様が様々な調整をされていた頃ですよね~懐かしいです~」
それぞれが、上位神フェルザが積極的にこの世界へ関与していた頃を思い出す。
気軽に思い出すのは難しいほどの歳月が経ちながらも、それでも決して忘れることのできない記憶だった。
「アリシア、フェルザ様にはお礼の言葉を送ったの?」
唯一の纏め役として、フェルザに連絡することを許されているアリシアへ、リアが問う。
「もちろんですよ」
「今回は返答がありますかね~?」
「どうでしょう……もう80年くらいは返答がありませんから、非常にお忙しいのかもしれませんし……」
場はやや暗い雰囲気に包まれるも、それはしょうがないことだった。
フェルザへの進言が通ったのは、地球人の魂を呼び込み、この世界の活性化を図りたいと伝えた時が最後。
その後は現状や問題点を報告はしていたものの、一切の返答がなく今に至っていた。
だからこそ、リアの報告に皆が驚いたのだ。
もちろんその内容がロキの推測だとしても、伝えられた根拠は皆があっさり納得するほどに筋が通っていた。
特に文明が発展しては大きく後退、時には消滅に近いレベルで落ち込むのは、主に人間が主体となった戦争が原因。
これをロキが予め理解した上での根拠だったので、自然とその言葉の信憑性は増していった。
悪を滅し、世界を導く存在―――
リアがポツリと「ロキは人間だけど『神使』みたい」と言った時、皆が思わず「なるほど」と頷いてしまう。
仮説通りならば、ロキは上位神フェルザ直轄の使いということ。
ある意味では自分達女神と同じような立場なのでは? と思いたくなるほど、ロキの推測とその後の成果に期待を寄せていた。
そんな中、ふいに放たれたフェリンの一言で場が混乱し始める。
「でもさ、フェルザ様が手を加えてくれたってことは、この世界をしっかり見てくれてるってことだよね?」
「それはそうでしょう? 私達では対処できない問題点の解決に、ロキ君が選ばれたのでしょうから」
「ということはだよ? 今のところ監視という名目で下界に降りるついでで、ご飯食べちゃったりしてるけど――これくらいならセーフってことだよね? 何も言われてないわけだし」
「「「「「……」」」」」
この言葉に、横で布団を敷いていたリステ含め、フェリン以外の全員が固まる。
神界で定められたルール――禁忌事項は追加された分を含め七条のみ。
それ故細かい部分までは定められておらず、見方によっては如何様な解釈にも取れる条項も存在していた。
おまけに、もし破ったらどうなるかも誰も知らされていない。
ここで、実はリーダーだったアリシアがポツリと呟く。
「禁忌事項七条の一、どのような事情であれ、管理世界に女神自身が直接降りることは許されない」
この言葉に合わせ、それぞれが姿勢を正し、決まり事のように続いていく。
「禁忌事項七条の二、世界への貢献度合い以上のスキルを与えてはならない~」
「禁忌事項七条の三……規定数以上の……加護を……管理世界に与えては……ならない……」
「禁忌事項七条の四! 神界の創造物は、予め決められた物以外を管理世界に落としてはならない!」
「禁忌事項七条の五、管理世界に大きな修正を行う場合、必ず上位神様の許可がなければならない、だったな」
「禁忌事項七条の六、管理世界に対し、必要以上の干渉、助力、手心を加えてはならない」
「そして禁忌事項七条の七、世界の根幹にかかわる情報の隠匿」
1周回り、最後をアリシアが締める。
一見厳かに思えた禁忌事項の確認。
しかしすぐに皆の姿勢が崩れると、まるで秘密会議の如くアリシアの下へコソコソと身を寄せ合い、一つの項目について議論が始まった。
リステも布団を身体に巻き付け、地面を転がりながら近くによって耳を傾けている。
「七条の六がかなり曖昧ですよね……」
「そうだな……この、必要以上とはどの程度なのだ?」
「今のところご飯食べたりお酒飲んだりは大丈夫で、同時に二人【分体】降ろしたのも大丈夫だったよね?」
「昨日ちょっと間違えて人間殺しちゃったけど、今のところ平気」
「固有最上位加護スキルをロキ君に使っても大丈夫でしたね~ロキ君が下界の子とは判断されていなさそうですが~」
「「「「「「う~ん」」」」」」
さらっと途中で恐ろしい発言をしている者もいるが、誰も気にしていないのか突っ込む者はいなかった。
ここで別の世界を管理している女神とでも連絡を取り合えるなら、それぞれの実体験を交えた情報交換も行えただろう。
しかし残念ながら、女神達に友人知人のような存在はいない。
孤高の存在として、ただ眺め、与え、管理してきた女神達に相談できる相手は上位神フェルザしかおらず、そのフェルザはアリシアが連絡を取っても80年間返答が無い始末。
つまり八方塞がりであった。
だが、ここで死にかけリステの頭脳が火を噴く。
「もしロキ君が……フェルザ様に認められた『神使』なら……私達が彼を助け……守るのは当たり前なのでは……? 『仲間』であり『同志』……として……」
「「『仲間!?』」」
「「『同志!?』」」
「というか、もう、家族……?」
「「「「「『家族ッ!!?』」」」」」
オロロロロと、衝撃を受けてよろめく一同。
常に6人だけの女神達にとって、この輪の中に誰かが加わることなど想像もできなかったことだ。
ロキが現れたことにより、それぞれがロキとの接点を楽しむようになってきた部分はあるが、今出ている話はもっと上。
さりげなく放ったフェリンの追撃に、自称ママ、自称お姉ちゃんを名乗る二名と、嫁になりたい二名は鼻息が荒い。
残りの2名もなんやかんやと、さりげなく都合の良い妄想をしていた。
いつのまにか禁忌事項の話から、『家族』であるロキにどこまで干渉、助力、手心を加えても大丈夫なのかという話に切り替わっていく。
下界は刻一刻と衰退への道を辿っているのに、管理する神界は今日も今日とて平和であった。
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