第169話 奴隷術

「あ、あんたも【奴隷術】を使えるのか……?」


「実際に使ったことはありませんが。でもまぁ、彼女に殺されたくないから、僕についてきたいんでしょ?」


 それとなく笑顔を見せれば、まだかろうじて正気を保っているように見えた男は歯を見せながら笑い、大きく頷く。


 奴隷であってもここまで喜ぶとは、よほど死にたくないらしい。


 もしくは詳細説明にある通り、使い方によってはかなり奴隷側も自由が利くからか――


 今までとはまったく勝手の異なるスキル内容に戸惑いながらも、詳細説明を追いながら手順を踏んでいく。


「では―――まずあなたの名前を教えてください」


「アルフィバだ」


「えーと、もう一人のあなたは?」


「ハッ、ハヒッ!? も、もう勘弁してくれぇ!! これからはちゃんと働くから! 真っ当に生きるから俺を見逃してくれよぉ!!」


「……」


 こっちはダメだな。


 言いたいことだけ言って亀のように蹲ってしまった。


 横の男アルフィバも、もう見限ったように冷めた視線を送っている。


「アルフィバさん。こっちの人の名前は知ってます?」


「あ、あぁ。こいつはハゼットだ」


「ではアルフィバさんは『任意奴隷』で、横の煩いハゼットさんは面倒ですし『強制奴隷』でいきましょうか」


 そう伝えると亀になった男は蹲りながら発狂していたが、今まで瘦せこけた男の奴隷契約を見てきたからなのか。


 アルフィバは理解も早く頭を差し出してくるので、俺は嫌々脂ぎった頭髪に手を添える。


「奴隷契約内容はそうですね……"真実のみを話すこと" あとは"僕の命令に従うこと" ……ちなみにこの二つ目っていけると思います?」


「そんな大枠の条件無理じゃねーか? フォンデルの奴隷契約ではそんなの聞いたことがない」


 ふーむ、匙加減が難しいな……


 まぁここら辺は追々必要があれば細かく試していくしかないか。


「ならばとりあえずは"真実のみを話すこと" と "人に一切の危害を加えないこと" だけでいいです。必要があれば再度契約し直しますので。解除条件は――金貨500枚、500万ビーケを用意し僕に渡すこと。これでどうでしょう?」


 すると男もこれは仮契約のようなものだと判断したのか、あっさり納得してくれる。


「俺はだ」


 この時、俺はどのタイミングで契約が締結するのか分からなかったので、ステータス画面を眺めていた。


 仕事をしていた時の契約と違い、署名も判子も無ければ契約書すら無いのだ。


 本当にこんな口頭のやり取りだけで契約が交わされるのか不安になっていると、説明表記通りが2消費され、魔力も30消費されたことを知る。


 すぐに目を開けるも、男の頭部に沿えていた手から、黒い魔力が溢れた様子はない。


 凄いな……さすが魔法とスキルが存在する世界。


 これで契約が取り交わされたことは間違いなさそうだ。


 しかしそれ以外は特に変わったことがない。


「……奴隷になると、身体に紋様が浮かぶとかはないんですね」


「奴隷の身体に墨を彫って、どいつの管理奴隷か一目で分かるようにすることはあるけどな。望んでやらなきゃ何もない」


「なるほど」


 ステータス画面の説明通りなら、現在この男は『魂縛状態』というやつで、この発言もということになる。


 となると、次はこの亀の男か。


 丁度良い。次は『強制奴隷』というやつを試させてもらおう。


 俺は短剣で自分の指先を少し切り、血を滲ませた。


 まるで怪しげな黒魔術のようだが、実際やることはそれとほとんど変わらない。



 



 その儀式を執り行う。


「ハゼットさん。今から強制奴隷の契約を行います―――聞いてますか?」


 そう問いかけるも、変わらず大声で今更な身の潔白と自由を求めるのみ。


 根気よく付き合う義理もないため、男の頬を掴み、無理やり口を開かせ、指先から滴る俺の血を口内へ垂らしていく。


「あがっ! あががが……ッ!」


 これで俺のがこの男の体内に入ったはずだ。


「ハゼットさん――あなたに望むのは三つ。"真実のみを話すこと" と "人に一切の危害を加えないこと" ついでに"聞かれたことにしっかり答えること"―――【奴隷術】強制契約」


 ふむ……こちらはコストと魔力が共に30消費。


 これで詳細説明通り、任意契約と強制契約をそれぞれ結ぶことができた。


 ならば下準備は完了だ。


 あとはあんた達が白なのか黒なのか―――尋問を開始するとしようか。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「お疲れ様。無事終わった?」


 最初の部屋で『処置』が終わるのを一人待っていると、リアがこちらに向かって歩いてくる。


「……うん。男達も終わって全員眠ってる」


「手間掛けさせちゃってごめんね。一応男達も奴隷扱いで命令されていたみたいだからさ」


 そうなのだ。


 尋問の結果、男達は意外なことに白だった。


 いや、正確に言えばグレーといったところか。


 一応奴隷契約は交わされており、あの瘦せこけた男から行動の制限を受けていたことは間違いない。


 だからしょうがなく、町の衛兵へと引き渡すことにしたわけだが、そうなると男達に植え付けられたリアの記憶が今後の不安材料になる。


 特にカタカタと音を鳴らすくらいに震えていた二人は、トラウマ級の恐怖を引き摺ったままだからな。


 だから念のため、生存している男達の記憶も弄ってリアの存在を消してもらった。


 おかけでトラウマ級の恐怖を与えた張本人は俺にすり替わっている。


 思わず「なんでやねん」と突っ込みたくなるが、他に都合の良い方法が無いのだからしょうがない。


「あとは大丈夫そう?」


「かな? 外の馬車が移動に使えるから、あれに皆を乗せて【飛行】しながら町に運んじゃうよ。飛べば重さは感じないから、最初だけ持ち上げられればなんとかなると思うし」


「……分かった。じゃあ私はもう帰る」


 そう言いながら霧の出始めたリアの腕を咄嗟に掴む。


 駄目だ。


 このまま何も言わずに帰しちゃいけない。



「リア。今晩凄く大事な話があるから、もう一度降りてきてほしい。その時全部話すから」



 嘘は吐きたくなかった。


 だからジッとリアを見つめながらそう伝えた。


 男の記憶を弄ったのなら、当然俺が男達にしたことも分かっているはずだ。


 つまり、リアには既にバレていると思った方がいい。


 それでも、何も言わないでいるリアだからこそ、俺は真っ先に伝えるべきだと判断した。



「分かった。それじゃ、降りる時【神託】で声掛ける」



 霧に変わっていくリアを眺めながら、色々な思いを込めて「ありがとう」と呟いた時、リアは僅かに笑ってくれたような気がした。







「さーて、気を取り直してちゃっちゃと動きますか」


 まだ身体のダルさはかなり残るが、すぐにやるべきは町への帰還作業だ。


 まず俺が向かったのは唯一人のいなかった部屋。


 どう考えても物置き場だろうなと思って向かってみれば、案の定食料に加え、セフォーさん達の形見と思しき装備品や大きさの違う多数の木箱、それに樽や革袋なども多く積まれている。


 ここにある荷物で馬車一つ分が埋まりそうなくらいに量が多い。


 この時点で、一便で済ますのは無理だなと、俺は町へのピストン運行を覚悟した。


 となると、次の目的は男達のところ。


 寝ているという話だったが、男達に遠慮はいらないので蹴り起こしていくと、俺を見るや目を見開き、まるでゴキブリの如く素早い動きで部屋の一番奥へと転がり込む奴隷の二人。


「あひゃぁああああああああ!! お願いします許してくださいぃいいいいい!!!」


「うわぁああああああああ!!! 勘弁してくれ勘弁してくれ……もう勘弁してくれぇえええ!!」


 いやいや、マジで煩いから。


 今この男達が感じているのは、以前震えあがって逃亡しか考えられなかった、リルとの模擬戦で感じたあの恐怖と同じようなものなのか?


 そう考えれば分からなくもないけど、それでも逃げられると話が進まないので、とっとと奴隷契約の内容を変更すべく再契約を取り交わしていく。



 "この部屋から一歩も出るな" "人に一切の危害を加えるな"  "俺に対して真実のみを話せ"



 この3つを身体は正常な二人だけでなく、損傷が激しい二人にも同じ内容の強制奴隷契約を施したので、これで男達をこの場に残しておいても問題は起きないだろう。


 先ほど外部に仲間はおらず、ハンター二人と一部の少女を回収に来る運搬専用の闇業者が2~3日後に訪れるという話だったので、これからの一時的な留守中この場所に誰かが現れる可能性もほぼ無いと言っていい。



 男達の強制軟禁部屋を出て、今度は女性達だけが集まる部屋へ。


 最も小さく感じるその場所は、地面に大判で厚手の布が敷かれており、専用の水がめや布団もあることから、偉い奴の専用部屋なんだなというのがなんとなく想像できる。


 そこに女性陣がひしめきあって寝ていたので、男達と違ってそっと一人ずつ起こしていく。


(数人の子供に指輪――これが原因か)


 指の細さを抜きにしてでも大きく感じる無骨な指輪は、合計8名の少女の指にそれぞれ一つずつ嵌められていた。


 針は剥き出しになっておらず、同素材のキャップのようなもので上から被せられている。


 種類は見た感じ2種類あるので、二人だけ嵌めているやつが俺が刺されたカズラ血毒とかいう毒性タイプ。


 残り6人の嵌めている指輪が、アマリエさんが食らった麻痺性タイプの効果を発揮するのだろう。


(子供達にはまったく似合わない指輪だ)


 奴隷にした男達は、子供達への契約内容もおおよそ把握していた。


 "術者に危害を加えない" "術者から離れられない" "助けを呼べない" "指定の相手を攻撃"


 胸糞の悪い契約だ。


 現状を打開する術を封じられ、命令のまま助けに来た大人を麻痺させて――


 子供達にこんなものは必要ないと、指から全ての指輪を外していく。



 起きた人が順次周りも起こし、全員の目が覚めたところで口を開いた。


 リアの存在が消された以上、救出は全て俺一人でやったことになっているはずだ。


 おかげで半数くらいの少女は肩を抱き合って怯え、明らかに俺を恐怖の対象として見ている。 


 そして約半数――特に指輪を嵌めていた少女達の目は暗く沈み、解放されて助かるという現状に喜びを感じている雰囲気はまるで無い。


 感情が死んでしまっているような印象さえ感じられてしまった。


「えーと、これから特殊な方法で皆さんを送り届けますから、まずは全員入口までついてきてください。一度に全員運べない場合は小さい子から順番に運びます」


「「「?」」」


 まぁ、理解はできないよね。


 それでもハンターの二名が保護者のように行動を促しながら、それぞれに立ち上がりついてきてくれる。


 女性陣の約9割は素っ裸だが、もうここは諦めてもらうしかない。


 せめて多少でも隠せるようにと、ボス部屋に敷かれていた布を引っぺがして回収し、皆でこれを使えるようにアマリエさんへ渡しておく。



(あとは、俺がどれだけ持ちあげられるかだな……)



 入口付近に到着したらすぐに準備開始だ。


 置かれていた馬車――正確に言えば荷車とも言える部分を入口の前に置き、俺はその下に潜り込んで背中で荷台を支えながら片側を少し浮かす。


「乗りにくいと思いますけど、子供達からどんどん乗っちゃってください」


 こんなことを試したことがないので、どれだけの人数を一度に運べるかは分からない。


 最初は軽いものだったが、いくら子供達とはいえ乗り込んでいく度に腰が軋む。


「あ、あの……馬が見当らないんだけど……? それになぜ君が担いでいるの?」


「馬じゃなく……僕が運ぶからです……」


「???????」


 エステルテさんの疑問は凄く分かる。分かるよー。


 でもそんなアホを見るような視線を俺に向けないでくれ。


 これでも本気だし、呑気にしゃべっている余裕もあまり無いのだ。


 子供達は数えれば総勢22名。


 そのうち15名くらいが乗り込んだあたりで俺の腰がプルプルと震えだし、思わず温存しておいた【身体強化】を心の中で唱える。


 時間制限があるから最初からは使えなかったが、やっぱり使うと多少楽になるね。


「どんどん乗っちゃってください! なるべく早く!」


 だいぶ荷台のスペースに余裕が無くなってきたのだろう。


 ガタガタと荷台全体が揺れ始め、子供達が押しくら饅頭のように奥へ奥へと詰めながら動いているのが分かる。


 目に光の灯っていない子達は、ハンターの大人2名が持ち上げていた。


「子供達はこれで全員です!」


「ならあなた達も! 急いで急いで!」


(もう! 腰が限界なのよ!)


 俺の焦りが伝わったのか、女性陣――エステルテさんが手早く乗り込んで……ぐっはーーーーっ!!


 腰に電気が走り、視界に星が舞った。


 さすが大人! さすがハンター!


 決して口には出せないけど凄く重いんですがっ!?


 思わず口から「くふぅ~~~~~~~~ん」という変な声が漏れながらも、荷台の下じゃ誰も見ていないだろうと、小声で「風よ、全力で、下から吹き上げろ」と呟く。


 足先を起点に荷台を支える気流のようなものが生まれ、腰の負担が少し軽減されていく。


 これは最大のチャンスッ!!


「全員乗りましたよ!」


 アマリエさんの声が聞こえたと同時に、俺は動いた。


(しゃおらぁあああ!!【跳躍】―――からの【飛行】!!)


 そこまで詳しい検証をしているわけじゃないから、正確な条件は把握できていない。


 でもこの荷台がただ地面に置かれている状態ではなく、俺の背に乗っている状態であれば、僅かな上昇の動きさえできればそのまま飛べると思ったのだ。


 そしてそれは予想通りだった。


 フワッ―――


 突如無くなる重みに合わせ、魔力を下に放出するイメージを作りながら浮上していく。


 これもリアを乗せて飛行した、魔法のじゅうたん役が良い練習になったと言えるな。


 寝たような姿勢のまま浮上するなんて、こんな大勢を乗せた状態のぶっつけ本番では決してできなかった。


 どうあっても死なないリアで練習しておいたからこその賜物だ。


 そして――


「きゃあああああ飛んでるっ! 飛んでるよ!!」


「凄い凄い凄いっ!! あんな遠くまで見える!!」


「死ぬぅうううううううううう!! ウェッ…… ウォェーッ……」


 はしゃいだ幼そうな声が上から聞こえてきて、思わず心の底からホッとしてしまった。


 心に傷を負った子供達だ。


 だから、ちょっとでもその気持ちを吹き飛ばせる何かを。


 そう思って可能な限り飛ぶことを内緒にしておいたのは良かったかもしれない。


 なんか死にそうな大人の声も混ざってるけど……


 先ほど感情が表に出ていなかった子達も、これで多少元気になってくれればいいのかなーと。


 そう思いながら少しゆっくりと、約20分ほどかけてリプサムの町へと帰還した。

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