第170話 被害者たちの帰還

 大騒ぎ……だな。


 混乱を招かないように、そして女性陣達の大半が裸であることも考慮して、町の外――リプサム西門からほど近いところに荷台を着地させる予定だった。


 そこで門番さんに事情を説明し、衣類の調達や各方面への連絡をお願いしようと思っていたのだ。


 だが、少し考えが甘かった。


 人が詰めれば20人以上は乗れる荷台が、空をフヨフヨと飛んできたのだ。


 そんなの俺だって見たらビックリするんだから、この町の住人からしたらビックリを通り越して怪奇な現象に映っていただろう。


 そのおかげで人が人を呼んだのか、西門周辺には既に50人くらいの人だかりができてしまっていた。


 皆が皆、空を見上げ、指を差し、謎の物体と、その下で張り付いたように見えている俺を注視している。


「アマリエさんとエステルテさん、布で可能な限り皆の肌を隠しておいてくださいね。人がそれなりにいます」


「わ、分かりました!」


「任せてっ!!」


 俺からは見えない荷台の状況を心配したところで、今は何も手伝ってあげられない。


 ならば俺が今やるべきことを――



「危ないですから離れてくださいっ!!」



 ――下に向かって俺が声を張り上げ、着地場所を確保する。


 その声に意識が戻ったのか、口を開けてポカーンとしていた門番さん2名も避難誘導の仕事をし始めていた。


「降ろす時に揺れますからね! ここだけは我慢してくださいよ!」


 このまま俺が足を地面につければ、【飛行】の効果が終わって直ちに重力が発生する。


 つまり俺がこの荷台に押しつぶされ、アブブブってなるわけである。


 だからしょうがなく――本当にしょうがなく、狙ったスペースに荷台を軽く放り投げた。


 ヒーラーもすぐ近くにいるし、これくらいでは死なないから許してほしい。



 ズド―――ン……



 悲鳴と共に土埃が舞う。


 と同時に門番さんの一人がこちらへ駆け寄ってきたので、女性陣の様子を確認しながら事情を話していく。


 ここにいるのは全員が誘拐された人達であること。


 彼女達の大半が裸なので、まずは早急に衣類が必要なこと。


 少女達はこの町だけでなく、近隣の村などから攫われた子達もいること。


 二人のハンターもいるので、ハンターギルドに連絡してほしいこと。


 これから、生き残っている犯人数名も同様の方法で連れてくること。



 場が、一気に慌ただしくなる。


 一人の門番さんが町の中へと慌てて駆け込んでいった。


 残された門番さんも野次馬達に何かを告げ、その者達の多くが町の中へと走っていく。


 数名の女性も、攫われた子達に顔見知りがいるのか、荷台に駆け寄って話しかけていた。


 ついでに寄ってこようとする興味本位にしか見えない男達は、これでもかというくらいに俺が視線と顔で威嚇する。


(クソッ……あの偽ボス、俺の仮面割りやがって)


 おかげで今までなんとなく飛ぶ時は隠していたのに、今回は顔を豪快に晒してしまっている。



(まぁ……遅かれ早かれバレるわけだしな……)



 少し考え込んでいると、近隣から搔き集められたのか。


 両手に布を抱えて走ってくる人達がチラホラ見え始めたので、ここまで来ればもう大丈夫だろうと、ホッと一息吐きながら女性陣に話しかけた。


「アマリエさんにエステルテさん。そろそろ残された男達を回収しに戻りますけど、あとは大丈夫そうです?」


「えぇ本当にありがとうございました。あとは私達だけでも大丈夫ですので、必ず犯人をお願いします」


「ありがとうね。ハンターギルドには私達から事情を説明するから、できれば夫の形見も……」


 そっか、この話しぶり。


 亡くなったパーティメンバー「ワンゼ」さんは、エステルテさんの旦那さんだったか……


 やるせないな、ほんとに。


 この一件で3人の夫婦が旦那さんを亡くしたことになる。


「……大丈夫ですよ」


 そう言い残し、残る門番さんにも今度は犯人を回収してくる旨を伝え――そして、飛び立つ。


 人のいないところまで走ろうかと少し考えたが、あれだけ見られておいてそれは今更だ。


 あの男達がどうなるのか。


 様々なパターンを想像しながら、俺は再度洞穴へと飛びながら戻っていった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 リプサム西門付近。


 一刻ほど前の騒動は収まりを知らず、未だこの場は喧騒に包まれていた。


 馬車が行方不明の者達を乗せて飛んできたという、なんとも眉唾な噂が町中に広まり、行方不明者だった者の親族やハンターギルドのマスターにその他職員。


 奇怪な馬車を一目見ようと集まる野次馬まで押し寄せていたので、多数の衛兵達も出張ってその場を管理しようとしていた。


「次の馬車が見えてきたぞっ!! 場を空けるように! 場を空けるようにーっ!!」


 門番や衛兵のこの慌て様や、実際に存在している馬の見当たらない馬車、泣き崩れて子を抱擁する親の姿を見れば、この話が真実であることを十分物語っている。


 だが、何より空には、己の眼を疑いたくなるような光景―――


 木の箱と思しき茶色い物体が宙を飛んでいた。


 おまけにかなりの速度でこちらへ近づいているようにも見える。



「セイフォン、噂は真でありそうだな」



 そんな光景を、やや遠目から馬に跨り見つめる男。


 その男の呟きに、伯爵家の騎士長を務めるセイフォンは答える。


「はっ、これがニローの申しておりました【飛行】持ちの異世界人ロキ、その仕業かと存じます」


「人攫いを解決し、犯人を連れ帰るか。念のためマルタをすぐ出て正解だった」


「左様でございますな。しかし閣下、あの者はニーヴァル様に託すという話ゆえ……」


だろう? それは百も承知、民を犠牲にしてまで事を成す気はない。しかし、だ……」


「?」


 続く言葉が無いことに違和感を覚え、セイフォンはソッと視線を向けるも、閣下と呼ばれたその男は、喜色を浮かべながら顎髭を撫で、宙を眺めていた。


「どのような者か、腹を割って一度話をしてみたいものだな」


 この言葉に騎士長セイフォンはギョッとした。


 今回はもしやという噂を聞きつけたゆえの視察。


 何が起きるか分からないため、あくまで遠目に眺めるだけという護衛上の約束をしていたのだ。


 なのでこの男――レイモンド伯爵は防具の一つも身に着けていなかった。


 にもかかわらず馬の腹を軽く蹴り、前進させようとするその行動に、セイフォンはたまらず口を開く。


「お、お待ちください閣下! あまり近づくと危険ですから、せめて眺めるだけに!」


「危険? 20名以上を手ずから救出した者が、どのようにしたら『悪』になりえる?」


「そ、それは……」


「なに、約束を違えるなどしない。身分を伏せて挨拶でもしておけば良かろう。ついでにもう少し砕けた調子で話すとするか!」


 これにて万全と。


 一人高笑いしながら野次馬の中に突っ込んでいく伯爵の姿に、頭を抱えるしかない騎士長セイフォン。


 ニローの【飛行】という言葉を聞いてから、少年のように目をキラキラさせ、まるで追いかけるようにリプサムを訪れたのはどこのどなただと。


 ただの興味だけで接触しようとしていることは分かっているも、当の本人には決して言えない辛さがある。


 それでも―――


「こうなるだろうなと、分かってはいましたけどねぇ……」


 そうボヤキながら、だいぶ近付いてきた荷台を一睨み。


 何事もないことを願いながら、数名の部下を引き連れ主の後を追った。




 その頃、レイモンド伯爵は馬を降り、既に場所を確保されていた着地点の最前列を陣取っていた。


 多くの庶民は、写真も無ければ会う機会も無いため、領主の名前は知っていても顔なぞ見分けがついていない。


 しかし衛兵はさすがに理解している。



(……なぜ、ここに?)



 誰もがそんな気持ちを心に抱きながら、丁重に案内した結果が最前列の特等席だった。


 当然レイモンド伯爵はご満悦。


 お抱えの騎士達がなかなか辿り着けず、後方で泣いていることなど知る由もない。


 だが空を飛ぶ荷台が目視可能な距離まで下がってきたところで、レイモンド伯爵の瞳がスッと細まった。


 荷台には想像以上の物資が積まれており、そもそもとして下で支えている少年が、どのようにして持ち上げているのか皆目見当も付かない。


 見た目にそぐわない怪力の持ち主なのか、それともこれが【飛行】という、有翼人種以外に所持事例を聞いたこともないスキルの特性なのか。



 もしこんなスキルの取得方法が解明され、世に出回れるようになれば、物流に新たな革命が―――



 いやしかし、そうなると関所の意味が薄くなり、通行税や物品税などの税収入が大きく損なわれて―――



 戦時となれば、国境なぞ関係無しに少数特化の人員を送り込んで奇襲が――



 ふと、領主としての顔をしてしまっていることに気付き、レイモンド伯爵は大きくかぶりを振った。


 今は違う、そうじゃないのだ。


 ラグリースが異世界人を取り込めるか否か以前に、取り込むような交渉を進めても問題のない人物なのか。


 興味本位でここまで来たというのは否定しないが、それでもレイモンド伯爵はこの点を強く気にしていた。


 異世界人の噂は耳を塞いでいようが舞い込んでくる。


 立場ある者なら尚更だ。


 西方のヴェルフレア帝国では他国侵攻で領地拡大は進んでいるものの、現皇帝の実質的な権限は弱まってきていると聞く。


 東方のアルバート王国にしても、王族は既にお飾りで、貴族連中は一人の異世界人が持つ金の力にくだったという話は、数年も前から流れていた。


 指を咥え、国力が衰えていく様を見届けるつもりはない。


 だがしかし、仮に異世界人を取り込めたとしても、国がその異世界人に取り込まれれば、それもまた意味はないのだ。



 ズ――――ン……



 軽い地響きと共に砂塵が舞い、宙に浮かぶ荷台が着地したことを知る。


 地に足を付けている姿を見ても、まだまだあどけなさが残る顔立ちをした、ごく普通の少年だった。


「少年、君が今回救出してくれた者ということでいいのか?」


「そうですが、貴方は?」


 返ってきた声色は高く、まだ声変わりもしている様子が無い。


 にもかかわらず、落ち着いた様子で口調も丁寧なのは、前世の記憶を継承していると言われる異世界人故か。



 俺は―――……



 言いかけ、結局口調は変えたものの、身分をどうするか何も決めていなかったことを知る。


 だから咄嗟に出たのは、レイモンド伯爵にとってただの思い付きだった。



「俺は――町長だッ!」



 野太い声で発せられたそのぶっきら棒な言葉に、一瞬の静寂後、周りは騒然となった。

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