第168話 奪い奪われ

 それからどのくらいの時間が経過したのだろう。


 気付けば視界は岩肌の天井を向いており、俺は床に寝かされていた。


 首を少し振れば道が三又に分かれていることから、ここが最初に入った男達の寝ていた部屋だということが分かる。


 横には敷き布に使用されていた物だろうか?


 茶色い大判の一枚布を身体に巻き付けた女性が不安そうに俺の顔を眺めており、その反対側にはやや距離を空け、壁を背になぜか体育座りをしてチンマリ膝を抱えているリアがいる。


 しかし、少女達の姿は一人も見当たらない。


「子供達は……」


 思わず呟くも、すぐに起き上がれたこと。


 そして掠れながらも声が出ていることに驚いていると、横にいたハンターの女性――アマリエさんが慌てたように口を開いた。


「まだ無理をしちゃいけません。解毒と回復はしましたが、毒の作用がかなり強いようで、私とエステルテさんのスキルでは応急処置しかできていませんから」


「ありがとうございます。それで子供達は――全員無事ですか?」


「えぇ。着せてあげられる衣類もこの場にはあまり無かったので、エステルテさんと奥の部屋で休んでいます」


「そうでしたか」


 良かった……本当に……


 自分のヌルさで自らが窮地に陥るならまだしも、他人の命まで巻き込むとなれば、何を以てしても償えるものではない。


 俺自身も一生引き摺る羽目になりそうだし、女性陣が全員無事という報を聞いて、ようやく重石が取り除かれたように胸が軽くなった。


 深い息を吐いて安堵している俺を見たからか、アマリエさんも僅かに笑顔を見せながら佇まいを正し、感謝の言葉を伝えてくる。


「本当にありがとうございました。あのままだと私達は――いえ、たぶんあの子供達と一緒に奴隷として他国へ売られるところでした。この御恩、一生忘れません」


 そう言って一瞬リアへ視線を向けた後に深々頭を下げてくるも、俺の甘さが危うく彼女達を殺していたという罪悪感から、その言葉を素直に受け取ることができなかった。


 頬をポリポリと掻きながら、どうにも話を逸らしたくて、どうしてこのような状況になっているのか。


 そして今回一番知りたかった受付嬢レイミーさんの夫、『セフォー』さんの行方も含めてアマリエさんに尋ねると、途中途中涙を流しながら、時に悔し気に顛末を語ってくれた。



 その結果分かったのは、同パーティだった男性陣二名――セフォーさんとロッゾさんは既に亡くなっているという事実。


 残念だが、リアの【広域探査】で名前が引っかからなかったことから、予想と覚悟はしていたこと。


 これが勇者なら主人公補正でもかかるのだろうが、俺にはそんな補正なんてものがない。


 これが現実……しっかり受け止め、妻であるレイミーさんへ正直に報告するしかないだろう。


「ここの誘拐犯たちに嵌められたということですよね」


「はい。私達が狩りに向かう途中、街道沿いで多くの子供を乗せた馬車が転倒していて……助けに入ったところで身体に僅かな痛みが走り、その後すぐに身体の自由を奪われました」


「僕と同じで、奴隷の子供達に刺されたわけですか?」


「そうです。セフォーとロッゾ――私の夫は……街道から少し外れたところの森に引き込まれ、ここの男達に、意識があるにもかかわらず――」



 悲しみよりも悔しさが強く出ているのはハンター故か、それとも仇と言えるその男達に組み敷かれた事実からか。


 強く歯を食いしばり、下を向きながら打ち震えるアマリエさんの姿に、俺は掛ける言葉を見失う。


 きっとアマリエさんは先ほどの俺のように、動けない中でその光景を見ていたのだろう。


 パーティ仲間でありリーダーであったセフォーさんと、相応の時を共にしたであろう夫のロッゾさんが命を絶たれる様を。


 ――野郎は不要と言っていた偽のボス、パルムの言葉を思い出す。


 そうなると、もう一つのパーティであるエステルテさんの方も、男性である『ワンゼ』さんは絶望的か……


「斧などの武器は、ここにあるんですよね?」


「まだあると思います。……身包み剥され、換金できそうな物は全て奪われましたから」


「……分かりました。少し彼女と話がしたいので、二人きりにさせてもらってもいいですか?」


 そういってチラリとリアへ視線を向ける。


 話を聞くだけでも腸が煮えくり返ってくるが、今はこの状況をどうするか。


 なにやら凹んでいる様子を見せているリアと相談しなくては、これから先の身動きが何も取れなくなる。


 頷き、子供達やエステルテさんがいる部屋へ移動するアマリエさんを見届けたのち、座るリアの横へ腰を下ろす。


 反省だらけだったこともあって、俺もなんとなく体育座りだ。


「リア、ごめんね。リアの……怖い姿なんて見たくないとか言っておいて、結局覚悟が足りてなかった……迷惑かけて本当にごめん」


「私も……ごめんなさい。手は出さないように気を付けてたのに」


「それはリアの服を脱がすとか、5万回死んでも足りないくらいの大罪犯そうとしたんだからしょうがないと思うけど……」


「リガルと一緒。ちょっとだけ我を忘れてた。敵意を失った人間にまで手をかけた」


 それはどうなんだろうな。


 フィーリルやリルは、敵意や害意があれば魔物でも人でも容赦しないというスタンスだった。


 それが女神様達に共通していることなんだろうけど、逃げる者まで手にかけるとなると、下界への干渉はダメという神様のルール的にはマズいような気がしなくもない。


 というか、マズいことをやってしまったから、こんな凹んでいるんだろうし。


 でも、我を忘れたっていうのは、たぶんあの怒声の時。


 確かパルムがリアに近づく前。


 俺が刺されて倒れた時――


「……ねぇ、それは怒ってたから?」


「……うん」


「そっか……なら、俺はリアにお礼を言いたい。ありがとうね」


「…………うん」


 ただでさえ沈んでいる様子だったのに、今度は返事をしながら膝に顔を埋めてしまった。


 まぁ会話はできそうだからこのままでもいいか。


「……結局、男達は全員殺しちゃったの?」


「少しだけ残ってると思う。壁が崩れる音がしたから止めた」


「了解。となると、ここからどうするかだね」


 問題はいくつもある。


 先ほどアマリエさんが言っていたように、服の数が足らないとなると、このままでは多くが裸で町まで行進しないといけなくなる。


 それにリアの存在だ。


 人間からすれば理解不能とも言えるほどの力でリアが男達を屠ったのは、少女達も、そしてハンターの二人もしっかり見ている。


 生き残った男達の中には、恐怖がこびり付いてトラウマレベルになっているやつもいるかもしれない。


 まぁ男達は置いておくとしても、少女達とハンターの二人になんと説明すべきか……


「ここの女性陣にリアの存在を把握させたままって、結構マズいことだよね?」


 すると、既に答えは出していたのか、膝の隙間からくぐもった声が聞こえてくる。


「うん。だからここにいる全員の記憶から私を消す」


「へ?」


「記憶を弄る」


「へ、へぇぇぇぇ……」


 リステも俺の記憶覗いてたしなぁ。


 神様がやることだし、その程度のことはお手の物なんだろうと思うしかない。


 ……神界ルール的にセーフなのか甚だ疑問だが。


 俺にはフェルザ様どうかスルーしてくださいと祈ることしかできません。



 こうしてそれぞれが動くことになった。


 リアは一度神界に戻り、【魂環魔法】というなんとも恐ろしそうなスキルを持って再降臨。


 ついでで真っ赤に染まっていたワンピースは染み一つ無い純白へ。


 もはや開き直りにも近い雰囲気で、少女達とハンター二人のいるへと向かっていった。


 そこで記憶の『処置』を施すのだろう。


 対して俺は【探査】で現在の状況を確認後、へと向かう。


 近付けば近づくほどに、血やアンモニアなどが混ざったような異臭が酷い。


 鼻が曲がりそうになりながらも元いた部屋へと戻れば、そこはホラー映画もビックリの死屍累々たる有様だった。


 理由は言うまでもなく、部屋の半分以上が赤く染まっている。


 加えて足元には首の無い死体がゴロゴロしており、その中で何人かの呻き声が聞こえていた。


 魔物の解体でを見るのはだいぶ慣れていたはずが、それでもこの場は少々キツいと感じる。


 この世界に来て間もない頃の俺なら、秒で卒倒していることは間違い無い。



(ふぅ~首のついている身体を探すか……)



【探査】と並行して【気配察知】を使用すれば、生存者はこの部屋に四名のみ。


 うち二名は複数の遺体が積もった中に敢えて埋もり、小刻みな振動を繰り返していた。


 ここの男達は『人』の中に隠れるのが好きなのだろうか?


 きっとこの部屋に向かって歩いてくる足音から、リアだと思って必死に身を隠し震えているのだろう。


 そして残りの反応が薄い二つは―――……あぁ、最初のやり過ぎた二人か。


 アマリエさんとエステルテさんの治癒系魔法では治せなかったのか、下顎の無い男と、眼球の位置が明らかにおかしい男が止血だけされた状態で呻いていた。


 こっちはとりあえず放っておいても問題無さそうだ。


 さて……


 剣先で積もった遺体をどかし、蹲ったまま目に見えて怯えている男二人に声を掛ける。


「お二人に聞きたいことがあるんですけど」


「ヒィーッ!! や、やめてくれ! もう許してくれぇええええ!!」


「お、男……? その服装は仮面の方か!? お、女ッ! さっきの女はいないのか!?」


 錯乱しているのはしょうがないが、それにしても煩いな。


 少女達のこと、他の仲間の存在、奴隷の売り先、奴隷術のこと。


 ハンターの二人では知り得ないことも、この男達なら知っている可能性がある。


「彼女はここにいません。それと煩いので静かにしてください」


「ち、違うんだっ!!俺は指示されていただけで、パルムとフォンデルが仕組んでたんだ! あのガキ共を触らせてもくれねーし、ハンターの女共だって俺は三回しかやってねぇ!!」


「な、なぁ旦那ッ! あの女が知り合いなら助けてくれ! そしたら俺ぁなんだってするぜ!? 飯と酒と女さえ用意してくれりゃ、あんたに一生ついてったっていい!!」


「……」


 思わず剣を両手に持ち、男達の口の中へそれぞれ突っ込む。


「はへぇーッ!!!」


「はがっ……あがぁあ!!」


「静かにできないのなら、このまま口の奥まで剣を突っ込みます。それともあの瘦せこけた男みたいに、中身が出るくらいペチャンコになりたいですか?」


「「…………」」


 もう躊躇ったりはしない。


 その覚悟はできたし、何より躊躇うことによって必要以上に失う可能性があることは身に染みて分かった。


 リアが言っていた通り。




 




 いつまでも地球の感覚を引き摺ることは決して正義なんかじゃない。


 だが言い訳でもなく、この男達が瘦せこけた男の奴隷だったパターン―――この可能性だって一応残されている。


 そうなると立場は少女達やハンターの二人と同じになってしまうのだ。


 言動からその可能性はかなり低そうに見えるも、それでも冤罪で勝手に事を進めてしまうのは宜しくない。


 そこをはき違えたら、俺は単なる殺人鬼になってしまう。


 だからまずは確かめようか。



「やっと静かになりましたね」


「「……」」



「では【奴隷術】――これからあなた達と奴隷契約を結びます」

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