第153話 国の行く末
ハンファレスト近くのとある酒場にて。
淀む空気を背中から放つ二人の監査員と、上役からの強制連行という形でしょうがなくついてきている衛兵長が酒の入ったグラスを見つめていた。
安酒を提供する店ではないので店内は比較的静かであったが、それでもこの一角だけは特に静かで、まるでお通夜のような様相を呈している。
「ニローさん、本当にこれで良かったんですか? 二人なんて、こんな機会……もう絶対訪れないですよ……?」
「それは分かっている。【神眼】なんて聞いたこともないスキルを所持している人間が現れたのだ。ラグリース王国が目先のヴァルツ王国、その先の大国に飲み込まれないためにも、なんとしてでもあの二人は手に入れたいところ」
「ならばもっと―――」
「ジョイス。あの少年にマルタの全兵を向かわせて、殺さずに捕縛できると思うか?」
「……まず無理でしょう。私が遠目から見たのは地を這うような動きを見せた広範囲の雷と思しきモノと、どういう原理か分かりませんが手から細く伸びる光線です。そいつを出したまま周囲を半円ほど薙ぐんですよ?
相当な距離を取っていても、私や供にした部下は身体が真っ二つになるんじゃないかと肝を冷やしましたし、いざ戦闘となれば殺す殺さない以前の問題で、少年へ近づくこともできずに兵が全滅するかと思います」
「……」
「武力では無理、地位や権力には興味を示さず、金はあっさりファンファレストの上階を場に選ぶほどには潤沢。この三つが潰れるとなると、手早く抱き込むことは難しい」
「……本国に情報を伝え、軍を呼ぶというのは?」
「それこそニーヴァル様とラディット将軍の
「やはり【飛行】ですよね? あれは」
「人が浮かぶなんてそれしか考えられまい。飛ばれれば追うことすら叶わず、そのまま国外に出ることを止める術もなくなる。それに軍がもし間に合ったとして、手痛い反撃で大損害を被ったらどうする? 膠着しているヴァルツ王国から好機とばかりに攻め込まれる可能性すら出てくるぞ?」
「……」
「転生者が賜るスキルは最大でも3種と聞く。となれば年の頃を考えても【雷魔法】【飛行】【隠蔽】のこの3種が極めて濃厚―――この時点で強硬な手立ては無理なのだ。攻撃転用可能な
「それでもリル嬢を落とすには、あの少年も落とす必要がある……女であの少年を落とすというのはどうですかね?」
「ファンメラ、あの二人が本当に弟姉だと思ったか?」
「いえ、さすがにそれは。……まさか恋人ですか?」
「分からんが、弟姉の関係よりはまだ恋仲と言われた方が納得もできるな。そうなるとあの美貌だ。ヘタな女をけしかけたところで靡くとは思えん」
「ッ……」
「あの」
二人の会話に混ざることなく、一人チビチビと酒を飲んでいた衛兵長ジョイスが素朴な疑問を口にした。
「もっと穏便に事は進められないのですか? 性根の悪そうな少年には見えませんでしたし、協力を願うとか仕事として依頼するとか……」
「国からすれば理想ではないだろうな。その関係性では相手に拒否という選択を与えてしまい、いざという重要な局面で頼ることができなくなる。理想は大きな餌を与えて飼うこと。餌に慣れればいくらでもこちらの都合に合わせて動かせるからな」
「「……」」
「だが今はその線で進めるしかあるまい。異世界人2名と友好関係を結び、他国より密な関係になってもらえれば、大国ほどじゃないがラグリース王国の存在価値も示せるはずだ。それに惜しい話だが――本当にいざとなれば、少年には
「となると、ニーヴァル様次第、ですか?」
「そうなるな」
「……物凄く不安なんですが?」
「誰にでも平等に接してくれるお方だ。あのタイプに高圧的な交渉はご法度。不安だが他に適任者もおらん」
それぞれがそれぞれに、ロキやリルを迎え入れた時の未来。
そうならなかった時の未来を思い描く。
すると迎え入れた時の未来予想は三者三様だったが、完全に失敗した時の未来は一貫して同じ。
今ある窮地を仮に脱したとしても、いずれ異世界人を有した大国による蹂躙が中央にまで及び、国が飲み込まれていく結末しか出てこない。
「ファンメラ、私は明朝から王都に向かい事の経緯を直接伝える。おまえは部下を使ってあの二人にバレない程度の遠目からで構わんから監視を続けろ」
「……」
「間違っても手は出すなよ? 最悪は味方に引き入れるどころか、マルタが焼け野原になる可能性だってあるのだからな」
「……分かりました」
「ジョイスはハンファレストの支配人に、一応二人の情報が引き出せるか確認してくれ。金で有益な情報が拾えるならいくら使っても構わん」
「分かりました」
「他国に傾く様子が無いだけマシと捉えるべきか……いや、取り込めなければ遅かれ早かれだな」
一人呟きながら酒を呷るニローの姿を、ファンメラとジョイスはただ黙って見つめていた。
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