第147話 キングアントの中身
翌日。
宿のレストランで朝食のサラダを摘まみながら、フォークが止まる様子のないリルを眺める。
「昨日あれだけ食べたのに、ほんとよく食べるよねぇ……」
「うむ! モグモグ……美味いからな! 特にコレとコレとコレとコレと――」
なんだか手当たり次第に指を差している気もするけど、リスのように口を頬張らせながら詰め込もうとする姿を見れば、溜め息が出つつも自然と口角が上がってしまう。
昨夜は部屋に戻って早々、リルに早く早くと急かされながら風呂に入り、さっぱりした姿で裸足のままレストランへ突撃。
そして宣告した通り、「好きな物を好きなだけ頼んでいい」とリルにメニューを見せたら、その頼み方は本当に容赦がなかった。
まずテーブルの半分ほどが見たことのある料理、ない料理で埋められ、端から片付けていく最中に追加の料理が置かれていく。
それらを無言のまま口に運び続ける俺とリル。
さぞ他のテーブル客から見れば異様な光景に映っただろう。
でもお腹が減り過ぎて、俺は人目なんて気にしていられなかった。
リルは初めから気にする気もなかった。
二人で己の限界に挑戦するかの如く食べ進め、部屋に戻ったら満腹感に敗北して速攻爆睡。
正直リルがいつ神界に帰ったのかすら分かっていない。
だから俺の朝は新鮮果実ジュースとサラダ、そしてジャム付きの焼いたパンを一つだけ。
昨日の夕食がまだ胃袋に残っていて、できれば食事よりはコーヒーと整腸剤が欲しいくらいだ。
(整腸剤は無理だとしても、コーヒーは切実に欲しいなぁー……)
地球ではほぼパートナーとも言えたコーヒーに想いを馳せていると
「よしっ! 今日はこのくらいで勘弁しておいてやろう!」
いったい何と戦ってるんですか? と問いたくなるような言葉が耳に入る。
その犯人に視線を向ければ、満足したのか天井を見ながらお腹を摩っているが、相変わらず口回りは園児かよと思いたくなるくらいにベタベタだ。
女神様ご用達の白いワンピースにも、いくつか跳ねた染みが拡がってしまっている。
思わず自分の口を指差し「ついてるよ」と伝えれば、リルは変な顔をしながら必死に舌を伸ばして舐め取っていた。
こんな残念美人、まず他じゃ見かけることはない。
それでも、女性と意識せずに済むこの気楽さは、それはそれで凄く楽。
(フィーリルが母なら、リルは姉かな?)
そんなことも思いながらも朝食を終え、俺達は部屋へと戻った。
「あれ? そういえばリルの滞在って今日? 明日まで?」
「一応明日までということになっているな。転移者探しをするのは今日が初めてだから、もう? という感じになってしまうが」
鎧脱ぎたくない問題で1日神界に引き籠り、脱いだと思ったら俺を誤って殺してその対応に追われ、罰として俺と狩場同行すれば時間を忘れて1日どころじゃ済まなくなり、おまけになぜかボスがいてさらに時間が潰れ――
いったいリルは下界に降りて何をやっているんだ? と、たぶん他の女神様達は思っていることだろう。
「サボった分、今日明日の転移者探しは頑張らないとね」
「その通り。私もやるべきことをやらないと、またアリシアあたりにこっぴどく怒られてしまうからな。ロキはハンターギルドか?」
リルの視線に釣られ、二人揃って籠に入った黄金色の蟻を見つめる。
「そうだねぇ。いつまでも部屋に置きたくはないし、まずはこれを片付けて、それが終わったらスキルとか昨日までの成果を確認かな? 何か追加の情報があったら夜にでも纏めて伝えるよ」
「ほぉ……ではそれを楽しみに今日は頑張るとしよう」
どうせならと、二人揃って部屋を出るついでに、リルへ金貨を1枚渡しておく。
「これだけあったら十分だと思うけど、お昼にお腹が空いた時用ね。ただし、店員さんと余計な会話はしないように。ほんとリルはバレそうだから」
「屋台の食事が美味いとリステやフェリンから聞いていたのだ。これでまた楽しみが――」
聞いちゃいねーよ……
金貨一枚を空にかざし、宿の入り口で一人ニヤニヤしているリルと別れ、俺は黄金色の蟻が入った籠を背負いながらとりあえず靴屋に。
そこで無難なショートブーツを購入したのち、ハンターギルドへと向かった。
「おはようございます~」
「おう、坊主か」
ギルドの解体場。
直接裏から入れば、まだ朝ということもあってその場は非常に閑散としている。
しかし奥の作業台を見れば、相も変わらずデカい蟹やカエルがテンコ盛りになっているので、昨夜の持ち込み分が全然片付いていないのは一目瞭然だった。
それでも最初の頃に比べれば、カウンター業務を兼任しているこのおっちゃんも愛想が多少は良くなったのかなと思う。
「こんな時間に何の用だ? くだらねーこと聞くようなら俺達の作業手伝わせるぞ?」
「くだらなくはないですよ! 昨日取ってきたコレを売りたいんです」
そう言って籠の中身を見せながらカウンターに置き、同時におっちゃんの顔色も窺う。
分かっている。
こいつはどう転んでもボス格。
面倒事に発展する可能性は非常に高い。
それでもボス級素材をそのまま捨てるのはさすがに勿体無さ過ぎるし、こいつがいったいなんなのかを判別したいという欲求には勝てない。
「ん?……なんだぁこいつは?」
怪訝な表情を浮かべながらカウンターへ近づいてくるおっちゃんの反応を見て、一番面倒なパターンが来たな。
そう思った。
とても何かを偽っているようには思えないし、偽るメリットがあるとも思えない。
となると、慣れた感じのするこのおっちゃんですら初見の魔物。
そういうことになってしまい、それは3ヵ月前にも倒されているクイーンアントとは別種ということが確定してしまう。
はぁ……
これからの事を考えると思わず溜め息が漏れるも、おっちゃんが知らないならしょうがないと、俺は多少の説明を加えていく。
「見つけた場所はデボアの大穴、卵が無数にある最奥と思われる部屋です。クイーンアントだと思っていたんですけど――違うんですか?」
「は? バカ言うんじゃねーよ。クイーンアントがこんな小さいわけねーだろうが。だが……こんな色の蟻なんざ見たこともねーな。そもそもこいつは魔物なのか?」
「え? 普通の蟻なんか目じゃない強さだったので、魔物以外に考えられないと思うんですけど?」
「体長を考えても魔物だと判断すべきだが――……掻っ捌いて魔石の有無を確認するが良いか?」
「え、えぇ……」
この世界には普通の蟻だっている。
それはパルメラ大森林で彷徨っている時に何度も見ていた。
そんな魔物じゃないタイプの大型珍種って可能性を考えているんだろうが、俺にはもうこれが『キングアント』であることは分かっているんだ。
まぁなんで知っていると問われても面倒なので、成り行きを見守るしかないんだけど。
「ちっ、まったく刃が通らねぇ! クイーンアント用のミスリル製ナイフ持ってこい!」
「わ、分かりました!」
そりゃ普通の解体ナイフじゃ無理だろう。
最悪リルを呼ばなきゃ、アレ解体できないんじゃ? と思いながらも黙って様子を見守る。
「……なんだよこいつぁ! これでも……くそっ、刃が通らねぇ!」
「数人で押し込むか?」
「手伝いますよ!」
「「「せーの!!」」」
「おいおいおい……クイーンアントよりも硬いとかありえねぇだろうがッ!!」
こりゃダメだな。
ミスリル製ナイフの刃が毀れることはなさそうだが、まったく内部にも入っていかない。
思わず天井を見上げて考え込む。
(無理にここでお金に替えず、もっと腕が良さそうな人や解体用装備が揃っていそうな王都にでも持ち込む? いやいや、ずっとこんな魔物と一緒にいたくないし、王様のお膝元となると情報の伝達も早くてその分危険度も増すだろう。ならばクイーンアントとキングアントが別種ってことはとりあえず分かったわけだし、換金自体を諦めるか? ん~物凄く勿体ない気もするが……でもあの大きさだ。魔石は大きいほど価値が高いと分かっているのに、横にある蟹やカエルよりも図体が少し小さいくらいなら、魔石の価値なんて絶望的なような気も……でもあの硬い外殻が防具素材とかに重宝されるなら――)
「はぁ……はぁ……おい坊主、こいつを倒したのはお前なんだよな?」
「―――えっ? えー……まぁ、そう、とも言えますね」
本当は違うが、リルの存在をここで明かすわけにはいかない。
内心俺一人で倒せるわけないだろって思いながらも首を縦に振るしかない。
「なら中に入ってこい。本来はマズいがそんなこと言っている場合じゃねぇ。おまえならこいつの殻を突破できんだろ?」
「えぇぇ……そんな無理しなくても良いんですけど」
「バカ野郎! クイーンアントより硬いなんて確実に普通じゃねぇ。もしかしたらもしかするかもしれねぇぞ!」
もしかしたらってなんだよ。
思わず首を傾げるも、ムキムキで尚且つ毛むくじゃらな手に引っ張られ、俺は脇のカウンターから作業場内部へ。
そしてあれよあれよという間に、ここのミスリル製ナイフを渡されてしまう。
(やべぇ……ここでナイフ刺せなきゃ、誰が倒したんだって話になっちまうじゃねーか!)
周りはもう、既におまえに任せたという熱い視線。
今さら引き返せる状況でもない。
その視線を避けるように顔を落とせば、ひっくり返されたキングアントの腹には、昨日リルが刺した剣の跡が横に薄っすらと残っていた。
(この亀裂に沿って刃を入れればなんとかなるか……?)
最悪ダメだったら、自分の武器がないと無理でーすと言い訳してマルタから逃げよう。
そう心に決めつつ亀裂にナイフをあてがい、ギルドに来る途中我慢できずにチラ見してしまったキングアントの戦利品。
その一つであるスキルを使用する。
(【身体強化】)
「ふんがぁあああああ!!」
――パキッ!
「「「「お、おぉ!!」」」」
思わず周りで見守る3人に混ざって俺まで声を上げてしまった。
皆の視線が集中する先には、二つに分かれたキングアント。
その断片をおっちゃんがほじくり返しているので、揃って眺めていると
「……やっぱりだ。こいつはとんでもねぇぞ……」
「これはまさか、『魔宝石』か……?」
「「?」」
慣れた感じのおっちゃん達が呟く中、俺ともう一人の解体職人は言葉の意味が分からず、呆けた顔をしながらその魔石を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます