第146話 黄金と黒

 まるで飼いならされた犬のように、フィーリルに抱えられ、頭を撫でられ、膝の上で大人しくしている俺。


 その間二人は落ち着いたのか、少し真面目な口調で事の経緯をより詳しく話し合っていた。


 耳を傾けていると、どうやら外はもう翌日の夕方らしく、俺とリルは丸1日以上ここにいたことが発覚。


 光が入らず時間経過が分からなかったという言い訳はあるのだが、二人して1日だけという約束を破り、大はしゃぎしながら蟻を倒し続け、おまけに大怪我負ったのだからそりゃ怒られるのも当たり前ってもんである。


 リルなんて転移者探しサボったことになるわけだしね。


 そして俺が先ほどから眠気と空腹に襲われているのも納得だ。


 あれだけ走り回ったというのに、昨日の朝から水分だけで何も食べていないのだから。


 睡眠も気絶という形で寝ていたのだろうけど、いったいどれくらい寝られたのかよく分からない。



(う~ん、早く宿に帰ってご飯食べて寝たい……でもこのポジションも捨て難い……困った……)



 真面目な話をしている中で口を挟むのもどうかと思い、なんとなく目を瞑ってステータス画面を開く。


 真っ先に目につくのは、自分でもビックリしてしまうほど上がってしまったレベルだ。



(凄いなぁ。ここに来る前がレベル17で今がレベル56とか、いったいなんなんだここは)



 特に最後のクイーンアントの上がり方は凄まじかった。


 レベル40くらいまでは予想の範疇というか、ある程度分かっていて上げたこと。


 それだけの数を倒したと自信を持って言えるくらいに方々走り回ったし、それを狙うために素材回収を捨てたのだからおかしいとは思わない。


 だが、身体中の痛みでほぼ意識が途切れかけていたものの、最後のクイーンアントだけで15くらいはレベルが一気に上昇したような気がする。


 リルと二人だったから、経験値分散があまりなかったのか。


 各能力値も倍どころじゃないほど上がっているし、ここへ突入する前と今とでは別人と言っても過言じゃないだろう。


 今ならこの世界でもそこそこ上位の方になってきたんじゃないかなと思えてくる。



(おまけにスキルも確か【雷属性】が……んん?)



 スキルを確認しようとステータス画面を流し見た時、普段は目もくれない項目。


 左下にある『』の欄に、初めて文字が追加されていることに気付く。


 わざわざスキルじゃない所にも<New>が付いているのは結構なことだが、その内容を見て、俺の中で色々な感情が込み上げてきてしまった。



 《王蟻を討てし者》



(おおっ……初の称号……ここに来て存在を忘れていた称号かッ!!)



 称号と言ってもゲームによって扱いは様々。


 キャラ名の上に表示させるだけの自己主張要素になっているゲームもあれば、得ることによって、またはそれらの中から選択することによってステータス上昇の恩恵を得られるゲームもある。


 となれば、いったいこの世界はどちらなのだ? と。


 できれば後者であってほしいと思いながらも詳細を求めてみると、一応出てきたものの、その内容に頭の中が疑問符で埋まってしまった。



『《王蟻を討てし者》キングアントを討伐した者に与えられる証』



(ん? キングアント……?)



 能力値が上がるかどうかは詳細説明に出てこない。


 それはスキルでも同じことなので、計算しないとボーナス能力値設定が存在していても、すぐに分からないというのはまだ納得できる。


 だが、キングアント。


 この名前にはまったく身に覚えがない。


 どちらさんでしょうか? と、詳細説明に尋ねたいくらいだ。


(王蟻が文字通りキングアント――ということは明らかに強かったあの黄金色の蟻がそうとしか思えないし、他に飛びぬけて強かった蟻がいたなんて話は聞いていない。でもあの蟻はクイーンアントじゃないのか? もしや、本来はキングアントという名称なのに、人が後からクイーンアントと命名した? じゃあキングアントって誰が名付けたのよ?)


 頭がこんがらがって、思わずフィーリルのお腹に頭をグリグリしてしまう。


 くぅ~……この柔らかいお腹、ぜひ枕にさせていただきたい。


「んんっ……どうしたのですか~?」


「なんだかよく分からなくなっちゃってさ。今ステータス画面見てたら初めて称号が得られたんだけど、その魔物の名前が『キングアント』ってなってるんだよね」


「キングアント? あれはクイーンアントという名ではなかったのか?」


「俺もそう思ってたんだけどさ。ちなみにクイーンアント以外に飛び抜けて強い蟻なんていなかったよね?」


「ふむ……そうだな。あの黄金色の蟻だけが飛び抜けた強さだった。【分体】とは言え、あそこまで時間が掛かるとは思ってもみなかったからな」


「突然緊急事態だ~って騒ぎながら、また神界にいる【分体】消してましたよね~?」


「いや、本当に緊急事態で【分体】を一つに纏める以外選択が無かったのだ。ロキが誰かを呼ぶ様子もないし、私一人でなんとかしないとロキが死んでしまうと焦っていてな……」


「へ? 死んだ時すぐ蘇生できるように、本当にマズくなったら【神通】使えって話だったんだよね?」


「違う。どうにもならないと思ったら、他の女神を誰でもいいから呼べと、そういう意味で言ったのだ。定めた内容に違反するから、私の口からはっきりとは言えなかったが」


「うぇえぇぇぇぇえええええええええええええ!?」


「そうは言っても~今も二人降りちゃってますけどね~」


 そういえばそうである。


 緊急事態だから最初はしょうがないと思っていたけど、落ち着いてもフィーリルが戻る様子はない。


 そのせいで女神様が【分体】を降ろすのは一人だけという、暫定的に決めた女神様達のルールが崩れてしまっていた。


 まぁおかげで今の心地良い場所があるので、俺的には何も文句なんてないが。


 そして女神様達の誰かにお助け通話をしていれば、俺は【狂乱】なんかにスキルポイント全ツッパしなくてよかったのでは?


 そう思うと、ショックで口から何か重大な物が抜けていきそうな感覚に陥る。


 もっとはっきり言ってよ、リル……


「その、二人降りるのは大丈夫そうなの?」


「今のところは、でしょうか~。フェルザ様からは何もないので、私個人としてはもう二人でも大丈夫だと思っています~」


「うむ。意外と二人降りようが何もないものだな」


 それ、たぶん一人も二人も気付いていないんじゃ?


 それこそ六人同時に【分体】降ろしても気付かれないんじゃ?


 そうは思うも、さすがにそんな無責任なことは言えない。


 いざとなれば怒られるのは女神様達だし、促した張本人が俺なんてバレたら絶対殺されそうだし。


「とりあえずその黄金色の蟻はハンターギルドへ持っていったらどうだ? そうすれば何かしら分かるだろう?」


「うん、そうしてみるよ。見せればこれがクイーンアントかどうかくらい分かるだろうし」


 女神様達がキングアントについて知らないんじゃ、今考えたところで答えなんて出るわけもない。


 ならこの問題は横に置いておくとして、あとは―――……早めにこれも伝えておかないといけないか。


 この件を引っ張るのは、個人的になんだかつらい。


「あとね。ちょっと言いづらいんだけど……死んじゃった後遺症になるのかな? それが出ちゃったかも」


「な、なんだとっ!?」


「……詳しく教えてください~」


「そ、そうは言っても精神的に何かあったって話じゃないんだけどね。ちょっと俺の手を見てて」


 そう言って手を伸ばし、簡単な詠唱を始める。



『風よ、舞え』



「どう? 見えた?」


「んんん? ま、魔力が黒くなかったか?」


「……」


「うん。死ぬ前までは間違いなく青紫だった。それがなぜか、今日黒くなっていることに気付いたんだ」


「魔物と一緒か……」


「だね。だから内緒にしておくのはよくないと思ってさ……俺、もしかして魔物になっちゃったのかな?」


 務めて明るく振る舞うようにはしているが、それでもやはり不安は大きい。


 できることなら内緒にし続けておきたい。


 だが、後でバレれば内緒にしていたことも含めて問題が大きくなってしまう。


 ならば早く伝えてしまった方がきっと良いはず――


 そう思っているのに、皆に見放されてしまいそうで、思わずフィーリルへ抱き着く手に力が籠る。


 すると、答えるように一度強く俺を抱き締めてくれたあと、フィーリルが真剣な眼差しで俺に呟いた。


「ロキ君~ちょっと仰向けになってお腹を見せてもらえますか~?」


「えっ、うん」


 只ならぬ雰囲気に押され、地べたに寝転がってビシッと仰向けになる。


「ん~……リガルも確認してください~ロキ君の身体の中から、集中的に魔力が生み出されていそうな箇所を感じますか~?」


「…………いや、私には分からないな。この手の細かい感覚を掴むのはどうも苦手だ」


「えっと、何をやっているの?」


 二人して俺の身体をマジマジと眺めているが、いったい何をやっているのかさっぱり分からない。


 見て何かが分かるものなのだろうか?


「人種と魔物の違いは魔石の有無だ。魔石を通して供給しているから魔物の魔力は黒く、人種は世界に漂う魔力を自然吸収して体内で循環しているから青紫になる」


「だから魂が地に引き摺られていたあの時に、何かしらの作用でロキ君の体内に魔石が作られたのかと思って探しているんですよ~。ただ私達では判断が難しいですねぇ~」


「魔法や魔力関連が得意なのはリアだな。……呼ぶか?」


「そうですね~リガルと入れ替えで呼んできてもらえますか~? 私は取り除くとなった時のことを考えると、この場にいないといけませんから~」


「分かった。呼んでこよう」


 え? え? ええっ??


 何やら話が勝手に進んでいるけど、リアがここに来るの……?


 リアに限っては「やっぱり危険」とか言って、攻撃対象にされそうで物凄く怖い。


 それに取り除くとか。


 何やら恐ろしい言葉まで聞こえてしまったんですけど?


「フ、フィーリル? もし魔石があったら、もしかして、この場で手術みたいなことをするの?」


「手術~? そんな大したものじゃありませんよ~私がこうズボ~ッと……痛いですけど我慢してくださいね~すぐ治しますから~」


「……」


 この世界、容赦が無さ過ぎるよ……


 ズボッって言いながら手を手刀のような形にされても、地球人の俺には理解不能なんだよ。


 指やら腕で腹を刺されている経験があるだけに、手刀でズボッとするくらい余裕なのはそりゃ分かる。


 でもせめて……せめてもの情けで麻酔くらいはかけてほしい。



 その後も痛みを和らげる方法がないか必死に聞いていると、フィーリルの反対側にいつもの霧が。


 そしてなんだか久しぶりに見るリアが登場する。


「なにごと?」


「お久しぶりですリア―――」


「なっ、なんて危険なものを!!」


「ポコーッ!?」


 いきなり魔石を発見されて抜き取られたわけではない。


 俺の息子が……息子が踏みつけに……


 というかリアも素足だから、別の意味でおかしな状況になってしまっている。


「リア~? 緊急だから呼んだのを理解してますか~? そんなことして遊んでいる場合じゃないのですよ~?」


「だ、だ、だ、だって裸っ! スケベが裸で粗末な物を見せてくる!」


「しょうがないでしょう~? 酸で衣類を溶かされちゃったみたいなんですから~それに可愛いものじゃないですか~」


 粗末……可愛い……


 知ってた。知ってたよ。


 でもそんなボロクソに言わなくったっていいじゃないか……


 それ、男のプライドをズタズタに切り裂く禁句ワードだって分かってる?


 粗末で可愛いのは俺のせいじゃない。


 若返り過ぎたこの身体のせいなんだよ!!


「み、見てろよ! そのうち立派になってやるんだからな!!」


「……もうなってきてませんか~?」


「……」


「……人間とは生命の危機に瀕した時、自ずと子孫を残そうとする意志が働き―――フンポコーッ!!!」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「うん。一点から魔力を生み出している様子はない。普通に循環してるね。波長もたぶんだけど、前のロキと同じだと思う」


 俺が涙で土を濡らしている傍ら、リアは俺の身体に手をかざし、魔力の流れを探っている様子だった。


 何をやっているかは分からないけど、波長という言葉は以前リステからも聞いたことがある。


 なんとなく、リアが『前と変わらないよ』と言ってくれているみたいで、安堵の気持ちがじんわりと広がっていく。


「でもそうなると、なぜ黒いのでしょう~?」


「……ロキ、私にもその黒い魔力を見せて」


「あ、はい」



『水を、生成』



 目の前で小さな水球を作れば、やはり一瞬だが黒い魔力が詠唱直後に発生し、そしてすぐ消える。


「どうです?」


「ロキの身体から生み出された、ロキ自身の魔力で間違いない。でも、少し、色が混ざってる? となると……まさか、魔落ち?」


 リルは俺の額を触り、唇を上下にウニーッとされて歯を見られる。


 何がなんだか分からないので、俺はされるがままだ。


「フィーリル、ロキの身体におかしなところはなかった?」


「大丈夫だったと思いますけど~、もしかして、かつての古代人種のことですか~?」


「そう。でも思い当たる種族の特徴はないし、転移者のロキが古代人種なわけもない。となると、どうして黒いのか私にもさっぱり分からない」


「ロキ君の魔物専用スキルを取得できるというのも、何かしら影響しているんですかねぇ~」


 うーん……


 揃って首を傾げる3人。


 古代人種ってのも興味がそそられるところだが、かつて心配していた俺の魔物化が再度ぶり返したことに頭が痛くなる。


 体内に魔石があるから、そこから供給される魔力によって黒くなる。


 そして俺は体内に魔石は無さそうだけど、それでもなぜか魔力が黒くなった。


 こうなると、そもそも魔力とはなんなのか?っていう、この世界の前提とか成り立ちの話になってきそうだし、そんなものを考えたところで俺に分かるわけがない。


 そんなのフェルザ様に聞けって話である。


 なんとなく、死んだ時に魂が地に引き摺られたというのなら、俺の魂が自分を魔物と勘違いしてしまっているんじゃ?


 まるで他人事だが、こんな予想しか立てられなかった。


「ま、まぁさ! 俺の見た目はこの通り変わってないし、人を襲いたいとかそんな願望もまったくないんだから大丈夫じゃないかな? もし魔石が体内にできちゃったら、痛み止めさえしてもられば抜き取ってもらっても構わないし……ただ勝手なイメージだと、魔石って第二の心臓って印象があるから、抜き取ると俺死にそうな気もするけど大丈夫?」


「「……」」


「……まさか、その辺深く考えずに魔石取ろうとした? ねぇねぇフィーリル、もしかしてそうなの!?」


「な、なんのことでしょう~? そんな危ないことするつもりなんてありませんでしたよぉ~?」


「さっき手刀でシュッシュッ! ってしてたよね!? 治療するから大丈夫って言ってたよね!?」


「まったくロキ君は可愛いですね~ほら~抱っこしてあげますから~」


「そ、そんなことで騙され――…………んぐぅ~心地良い……」


「……私、もう帰る」


 モゾモゾと身体を動かしリアの方を見ると、その姿は既に霧に包まれ始めていた。


「リア、わざわざありがとうございます。あと俺のことを危険って判断しないでくれて、それもありがとうございます」


「ん。ロキに死なれると怒るのが多いから。……それと、私も皆と同じで喋り方は普通でいい」


「え?」


 そのまま消えていく姿をボンヤリ眺めていると、入れ替わりでリルがまた戻ってくる。


「無事解決したのか?」


「……ううん。何も解決しなかったけど、原因が分からないなら気にしてもしょうがないかなって」


「そうか……まぁロキはロキだしな。変わらないならそれでいいと私も思う」


「そうですねぇ~今は様子を見るしかありません~。あとでアリシア達にも伝えておきますよ~」


「うん。フィーリルもありがとうね。本当に迷惑かけてごめんなさい」


「私はママですから~。でもあまり心配を掛けないようにしてくださいね~」



 その後フィーリルも神界へ戻り、2本の剣を探し出したら俺はリルと一緒に洞窟を抜ける。


 と言ってもまさに""の出来事だ。


 来る時と違って一度来ている場所なので、リルが【空間魔法】を持ち込み、人生初となる転移ワープを体験させてもらった。


 飛ぶ瞬間は目は開けていたはずなのに、「では行くぞ」のかけ声と共に、瞬間的に景色が切り替わる。


 原理は以前フェリンから聞いていたものの、それでもここまで何も感じることなく移動できるものなのかと、感動以上に背筋がゾッとしてしまった。


 理解不能過ぎて、まるで幽霊を見てしまった時のような……いや、見たことはないんだけどそんな気分である。



 一度入口へ飛び、放置していた籠を回収したらまた転移。


 気付けばそこはもう宿の自室という、これ以上の反則はないだろうというくらいのチート魔法。



(あぁ切実に欲しい……欲し過ぎる……でもスキルポイントは【狂乱】に……くっそぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)



 自室に到着後、頭を抱えて悶えている俺を、リルはキョトンとした顔で眺めていた。

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